誰でも宇宙で暮らせる、『ガンダム』の世界観が現実になる!? デジタルブラスト 代表取締役CEO 堀口真吾さん
ある試算によると、2040年代には、その市場規模が100兆円以上になると言われている宇宙ビジネス(*1)。イーロン・マスク氏やジェフ・ベゾス氏らIT業界の大物が次々に参入したことで、ロケットの発射にかかるコストが大幅に下がり、民間人が宇宙旅行に出かけられる未来が見えてきました。さらに、日本も参加する月面探査の国際プロジェクト「アルテミス計画」もスタート。いずれ月や火星に移住、なんてことが現実に起こりうるかもしれません。人類の宇宙進出に向けて奔走するデジタルブラスト 代表取締役CEOの堀口真吾(ほりぐちしんご)さんに、宇宙ビジネスの現在地とこれからについて伺いました。
宇宙ビジネスの民間化を加速させなくちゃいけない
──堀口さんは以前、野村総合研究所や日本総合研究所、ベイカレント・コンサルティングなど、大手のコンサルティングファームを渡り歩いていました。宇宙ビジネスに足を踏み入れたのはいつだったのでしょうか?コンサルタントとして、国の機関である宇宙航空研究開発機構(JAXA)を担当していました。JAXAは安全で豊かな社会を実現するため、測位衛星や地球観測衛星などの人工衛星を運用しています。得られる衛星データは天気予報や地図、カーナビゲーションなどに活用されていますが、彼らは、もっと広く民間の事業に使用され、宇宙利用のすそ野を広げたいというニーズを持っています。私の仕事は、そのためのリサーチや政策提言を行うことでした。
──それがなぜ、2018年にデジタルブラストを創業し、ご自身でコンサルティングサービスを始めることになったのですか?
民間企業に「衛星データを事業に使ってみませんか」と提案しても、「なにに使えばいいかわからない」と言われることがほとんどでした。JAXAのニーズに反し、宇宙ビジネスに積極的に参入しようという民間企業は、まだそう多くありません。民間企業にとって事業と結び付けられるほど、宇宙を身近に感じられていないのが実態です。
背景には、宇宙関連の事業が政府主導の公共事業として推進されてきたことがあります。そのため、人工衛星やロケットの製造を受託する一部の大手メーカーを除き、一般の民間企業にとってゼロから宇宙ビジネスに参入するのは縁遠い話となっています。大半の企業は「お金持ちがすることだ」と思っていますし、もし興味があったとしても、宇宙をどう自社事業と結び付ければいいのかイメージが湧いていません。しかし、入り口は、意外と身近にあるものです。例えば自動車用の部品を人工衛星やロケットづくりに転用することだって、やりようによっては可能です。しかし、自分たちの技術が宇宙ビジネスに役立つとは、部品メーカーは夢にも思っていないのです。
この状況がとてももどかしくて。だから、まず「ごく普通の民間企業が宇宙ビジネスに参入する」という世界が実現可能であることを見せようと。そして、より多くの民間企業が宇宙ビジネスの可能性に気付き、参入しやすくするお手伝いをしようと思いました。 ──それはコンサルティングファームではやりづらかった?
