もっと自由に誰かに会いに行ける未来へ。MaaSの社会実装を目指す理由 MaaS Tech Japan 代表取締役CEO 日高洋祐さん
人々の移動、生活の質を大きく変える可能性を持つMaaS(Mobility as a Service)。多種多様なモビリティを「1つのサービス」として統合する概念です。地域住民や旅行者など、個別の移動ニーズに対応してサービスを最適に組み合わせ、交通ルート検索や予約・決済までシームレスにつなぐことができます。
MaaSは、人口減少による地方公共交通機関の存続危機や脱炭素化に向けた交通政策などの社会問題にも大きなインパクトを与え得るとされています。多くの関連サービスが立ち上がるなか、日本におけるMaaS市場創造とモデル構築に向けてMaaS Tech Japanを設立したのが代表取締役CEOの日高洋祐(ひだか ようすけ)さん。新卒入社したJR東日本を退社し、同社で日本版MaaSの本格的な社会実装を目指すに日高さんに、MaaS実装によって実現したい未来について伺いました。
MaaSは、人口減少による地方公共交通機関の存続危機や脱炭素化に向けた交通政策などの社会問題にも大きなインパクトを与え得るとされています。多くの関連サービスが立ち上がるなか、日本におけるMaaS市場創造とモデル構築に向けてMaaS Tech Japanを設立したのが代表取締役CEOの日高洋祐(ひだか ようすけ)さん。新卒入社したJR東日本を退社し、同社で日本版MaaSの本格的な社会実装を目指すに日高さんに、MaaS実装によって実現したい未来について伺いました。
もっと早く、安く、誰かに会いに行けたらいいのに
──大手鉄道会社で13年超勤続し、MaaS Tech Japanを起業をされています。交通サービス一筋という経歴ですが、もともと交通サービスに興味をお持ちだったのでしょうか。鉄道や乗り物が好きというより、「人が移動すること」に価値や魅力を感じていました。就職活動時は自動車メーカーなども見ていましたが、より広く、多くの「人の移動」に関わるインフラに携わりたいと思い、JR東日本に入社しました。
──「人の移動」に注目されたきっかけを教えてください。
原体験は、大学時代に病気で入院していた祖父のお見舞いでした。両親が共働きだったこともあり、大学生で時間のある私がよくお見舞いに行っていたんです。だけど、大学から病院までが電車で3回乗り換え、片道1時間半の距離で。大学が15時半ごろに終わって、それから病院に向かうと、到着するころにはもう17時です。面会可能時間は18時までと決まっていたので、少し遅れると10分で帰らなければいけないことも…。
そんななか、いつも通りお見舞いに行き、帰りの駅に着いたころに、病院から祖父の訃報を受けました。こういった「距離に阻まれる」ことは、多くの人が経験していることだと思っています。家族や大切な人の最期を看取ることができなかったり、遠距離恋愛中の恋人に年に1度しか会えなかったり。
当時、交通費も必要だからとバイトに励んで、会いに行く努力をしながらも、もう少しなんとかならないのかなといつも思っていたんです。誰かに会いに行くという行為をもっと早く、安くできたらいいのにと考えていました。そうすると、自ずと進路は自動車や交通インフラを便利にしていくことだと思うようになったんです。
JR東日本では5年ほど車掌や運転手などの現場の仕事を経験したあと、2010年度から研究開発にキャリアの舵を切りました。移動を便利にしていくために、個人の力でできることには限界があります。将来の交通サービスをもっと良くしていくためには、デジタルの力も活用した、まったく新しい領域の研究開発が必要だと考えました。そのような部門に配属させてもらい、思い切りやりたいことをやらせてもらって、JR東日本にはいまでも感謝しています。
──そのような経緯があったのですね。具体的にどのような研究をされていたのでしょうか。
ICT(情報通信技術)を活用したサービス開発に携わりました。車掌をしていたころから感じていたのですが、鉄道事業者は、お客さまが電車に乗ってから降りるところまででサービス提供が完結してしまうことに課題を感じました。
例えば、電車が遅れると旅行の予定が破綻してしまうというお客さま全員に、「どの駅で降りればすぐにタクシーが見つかる」といった案内はできません。そのためには、バスやタクシーなどの事業者との連携が必要となります。こうした連携を円滑に行い、お客さま個別のニーズに合わせたサービスをつくっていく上でデジタル、ICTがもたらすものは大きい。
その後、2014年に会社勤めの傍ら、東京大学大学院 情報学環・学際情報学府の博士課程に進みました。JR東日本とも縁があり、各交通事業の連携の重要性を説いていた須田義大教授のもとで学ぶためです。そこで、これまで自分が考えていたことを言語化する概念「Mobility as a Service=MaaS」に出会ったんです。 ──MaaSという概念との出会いを経て、どのタイミングで起業を意識されたのでしょうか?
