自己表現よりも、ムーブメントやコミュニティの熱狂にコミットしたい

市原:高須さんは私と生き方や価値観がまったく違うと感じています。私はあくまで個人のアーティストとして利己的に生きているのですが、高須さんは自分が面白いと思ったコミュニティやムーブメントにめちゃくちゃ奉仕しているし、直接的な利益を求めずボランタリーで貢献しまくっている。フリーランスとして利益に目ざとく生きている身としては高須さんの「損得をすっとばして労力やリソースをギブしまくる」生き方や働き方は衝撃的です。以前にもブログで書かせていただいたのですが、どうしてこういった活動をしているのでしょうか?

高須:僕はずっとサラリーマンですからね。僕自身は会社が好きで、コミュニティへの所属が好きなんです。会社も言うなればひとつのコミュニティじゃないですか。個人としてずっと運営に参加していた「ニコニコ学会β」にしろ、「Maker Faire」にしろ、「この活動は面白い、俺たちで盛り上げよう」という熱狂にコミットしていく「ムーブメントの社員」みたいなものなんです。

好きなものを紹介するのがずっと趣味で。とにかくMaker Faire(編集部注、アメリカ発のテクノロジー系DIY工作専門雑誌『Make』から生まれた世界最大のDIYイベント)が楽しくて、「世界中で開催されていて、国は違ってもみんな友達になれて最高!」みたいなことをいろんな形で紹介し続けています。
Maker Faire Tokyoの様子
Maker Faire Tokyoの様子
高須:僕は声がでかくて、フットワークが軽いのが強みなので、声と足が活きることをどのコミュニティでもやっています。逆に、落ち着いてじっくり黙々と考えるのは不得意。本の翻訳の仕事もたまにするけど、あれは2年間こもりっぱなしみたいな仕事でつらい。けど、「この内容が伝わったら世の中が変わるから絶対に翻訳したい」というモチベーションでやっています。
市原:確かに、高須さんはずっと世の中の変革につながるようなムーブメントの渦の中にいる印象があります。アカデミックな研究をオープンにしていく「ニコニコ学会β」の運営然り、近年積極的にコミットされている中国・深センのハードウェアムーブメントも然り。

高須:そうですね。例えばこれまで深センの紹介記事って「製造業が揃う、中国のシリコンバレー」みたいな紹介のされ方が多かった。でも、僕が深センについて書いた記事では「わずか30年足らずで人口が30万人から1400万人に増加」「中国全土から若者が集まり、65歳以上の高齢者は2%しかいない」といった趣旨をリード文で紹介しました。要は、なにもないところから急に大きくなって、老害がまったく存在しないのが深センのスゴいところなんです。そういう紹介をしたのはたぶん僕が最初だったんだけど、現在ではこれに倣った切り口で紹介する記事が山ほど出てくる。こういうことがあったときに「なぜオリジナルじゃないのにお前らが……」と悔しがるタイプの人と、「結果的に盛り上がったからよし!」とするタイプの人間がいるとすると、僕は明らかに後者。もちろん自分の貢献はアピールしたいけど、それより全体が盛り上がることが優先。だからアーティストと僕の大きな違いは、ゴールやスタートが自分にあるのか、自分以外にあるのかだと思っている。僕にとっては特定のコミュニティ、シーン、ムーブメントなど、自分が好きでコミットしたいものが大きくなるのがすごく大事なんです。

高値づかみをしないために。シンガポールで学んだ投資の極意

市原:高須さんは最初にヤバい芽を見つけるイメージがあります。「深センが面白い」「Maker Faireが面白い」ということも早くから声高におっしゃっていましたし。高須さんが落合陽一さんと仲良くなったのも彼が学部4年生の頃ですよね。当時はまだ「電気が見えるというボードを開発していたマッドな理系青年」だったところから、今や研究者のスターになりました。そういう、今はまだよくわからないが面白いものの芽を見つけるアンテナが異様に高いですよね。

