十三度めまして! さつまです!

ギンザ・グラフィック・ギャラリー2階のライブラリにて
ギンザ・グラフィック・ギャラリー2階のライブラリにて
ART FUN FANをご覧の皆さん、こんにちは! もしかしたら、こんばんは。さつま瑠璃です。

銀座の一等地に建つグラフィック専門のギャラリー、ギンザ・グラフィック・ギャラリー。「ggg(スリージー)」の略称でご存じの方も多いのではないでしょうか

TDC展といえば、1990年から毎年開催している企画展。主催の東京タイプディレクターズクラブは、創設者の浅葉克己さんはじめ、葛西薫さんや服部一成さんなど日本を代表するクリエイターが所属・運営する団体です。グラフィックデザインの中でも、特に文字や言葉の視覚表現を軸にした国際賞「東京TDC賞」を主催しています。

今年のTDC展2025では受賞作品とノミネート作品を中心に、特に評価の高かった126作品を展覧しています。

ここがすごいぞ! TDC展2025

「例えば狭義のタイポグラフィに留まらず、さらに全体的な、作品世界としての表現やのびやかな感性にも注目しています。国内外から毎年やってくる作品を、私たち自身がすごく楽しんでいるんです。私たちが広く皆さんとシェアしたいものを、結果的に賞として選ばせていただいているのではないかと、思うこともあります」と照沼さん。早速、いくつかの作品をガイドしていただきました!

新しくて面白い! 審査員もワクワクさせた作品たち

TDC賞2025でグランプリを受賞した橋本麦さんは、照沼さんも「本当に稀有な存在!」と絶賛するクリエイターの1人
橋本麦《「MONO NO AWARE / かむかもしかもにどもかも! (imai remix) 」ミュージック・ビデオ》illustrator:鈴木哲生/R&D Programmer:徳井直生
橋本麦《「MONO NO AWARE / かむかもしかもにどもかも! (imai remix) 」ミュージック・ビデオ》illustrator:鈴木哲生/R&D Programmer:徳井直生
「何だろう?」とつい見入ってしまうような、目まぐるしく変わる画面の文字。これは世界のユニコードに登場する文字で、橋本さんは興味を持って3年以上も研究しているのだとか。それを1つの表現として形にしたものがこの早口言葉のミュージック・ビデオです。
普段親しんでいる日本語のユニコードにはない、見慣れない文字が面白い。「TDC設立当初から大事にしてきた『文字と言葉の視覚表現の実験』という軸に、高レベルではまっている作品」と照沼さんは話します。

そして、同じく橋本麦さんも参加された、AC部さんの「ミュージックGIFマンガ」にもご注目! こちらもミュージック・ビデオの一種。アニメのように動くGIF形式の漫画のコマを、シームレスに繋げて縦スクロールで読む「GIFマンガ」という独自の形式に、音楽の要素を加えたものです。
AC部/橋本麦/group_inou《group_inou / HAPPENING》
AC部/橋本麦/group_inou《group_inou / HAPPENING》
一見するとスマートフォンでよく見る縦スクロール漫画のようですが、ポップなエレクトロサウンド、無秩序にも思えるラップの歌詞、その一語一語にマッチするイラストは、この作品独自のものです。漫画も文字を使っている点で「文字とデザイン」というTDC展のテーマに合致すると考えると、その意外性や奇抜さ、自由な発想に驚きます
照沼さんは「私たちが35年間やってきたことの原動力は、とにかく熱量の高い意欲的なものを見たいという関心。そういう意味では意外なものが選ばれたというより、本当にど真ん中の、受賞にふさわしい作品です」と賞賛しました。

今までの「当たり前」をガラッと変えるデザインの力

カルチャー系作品に限らず、会場には独創的かつ超プロのデザインが数多く揃っています。Henrik Kubelさん率いるA2-TYPEのフォントデザインもそのひとつ。ニューヨーク・タイムズ紙の別冊雑誌『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』の専用フォントを制作するなど世界的に有名なタイプデザイナーですが、「彼らの受賞歴の中でもユニークな作品」と照沼さんは解説します。

制作のきっかけは、ニューヨークに出張で行ったときに、街の住民が「NO PARKING」と地面に書いていた文字、特に「G」の文字をすごく気に入ったこと。その日の夜にホテルに戻って、「G」を中心にフォントをつくったそうです。「いい文字だね」と、文字を書いている住民にインタビューをしている様子の映像も掲示されています。
Henrik Kubel + Scott Williams, A2-TYPE《NO PARKING》
Henrik Kubel + Scott Williams, A2-TYPE《NO PARKING》
同じく、普通の人の何気ないクリエイティビティからアイデアを得た、Nejc Prahさんの作品がこちら。いろいろなクリエイターが居住しているスペースのビジュアルアイデンティティーですが、規則的な統一を避け、緩やかで感覚的につながっていく高度なVIデザインに挑んでいます。このデザインを成功させている秘密のひとつが、Nejcさんが、普段からデザイナーではない人がつくった街の中の貼り紙などを、着想の源としてコレクションしているところにあります。
Nejc Prah《Center Rog》
Nejc Prah《Center Rog》
照沼さんは解説します。「バラバラな感じだけどフィーリングはなんだか共通している。そういう柔らかくて難しいデザイン。ここで過ごす人は快適でしょうね」——現代アートの作品や展示施設でも、デザインの柔らかさが重要なキーワードにもなっているなと感じる今日このごろ。なんで柔らかさって大事なんだろう? 逆に自分が利用者として考えたときに、柔らかさのある空間ってなんで居心地がいいんだろう? と不思議に思います。