実は、2018年6月にJR東日本内にもMaaS推進部門が設立され、その立ち上げ期に私も参加させてもらいました。MaaSという概念に出会い、MaaS推進にも着手した。そうすると、特定の事業をベースに持たないプラットフォームとしてのMaaS構築の重要性を感じ始めたのです。
JR東日本でMaaS構築をする道もあったのですが、日本の交通の未来を良くしていくために私が全身全霊で挑むには、安定した環境から降りることも必要だと考えるようになりました。
また、学会などで知り合ったプラットフォーマーやMaaS事業者の方から、「それだけ勉強しているなら、リスクを取ってでも独立した方が、将来、日本や交通業界のためになる」と後押ししてもらえたことも大きいです。「起業するなら、一緒にやりますよ」と言ってくれた人たちもいて、2018年の10月にJR東日本を退社。同年11月に起業しました。
モビリティの根幹は「人が移動すること」
──すごいスピード感ですね! それではMaaS Tech Japanで、どのような「人の移動」をつくり出そうとしているのでしょうか。MaaS Tech Japanのビジョンは「100年先の理想的な移動社会の基盤を構築する」です。「移動社会」という言葉は耳に馴染みがないですよね。モビリティは、一般的には「交通」や「乗り物」という意味で使われていますが、私はその根幹は「人が移動すること」で、そこに価値があると考えています。
人がもっと自由に、いろいろな場所に行って、誰かと交流したり、なにかを体験したり、出会いが生まれる。そして、それを支える交通が事業として維持されている社会が理想だと考え、「移動社会」という言葉を用いたビジョンを掲げました。そして、その実現のためにMaaSの社会実装を推進しています。
──事業内容と取り組みについても教えてください。
MaaSプラットフォームの開発・提供をメイン事業として、コンサルティング・プロジェクトマネジメントも行っています。実は、現在のMaaS市場は、安定期を迎えています。2018年から2020年に一気にプラットフォーマーや事業者が参入しましたが、いまは大手鉄道会社、通信会社、スタートアップ数社に精査・集約が進みました。本質的なMaaS実装と競争が始まり出した状況です。
8月からはじまった「九州MaaSプロジェクト」は1つの例と言えます。九州全域でひとつのMaaS体系をつくるべく、自治体や経済団体、鉄道・バス・タクシーなど、各社が事業や県域を越えて取り組みます。これにより、スマートフォンからエリア内のさまざまな交通手段や宿泊施設の予約・決済をワンストップで行える状態を目指しています。
MaaS Tech Japanは、こうした大きなプロジェクトにもアドバイザーとして参画するほか、広島県や石川県加賀市・塩尻市で当社のプラットフォーム導入とMaaS実装を始めています。2023年度にはもっと広域で大きな案件に携わってればと思い、この2~3年内にはMaaS Tech Japanの目指すものの一端が実現できる見込みです。
──実現しようとしている未来について、もう少しお聞かせいただけますか?
