「北風」から「太陽」へ

──はじめに、トキメキ事業部の設立経緯について教えてください。
ルクア大阪の販売促進グループは現在11人のメンバーで構成され、直近の売上をつくるマーケティングチームと、3~5年後の売上をつくるパブリックリレーションチームに分かれています。私は後者に所属し、チーム内の新たな組織として2020年8月にトキメキ事業部を立ち上げました。

新卒入社した2014年頃から、従来の販促のあり方には疑問を感じていました。それまでの商業施設では「半額セール」や「限定100個」など、お客さまが商品を急いで買いたくなるような企画をたくさん打ち出し、売上も好調でした。『北風と太陽』でいうところの、「北風」をたくさん吹かせていたんです。しかし、次々と吹き荒れる北風のなか、お客さまは次第に疲れてしまうのではと感じていました。目先の売上ばかりを気にしていては、いずれはファンを失い、会社としても危機に陥ってしまう。そこで私は、お客さまの悩みに向き合い凍った心を溶かし、自発的な買い物を促す「太陽」のような取り組みが必要だと考えはじめました。

──従来の販促とは異なるアプローチが必要だったのですね。
その第一歩として実施したのが、2017年に実施した「コスメ下取りキャンペーン」です。これは不要になった化粧品をルクア大阪で使える商品券と交換し、回収した化粧品は発展途上国へ寄付するというものです。はじめは「そんなん誰が来んねん」と、周囲からの風当たりは強かったですね。従来のマーケティングとはまったく異なる企画でしたし、当時は「北風」で十分な成果を出せていたわけですから。

ですが、いざ実施してみると開店前から行列ができて、合計4000個ものコスメが集まりました。商品券を手にしたお客さまは新たな商品も購入してくれて、売上にも貢献。現在では定期開催される人気キャンペーンになっています。この成功を機にプランナーとして本格的に企画を任せてもらえるようなり、同じ志を持つメンバーと、未来の新しい価値を生み出すPRチーム「トキメキ事業部」を立ち上げることができたのです。
 

心を救うコミュニティのちから

──マーケティングに対する違和感や課題意識は元々持っていたのでしょうか?
実は、そういうわけでもないんです。学生時代は建築やデザインに興味を持ち、大学・大学院で建築分野を専攻していました。そんななか、東日本大震災の被災地である岩手県釜石市のボランティア活動に参加する機会があり、仮設住宅の建設などを目の当たりにしたのです。そのとき、これまで学んできたスキルが、被災者の役に立てていないことを実感しました。仮設住宅を増やすことで、避難所生活を強いられていた被災者に新しい住まいを提供することはできました。しかし、いくら住まいの問題を解決したとしても、釜石市の人々の心まで救うことはできていなかったのです。それは、自殺率という具体的な数字にも表れていました。

そこで新たに見出したのが、「コミュニティデザイン」を通じて人々の生活を豊かにすること。在籍していた大学院の研究室では、釜石市から相談を受けて「人々の生活をデザインする」ための活動に取り組んでおり、私は現地の仮説団地を訪問し、住民同士の交流を促進するさまざまなイベントを実施しました。すると、それまで孤独でつらい日々を過ごしていた人も、気の合う友人が一人でも見つかるだけで心が軽くなり、笑顔を見せてくれたんです。建築分野で学んできたカッコいいデザインではないし、正解もない領域ですが、コミュニティデザインが人々の心を豊かにできる可能性を実感できましたこうした経験をさらに積み上げるべく、個人でも活動をはじめることにしたのです。

──まさに現在の活動に通ずる経験ですね。当時、具体的にどのような活動をされていたのか教えてください。
当時は学生ということもあり、はじめは手の届く範囲でコミュニティデザインを実践しようと、友人と共に大阪長屋でシェアハウス兼ゲストハウスを運営しました。これは私と友人の二人で住み、宿代として手土産一つを持ってきてくれれば、誰でも宿泊できるというもの。地元の方から日本一周中の旅人まで、異なるキャラクターを持つ人々同士の交流を実現することができました。そのほかにも、地元のNPO法人に所属し、大阪市西成区のあいりん地区で炊き出しボランティアなども行っていました。

活動のなかで貢献できたことは、どれも些細なことばかり。それでも、コミュニティデザインを通じて誰かの悩みを解決し、明日を生きる希望をつくれたことが本当に嬉しかったですね。大学院を卒業後は、こうした取り組みができる仕事をしようと決めていました。

──そのなかで、なぜ商業施設を運営するJR西日本SC開発への入社を決めたのでしょうか?
学生時代の活動を通して、コミュニティにおいて女性が放つエネルギーの力強さに気づいたからです。コミュニティデザインを社会で実践していく上で、女性が持つパワーを借りたり、さらに盛り上げたりすることが、大きなちからになると考えていました。そこで頭に浮かんだのが商業施設です。仮設住宅でボランティアをしていたとき、真っ先に周囲とコミュニケーションを取っていたのは地元のおばちゃん。大学の研究チームで、みんなを引っ張っているのも女性メンバーでした。そんな風に、私もあらゆる場面で女性に助けられてきたのです。

実際にルクア大阪の日々の業務でも、お客さまにも社員にもパワー溢れる女性が多いと体感しています。この魅力を活かしたコミュニティ、ひいては街づくりができれば、より多くの人々の心を豊かにできるのではないかと思い入社を決意しました。

