自治体と民間企業の連携

──福岡市LINE公式アカウントの友だち数が圧倒的な数字を誇っている秘訣は、ズバリなんだと思いますか?
井上「市民の困っていることや不便に感じていることを解決する」ことに徹してきたからだと思います。福岡市LINE公式アカウントを友だち登録すると、利用者はごみ出しや防災、小中高等学校・特別支援学校の休校など、知りたい情報を設定して受信することができます。従来、自治体の情報発信といえば、広報誌やホームページで一方的に発信するのみでしたが、LINEの活用によって、市民が自分にとって必要な情報を選択できるようになりました。ツールがあっても、便利でなければ自然と廃れていく。実際に使ってみて、利便性や必要性を感じてもらえたからこそ、多くの方に活用いただけていると自負しています。

南方福岡市LINE公式アカウントの機能は、いずれも「福岡市あるある」が起点になっています。例えば、福岡市は燃えないごみの日が月に1日しかなく、つい忘れてしまうという声が多くありました。そこで、本アカウント上で居住地を登録することで、その地域のごみ出しの日に通知を受け取れる機能を搭載しました。また、福岡市はPM2.5の飛散量が全国的にも多く、日によっては洗濯物が干せないこともあります。この問題もLINEで解決しようと、PM2.5の飛散量が多い日をお知らせする機能を取り入れました。
また、近年は防災に関する機能を強化しています。新型コロナウイルス感染症の流行や九州地方で頻発する自然災害を受けて、防災に関する情報の市民のニーズが浮き彫りになってきました。友だち数の推移を見ると、2019年までは3カ月に約1万人のペースで増えていたのですが、2020年2月に福岡で最初の新型コロナウイルスの感染者が現れて以降、1カ月に約1万人増加のペースに早まったのです。豪雨や台風の際も同様で、有事に友だち数が増えるスピードが上がることがわかりました。つまり、インターネットやSNS上でさまざまな噂が錯綜するなか、自治体が発信するオフィシャルな情報を、タイムリーに取得したいというニーズが見えてきたのです。今後も、いつどこで不測の事態が起こるか予測できません。日々変化する市民の困りごとを察知して、すみやかに解決策を考える。これを地道に積み重ねています。

──どのような機能を取り入れるかについては、福岡市とLINE Fukuoka、どちらが主導で進めているのでしょうか?
井上:私たち福岡市から相談を持ちかけることもあれば、LINE Fukuokaからご提案いただくこともあります。先ほど、南方さんが「市民の困りごと」と言っていたのですが、まるで自治体の職員みたいですよね。南方さんたちが私たちと同じ目線で、常に市民のことを考えてくれるからこそ、一緒にいろいろなものが生み出せているのだと思います。

南方:私たちは自治体としての視点を持ちながら、同時に福岡市民でもあります。社員やその家族が「こんな機能があるといいな」と感じていることが、そのまま市民のニーズでもあります。そのため、1人の市民としての視点も大切にしています。そのうえで、私たちはLINEというコミュニケーションツールを生業にしているので、コミュニケーションに関してはプロフェッショナルとして努めています。プロの視点から未来を見据えて、市民と自治体とのコミュニケーションを最適にデザインしていくことが私たちの役割だと考えています。

──福岡市との連携におけるLINE Fukuokaの具体的なミッションを教えてください。
南方「課題解決するサービスをどれだけたくさんリリースできるか」を1つのKPIにしています。これは決して自分たちのエゴではなく、「リリース数=課題解決数」だと私たちは捉えています。私たちが大切にしているのは、「いま」の市民の困りごとをどれだけ解決できるかです。世に出して使ってもらって、初めて意味をなすので、スピード感や数にはこだわっています。

スマートシティというと「未来の世界」のイメージを持つ人も多いかもしれません。ともすれば「絵に描いた餅」になりかねないのですが、スマートシティはもう決して未来の話ではありません。私たちが提供する、自治体と連動したLINEのサービス提供も、スマートシティの一端を担うものの1つです。ただそのことに気づいていないだけ。少しずつ、少しずつ、街はスマートシティへシフトしていくのです。なぜなら、ある日突然に「今日からこの街はスマートシティです!」なんてことにはならないし、それだと誰も信じないですよね? だからこそ、いまこの瞬間の市民の困りごとの解決に尽力しているのです。このような「気がつかないうちに街がスマートシティに変わる」ことを私たちは目指しています

「スマートシティ」が目指すべきあり方とは?