高須:流行ったものに後から行くことはあまりないですね。もちろん僕の前に何人かはいるんだけど。なんとなく最初の1割ぐらいになることが多い。

市原:そうやって面白いものを嗅ぎつけるのはどうやるんですか? なにを基準に判断しているんでしょう?
高須:最初にまず行ってみるかな。実際に行ってみて、めちゃくちゃ面白くて、かつあんまり知られていないと、僕の仕事や役割が生まれそうだなと感じる。そこを開拓したり、ムーブメントにしたり、翻訳したり伝えたりするのが得意分野ですね。例えば、僕はカレーが好きだけど、あまりそれを広めようとは思わない。なぜならもうみんな知っているから。まだ注目されていない人が人気者になったほうが嬉しいし、もう有名な人に僕が必要とされることはあまりないので。そして、いろいろな面白い活動に注目してるんだけど、何年にもわたって継続して追っかけていくと、続けられる人だけが残るんですよ。たとえば市原さんの「喘ぐ花」って10年前ぐらいのメイカーフェア(の前身イベント)見たはずで、あのときには面白い人いっぱいいて、今も続けている人もいるし、やめちゃった人もいる。続けてる人が見抜けるんじゃなくて、好きだからずっと見てるだけです(笑)。

スイッチサイエンスとして中国をはじめアジアのいろいろなスタートアップと仕事をしていて、こちらから支援や投資をすることもあるのですが、やはり弊社ごときが支援してもすごく喜んでくれるような小さな会社に自然と目が行きますね。現在の僕のスイッチサイエンスでの主な仕事は、世界では売れてないけど日本で売れそうなものをいち早く見つけて日本に紹介したり、支援したりすることそういうのを大きくするところは僕たちのバリューが出るし、競合もいないし、利益にもつながる。

市原:なるほど、ゆくゆくスイッチサイエンスの主力事業のひとつになりそうなにおいがします。でも珍しいですね、日本人の習性として今評価されているものをありがたがる傾向があるから。海外で評価されているものをすごいって思いがちじゃないですか。自分の最初の直感を信じて動ける人は少ないんじゃないかなと。

高須:その結果、高値づかみしますよね。これはシンガポールと深センで磨かれたセンスだと思っていて。海外勤務したのが転機になりました。投資家たちと一緒に過ごす中で、「世間のみんなは好きじゃないけど、自分から見て好きなものが見つかるのは、とても大事」ということを彼らは知っていて、彼ら自身がそうやってベンチャー投資を成功させていることがわかった。シンガポールのベンチャー投資家って、なるべくみんなが注目しないものに目を向けなければ意味がないと思っているんです。みんなが儲かると思うものには全員がお金を投資するから、単純に金を持っているかどうかのパワー勝負になってしまう

僕がスイッチサイエンスに入社して後に初めて一緒に働くことになった「M5Stack」というマイコンは、現在では世界中で3万台超が売れて、けっこうな数が、しかも初期ほど日本で売れています。Twitterで「M5Stack」と検索すればわかるのですが、すでに日本のギークたちがこのマイコンを使ってめちゃくちゃ面白い作品を開発しまくっている。英語圏のツイートは技術仕様の質問ぐらいしかないけど、日本のエンジニアたちはとっくに実装してこれで遊びまくっているんですよね。

日本のDIY開発コミュニティは異常

市原:そういったエピソードを聞くと、あらためて日本の開発者たちの特殊性を感じますね。

高須:そこから確信したことがあって。日本のメイカーたちのグループって、世界で一番開発力が高いし、アイデアも優れていて、人数も多くて、アウトプットの質もいいんですよね。例えばアメリカのMaker Faireと、日本のMaker Faireを両方見ている中国人の多くが、「東京の方が5倍ぐらいすごい」って言ってることが多いんです。もちろんアメリカだと巨大な作品が多くて迫力はあるんだけど、平均値をみると日本のメイカーコミュニティってものすごく実力があるんですよ。つくり込みやアイデアもそうだし、クリエイティブやテクノロジーの部分でもスキルが高い人が多くて、アウトプットの質が総じて高い。

