「ケーキも花火も一瞬の美学」 付加価値をいかに付けられるか〈対談編〉 電通 CMプランナー クドウナオヤさん、ete シェフ 庄司夏子さん
マットブラックの小箱を開けると、そこには箱いっぱいに咲き誇るオレンジ色の薔薇の花が──みずみずしい花びらの一枚一枚がマンゴーの果実のスライスでかたどられた「フルール・ド・エテのマンゴータルト」は、贈られた人の心を動かし、贈った人の心も潤してくれるでしょう。「大切な人に贈って喜ばれるケーキをつくりたかった」と話すeteオーナーシェフの庄司夏子(しょうじなつこ)さんが大事にしているのはストーリー。体験の価値を知っているからこそ、コストが削られがちな包装にもこだわり、ジュエリー用と同じ素材の小箱に色鮮やかなフルーツのケーキを収めた「コフレ・デセール」(デザートの小箱)のシリーズは生まれました。
子どものころにはゆっくりと感じられた時間の流れが大人になるにつれて早く感じる。それは、初体験の回数が減ることで脳に刻まれる刺激が減って記憶される時間的密度が薄くなるためだと言われています。なにか一つのことを極めたクリエイターこそ、意識的に初めてのことにチャレンジして刺激を摂取する必要があるのでは。そんな仮説を携えて、スタートした連載「初体験ズ」。初体験から湧き上がってきたインスピレーションを本業に活かすとしたら? 今回は庄司夏子さん(写真右)に、ご自身の名前にある “夏”に掛けて、「花火づくり」に挑戦していただきました。果たしてどのようなインスピレーションが湧いたのでしょうか。
子どものころにはゆっくりと感じられた時間の流れが大人になるにつれて早く感じる。それは、初体験の回数が減ることで脳に刻まれる刺激が減って記憶される時間的密度が薄くなるためだと言われています。なにか一つのことを極めたクリエイターこそ、意識的に初めてのことにチャレンジして刺激を摂取する必要があるのでは。そんな仮説を携えて、スタートした連載「初体験ズ」。初体験から湧き上がってきたインスピレーションを本業に活かすとしたら? 今回は庄司夏子さん(写真右)に、ご自身の名前にある “夏”に掛けて、「花火づくり」に挑戦していただきました。果たしてどのようなインスピレーションが湧いたのでしょうか。
クドウ:まずは「花火づくり」初体験の感想を伺いたいと思います。
庄司:やっぱり初体験は日常のありふれた感覚とは違う新鮮な興奮があって、夏休みに花火でワクワクしていた子どものころを思い出しました。花火もケーキも「職人の手作業」という共通点があるので、線香花火もすぐに売り物レベルのものがつくれるだろうと高をくくっていましたが、実際にやってみると難しかったです。それと同時に、あれだけ難しいのだから、もっと高い価格で販売してもよいのではないかと、もどかしい気持ちになりました。 クドウ:僕たちが線香花火をつくると成功率50%ぐらいで、1本つくるのに5分ぐらいかかってしまいましたね。もちろん職人がつくったらもっと効率的だとは思いますが、10本100円で売っているのを聞くと、ちょっと安すぎるのではと感じてしまいますよね。ちなみにマンゴータルトは1個つくるのにどのぐらい時間がかかるのですか?