──福岡市の目指すスマートシティとはどのようなものでしょうか?
井上:福岡市では「スマートシティ構想」というものを掲げているわけではありませんが、「市民の困っていることや不便に感じていること」を先端技術など「スマート」な手法で解決する一つの考え方として、「市民参加型」が挙げられると思います。例えば福岡市LINE公式アカウントについても、福岡市から情報発信をするだけでなく、公園や道路の損傷を市民に通報してもらうシステムを導入しています。損傷を見つけたら、写真に撮ってLINEで送るだけで通報ができるというものです。また、災害時の避難所も、LINEで位置情報を送ることで調べることができます。このように、まちづくりは行政が一方的に行うものではなく、市民と一緒に行うことが大事だと考えています。多くの人が日常的に使っているLINEだからこそ、主体的な行動を生み出せる。誰もが当事者意識を持って街づくりに参加できる。そのような積み重ねでスマートシティに近づいていくものだと思います。

昨今、災害や新型コロナウイルスなど、予期せぬ出来事が多発しています。その都度、私たち自治体は全力をかけて、正しい情報の発信や窓口での対応などを行ってきました。しかし、今後またどのような非常事態が起こるかわかりません。もしかすると、自治体では対応ができない事態に陥る可能性も0とは言えません。もしそのようなことが起きたとき、街は大きな混乱に包まれてしまいます。それを避けるためにも、LINEなどのテクノロジーを活用することで、市民一人ひとりの行動の選択肢が広がればという思いも持っています
南方:井上さんの話すとおり、今後、日本全体で人口減少社会を迎え、労働人口も減っていくなかで、いつまでも自治体に頼っているだけではいけない。私たちもそのように考えています。市民一人ひとりが、自分の暮らしを、自分自身で便利にしていく社会になっていく必要があると思うのです。そのため、スマートシティも自治体だけでつくるものではない。自治体・企業・市民の3者が共創するべきで、どれか1つでも欠けていけません。福岡市は、常にアグレッシブに新しいチャレンジを続けているし、私たちも、市民の暮らしが便利になるサービスを生み出している。そして、市民はそのサービスをうまく活用しています。この3つのパーツが噛み合っていることが重要なのです。

もしスマートシティ構想を進める上で「自分たちの自治体を有名にしたいから」「多くの利益にありつけそうだから」「新しく開発した技術を試したいから」など、誰か一人のエゴが推進力になっているのなら、十中八九うまく作用することはないと思います。なぜなら、街は誰か一人で住むものでも、つくるものでも、所有物でもないからです。「大勢の幸福を追求」していくことがスマートシティ構想や街づくりを進める上でもっとも重要であると思います。

──この先に描いているビジョンを教えてください。
井上:先ほど南方さんが話したように、おそらく福岡市民は、自分がスマートシティに住んでいる実感はないと思います。少しずつ生活に浸透して、気づかないうちにスマートシティの恩恵に預かっているのです。それくらい自然に生活に溶け込んでいくことが、福岡市の目指すスマートシティの姿なのかと思います。

私たちはスマートシティをつくること自体を目的としている訳ではありません。あくまで市民の課題を解決するための手段がスマートシティなのです。今後も、市民の生活を便利にする方法を考えるなかで、テクノロジーを活用して、よりスマートな方法を取り入れていきたいです。一方で、リアルなコミュニケーションが必要な場面も多々あります。例えば、スマートフォンを使い慣れていない高齢者の方には、対面での対応が必要です。スマート化によって効率化できた時間で、必要な場面でのリアルなコミュニケーションを手厚くする。そうすることで、市民の生活の質を上げていきたいです。

──南方さんはいかがでしょうか?
南方:福岡市を中心に考えると、市民が生活のあらゆるシーンで「LINEさえあればいい」という状態をつくりたいです。例えば、福岡市に引っ越してきた際、LINEで市役所の転入手続きをすると、定期券や電気・ガスの契約も自動的に完結する、というようなシステムになったら便利ですよね。仕組みとして難しい部分もありますが、自治体や企業のセクショナリズムを取り払うことで実現できるのであれば、チャレンジしてみたいです。

一方で、福岡市だけが便利になればいいというものでもありません。特に自然災害の際はそれを痛感します。当社にも、福岡市博多区に住んでいるAさんと、福岡市の隣の春日市に住んでいるBさんがいます。2人は最寄り駅も同じなのですが、住んでいる地域が違うため、自治体から受けられるサービスがお互いに違うのです。災害が起こったとき、福岡市に住んでいるAさんはLINEで情報を取得したり、避難所を探したりすることができるけれど、Bさんはできない。災害は広範囲で起こるので、ほんの数十メートル、数百メートル離れているだけなのに、一方は助かるけれどもう一方は助からない、ということが起こりうるわけです。

今後は、福岡市の取り組みをもっと広範囲に展開していきたいと考えています。2020年7月に、福岡市公式LINE公式アカウントの一部機能をオープンソース化して、全国の自治体に無償提供することを発表し、10月12日より提供を開始しています。 実際に、7月のリリースから最初の1カ月で自治体、開発事業者合わせて50件ほどの問い合わせがあり、需要があることも実感しています。福岡市は、全国に先駆けてDX推進をしている自治体だと思っているので、福岡市民もそれを誇りに感じてくれると嬉しいですね。そして今後、全国の自治体が福岡市の事例を取り入れようというムーブメントが起きると良いなと思います。

 
 「LINE SMART CITY GovTechプログラム」

──井上さんと南方さんのお話を通して、福岡市がテクノロジーにアクティブな秘訣は、自治体・企業・市民の3者がうまく噛み合っていることにあるのだとよくわかりました。今後は、全国的にスマートシティに向けた取り組みが加速していくことに期待したいと思います。ありがとうございました!
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