──まずは小竹さんのキャリアについて伺いたいと思います。大学院までは「建築」を学んでいたとお聞きしました。
はい。僕はもともと数学や物理などの理系科目が好きなバリバリの理系人間でした。また、絵を描くことも好きで美術部で油絵を描いていました。この2つを掛け合わせた領域のものをやってみたいと思って、「建築」という進路を自然と選んでいました。

──確かに、「理系」×「絵」=「建築」という答えになるのは、納得できますね。そこからどのようにして広告業界を志したのでしょうか。なにかきっかけがあったのですか?
建築学科では形のデザインというよりは概念の設計に興味があったので、概念づくりができる広告業界にはもともと興味がありました。ただ大きな転機になったのは、学生の頃Twitterでつぶやいた、ある1つの投稿でした。それが自分にとって初めてのバズで、衝撃を受けたんです。建築では、長い時間と数百億円規模の大きな予算を投資することで、特定の地域へインパクトを起こしていく。でもSNSやWebでは予算に関係なく、ふとした一言が世界中の人たちへ影響を与えている。しかも何倍ものスピードとサイクルで。当時はアラブの春、オキュパイ・ウォールストリート、雨傘革命なども世界で起きていて、SNSがまさに現実世界を変えていました。そういったSNSによるコミュニケーションに可能性を感じて、広告業界へ進むことに決めたんです。
──「バズ」が小竹さんの人生を変えたのですね。ちなみに、どのような内容のツイートだったのですか?
いまではインターネット・ミーム(編集部注、ネット上で流行する画像や動画や言い回し)になっている、「松岡修造」さんに関するツイートです。日本で大雪が降った日があって、その日偶然にも熱血キャラの松岡さんが全豪オープンの応援でメルボルンにいたんです。大雪は彼のせいじゃないかとTwitterでつぶやいたら、翌日にはとんでもない数の通知がきていて。トレンドにも入っているし、NHKニュースに取り上げられているしで…ひっくり返りましたね(笑)。あとからソーシャルデータ分析ツールを使って振り返ると、どうも自分のツイートが核になって「世の中ごと化」していたようでした。

その後も『ポケモンGO』で新宿御苑に人が殺到した時のツイートも、バズってネットニュースや著名ブロガーのブログで取り上げられたり、藤原竜也さんの演技力に関する賞賛ツイートをしたりなどしてバズったり。学生の頃は単純だったので、すっかりSNSにハマってしまいましたね。

バズの定石、モー承パ異イの法則とは?

──そして現在はTBWA HAKUHODOにて、コピーライターとして勤められているのですね。小竹さんが関わってきた案件には、「そばアレルギータトゥーチェッカー※」や「岡崎体育÷JINRO」のコラボ企画などSNSでも話題を呼んだものが多いですよね。このようなバズを生み出すにあたって、小竹さんなりの発想法などはあるのでしょうか?
バズの法則って色んな方が提言されていると思うのですが、僕のなかでは「モー承パ異イの法則(もーしょっぱいいの法則)」というバズの定石があります。例外はもちろんあるのですが、世の中でバズるものには以下の5つの要素のいずれかが含まれていると思っています。「モーメント」、「承認」、「パロディ」、「異常値」、「イシュー(問題)」ですね。この5つの要素の頭文字をとって「もーしょっぱいい」ってゴロ合わせにしています。ひとりで企画しているときや、ブレストしているときに頭の中で唱えています。
「モーメント」というのは、世の中で約100万ツイート以上を起こす話題やトレンドのことを指します。先ほどの松岡修造さんの投稿は、大雪モーメントに乗っかった投稿の1つですね。このようなTwitter上のモーメントは、予測できるものだけでも年間で30個ほどあります。クリスマスやお正月、ハロウィン、エイプリルフール、コミケ、七夕、入社式などはその代表例ですね。ハロウィンではコスプレやゴミ掃除、エイプリルフールでは嘘やジョークを交えた商品、入社式では励ましのメッセージなど、例年のタイムラインの空気を分析して企画をつくるのが、モーメント起点でバズを起こす方法です。ちなみに、よくある誤解は「〇〇の日」みたいなマイナーをモーメント起点にしてしまうこと。100万ツイート以上あるモーメントでないと、すぐトレンド落ちするので大きなバズにつながるチャンスが少ないです。あるいはモーメント時のタイムラインとの親和性が低い企画も伸びません。このためソーシャルデータの分析は必須ですね。

──小竹さんが手がけた案件で言うと、マクドナルドのエイプリルフール企画「マックフルーリーエクスカリバー」などが該当するということでしょうか?
そうですね。この企画では、インセンティブ系の投稿以外の単体投稿では、グローバルでもマクドナルドの当時のエンゲージメント最高値を更新しました。エイプリルフール企画という「モーメント」の要素もありましたし、これにはアニメや漫画などでよく登場するエクスカリバー(編集部注、『アーサー王伝説』に登場する聖剣。アーサー王が石から引き抜いたという伝承から、ゲームやアニメ等、さまざまなジャンルで登場)というファンタジー要素も取り入れています。このような既存のコンテンツを「パロディ」として取り入れたこともバズった要因ではないかと思います。
また、同じくマクドナルドの企画で、「マックフライドポテトの新社会人応援メッセージ」の案件も担当しました。これは、「いちばん長いポテトが、いちばん偉いわけではありません」というメッセージを発信してネットニュースを中心に話題になりました。これが法則の中の「承認」に当たる要素です。不安の多い現代社会では、誰かに認めてもらえる機会は貴重です。またSNSで「いいね」がつくと嬉しいように、誰しも認められたいという気持ちを持っています。背中を押してあげるようなメッセージは、鉄板で共感を得られると感じています。
──SNSの浸透で、「承認欲求」を満たすことへの風向きが変わりましたね。
次に「異常値」という要素。パラメータの1つを極端に大きく、または小さくすることで、強烈な引きをつくる方法です。例えば、通常よりも10倍量が多かったり、あるいは通常よりの1/10サイズの商品、あるいは名前がめちゃくちゃな商品だったり、可愛いのに動きがとても激しいキャラクターなどは、これに当てはまりますね。ちょっとブランドを選びますが、バズるための王道な手法の1つです。

