──今回インタビューさせていただく前に、5月30日に行われた公演「つる子の赤坂の夜は更けて」にて、つる子さんの落語を拝見させていただきました。初めて落語を生で見たのですが、とても面白かったです。
ありがとうございます! いままで落語に触れたことがなかった人に新しく触れていただけるのは本当に嬉しく思います。私は落語を「究極のエンターテインメント」だと思っていますので。
──究極のエンターテインメントですか…。そこまで言わしめるほど、落語をお好きでいらっしゃるのですね。そもそもつる子さんはどうして落語家を志したのでしょうか? 女性の落語家というのも珍しいと思いますが…。
そうですね、いま落語家として活動している人たちは関東で600名、関西では300名、合計900名程度いると言われていて、歴史上でいまが最も落語家の人数が多いんです。でもその中で、女性落語家は60名程度しかいなくて、まだ全体の1割にも満たないのです。

そもそも落語というのは長い歴史の中でずっと、男性がつくり伝えてきた文化です。落語には男性役が多いため、女性が演じると違和感を覚えるという意見もあります。だから女性落語家が現れたのも比較的最近の出来事ですし、いまも一部では女性の落語家に対しての風当たりが強い場面もあり、ハンデを感じる部分もあります。

──そのような現状なのですね…。では、つる子さんと落語の出会いは一体いつだったのでしょうか?
私が落語に出会ったのは、大学1年生のときのサークルの新歓でした。地元群馬から上京してきたばかりでさまざまな新歓イベントに目移りしていた私の目の前に、落語研究会が突然現れて、漫才を披露したんです。それを見て呆気にとられていたら、部室まで連れて行かれて、気が付けば仮入部…。とにかく怒涛の勢いでした(笑)。上京する前の高校生のときは演劇に没頭していて、特にアクの強い脇役をよく演じていました。だから、ヒロインよりもコメディエンヌへの憧れがありました。けれども、落語のことは見たこともなくて、よく知らなかったんです。

そんな仮入部期間中に、先輩の古典落語を見させていただいたのですが、それがすごく面白かった。古典落語は、江戸時代の頃などにつくられた落語なのですが、それが今日までずっと続き、現代でもこんなに面白いのかと、とても感銘を受けました。
それに落語は、同じ話でも演じ手が変わればまったく違うものに変わります。演じ手の個性がすごくストレートに反映される。しかもそれを演出や美術など誰もつけずに、一人で演じるんですよ。「こんなにすごいものはほかにない。これが究極のエンターテインメントだな」ってすごく感動しました。それがきっかけで落語研究会に入部して、大学生活の多くの時間を落語に費やしていました。

──一目惚れして、そのまま大学生活の中心になるぐらいに、つる子さんにとっては衝撃的な出会いだったのですね。そしてその熱が冷めないままに落語家を志したのですか?
おっしゃる通り、学生生活で多くの時間を費やす中で、「より落語を突き詰めていきたい」という気持ちが膨れ上がっていったのですが、その時期にリーマンショックが起きました。将来の先行きがかなり不透明になって、この先どうなるかがわからない。そんな時流だからこそ、中途半端になってはいけないとむしろ決心がつきました。この先時代がどうなるかわからないなら、落語家としてなにが起こるかわからない道を進もうと。そして、2010年9月1日に、9代目林家正蔵師匠の元に弟子入りをさせていただきました。
──不透明な時代だからこそあえて未知の領域へ飛び込んでいこうと、リーマンショックはつる子さんには追い風になったのですね。現在つる子さんは、「二ツ目」と呼ばれる階級なのですよね?
はい、そうです。落語には階級制度があって、見習い、前座、二ツ目、真打ちと続きます。師匠に弟子入りをして前座になるまでの期間を見習い、その後師匠の身の回りのお世話や前座修業などが課せられる前座になり、その後に二ツ目となります。ここでようやく、落語家として一人前と認められます。その次の階級としてあるのが真打ちであり、真打ちになると師匠として弟子を取ることを許されます。

二ツ目の落語家になると、自分に時間を使えるようになる分、自分で仕事をつくっていかなければなりません。ですが、先述の通り、落語家の人数はいますごく多い。しかもその内訳は真打ちが圧倒的に多いのです。だから現在はさながら「落語家戦国時代」になっていて、たとえ二ツ目であっても真打ちに挑んでいくぐらいの気持ちでなければ、落語家として生きていくことは難しいのです。

──驚きました…。そのような状況なのですね。人口の長寿化の影響が表れているのでしょうか?
落語家に定年はありませんから。一生現役の師匠方も多くいらっしゃいます。そこと張り合うためには女性という部分をハンデとしてではなく、チャンスとして活かしていかなければいけないと思いますし、それ以外に私が使えるものはなんでも武器にしていく必要があります。

