電動キックボードは日本を救うか? 人口減少時代に必要な新たなインフラを目指す Luup 代表取締役社長兼CEO 岡井大輝さん
日本に必要なマイクロモビリティとは?
──MaaS(Mobility as a Service)の概念のもと、世界各国でモビリティは新たなステージへ進んでいるかと思いますが、日本のモビリティの現状はどのようになっているのでしょうか?一言でいうと、世界よりもかなり遅れをとっています。日本のモビリティの代名詞と言えば新幹線かと思いますが、開発されてからすでに50年以上の時間が経っています。平成以前にできた新幹線がいまだに日本のモビリティの最先端であり続けている。この現状では、モビリティ先進国と名乗るには程遠いと私は思っています。
より具体的に日本のモビリティの課題を挙げると、駅から離れた場所へモノを運ぶ手段である、「マイクロモビリティ」が圧倒的に弱いことです。東南アジア諸国では、バイクやスクーターが流通しています。中国では自転車の数が多く、400円のコーヒーを50円で届けられるビジネスが成り立っているのです。日本のUberEatsなどのデリバリーサービスの送料はそれ以上にかかりますよね。ほかにも、家庭教師や家事代行などの単価が高いCtoCサービスは駅から離れた場所にも提供できる場合が多いのですが、単価が低い介護などの出張サービスは交通費を含めると採算が取れないため、提供できる範囲が非常に狭くなっています。 ──確かに、言われてみればほかのアジア諸国に比べると日本のマイクロモビリティの手段は圧倒的に少ないですね…。
これはとても大きな問題だと思っています。マイクロモビリティの普及が進まなければ、ほかの全体のモビリティサービスにも影響が出るのです。実際に、トヨタに限らず世界中の自動車メーカーがモビリティカンパニーへと変質していく動きを見せています。そしてすでにBMWやFordをはじめとする海外の自動車メーカーは電動キックボードなどのマイクロモビリティの開発に乗り出しています。MaaSの概念のもと、世界中がマイクロモビリティにも着目し、普及させていくなかで、日本は大きくリードを許してしまっているのです。
──海外の自動車メーカーは本格的にモビリティカンパニーへと変質を始めているというわけですか…。
もう一つ考えなければいけないキーワードが「人口」です。世界では人口増加が問題になっていますが、日本はその逆に人口減少が問題になっているのです。ここはかなり大きなポイントです。つまり、「解決すべき課題」が他国と日本ではまったく異なるのです。日本の地方都市などでは少子高齢社会や都市部への人口流失のために人の数が減っています。そしてそれらの地域の交通サービスは採算が合わなくなり、サービスの継続が困難になるというニュースが散見しています。一方で、世界ではその逆に“人口が増える”ために、よりスケールを拡大した柔軟なモビリティが求められている。日本と世界の流れは、まさに対極に進んでいるのです。 ほぼすべての産業の根幹にはトランスポーテーション(交通)があります。この要素を欠かすことはできません。交通手段が途絶えれば、インバウンドの観光客は駅前から動けません。交通手段が足りない地方ではますます人が離れて過疎化が進むでしょう。交通手段の有無は、誰もにとって重要なポイントだからこそ、人口減少時代に入る日本に合わせた、世界のどこにもない独自の新しいモビリティインフラをつくらなければいけないのです。
──日本を取り巻く少子高齢社会の影響はモビリティにも現れているというわけですか。そんな日本の現状を救うべく、岡井さんが立ち上げたのが「電動マイクロモビリティのシェアリングサービス事業」を扱うLuupというわけですね。
そうです。電動キックボード自体は2年ほど前に世に現れ、2年間で世界のインフラとなりました。先日大阪で開催されたG20の参加国のなかで、電動キックボードのシェアリングサービスが実現していない国は、日本、中国、イギリスの3カ国だけです。そんな世界で最も普及しているマイクロモビリティである、電動キックボードを社会の新しいインフラとするため、当社では各省庁や自治体などと連携をして実証実験を進めています。
──電動キックボードは多くの国でもワンマイルの移動手段として普及しつつあるようですが、具体的にどのような特徴を持つのでしょうか?