庄司:仕込みも入れると2日ぐらいかかります。食べるときは、あっという間ですが、それでも価値を認めてもらえていて、1個14000円という価格でも購入して楽しんでくれるお客さまがいます。花火も職人のストーリー性をもっとアピールすれば、もう少し価格を上げたとしても購入して花火を楽しみたいという人が増えるのではないかな。
庄司:ケーキには生花も散りばめているのですが、フルール・ド・エテ・モデルの花火をつくってケーキに添えるのもカッコいいなと思いました。黒い和紙にシルバーのラインを入れたete限定の線香花火を添えて。ケーキをプレゼントした人と一緒に花火をやるというストーリーも相まって素敵ですよね。過去にアーティストの村上隆さんとルイ・ヴィトンがコラボレーションし、お互いにブランドに良い影響を与えましたが、eteと高級な花火で相乗効果が生まれると面白いですよね。
クドウ:佐々木さんもワークショップ中におっしゃっていましたが、線香花火1本の単価を上げられないのは価値の伝え方・魅せ方に問題があると。ブランディングの観点からも、コラボレーションには大きな可能性があるかも。1本1万円の線香花火が実現するかもしれない。eteの付加価値のつけ方にも興味が湧いてきたな。
庄司:「エルメスといえばバーキン」と多くの人に認識されているように、バーキンはエルメスの他のラインのバッグよりも大事に扱われて、永遠のものじゃないですか。素材を替えたりしたバリエーションはその時々でありますが、バーキンというベースの型は永遠です。“フルール・ド・エテのケーキ”もバーキンのように永遠のものになったらいいなと思っています。 クドウ:やっていることはパティシエとしての職人的なケーキづくりというよりも、ハイブランドの戦略的なブランディングに近いのかもしれないですね。
庄司:ハイブランドのブティックで買い物をするとシャンパンを出しながら接客してくれます。購入商品の梱包を待つ間のワクワク感や高揚感などが高まる演出やストーリーがある。そういった体験による付加価値のつけ方も参考にしています。例えば、eteのケーキをいつも購入してくれるお客さまは1日1組4名限定のレストランに招待しています。ケーキの販売ではいつもスタッフが対応しますが、レストランでは私が直接対応してお客さまをもてなし、特別感を演出しているんです。
庄司:フェンディとの仕事は、フェンディのロゴのケーキをつくり、広報部門に持ち込んだら、VIPファンイベントのお菓子の担当を依頼されるようになりました。エルメスとの仕事も、エルメスカラーのオレンジ色の箱を用意してマンゴータルトを入れてエルメスで働いている人にプレゼントしたら、VIPディナーの仕事を任されるようになりました。ずっとハイブランドに憧れてきた私としては、本当に夢のようです。 クドウ:自分がよく知る大好きなブランドだからこそ、ブランドのコンセプトに合った企画提案ができて、受け入れられやすかったのかもしれないですね。
庄司:仕事のためだったらハイブランドの商品も自腹で購入します。ブティックでのサービスを体験できて、ケーキのサンプルづくりの参考にできるから。カルティエとも仕事をしましたが、購入した商品を梱包していた箱を業者に持ち込み、最短で同じ素材の箱を用意しました。それに4パターンのサンプルのケーキを入れて、カルティエに提案して仕事につなげました。
クドウ:その行動力とプレゼンテーション力はすごいな。
庄司:サンプルを用意しておけば「これよりもっとレベルの高いものをつくることができます」と自信をもって言えますから。企画が通るかどうかは、イメージ図を見せるだけではなくサンプルを用意できるかだと私は思っています。
クドウ:どの業界でも憧れの仕事をやりたいと思っている人はいるはずですが、まずは行動力あるのみということですね。
庄司:業界の常識を一つでも疑ってみて、オリジナルのジャンルを確立すると世間から認知されるスピードも速くなります。3秒で認知されるオリジナルのものをInstagramなどに投稿するとよいかもしれません。
クドウ:確かにスマートフォンとSNSが浸透した現代では、新たな一歩を踏み出すきっかけが得やすいかもしれない。個人からの発信がしやすくなった一方で、他人にまねされる心配をする人も多いかと思いますが……。