まず目指していることは具体的に2つあります。1つは、人々が「MaaSアプリ」を使うことでもっとシームレスに移動できる状況をつくっていくこと。各交通サービスや観光サービスなどとも連携して、移動に必要な情報をスムーズに得られる状態にしていくことです。こちらは既存のMaaSアプリを運用されている方々との連携で実現したいと思います。
そして、もう1つは、複数の交通サービスのデータを連携・分析できる「MaaSコントローラー」を提供し、交通事業者が連携して、より最適な移動を可能にしていくことです。MaaSアプリでは、サービスをつなげることはできますが、運行ダイヤや料金まで変えることはできません。もっと安く、もっと楽に移動できる状態をつくるためには、いまは分断されている各交通事業が、それぞれの運行台数や運行時間を統合的に把握し、利用者がどのように利用・移動しているかというデータに基づいて分析・施策を行う必要があるのです。日本国内の交通課題解決や、新たなMaaSによる価値創出には重要なアクションだと感じています。
データ統合基盤とMaaSコントローラーを含むMaaSプラットフォーム「SeeMaaS」は、今年の7月にリリースしました。2030年までに、「SeeMaaS」を自治体、交通事業者、一般企業へ展開するとともに、アップデートも行っていきます。プロダクトが実装され、交通が整うと、そのなかでさらに便利にできる部分が出てくる。できるだけ社会に価値をもたらす形で実装していきたいです。
MaaSが実装された先の未来に向けて
──すでに実現の段階に入っているのですね。それでは、50年、100年先に実現したい「移動社会」についてはいかがでしょう。最近は具体的な実装のフェーズで、あまり未来を妄想する時間がなくなっているのですが…(笑)。これも2つあって、1つは移動に関するコストをゼロに近づけていきたいと考えています。
──金銭的コスト「ゼロ」は、実現可能なんですか…?
想像しづらいですよね。でも、インターネットだって20年ほど前は少しのデータをやりとりするだけで莫大なお金がかかっていました。ですが、いまはWi-Fiにつなげばいくらでも使える。これは技術革新とインターネット産業の隆盛、広告ビジネスなどの新しい仕組み、エコシステムが成立した好循環が生まれたからであると理解しています。
移動にかかるコストのうち、時間は物理的距離に依存しますが、ユーザーにかかる金銭的コストはなんらかの仕組みで変えられる可能性があります。まだ具体的なモデルや施策はできていませんが、お金をかけなくても時間さえあればいろいろな場所に行ける状況をつくっていきたいです。このようなMaaSと異業種が連携して新たな価値を生み出す概念を「Beyond MaaS」と呼んでいてつくりたい未来像のひとつです。
そしてもう1つ実現したいのは、MaaSが実装され、あらゆるモビリティが統合されたその先のこと。移動先である「場所」を変えていきたいと思っています。いま街を見回すと、郊外ではどの駅前も同じチェーン店ばかりで代わり映えがなく、駅周辺はシャッター街になっていることも。共通して必要な機能はあると思いますが、これが、例えばA駅は塾や図書館が集まる勉強のための街、B駅は買い物のための街、というように、もっと一つひとつの駅に個性があれば、「あの駅に行きたい」と思えますよね。人は行きたい場所があるからこそ移動します。だから、コミュニティや建物や場所がもっと個性や流動性を持った未来をつくっていきたいです。
──MaaS実装の先についても考えているのですね。場所の流動性について、詳しくお聞かせください。
建物や場所の用途を変更しやすくすることを「流動性を高める」と言っています。例えば、学校の施設について、夏休みは学生がいないのに、「教育施設だから一般の人は使えません」というのが現状です。それを、体育館や校庭をだれでも自由に使えるようになれば、スポーツをしたい人が集まる場所になり、そのような取組も各地で進みつつあります。現状は法規制があり、用途転換には申請が必要ですが、行政のDXが進むと、こうした手続きもしやすくなると思います。
ある場所が、訪れる意味や価値を持つ場所になる。こういった場所の持つ個性のようなものを、元慶応義塾大学の小川克彦先生は「場所性」と呼んでいました。移動しやすい状態にないと、場所性はつくりにくいものです。しかし、先にお話した通り、インターネットが安く使えるようになったことでWeb上にさまざまなサービスが立ち上がり、網羅的に使いやすくなりました。同じことが、交通インフラでも起こり得ると思います。
日本の人口は、2100年までに前向きに見積もっても7000万人まで減ると言われています。そのなかで、土地はおそらく余っていく。余り出した土地を楽しく豊かなものにすることで、より幸せな社会をつくりたい。このような、「MaaSが実装された先の未来」における場所へのアプローチを、やり切りたいと思っています。 ──MaaSは移動の概念をどのように変えるのか。最新技術によって生み出される社会へのインパクトに目を奪われがちななか、日高さんがMaaSに向き合う根底には、血の通った切実な願いがありました。「どこかに訪れたい」「誰かに会いに行きたい」と思い、自由に実現できる社会は、きっと幸せな社会。MaaSの実装が完了した先の未来に、大きな期待を寄せたいと思います。本日はありがとうございました!