“売れた”編集者が、東京に行ってしまう現状を変えたい

──関西編集保安協会はどのようにして始まったのですか?
トミモト:声をかけたのは私でした。普段は大阪にある「人間」という会社で、編集部の部長としてコンテンツの企画・編集に携わっています。人間編集部にはフリーランスのメンバーが多数所属しているんです。フリーランスですから、当然、うちの会社以外の仕事もしているのですが、価格交渉が苦手だったり、契約書の見方がわからないという相談を受けることがあるんです。また、執筆した記事が炎上するなどのトラブルに遭ってしまい、サポートが必要なことも…。他の企業から受けている案件での原稿チェックを、ライター自らお金を出して、編集部の誰かに依頼していることもあります。編集のセカンドオピニオンのような感じですよね。そういうことが結構頻繁にあって。仕事を発注するだけじゃなく、マネジメント面ももっとサポートが充実していないと、編集者の仕事の幅は広がっていかないのではないかと思いました。

関西には、東京のように編集者同士がつながって情報交換する場があまり多くありません。業界全体で手をつないで、なんとかしなくちゃと思ったんです。それで、滋賀でローカルメディアを運営している、しがトコの林正隆さんと亀口美穂さんにまず声をかけました。

光川:僕はしがトコのお二人と知り合いで、「実はトミモトさんと関西編集保安協会をつくるんだけど、一緒にやらない?」って。あの関西”電気”保安協会のサウンドロゴ風に軽い感じで誘われまして。いかにも関西人な感じですよね(笑)。

でも、よくよく聞いてみると、地域や企業・個人という枠を超えて、人材を育成したり、編集業に携わる人を保安していこうという考えには共感しました。しがトコさんも人間編集部も、いわゆる出版社系列の編集者と違って、広く情報やノウハウを共有し合っていこうというオープン&シェアのマインドが根強いWeb業界を土俵とした編集者ですよね。こういった機運は、版権ビジネスが根底にあるクローズ&オンリーなビジネスモデルの出版社系列の編集者からはなかなか生まれてこないと思います。そこから3人で話し合って、協会のコアな価値観や活動内容を決めていきました。

──ネーミングがすごくユニークですね。
トミモト:新しい編集者やライターを発掘して、「あ、この子売れた!」と思っても、すぐ東京に行ってしまう。あっちで活躍して、テレビに出ている子もいます。関西にずっといてくれないことに悩んでいました。だから、「とにかくみんなで、関西の編集者を守らないと!」という気持ちがあったんです。関西にちゃんと編集の仕事をつくって、給料や依頼費も上げて、編集者が食べていけるようにしようと。

偉そうな「協会」をつくりたかったわけではなく、同じ悩みを抱えている企業や個人と協力して編集者の仕事を守るチームをつくりたかったんです。「関西編集協会」ではない。その時ふと、「保安協会ってどう?」という声が上がったんです。思わず「それだ!」って。やりたいこととネーミングが、ばっちり重なった感じがありました。

関西編集保安協会 ロゴ
関西編集保安協会 ロゴ
──関西の編集者や編集志望者は、やはり東京に行ってしまうのですね。
トミモト:出版社やメディア企業は首都圏に集中していますから。編集業務に特化した編集プロダクションも、関西には数えるほどしかありません。

光川:関西は編集の領域にも偏りがありますよね。例えば、マンガを扱う出版社は、インディペンデント系を除いて、ほぼ東京に集中しています。ファッションやカルチャーを扱う出版社もすごく少なくて、どうしても売れやすい飲食ジャンルにコンテンツが偏っていると思います。もちろん、東京/地方という単純な二元論やエリアにとらわれない動きをしている編集者もいますし、そのような方とも新しい編集の働き方を考えていきたいですね。