庄司:大事なのは、自分のオリジナルをしっかり確立しておくことです。先行して確立することで、他人にまねされたとしてもタイムラグがあるので世間はそれらを模倣だと認識します。フルール・ド・エテのケーキを模倣したものも最近は結構でてきています。ですが、結局はどれも“フルール・ド・エテの模倣”としてしか認識されていません。そうなってくると、模倣されること自体が宣伝にもなるんです。実を言うと私のマンゴータルトの着想も、ニコライ・バーグマンのシグネチャー・モデルの「オリジナルフラワーボックス」を参考にしています。 クドウ:なるほど! ニコライ・バーグマンのものは生花を使ったフラワーアレンジメントですが、花が綺麗な箱に収まっていてそのまま贈れるギフトという点で共通していますね。
庄司:ギフトボックスに直に生花を活けてフラワーアレンジメントにしてしまうという着想に、ひと目見てすごい衝撃を受けたんです。着想は参考にしましたが、私はケーキでやっているので、あくまで別のカテゴリーなんです。
クドウ:既にあるカテゴリーでなにかにチャレンジしようとしている人は発想を少し変えて、自分がいま持っているものを世の中の既存のものに掛け合わせて、なにかオリジナルのものができないかと考えてみると、面白いことができるかもしれませんね。本日はたくさんのヒントをいただけました。お話ありがとうございました。
庄司:やっぱり初体験は日常のありふれた感覚とは違う新鮮な興奮があって、夏休みに花火でワクワクしていた子どものころを思い出しました。花火もケーキも「職人の手作業」という共通点があるので、線香花火もすぐに売り物レベルのものがつくれるだろうと高をくくっていましたが、実際にやってみると難しかったです。それと同時に、あれだけ難しいのだから、もっと高い価格で販売してもよいのではないかと、もどかしい気持ちになりました。 クドウ:僕たちが線香花火をつくると成功率50%ぐらいで、1本つくるのに5分ぐらいかかってしまいましたね。もちろん職人がつくったらもっと効率的だとは思いますが、10本100円で売っているのを聞くと、ちょっと安すぎるのではと感じてしまいますよね。ちなみにマンゴータルトは1個つくるのにどのぐらい時間がかかるのですか?
庄司:仕込みも入れると2日ぐらいかかります。食べるときは、あっという間ですが、それでも価値を認めてもらえていて、1個14000円という価格でも購入して楽しんでくれるお客さまがいます。花火も職人のストーリー性をもっとアピールすれば、もう少し価格を上げたとしても購入して花火を楽しみたいという人が増えるのではないかな。
スペシャルモデルで高付加価値を
クドウ:ケーキも花火も楽しむ時間は一瞬で終わってしまいますが、体験としての価値を提供できれば、金銭的価値以上に感じてもらうことができますよね。“楽しんでもらう一瞬にかける美学”みたいなものが共通すると思いましたが、今回の体験を通してなにか本業の刺激になることはありましたか?庄司:ケーキには生花も散りばめているのですが、フルール・ド・エテ・モデルの花火をつくってケーキに添えるのもカッコいいなと思いました。黒い和紙にシルバーのラインを入れたete限定の線香花火を添えて。ケーキをプレゼントした人と一緒に花火をやるというストーリーも相まって素敵ですよね。過去にアーティストの村上隆さんとルイ・ヴィトンがコラボレーションし、お互いにブランドに良い影響を与えましたが、eteと高級な花火で相乗効果が生まれると面白いですよね。
クドウ:佐々木さんもワークショップ中におっしゃっていましたが、線香花火1本の単価を上げられないのは価値の伝え方・魅せ方に問題があると。ブランディングの観点からも、コラボレーションには大きな可能性があるかも。1本1万円の線香花火が実現するかもしれない。eteの付加価値のつけ方にも興味が湧いてきたな。
アイコニックなモデルの確立
庄司:そもそもフルール・ド・エテのマンゴータルトは、3秒見ただけで、eteのケーキだとわかるものにしようという思いからスタートしているんです。洋菓子業界に今までなかったオリジナルのジャンルをつくろうと。参考にしたのは、私が好きなファッションのハイブランドの世界。例えば、エルメスには「バーキン」というシグネチャー・モデルがあります。フルール・ド・エテでも雑誌やテレビの取材ではシーズンごとの新作を発表するのではなく、1年を通してマンゴータルトを出すようにしています。そうすると“eteのケーキ”と覚えてくれる人が多いんです。そういった狙いもあって、1年中手に入るマンゴーを素材に選びました。
クドウ:食とファッション。一見交わることのない2つの世界だけど、シグネチャー・モデルの発想はファッションの世界からヒントを得ていたんですね。
