──山口さんが立ち上げた「漁師コミュニティ」、読んで字のごとく漁師のコミュニティだとは思うのですが、どのようなコミュニティなのかより詳しく教えていただけますか?
おっしゃる通り、このコミュニティは漁業関係者の方たちを集めたオンラインコミュニティです。2019年5月時点では、参加者は1300人を越えており、北海道から沖縄まで場所を問わず日本各地から参加いただいています。

この参加メンバーのうち37%が現役の漁師の方々になっており、残り63%は釣りを趣味にする一般の方たちや漁業協同組合の職員、水産卸売業の関係者、飲食店の経営者、漁船や漁網のメーカーなど漁師を相手にするビジネスを行う人たちになっています。コミュニティ内では釣れた魚や自分の持つ船の写真や動画を見せ合うなど、ユーザー同士で自由に交流をしています。ほかにも人材募集や水産物の売買などビジネス的なやりとりをする人もいますね。

──山口さんは医師だったとお聞きしました。なぜ辞めて、水産業に進もうと思ったのでしょうか?
実は僕の中に漁業に対する原体験のようなものはなくて、起業家になることに憧れがありました。高校生の頃は医師を志して、慶應義塾大学の医学部に進んだのですが、当時の先輩たちの中に医師の道には進まず、エンジニアとして働くことを選んだ人たちや起業家になる人たちが多くいました。こうした周りの影響もあり大学5年生頃から起業家や経営者に興味が湧き始めたんです。けれども当初は、医療の分野で起業することを考えていたので、まずは研修医として数年間修行をしたいと思い、救命救急科で研修医として務めていました。しかし、日夜ニュースで取り上げられている同世代の起業家たちの成功を見ていると、焦る気持ちが日に日に強くなってきて、結局3カ月で辞めて、会社を起こすことを決めました。
──自ら医師の道を絶ち、険しい道なりを選ぶとは大きな決断ですね… 
周りからはすごく引き止められましたね。それでも、わがままを通してでも起業家としてチャレンジしてみたかったんです。そこから現在の漁業の領域にたどり着くまでには、さまざまな試行錯誤がありました。開発していた「一緒に焼肉を食べに行きたい人を探すアプリ」はサービスを開始するまでには至らずとか。それらの失敗も経験していく中で、漁業にめぐり逢いました。

──さきほど少しお話いただいていますが、漁業に対しての原体験は特に持っていなかったのですよね。どうしてそこに注目したのでしょうか?
漁業に関心が向いたきっかけは、日本の市場規模が1兆円もあり、日本人にとって非常に重要な産業であるにもかかわらず、他の一次産業に比べて課題が多いことを知ったからです。まず1つ目にあるのはIT化が遅れていること。同じ一次産業の農業業界に比べると非常に顕著です。農業ではドローンや無人トラクターによる農作業が行われていますし、オンライン上でのCtoCの農産物の売買やBtoBの農機具の売買などが可能なプラットフォームが存在しています。これらが漁業ではまだまだ少ない。他にも水産資源の枯渇や人手不足など、非常に多くの問題が存在している。まさにブルーオーシャンでした
しかし、長い歴史を持つ水産業がずっとブルーオーシャンのまま放置されているのは、それほどこの業界が抱える問題が根深いということでもあります。水産物は時価で取引されるため農作物に比べると価格変動が激しく、また冷凍・冷蔵した物流はコストもかかる。一概に農業と同じことをできない、漁業特有の理由もあります。そのため、とても手に負える状態ではないと思い、諦める人も多い。それなのに、僕がこの業界に臆面もなく入っていけたのは、漁業への原体験を持たなかったからです。持たないからこそ、先入観を持つことなく、新たにチャレンジしてみたいと思えた。原体験を持たないことがプラスに作用したんです

──先入観や偏見を持たないからこそ、しがらみが多い業界にも臆せず入れたということですね。
そうです。それに高齢化が深刻な日本の漁業は衰退産業ではありますが、世界的には成長産業になっており、水産物の生産量は世界的にも右肩上がりに伸びています。つまり、魚を食べる人たちが世界中で増えている。世界人口の増加による食料需要の増加や養殖の技術の発達による魚種の拡大、和食人気の上昇などで盛り上がっています。だからこそ、日本の水産業の問題を解決しなければならないし、ビジネスチャンスもきっとあると思い、水産業に参入することを決めました。
──漁業を取り巻く世界の実情がそのような状況になっていたとは……。業界の課題を放置するのはもったいない状況ですね。そのような背景の中、山口さんが「コミュニティ」に注目したのはなぜでしょうか?
漁業は業界内の交流の場が極端に少ないんです。異なる漁場同士の交流はありませんし、同じ漁業協同組合の中でも昔からしきたりや伝統が悪く作用して交流範囲が狭くなっていることもあります。だから同じ業界にいても地域同士の協力関係は薄く、情報交換する場が少ない。そのせいでお互いの地域の成功事例など、有益な情報についても共有できていませんでした。まずはこの部分を改善するために、漁師コミュニティを立ち上げました。すると、思った以上に反響があったのです。やはり漁業に関わる本人たちも自分たちが直面している現状はとてもよく理解しておられて。皆さん、業界を改善したい思いは持っているんです。そういう思いもコミュニティの開設には追い風になりました。

──3カ月で1000人を越える業界関係者が参加するなど、実際に現場で働いている人たちから多くの賛同を受けられているということは、ニーズを捉えているということですよね。
所属する人数が多いほど、コミュニティの力は増します。だから今後も方向性を間違えず、新しい試みも積極的に行いながら、より規模を大きくしていきたいですね。5月中旬には、初のリアルイベント「漁師エキスポ」を開催しました。このイベントでは200人を越える方たちに来場していただきました。
5月19日に行われた、漁業関係者向けの交流イベント「漁業エキスポ」の様子
5月19日に行われた、漁業関係者向けの交流イベント「漁業エキスポ」の様子
──そちらのプレスリリース、拝見しました。スポンサーとして、DMM.comも協賛したとか。
そうなんです。ありがたいことにDMM.comさま以外にも4社の企業に協賛をしていただき、12の団体のブース出展の場を設けさせていただきました。「このような場はいままで少なかったからとても有意義だった」「この先も定期的に開催してほしい」などの声も多く頂いたので、その期待に応えていきたいと思います。

──漁業に一石を投じる、ムーブメントになるといいですね。ほかにも山口さんの中で、今後コミットしていきたいと考えているものはあるのでしょうか?
先を見据えた話としては、漁船などのモノの取引を効率化していきたいと考えています。中古での個人売買や人づてで船業者を探すことが多い漁船の取引は、コミュニティ内でもユーザー同士でやりとりされており、ニーズが顕在化しています。このため今後は、これまでのコミュニティ機能だけでなく、漁船や漁師道具の売買機能を付帯したフリーマーケットのようなサービスを提供していくことも検討しています。
漁業の問題は根深いですが、一つひとつを確実にクリアしていくことで活気ある業界にしていきたいです。そうすれば、漁師も人気の職業になっていくに違いないと信じています。いずれは日本の漁業が世界にも誇れる仕事になる、そんな未来を夢見て、僕自身が率先して新しい道をつくり、この先も漁業に貢献していきたいと思います。

──いつか日本で魚が食べられなくなる。そんな未来は絶対に来てはいけないですからね。この先も日本の漁業を盛り上げていく山口さんのご活躍を応援しています。本日はありがとうございました!
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