──つる子さんは、講談社が主催するオーディションプロジェクト、ミスiD 2016へ応募し「I♥JAPAN賞」を受賞したほか、「MC曼荼羅(まんだら)」という名でラッパーに扮するなど、多岐に渡る活動をされていますよね。
その中でもミスiD 2016のオーディションに応募したことは、いまの活動にも大きく影響していて、大きな分岐点になったと思っています。賞を受賞したことはもちろん嬉しいのですが、それ以上に外の世界を知ることができて、それぞれの分野で活躍している女性が世の中にはたくさんいることを目の当たりにしました。これは、落語という一つの世界にいるだけでは気付かなかったことです。
ミスiD 2016では「I♥JAPAN賞」を受賞
ミスiD 2016では「I♥JAPAN賞」を受賞
ラッパーMC曼荼羅。群馬県を模したギターを自作するなど地元群馬への愛も強い。
ラッパーMC曼荼羅。群馬県を模したギターを自作するなど地元群馬への愛も強い。
でも私自身も出場するかどうかは最後までかなり悩みました。それでも出場することを決めたのは、多くの人たち、特に若い人たちが落語に触れる機会になるかもしれないと考えたからです。落語を見に来ていただけるお客さんの年齢層って偏りがあって、高齢の方が多くて若い方たちはかなり少ない。もしこの縮図が変わらなければ、落語を愛してくれる人たちが徐々に減っていってしまう。そんな未来にしたくないんです。

──「高齢化」は、落語に限らず伝統文化に共通する危機の一つですよね。これだけコンテンツが溢れている世の中ですから。特にスマホが常に存在する環境で育った若者ならば、尚更振り向いてもらうのは難しいですよね。
私たち落語家ですら、スマホでYouTubeを見るし、他のコンテンツに没頭することはありますからね。だから別に、いますぐ落語にハマってほしいとまでは思っていません。まずは落語を一度も見たことがない人たちを減らしていきたいと思っています。ほとんどの若者は落語を見たことがないと思うので、ミスiDやラップなどの活動を通して私のことを知ってくれた人が落語に触れるきっかけになればいいなと思っています。
──つる子さんの中で、落語に触れてほしいという思いが軸にあるからこそ、幅広い分野へ活動を広げているわけなのですね。
その通りです。落語以外の活動をしていると、改めて私の中の軸が落語であると再認識できます。私が古典落語に魅せられたように、落語の魅力を多くの人に知ってもらいたいです。そしてそのためには、私自身が人を魅せられる古典落語を演じられるように芸を磨いていくことが一番の責務だとも思っています。

先ほど述べたように、女性落語家が男性を演じると違和感を覚えるという意見もあり、女性落語家はハンデを抱えている部分も確かにあります。ですが、逆に女性だからこその視点で演じられる落語もあると思っています。例えば『子別れ』という噺。これは一度別れた夫婦がもう一度復縁するまでを夫側の視点で描いた噺なのですが、別れた妻の方にも描かれていないだけできっとストーリーがあるはずなのです。だから私はそこにスポットを当てて、妻からの目線でこの落語を演じる試みをしています。伝統としてこれまで築いてきた分だけ、新しい目線を探れる可能性が眠っていると、私は思っていますから。

──これまで男性が中心になって育ててきた文化だった分、女性の目線から新たに描写していくことで落語の新しい価値を見出すことができるかもしれませんね。
落語というのは「寛容な伝統芸能」だと思っています。はるか昔から、さまざまな時代を写して、演目を変化させてきました。そして現代は多様性が認められ、女性が活躍できる時代ならば、落語でもそれを表現していきたいと思います。

とはいえ、どんな古典落語でも違和感なく演じられるようになるのが一番重要なのは変わりません。だから古典落語の腕を磨きつつ、新しい落語文化をつくること、そしてさまざまな活動を通して多くの人に落語を知ってもらうこと。私が落語家として目指していきたいこと、そして落語のためにしていきたいことはたくさんあります。
──伝統を残しつつも、時代の変化に合わせていくことも必要で、さらにそれを新しいお客さんたちへも伝えていくと…。つる子さんがバイタリティーに富んで、活動されている理由がわかった気がします。
ここまで長く続いてきた伝統芸能ですから、深い魅力が落語にはあるんです。でも、そんな私自身も、大学で落語研究会に出会わなければ落語を知る機会はなかったと思います。だからこそ、必要なのはきっかけです。若い人だから落語を楽しめないなんてことは絶対にありません。コンテンツが溢れている世の中だからこそ、いろいろな形で入口を設けて、工夫していくことは必要だと思います。その先に待っているのは、「究極のエンターテインメント」だと言える自信がありますから。

──伝統芸能として長く続く以上は、相応の理由や価値があるはずです。「寛容な伝統芸能」として落語界の行く先やつる子さんの今後の活動が楽しみです。これからのご活躍も応援しています。本日はありがとうございました!
 

また、ここで林家つる子さんよりお知らせです。

『第二回林家つる子の独演会~日本橋のつる子、たっぷり三席~』を開催します。新作1席、古典2席の3席たっぷりの公演です。落語をまだ見たことがない方もこの機会にぜひ、お越しください!

開催日:2019年8月24日(土)
開演:19:00~(開場 18:30~)
場所:日本橋社会教育会館ホール(〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町1丁目1-17)
チケットは下記にて発売中です。
eプラス    https://eplus.jp/sf/detail/2896760001-P0030001P021001
チケットぴあ https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=1912059

また、その他の林家つる子さんの活動は下記の公式サイトからご確認ください!
〈林家つる子公式サイト〉http://tsuruko.jp/
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