──山本さんのご経歴に興味を持ちました。スタートアップ企業の顧問弁護士をしていた経験から法律にテクノロジーを加えようと思ったのですか?
「法務格差」を感じる機会が多くて、それをなんとかしたいという思いがありました。法務の世界では、強者と弱者がいて、大企業が強者、スタートアップ・中小企業が弱者という縮図になっています。今でこそスタートアップ企業を法律的に支援するのは珍しくないですが、2010年頃は少なくて、この格差が激しかったです。だから、若手弁護士の僕が担当するだけで、法務弱者であるスタートアップ企業も強者になれる。法務格差が是正される。役に立っている感じがしました。しかし、法律事務所は労働集約型のビジネスで、できる範囲は限られています。テクノロジーを使えばもっと格差を解消できると思い、サービスを開発し始めました。

──人を増やすという選択ではなく、テクノロジーを使うという選択をされたのですね。
スタートアップ企業の支援をしていてわかったことは、“効率化が宿命”だということです。大企業であれば1回のコンサルティングで利益を確保できますが、スタートアップ企業だと、何回転もさせないと利益が確保できない感覚です。やはり安くしてあげたいという気持ちもあるじゃないですか。そうすると、弁護士の経験だけが溜まっていくんですよ。ノウハウが蓄積されるのはいいことですが、同時に給与も上がっていくんです。新たに若手の弁護士を採用したらいいという話もありますが、彼が成長して給与が上がったら、またスタートアップ企業を支援できなくなる。持続可能なモデルではないんです。ちょうどそのとき、AIが話題になっていたので、テクノロジーを使っていかないと先はないなと思いました。スタートアップ企業の需要に応えていきたかったので、新たにAIについて勉強し始めたという感じです。
──リーガルテックという言葉をよく耳にするようになった気がします。今後リーガルテック系のサービスは増えていくと思われますか?
2015年に契約書の捺印をオンライン上で行えるサービスが生まれて、2018年には法律業務をAIなどのテクノロジーで解決するサービスが出てきました。今はどのツールも、法務リテラシーが高い人向けのものです。将来的には、法務リテラシーが低い人向けのサービスも出てくると思います。ただ、本当の意味での業務を代替できるレベルのサービスは、まだまだその先になると思います。今は、法務リテラシーが低い人を救う手段は、専門家とマッチングする以外ありません。早く法務リテラシーが低い人を救うようなサービスが生まれるとよいですよね。法律って社会に溶け込んでいて、誰しもがなんらかの形で関わっているにもかかわらず、意識されていない。だから、サービスが少ないし、マーケットも小さい。誰でも法律を意識するようになったり、使いこなせるようになったりしたときに、マーケットは爆発するのではないかな。 

──“人”というのは法人の話ですか? それとも個人の話ですか? 
まずは会社で使って、その後に事業部で使って、その先に個人で、ということでしょうね。法律は一つの言語だと思っています。一部の人にしかその言語が話せなくて、理解もできない。でも社会は法律で規制されているわけです。法治国家ですから。法律という言語をあらゆる人が使えこなせるようになると、もっとコミュニケーションが円滑になると思います。専門家を介してしかコミュニケーションを取れなかったことが、直接コミュニケーションができるようになる。全部が全部は難しいと思いますが、8割ぐらいは意思疎通ができるのではないでしょうか。

──いつ頃実現されると予想していますか?
思っているより世の中のスピードは遅いと実感しています。そして、変えていくのは本当に大変で。2012年頃は、社会人3年目を迎え、時代の変化にいろいろと焦りを感じていました。それなのに2012年と比べて2019年はあまり変わっていない。それを目の当たりにすると、世の中を変える立場に回ろうという気持ちが湧きます。弁護士は、極論サポート業務ですから、社会を変えられないんですよね。スタートアップ企業は、社会を変えようとしている人たちです。弁護士としてその人たちをサポートすることは、間接的にしか社会を変えられません。自ら会社をつくることで、法務格差を解消したいなと。 
──時代が変わらない足かせになっているのはなにが原因だと思いますか?
リテラシーかな? 今、お問い合わせいただくお客さまはとても先進的な方が多いですが、世の中のほとんどの人はリーガルテックの存在すら知りません。そういった人たちに啓発していくことが大切だと思っています。あとは慣習かな?  AIに代替され、人員が要らなくなったら、即解雇できると社会は変わると思います。もちろん、日本には解雇規制があるのでそれはできませんが、本質的には解雇規制が足かせとなり、AI導入のブレーキになってしまっていると思います。忙しい企業であれば、残業代が削減できるため、業務効率化のためにAI導入の決断ができます。しかし、普通に回っている企業ならば、遊んでいる人員が増えますよね。その人たちに新しいスキルを身に付けさせることができればいいのですが、その保証はありません。日本はAI導入が法律的に進みにくい国かもしれません。