これらのデザインを見て「狭いところに安住していない感じがある」と話す照沼さん。凝り固まらない柔軟さこそが、多様性に対する包容力を生み出すのかもしれないな、と思わされます。

さつまが思わず心惹かれたブックデザイン

TDC 賞2025で受賞したブックデザインは2つ。本好きのさつま、そのどちらにも心惹かれました。

静けさを感じるダークトーンが印象的な《Gloria Lujanović: Srce zemlje》は、ユーゴスラビアの紛争で起きた戦争犯罪についてジャーナリストのGloria Lujanovićさんが取材・執筆した書籍。灰色のページに黒い文字で書かれているのが、今まで隠蔽されて世の中に知られていなかった内容です。Lana Cavar氏とNarcisa Vukojević氏のデザインによって、その告発や、世間に対する警告的な表現が、気配として感じ取れます。
Lana Cavar, Narcisa Vukojević《Gloria Lujanović: Srce zemlje》
Lana Cavar, Narcisa Vukojević《Gloria Lujanović: Srce zemlje》
もう1つは、振付家Meg Stuartさんと彼女の協力者ネットワークDamaged Goodsの共著による、ダンスカンパニーの活動を1冊にまとめた本。けれども、本ではなく舞台や映画を鑑賞しているような感覚に! 客電の落ちた劇場で、暗闇の中に光る照明の下、ダンサーの肉体やその躍動感を客席から見ているような臨場感は、Sean Yendrys氏によるデザインです。

このページの独特な質感は、印刷インキCMYKのK(黒)を使わない特殊な印刷によるもので、舞台作品の世界観を最大限に表現するために3年間も実験を繰り返したというのだから驚き! インキのベースにはKの代わりにシルバーのインキが乗っていて、光沢が生まれています。こうした表現から、ダンサーたちの精神性や芸術性までもが、本の中に再現されているのです。
Sean Yendrys《Let’s Not Get Used to This Place: Meg Stuart/Damaged Goods》
Sean Yendrys《Let’s Not Get Used to This Place: Meg Stuart/Damaged Goods》
もはやデザイナーというよりもアーティストに近いような、創作に傾けるエネルギー。照沼さんは「クライアントのオーダーで仕事が来て、規定のスケジュールの中で最良の答えを出していくのとはちょっと違う時間の流れ方。ねちっこくてちょっと異常なくらいの人たちが、TDC賞には集まってこられる傾向がある」と感じるそうです。

まだまだある! 受賞作品もノミネート作品も盛りだくさん

2フロアの展示とは思えないくらい、情報量とセンスに溢れたTDC展。まだまだ多くの作品があり、どれも見逃せません!

例えば、こちらは日本の江戸時代に主流だった、美しい連綿の仮名書体のフォント。可変機能が搭載されたフォント、バリアブルフォントのテクノロジーをこのテーマに持ち込んだ、新しく意義のあるチャレンジと探究心が旺盛なクリエイティブです。
舟山貴士《しゅうれん かな》
舟山貴士《しゅうれん かな》
Mei Shuzhiさんの作品は、アパレルブランド「Ju Mei」のブランディングのためにデザインされたもの。静けさと美しさを兼ね備え、完成度の高さを感じさせます。
Mei Shuzhi《Ju Mei》
Mei Shuzhi《Ju Mei》
地下1階に展示されているノミネート作品はじめ優秀作品は、惜しくも受賞には至らなかったものの魅力的な作品たち。外の通路にまではみ出るほどの圧倒的な量! 自分の頭の中からは出てこないような発想はどれも面白く、デザイナーではない人が見ても、脳が働くようなクリエイティビティの刺激を感じられると思います。
ノミネート作品の展示風景
ノミネート作品の展示風景

おわりに

「TDC展を35年もやっていると、飽きませんか?と聞かれることもありますが、飽きないどころか毎年『今年が最高!』と思ってやっています」と照沼さん。デザイナーたちの高度な遊び心や挑戦が詰まった作品は、時に大変だとしても誰よりも楽しんでクリエイトしたもの。それを見る審査員もワクワクして選んだという、前のめりなエネルギーを展示の全体から感じます

ビジネス社会におけるデザインの評価よりもあえて実験性を重んじながら、ユニークに存在し続けているTDC展。つくり手の目線に立ってみても、自分のそういうクリエイティブを見てもらえる場があると思うと、いろいろな可能性を追求したくなりそうです。記事では紹介しきれないほどの魅力的な作品群がひしめくggg、ぜひ足を運んで見てみませんか?

イベント情報
「TOKYO TYPE DIRECTORS CLUB EXHIBITION 2025」
会期:2025年4月4日(金)~5月17日(土)
開館時間:11:00~19:00
休館日:日曜日、4月29日、5月3日~6日
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
写真
さつま瑠璃
文筆家(ライター)。芸術文化を専門に取材執筆を行い、アートと社会について探究する書き手。SNSでも情報を発信する他、さつまがゆく Official Podcastでは取材執筆にまつわるトークを配信中。Web: https://satsumagayuku.com/ X:@rurimbon
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