私がアートディレクターとしてコンサルティング会社にいる理由 Accenture Song Droga5 アートディレクター 小出鯉子さん
今年、iFデザイン賞やクリオ賞デザイン部門銀賞、イノベーション部門銅賞を獲得した、住友金属鉱山の「DOWN-LESS DOWN JACKET」。アクセンチュアの小出鯉子さんは、そのアートディレクションを手がけました。そんな小出さんは、広告会社からコンサルティング会社への転職を経験したひとりです。コンサルティング会社がマーケティング、クリエイティブ領域にもビジネスの幅を広げるようになり、広告会社との業務領域が近づいていると言われて久しいものの、実際にはどこにその違いがあるのでしょうか。とある制作をきっかけに、アートディレクターとしての活動の場をアクセンチュアに移したという小出さんに、その理由や現在のお仕事、そしてコンサルティング会社で働く魅力を伺いました。
まさかアパレルをつくることになるなんて
──アートディレクターを担当された「DOWN-LESS DOWN JACKET」について、教えてください。「SOLAMENT®」という太陽光を熱に変える素材テクノロジーを活用した、鳥の羽毛を一切使用しない、透明なダウンレスジャケットです。 2002年に住友金属鉱山が開発した、近赤外線吸収材料という素材のブランディングプロジェクトとして制作したものです。この素材は屋根や自動車の窓ガラスに使えば、素材が熱を吸収して遮熱でき、反対に肌に触れる衣料品に使用すれば、素材が発熱して温かく感じられるというすごい特性があります。
私たちに求められたのは、この可能性に満ちた素材と技術を、生活者視点でブランド開発することで新事業領域への進出や事業成長につなげること。その目的からまずは、アパレル領域においてブランドをローンチさせることになりました。 まずは、太陽を意味する「Solar」と素材を意味する「Element」から、SOLAMENT®というネーミングを考えロゴマークのデザインやブランドのガイドラインを策定しました。そして、SOLAMENT®の機能をビジュアライズするプロトタイプとして誕生したのが、DOWN-LESS DOWN JACKETです。透明な生地は羽毛が入っていないことと、もう一つのSOLAMENT®の重要な特性を示しています。それは、どんな色の素材でも近赤外線を吸収する素材にできるということ。SOLAMENT®を活用すれば、透明なものはもちろん、白やピンクの素材だって特別な素材に変えてしまうことができるのです。
ただ、アパレル制作は初めてで、最初はどうしていいかわからなくて。母校の武蔵野美術大学の教授で、ファッションデザイナーを務める津村耕佑さんにデザイン監修を依頼し、まずパターンを起こすところから相談しました。そして、住友金属鉱山と毎週の定例会議を行いながら、社内のコンサルタントと共に時間をかけてプロジェクトを進めていきました。
──DOWN-LESS DOWN JACKETはプロトタイプ、ということは今後の展開も?
DOWN-LESS DOWN JACKET は、JAPAN MOBILITY SHOW 2023やSXSW2024で展示を行ったり、今年はiFデザイン賞、クリオ賞のデザイン部門で銀賞、イノベーション部門で銅賞を獲得したりと、大きな反響を呼びました。そのおかげで、複数のアパレルメーカーから問い合わせをいただいています。今後もSOLAMENT®の活用の幅を広げるために、チームでさまざまな企画を予定しています。
いい意味で何も決まってないのが、コンサルティング会社
──大活躍中の小出さんですが、アクセンチュアへの入社は比較的最近だとか。入社は昨年2023年1月です。まさか最初に自分がつくるのが「アパレル」だとは思いませんでしたね(笑)。
Droga5についてはもともと知っていたんです。2019年にカンヌライオンズに参加したことがあり、その年のフィルム部門でグランプリを取ったのがDroga5が手掛けた作品でした。その後、2021年に日本初拠点となるDroga5 Tokyoが設立されることを知ったんです。当時は外資系広告会社で働いていたのですが、ブランディングの仕事をしてみたいという気持ちが湧き上がっていたころでした。企業ブランディングに重点を置いて企画からデザインまでを行う、Droga5の考え方にも共鳴して、アクセンチュアへの転職を決めました。
──広告会社からコンサルティング会社へと転職し、制作環境は大きく変わったのでは?
入社したら「想像以上にコンサルティング会社だった!」が正直な感想です。ですが、それは私にはよかったことばかりでした。
まず、コンサルティング会社は案件や予算が広告会社とまったく異なりました。任されるのがいち広告だけではなく、ブランディングや事業の成長のサポートなど、スケールの大きい案件もあります。また、アクセンチュアは49カ国200都市以上に拠点を持つ規模の会社。あらゆる企業とのリレーションがあり、国内外問わずさまざまな案件に挑戦できるんです。
お客さまへの提案可能なソリューションの幅が広いことも特徴です。広告会社やエージェンシーにいると、予算やクリエイティブ、課題などの決まった条件下でいいものをつくる環境でした。それがアクセンチュアでは、そもそも課題自体が判明していない段階からご相談いただくことも多く、お客さまと課題を見つけるところから伴走できます。従って、クリエイティブも広告に限定されません。まさにDOWN-LESS DOWN JACKETのように、ブランディングのプロトタイプとしてアパレルをつくり出すことだってあるのです。
また、お客さまとの関係性も異なります。広告会社では、お客さまの意志の下、制作が進められるイメージでした。アクセンチュアでは、お客さまも私たちアクセンチュア側のチームも一緒になって、プロダクトや事業をどう拡大していくか、戦略や企画から一緒に考えていくことができます。事業をつくるにはとても長い時間がかかる。短期と長期の両視点で、お客さまと一緒になって考えていけるのです。 ──社内で一緒に働く方も変わったと思います。コンサルタントの方々とお仕事してみてどうですか。
コンサルタントはクリエイターと仕事のやり方、アウトプットの仕方が違います。なので、会議でデザインラフなどを見せると「すごい! こんなのつくれる人が、うちの会社にいたんですね!」と褒めてくれるのが新鮮で、単純に嬉しいです。
また、お客さまのビジネス全体を常に考える、コンサルタントならではの多角的な視点はとても勉強になります。プロダクトやサービスの企画開発やマーケティングに加え、サプライチェーンや、お客さまの社内事情、インナーブランディングまで、コンサルタントのメンバーの知見を借りる場面はとても多いです。広い視野を持つコンサルタントと意見を交わし合うからこそ、私たちクリエイターも、ブランドの今と未来、どちらをも考慮した発想をしていくことができるのだと思います。
──コンサルティング会社への転職は自分でも思いがけないものだったと、話す小出さん。ただ、ある制作をきっかけにキャリアの軸を変えた小出さんにとって、アートディレクターとして本当にやりたいことが叶う環境は、まさにアクセンチュアだったのでした。後編では、これまでのキャリアや、転機となったオンライン診療サービス「Oops」の制作活動、小出さんのユニークなデザインの発想法について、伺います。
この記事は前後編です:後編はこちら
『求めていたのは、デザインの力で社会を変えられる場所』