協会を立ち上げるにあたって、政府や厚労省が発表しているデータ(※1、2)をあらためて見てみました。そうしたら、関西の経済規模は首都圏比で39%に上るのに対して、編集者の数はわずか16%に留まる。経済規模があるということはそれだけ情報が渦巻いているということですよね。情報を価値化して発信する人材が、関西に足りていないということは体感的にも感じています。
(左)2019年の名目GDP(10億ドル)、(右)編集者の就業者数
(左)2019年の名目GDP(10億ドル)、(右)編集者の就業者数
この「東京一極集中」の状況は、現実的に変わるものではないと思っています。でも、リスクは想定しておいた方がいいですし、関西だからこそ挙げられる声なのかなと。例えば首都直下地震が起きたら、日本のマンガ業界は深刻なダメージを受けるかもしれません。

──関西は大きな経済圏でありながら、なぜ編集人材市場が盛り上がらないのでしょうか。
光川:協会を立ち上げた時、Twitter(現X)でこんなふうにつぶやいてくれた人がいたんですよ。「私は編集の仕事をしている限り、東京から離れられないんじゃないかと憂慮しているので、関西編集保安協会の取り組みを応援したい」って。本当は関西で働きたいけれど、この業界は東京偏重だから、と諦めている人が結構いるのではないかと思いました。

トミモト:人数の問題だけじゃないのかも、とも思っています。私はもともと東京で働いていて、大阪に来て10年になります。私の体感ですけど、大阪って編集下手じゃない?と思うことがあって。関西から発信される情報って、たこ焼きやお笑いなど「いかにも大阪的なもの」でパッケージングされたものか、大阪にも東京みたいなおしゃれなところあるで!という東京に寄せて失敗しているものが多いと感じていて。でも、実際はそれだけではないんですよね。大阪に来て、ようやく本当の大阪や関西を知れたと思うほどでした。もっと多様な切り口で編集して、他エリアに伝えきれていない関西の魅力を発信できるはずだと思ったんです。だけど、それにはやはりスキルやノウハウが必要なのかもしれない。

光川:関西は編集が下手なのかもという感覚、わかります(笑)。一方で、「関西の編集者は優秀だよ」と評価する人もいます。関西は東京ほどクライアントが多くなく、地域によってはコミュニティも狭いですから、単発の人間関係で終わらずにつながり続ける努力をする必要が一定あると思います。関西ならではのトークスキルやコミュニケーション力を有した編集者はたくさんいますよね。それに、人材が足りていない分、1人に要求されるものも多い。編集スキルはもちろん、営業も制作もできて、飲み会で「おべんちゃら(お世辞)」も言える、みたいな、百の仕事をこなすようなマルチプレイヤータイプの編集者も関西っぽい。これが嫌で東京に行くという方もいると思いますが、1つの専門性に絞らず総合力を持つ編集者ってやっぱりいいモノつくりますよ。

ある種、関西という個性豊かな風土がそのようなポテンシャルを持った編集者を育てているように思います。トミモトさんが言うように、単純に人数を増やすという話ではなく、もっと「西らしい編集者」を育てることができれば、逆に東京の企業から関西の編集者に仕事が来るんじゃないかと思いますね。
バンクトゥ 代表 光川貴浩さん
バンクトゥ 代表 光川貴浩さん
トミモト:編集者の数が足りないのは、関西に限ったことではないんですけどね。

光川:そうなんですよ。そもそも目指す人が少ないですから。原因の1つは、日本の高等教育に、編集を学ぶ場所や機会が少ないことです。情報化社会の中でデザイナーやエンジニアを育成する学部・学科は乱立し細分化していきましたが、中身そのものをつくる編集者の人材育成にはあまり重きを置いてこなかったと思うんです。もちろん、表現系や文学系、情報系の学部にそういったカリキュラムや科目はありますが、学部・学科名を冠するほどのわかりやすいキャリアルートがない。

「編集者に興味がある」という学生も一定数いるわけですが、就活サイト上に、僕らのような規模の編集プロダクションはまず出稿しませんし、そのような深度で情報を集める学生もまれだと思います。だからこそ、協会で合同インターンを開催しました。それもWebや書籍の編集に比重を置いた企業だけでなく、新聞社などの複数企業との合同で行いました。例えば、今の学生は新聞には興味がないかもしれないけれども、報道という観点からしか扱いづらい社会的なテーマを持ったコンテンツと向き合える環境でもあります。体験してみたら、意外とやってみたくなるかもしれない。だから、興味がないからとシャットアウトするのではなく、編集も多種多様であることを知ってほしいなと思うんです。