そこからつながるんだけど、「未来の普通」になるものの多くが、一番初めに日本のギークの間で話題になっている。VRヘッドセットの「Oculus Rift」もそうです。当初Oculus Riftはアメリカで戦争ゲーム用を楽しむためのVRゴーグルとして売り出され、アメリカ人たちは単純に戦争ゲームをやるために買っていたんです。だけど、GOROmanさん(VRエヴァンジェリスト)の「初音ミクと握手」や「無限にクッキーが落ちてくるVR」など、日本人だけがいろんな斜め上のものをつくり始めた。それでOculus社がびっくりして、「Oculus Riftの開発キットはしばらく日本への出荷が最優先、アメリカよりも優先する」というプレスリリースを出したの。このストーリーに僕はすごく影響されていて。世界で一番漫画を書いているのも日本人だし、ピクシブもすごく盛り上がっている。

市原:確かにコンテンツ産業の画力やストーリーテリングの才能は、変態的ですね。予算や規模の暴力では勝てないけど、海外のメディアアートフェスティバルでも日本人の作品は小ぶりながらもすごく職人的につくり込まれているイメージがありました。
高須:つまり日本のDIY開発者コミュニティは圧倒的に世界最強なんですよ。シリコンバレーで開発している人は、新しい開発ツールは評判になるまで試さないんです。なぜなら技術力が優れた人間は、GoogleやFacebookや価値があるスタートアップで意味がある仕事をしていて忙しいから。真面目に仕事をすることが自己実現につながっていて幸せなサラリーマンライフを送っているけど、プライベートで「新しいツールが面白そうだから片っ端から試すぜ!」みたいな無駄なことはあまりやらない。

でも日本人はそれをやっちゃう。実は、日本はインドや中国を除くと世界で最も工学部の卒業生がいて、多くの理系の開発者がいる。1億人も人口がいるからね。他国の工学部卒業生と比べて圧倒的に人数が多く、大手電機メーカーに入る人も多い。でも彼らはスキルがものすごく高いわりに、大手製造業はどんどん開発を外注するし、ヒット商品もでないし、職場もホワイトになるから、打ち込める仕事がないわりに時間がある。日本でも楽しく忙しく働けてる人のアウトプットは大企業の中でも高いけど、全員がそうではない。そのエネルギーが全力でメイカームーブメントにぶつかっているから、東京のMaker Faireは馬鹿みたいにクオリティ高いんです。彼らがシリコンバレーやシンガポールに行ったら、もっと立派な仕事に忙殺されて、あんな奇想天外ともクリエイティブともいえることやらないんですよ。結果として、能力が高く、技術力があり、かつ変なことを考える余裕がある開発者が、世界で最も日本にいる。そういう人が、「未来ではこれが主流」っていうツールに真っ先に飛びつき、山のようにコンテンツを開発している。

市原:才能の無駄遣いや技術の無駄遣いが日本にこれだけ集結してるのは、悶々としている有能な工学部出身の方がたくさんいるからなんですね。

高須:だから、僕らみたいなメイカーズ相手の会社にとって、日本は宝の山なんですよ。ジャパニーズ開発者コミュニティがえらいことになってるので。世界中で開発されている、「すごいんだけど、すごすぎて普通の人には簡単にわからない、日本のオタクしか買わないようなもの」を日本でデビューさせるのが僕のお仕事です。
市原:なるほど(笑)。高須さんの特性や目利きの才能が活かされるお仕事に就かれて、本当に良かったなとしみじみ感じてしまいました。人がまだ気付いていないものの価値を自分自身の嗅覚で発見していくのは本当に大事ですね。では後編では、深センの事情や、運営しているコミュニティについてお聞きしていきたいと思います。
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【ナビゲーター】
市原えつこ
メディアアーティスト、妄想インベンター。1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。2016年にYahoo! JAPANを退社し独立、現在フリーランス。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。 主な作品に、大根が艶かしく喘ぐデバイス《セクハラ・インターフェース》、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる《デジタルシャーマン・プロジェクト》等がある。 第20回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞を受賞、総務省異能vation(独創的な人特別枠)採択。2018年に世界的なメディアアート賞であるアルスエレクトロニカInteractive Art+部門でHonorary Mention(栄誉賞)を受賞。
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