庄司:「エルメスといえばバーキン」と多くの人に認識されているように、バーキンはエルメスの他のラインのバッグよりも大事に扱われて、永遠のものじゃないですか。素材を替えたりしたバリエーションはその時々でありますが、バーキンというベースの型は永遠です。“フルール・ド・エテのケーキ”もバーキンのように永遠のものになったらいいなと思っています。 クドウ:やっていることはパティシエとしての職人的なケーキづくりというよりも、ハイブランドの戦略的なブランディングに近いのかもしれないですね。
庄司:ハイブランドのブティックで買い物をするとシャンパンを出しながら接客してくれます。購入商品の梱包を待つ間のワクワク感や高揚感などが高まる演出やストーリーがある。そういった体験による付加価値のつけ方も参考にしています。例えば、eteのケーキをいつも購入してくれるお客さまは1日1組4名限定のレストランに招待しています。ケーキの販売ではいつもスタッフが対応しますが、レストランでは私が直接対応してお客さまをもてなし、特別感を演出しているんです。
誰よりも早く行動して、オリジナルを確立する
クドウ:ファッションブランドのロイヤルカスタマーへのフォローアップと発想が一緒だ……。eteは今やフェンディやエルメスなどのハイブランドとコラボレーションしていますが、企画は自分から持ち込んだのでしょうか?庄司:フェンディとの仕事は、フェンディのロゴのケーキをつくり、広報部門に持ち込んだら、VIPファンイベントのお菓子の担当を依頼されるようになりました。エルメスとの仕事も、エルメスカラーのオレンジ色の箱を用意してマンゴータルトを入れてエルメスで働いている人にプレゼントしたら、VIPディナーの仕事を任されるようになりました。ずっとハイブランドに憧れてきた私としては、本当に夢のようです。 クドウ:自分がよく知る大好きなブランドだからこそ、ブランドのコンセプトに合った企画提案ができて、受け入れられやすかったのかもしれないですね。
庄司:仕事のためだったらハイブランドの商品も自腹で購入します。ブティックでのサービスを体験できて、ケーキのサンプルづくりの参考にできるから。カルティエとも仕事をしましたが、購入した商品を梱包していた箱を業者に持ち込み、最短で同じ素材の箱を用意しました。それに4パターンのサンプルのケーキを入れて、カルティエに提案して仕事につなげました。
クドウ:その行動力とプレゼンテーション力はすごいな。
庄司:サンプルを用意しておけば「これよりもっとレベルの高いものをつくることができます」と自信をもって言えますから。企画が通るかどうかは、イメージ図を見せるだけではなくサンプルを用意できるかだと私は思っています。
クドウ:どの業界でも憧れの仕事をやりたいと思っている人はいるはずですが、まずは行動力あるのみということですね。
庄司:業界の常識を一つでも疑ってみて、オリジナルのジャンルを確立すると世間から認知されるスピードも速くなります。3秒で認知されるオリジナルのものをInstagramなどに投稿するとよいかもしれません。
クドウ:確かにスマートフォンとSNSが浸透した現代では、新たな一歩を踏み出すきっかけが得やすいかもしれない。個人からの発信がしやすくなった一方で、他人にまねされる心配をする人も多いかと思いますが……。
庄司:大事なのは、自分のオリジナルをしっかり確立しておくことです。先行して確立することで、他人にまねされたとしてもタイムラグがあるので世間はそれらを模倣だと認識します。フルール・ド・エテのケーキを模倣したものも最近は結構でてきています。ですが、結局はどれも“フルール・ド・エテの模倣”としてしか認識されていません。そうなってくると、模倣されること自体が宣伝にもなるんです。実を言うと私のマンゴータルトの着想も、ニコライ・バーグマンのシグネチャー・モデルの「オリジナルフラワーボックス」を参考にしています。 クドウ:なるほど! ニコライ・バーグマンのものは生花を使ったフラワーアレンジメントですが、花が綺麗な箱に収まっていてそのまま贈れるギフトという点で共通していますね。
庄司:ギフトボックスに直に生花を活けてフラワーアレンジメントにしてしまうという着想に、ひと目見てすごい衝撃を受けたんです。着想は参考にしましたが、私はケーキでやっているので、あくまで別のカテゴリーなんです。
クドウ:既にあるカテゴリーでなにかにチャレンジしようとしている人は発想を少し変えて、自分がいま持っているものを世の中の既存のものに掛け合わせて、なにかオリジナルのものができないかと考えてみると、面白いことができるかもしれませんね。本日はたくさんのヒントをいただけました。お話ありがとうございました。