──luteは音楽業界で独自のポジションを築いていらっしゃるように見えますが、このようなビジネスモデルに至った原点はどのようなことだったのでしょうか?
音楽やカルチャー全般が好きだった16歳のころに音楽共有サービスのナップスターが出てきて、MP3の音源ファイルが数十秒でダウンロードできるのを目の当たりにして衝撃を受けました。音楽の力は普遍ですが、業界のビジネス構造が変わるのを感じ、それまでの考え方が変わっていきました。私は祖父も父親もレコード会社で働く家庭で育ったので、私自身も将来は大手レコード会社に就職し、ディレクターをやってみたいと思っていました。しかし、高校・大学とニュージーランドに留学したことで価値観が変わりました。それこそ、海外にいることで英語の原文でニュースを読めるようになり、アップルのようなヒッピーカルチャーから始まったスタートアップ企業が世界の市場で存在感を高めていくのに憧れを抱くようになりました。

──そのように感じて、その後はどのような活動してきたのでしょうか?
自分でなにかを変えていかなければいけない、新しいことを起こしてやるぞという気概で海外留学を終えて帰国したのですが、日本の就職活動には馴染めませんでした。その後、HR系のスタートアップを経営する先輩の元で、しばらく働かせてもらうことになりました。当時からカウンターカルチャーが好きでシリコンバレーの起業家の生き様に憧れがあり、音楽というよりもビジネスや起業に興味を持っていたので、1社目ではそういった面で勉強させてもらいました。それからメディアジーンに転職して、Webメディア「lifehacker[日本版]」の編集者になりました。

──そこではどういった業務をしていらっしゃったのでしょうか?
記事の編集・ライティングや海外の文献の翻訳などをしていました。原文で読むことが多く、そこで海外のエンターテインメントやカウンターカルチャー情報に多く触れました。インターネット経由の情報摂取量は増え続け、気づいたらネット中毒者みたいになっていましたね(笑)。当時いろいろと読み漁っている中で、“メディア”の定義をよく考えるようになりました。それで日本の音楽業界に足りないのは、メディア的な発想なのではないかと気づきました。音楽メディアがないという意味ではなくて、CDもひとつのメディアだし、レーベル自体もある意味メディアだし、メディアには複数のレイヤーがあるのが面白いと思うようになりました。

音楽業界の新たなビジネスモデルの模索

──その後、エイベックス・デジタルに転職されたとお聞きしましたが、どういった経緯だったのでしょうか?
当時のエイベックスは、「レコード会社」から、ライブやマーチャンダイジング、ファンクラブ、チケッティング、スポンサーセールスなどを行う「エンターテインメントカンパニー」となっていました。その一つにデジタルサービスの立ち上げを進めていて、私は音楽好きでデジタルメディアに詳しいということで採用されました。入社して早々にデジタル時代のレコードビジネスの答えの1つ、サブスクリプションサービスの立ち上げを担わせてもらいました。これも音楽業界として、大きな一歩ではありましたが、ほかにもトライできることがあるのではないかと考えている自分もいました。

──それでluteを立ち上げたのでしょうか? 
そうです。1994年にカナダで創刊された『VICE』に影響を受け、動画を配信するカウンターカルチャーをまとめたWebメディアは面白いと思って企画書をつくりました。2015年ごろから1年間ぐらいかけて、イケてるミュージシャンのミュージックビデオを制作しては、YouTubeにひたすらアップロードし、luteのブランド価値を高めていきました。その1年で「luteらしさ」が確立できて、認知度が上がったので、収益が得られるビジネスへとシフトしました。それが受託の映像制作事業です。これまで蓄積してきたミュージックビデオの制作ノウハウをつぎ込み、高いクオリティの映像をつくっていきます。

──直近では「アーティストビジネス・カンパニー」と標榜し、新たなビジネスモデルの構築を画策していますが、どのような構想なのでしょうか。
例えるなら、1階がさきほど申し上げた映像制作事業で、2階がアーティストビジネスという、2階建てのビジネスを目指しています。

──アーティストビジネスとはどういったものを指しますか?
アーティストが持つブランド力を最大化させ、音楽ビジネスの新たな収益の柱になるようなものです。イメージはスポーツビジネスのIP戦略に近いかもしれないです。ナイキのエアジョーダンシリーズのようなものです。

米フォーブズが発表している“The World’s Highest-Paid Musicians (世界で最も稼ぐミュージシャンランキング)”のトップランカーは、ほとんどがモノづくりで儲けています。ラッパーとして活躍しているP.Diddyは「シロック」というウォッカブランドを持っています。そして、彼の後輩ラッパーたちのミュージックビデオで、クラブで「シロック」を飲むシーンを入れることで、「シロック」のブランディングにつなげています。またマドンナはレコード会社ではなく、大手イベントプロモーターのライブ・ネイションと360度契約を交わしたことも記憶に新しいです。

これらの海外の動きを参考に、録音物や物販はレコード会社、興行はプロモーターといった日本のレガシーな音楽業界の構造に風穴を空けていきたいですね。レコードビジネス、ライブビジネスに限らず、音楽業界はもっと幅広い可能性があると感じますね。

ミュージシャンの音楽性だけでなく人間性に注目

──確かに日本のミュージシャンもそういった動きが見受けられますね。最後に、今後音楽業界はどういった未来が待っていて、その中でluteはどういった方向を目指していくのか教えてください。
徐々にミュージックビデオの定義が変わり始めています。例えばテレビでミュージックビデオは3分間丸々流すことはないので、尺が3~5分である必要はありません。フォーマットが変化してきていて、ミュージシャンたちの日常の短尺の映像をYouTubeではなくInstagramにアップロードする、さながらドキュメンタリームービーがもっと増えてくると予想しています。そのような背景で、ミュージシャンは音楽ではなくライフスタイルを売っていく流れが加速するのではないでしょうか。例えば、ラッパーのケンドリック・ラマーは、彼自身がファッショナブルで生き様がかっこいいから、モデルのスニーカーを買いたいと思う人たちがいるわけです。

さらに言うと、影響力があって憧れの対象になるのはアーティストだけではないですよね。それこそ日本では昔からママタレントたちが、ブランドとコラボしたり、自身のブランドを立ち上げたりしています。だからluteでは、アーティストだけでなく、タレントや文化人とも仕事をしていくつもりです。

──音楽活動ではなく生き様をリスペクトできる人物にも広げていくのですね。
あともう一つ、我々の最終目標は「ライフスタイルブランド」です。FMCG(日用品商材)などのライフスタイルプロダクトを、luteブランドのラベルを貼り展開していくことを考えています。さらにミュージシャン・文化人の方とコラボレーションすることで、ロイヤルティを分配し、Win-Winになる関係を構築していきたいです。

前半でも述べたようにアーティストの収益源がCDなどの音源物ではなく、ブランドとのコラボレーションや商品開発に移行する動きがあり、こうした背景の中、luteが「モノづくりにおけるパートナー」になり、プロダクトレーベルとして活動支援を行うことを目指しています。
ライフスタイルプロダクト第1段となるクラフトビール「lute beer β」。今後は、ビール以外のプロダクト開発もしていく予定とのこと。
ライフスタイルプロダクト第1段となるクラフトビール「lute beer β」。今後は、ビール以外のプロダクト開発もしていく予定とのこと。
──ライブビジネスで活気づいている日本の音楽業界ですが、さらなる波が来そうですね。今後の取り組みを楽しみにしております。お話ありがとうございました。
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