茂森:まずは稲垣さんの仕事についてお聞かせください。

稲垣:私はいま、名古屋市の市民経済局にある次世代産業振興課に所属し、産業振興と経済発展を目的とした企業誘致に注力しています。その中でも、名古屋の弱点だと分析しているICT・クリエイティブ・デジタルコンテンツ関連企業を集積させることを主なミッションとしています。名古屋市が主催している「NAGOYA BOOST 10000」では、ビジネス創出イベント「NAGOYA HACKATHON」や人材育成プログラム「AI・IoT人材BOOSTプログラム」、ピッチイベント「NAGOYA BOOST DAY」などの活動を実施することで、注力業種の企業誘致を図っていきます。
茂森:名古屋が弱い、ICT・クリエイティブ・デジタルコンテンツの企業誘致をミッションにしているとおっしゃいましたが、名古屋市として過去にどのような企業誘致をされてきたのでしょうか?

稲垣:今までも誘致していこうという議論がされてきましたが、どの分野の産業を積極的に誘致するか明確なターゲットやビジョンが定まっていませんでした。そこで、まずは特定の分野を決めようということで、先ほど述べたように名古屋の弱点となっていた産業を誘致していく指針ができました。それでキックオフの意味も込めて、2017年にNAGOYA HACKATHONをスタートさせました。ハッカソンの開催後に、ICT・クリエイティブ・デジタルコンテンツ関連企業に特化した支援策「ICT企業等集積促進補助金」を新しく構え、さらに「NAGOYA BOOST 10000」という新たな事業も始めました。
茂森:稲垣さんと知り合ったきっかけは、岐阜県大垣で行われた、Startup Weekendのイベントでしたね。その後、NAGOYA HACKATHONを地元名古屋で企画され、ハッカソン後に新設された「ICT企業等集積促進補助金」はうまく活用されていますか?

稲垣:そうですね、補助金制度を新設してから7社の誘致に成功しました。中でもデジタルアニメーションやゲームといった、デジタルコンテンツ系の会社を誘致することができました。今の時代、Video On Demandサービスでデジタルコンテンツを収益化していく企業がどんどん増えてきています。そのような状況で、地方にスタジオを構えたい企業や、デジタル人材を地方で採用したい企業が多くあることを、さまざまな企業へのヒアリングで知りました。名古屋はデジタルコンテンツ系の専門学校が多くあり、この需要にマッチするのではないかと推測を立て、そこがうまくハマり、補助金制度を活用して、名古屋に進出する企業が増えてきたわけです。

茂森:誘致した企業は、東京が本社というところも多いかと思いますが、将来的には本社を名古屋に誘致することも、稲垣さんの役割なのでしょうか。
稲垣:まず、いきなり本社を名古屋に誘致することは難しいと思っています。しかし、ICTやデジタルコンテンツ系企業は、本社を東京に置いておく必要はなく、クリエイティビティを持つ人材が集まれば、自然とその場所に本社を構えようと流れが出来上がります。行政の役割は、呼び水として最初の流れをつくることだと思います。また、本社を誘致することも大事ですが、はじめから名古屋で起業してもらうほうが早いかもしれません。そのための、スタートアップ支援ができる環境を整備することも役割だと捉えています。これまで名古屋市は、企業誘致とスタートアップ支援を切り分けて考えていましたが、名古屋でコアとなる企業を創出することこそが、市場の活性化にもつながると考えているので、両軸で動いています

茂森:稲垣さんのように、「言葉が通じる」方が行政にいらっしゃるのは、我々にとってはすごく心強いです。初めてお会いしてから、「名古屋をどうにかできないか」と何度も議論したのを覚えています。当時、行政とスタートアップ企業のスピード感にジレンマを感じていらっしゃいましたよね。

稲垣:そうですね。今でもそれは感じています。名古屋市だけでなく、愛知県も同様の業務にあたっているので、足並みをそろえる必要があります。ただ大きな組織ですので、劇的にスピードアップしていくのは難しいですよね。

街の求心力を高めるには

茂森:NAGOYA HACKATHONは今までの名古屋市からしたらかなり斬新なイベントだったと思いますが、ハッカソン後に感じた変化などはありますか?