トミモト:企業間で人材を取り合うのではなく、一緒に育てていこうと。うちじゃなくてもいいから、関西の編集業界に残ってほしい!っていう気持ちです(笑)。
人間 編集部編集長 トミモトリエさん
人間 編集部編集長 トミモトリエさん
──文化庁が京都に移転し、大阪・関西万博も予定されています。編集者が関西で活躍できるチャンスが増えつつありますが、そもそも関西は編集者にとってどのような魅力を持つ地域なのでしょうか。
トミモト:私は大阪が好きです。大阪の人たちって、すごく感受性が強くて。会話をしても、東京の人とは全然違う、独特の受け皿を持っています。跳ね返ってくるものも、めちゃくちゃ強い。人と人の間に漂う高揚感は、絶対にいい編集につながると思っています。

光川:確かに、関西とひとくくりに言っても、2府4県あるいは行政区域には表れない解像度でそれぞれの地域特有の個性があります。それを裏付けるように、多くのローカルメディアがありますし、土地を深掘りする楽しみは、ローカル編集者に限らず、関西の魅力なんじゃないでしょうか。それぞれの土地の個性は観光をけん引しますよね。実際、関西の観光消費額はエリアのポテンシャルをそのまま表していると思いますし、その恩恵を受けるように観光や地域性をテーマとしたメディア媒体はかなり独自の進化を遂げてきたように思います。もちろん、ローカルの編集者は観光一辺倒になってはダメで、オーバーツーリズム(キャパシティー以上の観光客が押し寄せること)の問題にもきちんと向き合い、住人や地域文化とバランスを図りながら発信する態度が必要だと思います。

協会だけど、足並みはそろえないつもり

──協会として、今後どのような展開を考えていますか。
光川:公式サイトに、所属している協会員のリストを載せています。プロフィールのほかに、編集者としての考えやポートフォリオも公開しているのですが、企業や自治体からさっそく仕事の問い合わせが来ていて。おそらく、編集ってどこに頼めばいいのかわからないっていう企業や自治体も多いのかなと。協会宛に来た仕事の相談を協会員に紹介して、請けられる人に手を挙げてもらっています。そのあとは直接やりとりをしてもらうことになるので、そのフローやルールを整理しているところです。

トミモト:勉強会をやるだけでも、すごく大きな意味があると思っています。

光川:でも、全体で動くことはやめようって、みんなでいつも話しています。協会だからといって1つの価値観に集約しなければいけないわけじゃない。一人ひとり、学びたいことがバラバラで当然ですから。共通のテーマでつながった人たちが小グループをつくって勉強会をやればいいんです。「この指止まれ」方式で動いていきたいですね。

トミモト:ほかの協会とは少し違うかもしれませんが、みんなで互いにフォローし合うコミュニティなんです。
6月9日に開催された「関西編集保安協会キックオフイベント」の様子
6月9日に開催された「関西編集保安協会キックオフイベント」の様子
──具体的には、どのような勉強会を予定されているのでしょう?
光川:こんなのやりたいね、と話している例の1つが「ラフ展」。情報設計がすごくうまい編集者っているじゃないですか。そういった人たちのラフを集めて展示するんです。あるいは、「校正がうまい人ってどんな赤字の入れ方をしているの?」「デザイナーやライターへの指示が上手な人って、どんな巧みな話し方をしているの?」というところから、勉強会をしたいと思っています。

トミモト:見積もりを見せ合うとかね。

光川:そうそう。編集者の仕事って価値を付けづらいじゃないですか。カメラマンの写真やライターの原稿と違って、ディレクションは成果物が目に見えませんから。そこにお金を払うことをためらうクライアント企業は少なくありません。

トミモト:企画費も同じ。「えっ、企画にお金がかかるんですか?」っていまだに言われますよ!