かなり難しいです。「宇宙を使って事業をする」という世界観を見せるには、「こうするといいですよ」とコンサルティングするだけでなく、自ら新しくビジネスを起こして、具体的なお手本を示さなければなりませんから。
当社の宇宙を使ったビジネスとして「AMAZ(アマツ)」という重力発生装置が、一例に挙げられます。月面と同じ地球の6分の1の重力など複数の重力環境を同時に再現させ、植物の重力応答に関する基礎データが取得できる実験装置を開発。将来、月面に基地や農場を建設することを目指した研究のためで、これを2024年に国際宇宙ステーション(ISS)に打ち上げ、広く民間企業や研究機関の実験に使ってもらいます。実は、すでに最初の参画企業が決まっていて、大阪のクラフトビールメーカーのシクロが、ビール酵母の培養実験を行うことになっています。
「AMAZ」のビジネスモデルは、私たちは利用料や技術サポート料をいただきます。一方、実験装置の利用企業は、実験によって蓄積したデータを自社事業に活用。さらには、その実験データを他社に提供してデータビジネスを展開することもできます。宇宙での実験というと、科学研究のためでお金にならないものと思われがちですが、利益を生む形にも可能です。コンサルティングファームは、このように実事業を自ら行い、お手本を示すことができません。だから自分で起業するしかなかった、というのが正直なところです。
──宇宙での研究開発というと、ISSの日本の実験棟「きぼう」に充実した装置があります。JAXAがその実験環境を企業や研究機関に提供していますね。
はい。ただ、その環境を民間企業が使うには、過剰とも思われる厳重な審査プロセスを経なければなりません。官営という特性上やむを得ないのですが、「審査に1年かかります」ということがよくあります。商機をとらえて利益を出さなければならないのに、そんなに待てないですよね。私たちのような民間企業が実験装置を持ち、使いたいときにフレキシブルに使える環境を整えることが、民間企業の宇宙ビジネス参入を増やすには絶対に必要です。
宇宙ベンチャーは皆、ライバルではなく仲間だ
──ほかに、民間企業の宇宙ビジネスへの参入を増やすために力を入れていることはありますか?宇宙ビジネスを始めた企業のプロモーション活動を支援しています。宇宙って、すぐには儲からない。多くの企業は、自社の技術力の向上や、社会貢献活動の一環という位置づけからスタートします。息切れしないうちに顧客ニーズをとらえ、収益化させなければなりません。
そこで当社は、宇宙産業の動向を配信するYouTubeチャンネル「New Space Times」や情報サイト「SPACE Media」、コミュニティ「SpaceLINK」を運営して、宇宙ビジネスに参入した企業の取り組みを紹介しています。難しそうと敬遠せずに、ちょっと覗いてみてほしいです。確かに真正面から伝えようとするととても難しくなるのですが、私たちはエンターテインメント性のある演出を重要視しています。実話ですけど、トークセッションの登壇者を全員「佐藤さん」でそろえてみるとか(笑)。いまは認知を広げることが目的ですから、やり過ぎくらいでちょうどいいと思っています。
──今後計画している新しい事業はありますか。
報道発表を控えているので、まだ詳しくは言えないのですが、実は衛星データの提供者と利用者の間で簡単に取引できる「衛生データ流通プラットフォーム」をつくろうとしています。
人工衛星による観測やISSでの実験活動でさまざまなデータが得られますが、民間企業が使いたいと思っても、アクセスするのは容易ではありません。JAXAのホームページで読めるのは、難解な論文ばかりです。宇宙のデータを誰でも簡単に見られるようにしないと、どこの企業も宇宙ビジネスへの最初の一歩が踏み出せない。市場の拡大にはつながりません。
私たちのプラットフォームの特徴は、ブロックチェーン(改ざんが困難なデータ保管技術)やNFT(デジタルデータが唯一無二であることを証明する技術)を使おうとしていること。今後、政府資金のみならず、さまざまな民間企業が独自の目的のために人工衛星を打ち上げる時代が来ます。そこで得られる衛星データを解析するのも民間企業。データビジネスの活性化が期待できる一方、フェイクデータが流通してしまうリスクも当然あります。だから、データの信頼性を担保することが、このプラットフォームの生命線だと考えています。
──衛星データを活用するためのインフラ整備について検討するフェーズに入っているのですね。宇宙ビジネスの市場が拡大する兆しがあるということでしょうか。
米国ではアメリカ航空宇宙局(NASA)が宇宙事業を民間へ委託する方針へ舵を切りました。これを受けて、実業家のイーロン・マスク氏のスペースXなどが参入し、IT技術の導入や製造工程を改革したことで、人工衛星の打ち上げにかかるコストが劇的に削減されました。それで、民間企業が目的に合わせて独自に衛星をつくり、集めたデータでビジネスができるようになりました。日本も同様の動きになっていくと思います。
──ここまでお話を伺ってきて、創業した当時から自社の利益というよりも、まずは宇宙ビジネスの市場を広げることを優先してきたことが伝わってきます。
いま私たちは「競合会社はいない」と考えています。追いつけ追い越せというほどまだ市場は育っていません。事実として、宇宙事業コンサルという分野で競合しているベンチャー企業はいないのですが、もし出てきたとしても、ベンチマークするというより、どういう事業を行っているかをよく見て、一緒にこの業界を盛り上げていくことを考えたいですね。
SF映画のように、みんな宇宙に行ってみたいはず
──宇宙ビジネスに携わるなか、10年後にどんな未来が来たら面白いと思っていますか?それはやっぱり、アニメ『ガンダム』のスペースコロニー(宇宙空間につくる居住地)です。実験や旅行のために期間限定で宇宙に行くのではなく、人類が「移住」できるような世界をつくりたい。
そのために、人類が地球と月を往来する時代を見据え、月面で人類が自給自足できる環境をつくることをゴールとした生態循環維持システム構築プロジェクトをすでに始動しています。先ほどお話した「AMAZ」という実験装置は、さまざまな重力環境を再現できます。これが移住実現に向けたプロジェクトのファーストステップという位置づけなのです。これから壮大なプロジェクトへと発展していきます。1社ではできない。より多くの企業と協力しながら、宇宙にたくさんの人が住める仕組みをつくっていきたいと思います。
──10年で実現できそうですか?