稲垣:良い意味で、「名古屋っぽくない」「名古屋市がそんなことやっちゃったの!?」と各方面から評価されて、上層部も新たな取り組みに前向きに捉えてくれるようになりましたね。でも、イベント一つで変わるとは思っていないので、継続していく必要があると思います。それにクリエイティブな街としてブランディングしていくにはまだまだ時間がかかり、いろいろな場所へ波及させていくことが必要だと考えています。

茂森:クリエイティブな街としてのブランディング、大事ですよね。「都市全体が刺激的にならなければ良い人材は残らない」という結論に私は行き着きました。結局のところ、同じ志を持つ企業が集まって、街を面白くすることで、また新しい人が集まるという循環が生まれるので、このサイクルを皆が共通認識として持つべきだと思います。そういった意志で集まった企業たちを束ねるのを、ぜひ行政にお願いしたいです。
稲垣:我々も、想いを束ねるハブになることが重要だとハッカソンを開催することによって再確認しました。私のイメージでは、プレイヤーごとに構成している各々の銀河間を、みんなで行き来していて、そこの往来をスムーズにするための交通整備をするのが行政ではないかな、と。

茂森:面白い考え方ですね! そんな都市を目指すにあたって、ベンチマークしているところはありますか?

稲垣:そうですね、福岡県は無視できない存在です。特に、広報活動によるブランディングやスタートアップ誘致がすごくうまいんですよ。昔ながらの行政ではなく、会議体を脱却したフットワークの軽い連携で成功例も出ていますし、とにかくどこよりも早いんです。ほかの都市が同じことをやろうとしても二番手止まりになってしまいます。差別化するために独自性を出そうとするともっとハードルが上がる。そういった意味でも福岡県はすごいですね。

名古屋市に物申す!

茂森:少し話が変わりますが、名古屋のスタートアップ企業の資金調達額が全国2位になったのはご存知でしたか?

稲垣:実感としてはまったく無かったです。

茂森:我々が思っている以上に名古屋のスタートアップは育ってきていると前回の対談でオプティマインドの松下社長からお伺いしました。しかし、どうしても名古屋に根付いている「名古屋から起業家はでない」という固定観念を、今こそ払拭して、企業に栄養を与えることも行政の役割だと思いますがいかがでしょうか。

稲垣:話を聞いて、今こそ名古屋がアツいことを広報するタイミングだと思いました。
茂森:それ、僕もそう思いました! 「名古屋飛ばし」を代表するネガティブキャンペーン的な言葉が多いので、ポジティブキャンペーンを行う起業家を増やすことが効果的だと僕は思います。また、ベンチャーやスタートアップの持つスピード感に、行政の支援体制が追いついていない現状も、ポリテック(編集部注、「政治」を意味する「Politics」と、「技術」を意味する「Technology」を合わせた造語)という言葉があるように、テクノロジーを理解する環境を行政内に整えれば、自然と変わっていくはず。行政が一歩先を進んでいかないと、産業は育たないですよね。

稲垣:人工知能やIoT、ICTといった新たなテクノロジーに対して受け身に制度を整えるだけでは不十分だということは自覚しています。しかし、最新の産業に対してだけ投資をすることは行政にとってはとても難しいことです。なぜなら、行政は本来市民のセーフティーネットとして機能しなければならないから。そのような状況ですが、行政もどんな産業が育つかを予想して投資していかなければなりません。一歩先を読む力を養わなければ、この土地にとどまる若者は失望してしまいますから。選ばれる都市になるために、行政は民間と同じレベルになれるよう務める必要があると再認識しました

デザイン都市、名古屋

茂森:やはりその部分は長年の課題ですよね。長年といえば、名古屋は30年前の1989年に「デザイン都市宣言」をし、2008年にはユネスコの「クリエイティブ・デザインシティ」に、神戸と並び認定されましたが、その認知度はとても低いですよね。このお墨付きはクリエイターにとってはすごくモチベーションになりますし、もっと発信していけば名古屋という都市が変わっていくと思いますがそのあたりはどのようにお考えでしょうか。