光川:だから、予算付けを上手にやっている人の話はすごく参考になる。業界の底上げにもつながると思います。

──協会の活動を通じて、編集業を取り巻く未来がどう変わっていってほしいと思いますか。
トミモト:編集者のスキルが活きるのは、文章や動画、マンガなどのコンテンツにおける情報の編集だけではありません。Webサイトをつくる時、ディレクター、コピーライター、デザイナーでチームを組みますが、そこに編集者が入るとより良い仕事になるはずです。編集者は、情報を受け取って、整理して、判断する「情報整理の専門家」。情報を適切に受け取って他者に伝えるために必要なコミュニケーション力や察する力も鍛えられています。Webサイトの完成に向けて、デザイナーに何をどう伝えるとより良い結果が得られるか、コピーライターにはどう伝えるのがいいかなど、編集者が入ることで、相手に応じた情報のやりとりがしやすくなるのではないかと思うんです。

光川:修正を依頼する時の言い方ひとつでも、できあがってくるものが変わりますよね。そういう意味では、編集者の唯一の商売道具って「言葉」なのではないか、と思うこともあります。そうなると、活かせる場所ってもっとたくさんあるな、とも。

トミモト:例えば、ビルを建設する時に編集者を呼んでみてもいいかもしれませんよね。いろいろな職種、立場にある人たちが持っている情報を編集者が受け取って整理していく。「情報整理の専門家」として、もっといろんな場面で編集者が活躍する世の中になってほしいと思います。
──協会の活動方針の1つに「編集とは何かについて考察する」とあります。最後にお二人それぞれの編集観をお聞きしてみたいです。
トミモト:私にとって編集とは「踊り躍ること」なんです。感覚的な話になりますが、頭と手先だけを使うのではなく、心と体全部で編集するのが私の目指す編集スタイル。例えば、ライターから予想を超えた原稿が上がってきた時、インタビュー対象から刺激を受けた時、自分で新しい何かを発見した時、「めっちゃいいじゃん!」と踊り出したい気持ちになる。そういう心も体も踊るような手法や切り口に出会いたい。

そのためにも、私は編集として、新しいものが生み出すために必要な「破壊」をやっていくぞ、と思っています。実は私の肩書は「相談できるデストロイヤー」なんです。情報のかたまりを一度崩して組み直したり、クライアントの心の壁を壊してみたり、そういうことを強みにしています。限界を突破して新しいものを引き出すような編集をしたいからこそ、そのために必要な過程を大事にしています。

光川:編集は、よく言われる通り原稿や素材を集めて編む仕事です。でも僕は、戦前まで使われていた「編輯(へんしゅう)」の方が編集者の仕事をうまく表現しているように思うんです。同じ「集める」という意味の漢字ですが、「輯」という字は「車へん」に「口、耳」で構成されているんです。自分の足でいろんな場所に行って、自分の口と耳でいろんな人と対話して集めた情報を編む。そうやって見つけた情報が、まだ世の中にあまり知られていなかったり、世の中に投げかけられていなかった時に編集者としての醍醐味を感じますね。

トミモト:2人ともバラバラですよね(笑)。でも、それでいいと思います。一人ひとり違うからこそ集まる意味がある。だから協会としてはあえて、編集とはこうだ、みたいな定義をしないつもりです。

光川:一緒に考えていこうっていうスタンスなんです。だから、他業界の人でもぜひ来てほしい。例えば飲食の会社でちょっと編集っぽいことをやっている、みたいな人でも大歓迎です!

──ありがとうございます。実は私も関西の出身です。関西は地域への愛着を持っている人が多く、ひとつのアイデンティティと捉えている人も多い。その独特な視点で情報を切り取り、整理する「関西ならではの編集術」が生まれれば、“あえて”関西の編集者に仕事を発注するという流れができるかもしれません。協会の今後の展開に注目しつつ、首都圏に負けない「西の編集者」の存在感が示されることを期待したいと思います。

※1:「県民経済計算(平成23年度-令和元年度)」より
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kenmin/files/contents/main_2019.html
※2:厚労省が運営する職業情報提供サイト(日本版O-NET)より
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