──実際に法務の人たちは、リーガルテックによって業務が減るのでしょうか?
ジュニアクラスの業務は真っ先にAIに代替されると思います。ただ、実は、ジュニアクラス以上の人たちもその業務を行っています。例えば、ジュニアクラスの業務を3割担当しているとして、その3割の業務がなくなれば、もう少しハイレベルな業務ができるようになります。勉強もできるし、スキルアップもできるので、出世にも、給与アップにもつながる。ただし、旧来の法務担当者は、契約書を実直にさばく職人気質な人が多いので、もう少し経営サイドで全体を見られる能力が必要になると思います。契約書のリーガルチェックばかりだとスキルも伸びません。その作業が代替されると、ポテンシャルが発揮される人は一定数いるんだろうな。

──法務という仕事は、なくならないけど、より上流の業務に変わっていくのですね。
本来、法務は上流にいるべきだと思っています。管理担当の役員は、財務出身者が多いですよね。法務から役員になっている例はほとんど聞きません。財務の地位は高いのに、法務の地位はまだまだです。AIによって、法務の地位が向上されるのではないかと期待しています。

──法務が経営サイドにいることのメリットを具体的に教えていただけますか?
経営判断をする過程で法務への確認事項が発生したとき、経営陣に法務出身者がいるとその場で議論ができます。これを外部へわざわざ確認していくと判断もスピードもブレーキがかかってしまう。ビジネスチャンスはあるけれど、法務リスクがあるときに、どうしたら法務の壁を乗り越えられるか、積極的な判断ができるようになると思います。そうするとビジネスチャンスは広がりますよね。

──弁護士の仕事はAIによって代替されると思われますか?
難しいと思います。弁護士は忙すぎて、本来やるべき仕事がやりきれていないと思っています。弁護士の業務は実は職人的な作業が多くて。事務作業がAIで効率化できると、もっとクライアントに寄り添えるはずです。
──リーガルテックが浸透していくと、日本も訴訟社会になっていくのでしょうか? 生きづらいような気もするのですが…。
僕からすると、裁判はコミュニケーションの一環だと思っています。クレームのメールを送る感覚で訴訟を起こす。訴訟が終わったら、「じゃあ飲みに行くか」というカジュアルさがあってもいいんじゃないかな。裁判になってしまっても、解決したらいっそ仲良くなってしまえばいいのにと。

──ポジティブに捉えれば、徹底的に気持ちを話し合うことで、次の関係が構築できるかもしれませんね。
そうです。カジュアル裁判です(笑)。裁判は仰々しいものと思いがちですが、トラブルの解決手段として、法律に基づいた合理的なコミュニケーションなんです。そうなると、紛争の種みたいなものが解消されると思います。

──カジュアル裁判、斬新ですね。
日本は法治国家なので、みんなが法律を使いこなせると良い気がしています。今は、みんなが法律を知らないせいで、重いものになっている。解決指針がなくて、最後に決める人もいないから感情的になってしまって、ずっと解決せずに引きずってしまっているのです。トラブルになったまま放置することが一番根深くなるので、それがなくなるほうが良い社会だと思います。
──山本さんは未来をどのように想像していますか?
日本は法律がベースになっている社会なのに、法律を使いこなせていない状態だと思います。企業でも法律のルールを知っているのは一部の人だけ。今は、法律を知らないことでめちゃくちゃ損している人がいるはずです。テクノロジーを使って法律を社会全体に浸透させていくと、みんなが法律を乗りこなせるようになる。そうすると、いろいろなことがスムーズに進んでいくと思います。相続や離婚の問題、企業間取引も同様です。契約書が言語だとすると、英語と同じです。わざわざ法務に通訳してもらう必要がなくなる。 法務リテラシーが高まれば、非効率や不公平がなくなっていく と予想しています。

──法律の存在に気づいている人は、テクノロジーの恩恵を受けることができますが、その存在すら気づいていない人が、恩恵を受けるのは難しいように思います。
知識は、知ろうとしないと身に付かない。知るという能動的な行為自体を変えていかないと、格差はなくならないですよね。個人の生活の中に何かしらのテクノロジーを組み込むと良いような気がします。例えば、家計簿アプリが資産に関する法律のリスクを自動で管理していくとか。

──究極はAI弁護士がスマートフォントに搭載されているイメージでしょうか。
そうですね。法律の判断には、ベースとなる情報が必要です。今は、弁護士がすごい時間をかけて収集していますが、スマートフォンに溜まっている個人情報や活動履歴を利用して、AI弁護士が法律情報やリスクをプッシュ通知してくれるといいですね。

──テクノロジーによって、法務リテラシーが高まることで、企業にも個人にも大きな変化がもたらされそうですね。とても面白いお話をありがとうございました!
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