稲垣:認知度が低いことは感じていますし、行政としてデザイン産業を振興しきれていないというのは課題に感じています。行政のパンフレットを1つとっても、とにかく物ができていればそれでよいという部分があります。デザインへの優先度が低いことが要因だと思います。逆に、そのようなことにならないように、NAGOYA HACKATHONでは、Webサイト一つとってもデザインを重視しました。こういった事からデザイン都市であることを打ち出して、「僕たちの街はかっこいい」という雰囲気を醸成させることこそ、行政の役割かなと。ポジティブな言葉を使って、名古屋の印象を良くしていきたいです。
茂森:頼もしいですね。「デザイン都市」や「クリエイティブ・デザインシティ」というワードは、産業誘致やスタートアップ支援に有効だと思うので、ぜひとも活用していただきたいです。現状で、うまく周知できていないのは、予算や優先度の問題だけでなく、デザインに対する解釈の違いがあるのかも知れないですね。ただ表面上の美しさや意匠性といった意味で「デザイン」という言葉を捉えてしまっているのが原因なのかもしれません。

稲垣:そうですね、僕たち行政の仕事も「この街をどうデザインするか」という文脈からすれば「デザイナー」と言えますよね。だから、「デザイン」の解釈を、名古屋圏や行政内で合致させていく必要がありますね。経済産業省と特許庁が、「デザイン経営宣言」を打ち出して、国もその方針を推進していくようになったので、これもきっかけになると良いですね。
茂森:それでは最後に、稲垣さんが描く未来についてお聞かせください。

稲垣:名古屋のスタートアップに対する理解が深まってきた土壌をうまく活用して、「カルチャー」をつくっていきたいと思っています。抽象的なものは一番お金にすることが難しく、「カルチャー」は特にその代名詞だと思います。だからこそ、一企業よりも行政が取り組むべきだと考えています。今回のNAGOYA BOOST 10000でも、ハッカソンやBOOSTブログラムで勉強し、「こんな事業を起こしたい」という名古屋の未来を担うかもしれない人たちに対して、まだまだ未熟だからといって厳しく当たってはいけない。挑戦することすら許されない世界にしてはいけないと思っています。失敗したら「また挑戦したらいい」というカルチャーをつくっていき、「重厚長大で、ミスをしにくい街」を脱却し、「フットワーク軽く、チャレンジャーに寛容な街」をつくっていくのがこれからの目標です。先程の話ではないですが、私の肩書を【主事 稲垣尚起】から【デザイナー 稲垣尚起】にしたら面白いかもしれないですね!

茂森:良い意味でも悪い意味でも、「変化が少なく安定している都市:名古屋」が、時代に合わせて変わろうとしてる実感が少し持てたような気がします。産学官が一体となって動き始めたからこそ、間違いなくこの街の未来はどんどん面白くなっていくはずです。今まさに日本の都市の名古屋だけではなく、アジアの名古屋、世界の名古屋にしていくスタートラインに立てたのではないでしょうか。これからの行政にもどんどん期待をしたいと思います!

※稲垣さまの業務内容は取材時点のものです。
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【ナビゲーター】
茂森仙直
アクアリング 代表取締役社長。大学を卒業後、人材系会社を経て、2001年アクアリング入社。​IMCを視野にデジタルコミュニケーションを主力とするチームを指揮。WeBBY awards、Singapore Good Design Mark、Web Grand Prix、文化庁メディア芸術祭、DIGITALSIGNAGEAWARD等受賞。​ボルダリングとデジタルを掛け合わせたARボルダリング「WONDERWALL」で2017、2019年日経トレンディベストヒット予想コンテツに選出。​地元滋賀長浜と現在居住の名古屋の発展を目的に街づくり活動にも尽力。2014年よりStartup Weekendでコーチ・審査員も務める。​2019年8月より現職に。
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