そしてこの法則のなかでも、ここ最近話題になることが多いのが「イシュー(問題)」を取り入れたものですね。過去の仕事でいうと「そばアレルギータトゥーチェッカー」は外国人旅行客のアレルギーというイシューを、「岡崎体育÷JIRO」は芸能界での飲酒スキャンダルというイシューを受けた企画です。この手法は日本より海外の方がよく使われている気がします。最近だとアメリカで、NFLのコリン・キャパニック選手が有色人種への差別に抗議するために、試合で国歌斉唱をしなかったことで炎上して解雇になったのですが、NIKEは逆に彼を広告塔に起用しました。これに反発する人たちがNIKEのスニーカーを燃やすなどの不買運動を行いましたが、インフルエンサーがNIKEを支持すると発言したことで徐々にNIKEの味方が増え、最終的には株価が過去最高まで上昇したのです。「イシュー」系は炎上リスクを伴いますが”勇気”を持って行動すれば、得られる共感は計り知れません。
──ほかに最近の海外の事例ではNetflixの中絶禁止法に対して挙げた反対表明などが印象的ですよね。
はい。問題に対して1つの答えを表明するということは、敵と味方をつくるということにもなります。そのような「立ち位置を明確にする文化」というのは、日本は海外に比べてまだ少ないですね。日本のイシューで最近話題になったものだと、高齢ドライバーによる事故や留学生の失踪、アイドルの人権問題、少子化問題などがありますよね。日本はイシュー大国なので、そういった問題から目を背けずに、ブランドが率先して情報発信することが求められている気がします。ただ洗練されたCMを発信するだけでは信用してもらえない時代になってきています。ネットで買い物するときは必ず口コミを見ますよね。一番信頼できる情報は知人のコメントです。そういうユーザーの声を引き出すのが、次の時代のブランディングだと思っています。もちろん、イシューをテーマにする広告はセンシティブなので、中途半端な結論を出すと、考えの浅さが露呈して100%炎上します。なので、日頃からニュースを読んで、イシューに対して自分なりの結論を出しておくジャーナリスト的な習慣が、大事なんじゃないかと思います。

お茶の間と、スマホの間

──ほかに広告業界で働いて、感じることはありますか?
みんなが月9のドラマを見ているのが当たり前だった世代と、テレビを持たずYouTubeやTwitterなどスマホ中心にコンテンツを消費する世代で、広告やコンテンツへの原体験がかなり異なっている気がしています。そういう原体験は例えば動画編集の考え方にも影響します。お茶の間世代は映像の美しさやクオリティの高さを目指すオーセンティックな価値観です。視聴覚を独占できる“お茶の間”を前提にして、冒頭に静的な“ため”をつくったり、引き絵が多かったり、ナレーションにこだわったりします。それに対して、スマホ世代のクリエイターは、そもそも視聴したいと冒頭3秒以内に思えるか? 音なしでも面白いか? スマホ画面内だと被写体が小さすぎないか? 視聴後にSNSでつぶやきたいと思えるようなオチはあるか? などを気にします。そういう“スマホの間”的な視聴体験を重視する人が多いと思います。
──そのように時代が変化していくなかで、これからの働き方について小竹さんはどのように考えていらっしゃいますか?
1つ考えているのは、SNSをビジネスでもっと活用できるんじゃないかと思っています。僕の知人で、SNSでの投稿をきっかけに仕事の依頼が来たケースをよく聞きます。新規獲得のために夜遅くまで働くよりも、SNSをやっている方が仕事につながることがある。そういう働き方改革って、あると思うんです。

そういえばこの前、ニュース番組で、政治家の失言防止マニュアルが取り上げられた際に、フジテレビ三田アナウンサーの「マニュアルがなければ発言できないような人に政治家が務まるのか」という趣旨のコメントがバズっていましたよね。これ、政治家の部分を広告屋に置き換えても同じことが言えると思っています。コミュニケーションを生業としている広告業界の人たちこそ、個人SNSをもっと活用できたらいいなと思います。最近は、Z世代と呼ばれる新世代のSNSの活用力やセンスは圧倒的に進んでいるので、自分が竜宮城から出た浦島太郎に思えるときがあります。Z世代の心を捕らえるには、普段から個人で試行錯誤する習慣がないと難しいと思います。ぼくも全然ついていけてる自信ないですが、情報収拾をなまけず情報発信で感覚を鈍らせなければ、この「言の葉の時代」でも生存確率を上げられるはず。

最後に、僕は「実名でTwitterやるの怖くない?」ってよく聞かれるのですが、特定しようと思えば一瞬で特定される時代なので、匿名やハンドルネームを使っていれば安心という認識の方がむしろリスクですよと答えています。

──確かに、広告業界にいる人が個人としてもSNSで発信する意義は、これからさらに大きくなりそうですね。本日はお話いただきありがとうございました!

※前職のジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン在籍時にコピーライティングを担当〈追記:2019年7月30日〉
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