ため息を“トキメキ”に変える

──北野さんはトキメキ事業部の設立以前から、ユニークな企画をいくつも展開されていますね。これまでの活動を通じて、どのような手応えを感じていらっしゃるのでしょうか?
SNSを活用しながらお客さまとコミュニケーションを取り、「ため息」としてこぼれる小さな悩みをアイデアの種としています。2019年にスタートした「妄想ショップ」では、Instagramに寄せられた「ため息」をヒントに、さまざまなお店やサービスを展開しています。
 

例えば、ひたすら褒めてくれる「ほめるBar」。これは、「大人になると、あまり褒めてもらえない」というため息をもとに開催したもの。お客さまが「ほめる人」として指名したスタッフに悩みを話し、スタッフがそれをひたすら褒める企画です。このため息には私自身とても共感しましたし、多くのお客さまに来店していただき反響を呼びました。

また、お坊さんがモヤモヤを聞いてくれる企画ショップ「お坊さん喫茶」は、「旦那の愚痴を聞いてほしい」というため息がきっかけでした。シビアな悩みでもあるので、中立的な立場で話を聞ける人を探していたところ、とあるお坊さんから「お寺以外の場所で社会の役に立てることはないか」と相談されたのです。これは適任だと思い、すぐに聞き役をお願いしました。お客さまからも「お坊さんだったら話しやすい」と好評で、それぞれの悩みがうまく組み合わさった事例でした。
企画から得られる気づきとして共通しているのが、お客さまが、日々さまざまな悩みと向き合っているということです。「お坊さん喫茶」の場合「愚痴なんて誰にでも話せる」と思われそうですが、うっかりお隣さんに話せば、ご近所からの旦那の印象が悪くなるし、愚痴をこぼした自分自身の印象も悪くなるかもしれない。そんな風に、コミュニティ内での自分のブランディングを意識した悩みが潜んでいました。また「ほめるBar」では、褒められているうちに泣き出す女性もいたのです。私たちには見えていない悩みを抱え、心が押し潰されそうになっている人がたくさんいることを知りました。こうした気づきは従来のマーケティングでは得られなかったお客さまの深層心理と向き合った上で、より良い消費となり得る企画を実施したいと一層思えるようになりました。

──これまでに得た気づきから、新たなアイデアも既に浮かんでいるのでしょうか?
2021年2月より、ルクア大阪として新たに学校事業を展開していく予定です。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大を機に、自分と向き合う時間ができた人が多いと思います。そのなかで、「自分の生き方ってこれで大丈夫なのか」「人生をもっと楽しむためにはどうすれば良いのか」といった、新たなため息も寄せられています。より良く生きたり、人生を楽しんだりするための情報や手段はたくさんあるはずなのに、大人になって教えてもらえる機会が減った人々が、人生を楽しむためのアクションを見つけられずにいたのです。そこで私たちは、大人たちが明日を楽しむヒントを得られる学校をつくることにしました。

いきなり「人生」と言われると壮大に聞こえるかもしれませんが、日々の生活をちょっとだけアップデートできれば、その積み重ねが自分のスタイルとなり、より良い人生につながります。ルクア大阪では、これまで流行のおしゃれな洋服や素敵な生活雑貨、美味しい食事など、主に衣食住にまつわるモノを販売することでお客さまのライフスタイルに寄り添ってきました。今後は世の中の流れとして、自分は何を求めるのか、どういう生き方がしたいのかなど、向き合うべき場面が増えていくと思います。自分らしく羽ばたくことを尊重される時代のなか、迷っている人がヒントを見つけるきっかけとなり、不安を感じる時のお守りのようなサービスを提供したいと思っています。

この事業の前身となったのは、2020年10月に実施した「大人の学校」です。授業のテーマは「大喜利」や「珍スポット」、「顔出しパネル」など、マニアックなものばかり。人生に必要か、と言われたら不要かもしれないけど、知っていると明日がちょっと楽しくなるようなスキルや知識が得られる学校なんです。授業では、宿題として「気になっていたお店に入ってみる」「こんな◯◯は嫌だ、を考えて発表する」といったことを実践してもらい、新しいことにチャレンジするきっかけも提供できました。実際に参加された方々はすごく楽しんでくださって、イベントは大成功でした。来年はこうした人生を楽しむヒントを少しでも多くつくるべく、週1回のペースで長期的に授業を開催できればと思っています。生きていく上での楽しみ方に悩んでいる方が、トキメキという希望を見つけるきっかけの一つになれたら嬉しいですね。
──トキメキを感じられる人が、今後さらに増えていきそうですね。最後に、北野さんの今後の目標を教えてください。
実は私、昔からジョン・レノンさんを尊敬しています。彼はアーティストとしてだけでなく、平和運動家として本気で平和を実現させようとした一人です。しかし、本当に平和について考えたことのある人って、意外と少ないのではないでしょうか。私は「こんな世になってほしい」という自分のなかの「妄想」を形にしていくことで、自分なりのスタイルで平和を実現させたいと考えています。

また、トキメキ事業部で実施している「妄想ショップ」などの企画が、多くの人々の妄想の機会を生み、「こうだといいな」のため息を吐き出す場所となれば嬉しいです。そして、それを私がもっと具現化していけるようになりたいですね。大それた野望かもしれませんが、こうした声を受け止めて企画として実行できる土壌があるのも、大阪の魅力のひとつ。この土地ならではの風土や人々のエネルギーも推進力として、誰もがトキメキを感じられる、平和な世界を実現していきたいと思います。

──北野さんが仕掛ける企画の数々には、平和を見据えた思いが込められていたのですね。今後もトキメキ事業部の活動を通じて、「ため息」からたくさんの「トキメキ」が生まれていきそうです。本日はお話いただきありがとうございました!
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