うーん、さすがにちょっと無理かな(笑)。
いまはまだ、ロケットがないと宇宙に行くことができません。それに打ち上げ場所も限られています。でも、例えば映画『スター・ウォーズ』に出てくる航空機のようなものができれば、個人が行き来するという世界観がぐっと近づくのではないかと思っています。
──ビジネスチャンスを感じて宇宙の世界に飛び込んだように見えて、起業の背景には、実は宇宙に対するロマンもあるのでは?
昔から、人並みに宇宙もののSF映画やアニメに触れてきました。この仕事をするようになって、情報収集のためにより多くの作品を見るようになりました。でも、ちょっと目線が変わりましたね。『スター・ウォーズ』や『ガンダム』を見ても、以前のようにファンタジーとして楽しむのではなく、「現実世界ではなぜこれができないのだろう」ともどかしく思うようになって、どうすれば実現できるかを考えるようになりました。 ──目指す未来からバックキャストして事業を構想されたのですね。
最終的な未来の「絵」を描いてみせないと資金調達すらできませんから。「AMAZ」もそうだし、その先にやろうとしている月面移住もそうですが、最初にその絵を描こうとしたときは、近年の宇宙映画を全部見ました。特に大ヒットした映画『インターステラー』は、滅亡に向かう地球を離れ、スペースコロニーをつくる物語。この映画にすべてが詰まっていました。私はそこから発想していったのです。
──実際の事業の絵を描くのに、意識的に見たのが映画だったのはなぜでしょうか。
私たちは宇宙ビジネスの活性化を目指していますが、世の中にニーズがあることが前提です。でも、宇宙に関して一般の人がどんなニーズを持っているのか、ほかの製品やサービスのようにはわかりません。
そのニーズ、つまり、みんながいいなと思っていることが具現化されているのがSF映画だと勝手に思っています。ヒットした作品であればなおのこと、みんなの憧れが凝縮されている。だから、映画で描かれている世界を実現すればいいのだと思ったのです。
宇宙は確かにロマンがあります。でも、それを実現するにはやはりビジネスにすることが最適です。民間と民間が取引をして、ちゃんとお金を生む仕組みをつくらなければなりません。その環境づくりをリードするのが、「宇宙に価値を」を理念に掲げる当社の役割だと信じています。宇宙でビジネスをやりたいと考えた企業が、その一歩を踏み出せるように、窓口のような存在になりたいですね。
──宇宙ビジネスを活性化させるには、堀口さんが繰り返し口にされた「民間企業の参入」が鍵。いまはまだ宇宙旅行など一般人には現実味がないですが、費用や身体的負担が減れば、「週末はちょっと宇宙で遊んできます」なんてこともあるのかもしれませんね。私もSF映画のような世界観を妄想しながら、そんな未来が来るのをワクワクして待ちたいと思います。本日はありがとうございました。
*1:Morgan Stanlay「Space: Investing in the Final Frontier」(https://www.morganstanley.com/ideas/investing-in-space)