時速20キロほどのスピードが出て、立ったまま乗ることができる乗り物です。日本の交通ルールでは、原動機付自転車と同じ区分に該当します。国によって走行エリアが異なり、歩道を走る例もあり、国によってルールはそれぞれです。多くの世界の国々では走行スピードの観点から、自転車に似た感覚で乗られています。
──自転車に似ているとのことですが、自転車のシェアリング事業という選択肢は考えなかったのでしょうか? 自転車よりも優れる点が電動キックボードにはあったのですか?
確かに、走行スピードの観点では電動キックボードに一番近い乗り物は自転車だと考えていますが、それでもこの2つにも明確な違いはあります。一つは移動距離です。電動キックボードには座席がないため、スーツやスカートをはいている方にも気軽に乗っていただくことが可能です。しかし移動中は立ちっぱなしになるため、長距離の移動にはあまり向いていないのです。ですので、電動キックボードは1~2キロの徒歩15分ほどの距離の移動するために最も適したモビリティだと考えています。一方自転車には座席があるため、電動キックボードよりも長い距離の移動に適しているのではないかと。
次に、電動キックボードは自転車よりも場所を取らないため、狭いスペースに自転車よりも多くの台数を設置することが可能になります。そのためモビリティを設置いただく土地の所有者としては、電動キックボードは効率的なモビリティになりえるのです。特に、国土が狭く、都市部の地価が非常に高い日本においては、占有面積の大きさがとても重要です。自転車よりも電動キックボードが優れているという考え方よりも、それぞれの特性を鑑みた上でのすみ分けが重要であると思います。
加えて、電動キックボードをはじめとする電動マイクロモビリティの持つ特徴には、その名の通り「電動」である点があります。これはつまり自転車などの人力の既存のモビリティとは違い、GPSやIoT技術を用いた、より高次元の安全制御が可能になるということです。これは昨今増加している、高齢者による交通事故や、飲酒によるドライバーの判断ミスによる交通事故に対して、一つの抑止力になると考えています。例えば、事故が多発するエリアでは自動的にスピードが落ちるように設定をすることや雨や雪などが降る日はそもそも電源がつかないようにするなど、遠隔での機体の制御が可能なのです。このように、安全面においても大きなイノベーションを起こすことができるポテンシャルがあるわけです。
──ドライブレコーダーが開発されてから事故の事実確認が容易になったように、イノベーションが起こることで得られるリターンは確かに大きいですね。そのような高いポテンシャルを持つ電動キックボードですが、なぜ日本では諸外国に比べて普及が遅れているのでしょうか?
理由として、法令と道路整備状況の兼ね合いで、どのような状況での走行が最も安全に人々が走行できるかをまだ国内において確認できていないことがあります。電動キックボードという、新しいモビリティを受け入れるための法令の確認を慎重に進めているため時間がかかっている。でもこれは、安全を担保するためには至極真っ当であり、妥当な考えであると思います。実際に、先に電動キックボードの導入を行った海外の事例では、事故などの問題により使用を禁止にしたという例も存在します。 我々としては、海外の事例も参考にしつつ、関係省庁や自治体との協力関係をしっかり築いていきたいと考えています。現在当社は、静岡県浜松市、東京都多摩市、奈良県奈良市、三重県四日市市、埼玉県横瀬町と協定を結んでおります。その土地に精通した情報を持つのは、長年その土地に住み慣れた自治体の方たちだと思いますので、お知恵やお力をお借りしたい考えです。マイクロモビリティ分野では日本は後手に回ってしまっていますが、後手だからこそ、先行事例を反映した上で、日本に適したルールをつくり上げていく必要があると思っています。
100年続くインフラをつくる
──そもそも岡井さんは農学部出身とのことですが、どういった経緯で、このLuupの事業にたどり着いたのでしょうか?学生の頃から、「100年続くインフラをつくりたい」という思いがありました。それがなにかを自分なりに考えるなかで、「介護版のUber」をつくったのです。要は、近所の人同士で介護を必要にしている人や介護資格を保有している人をマッチングするサービスです。それを試している中で、日本の介護は現状では単価が低く、1日に複数件対応しないと儲からず、日本においては駅前など高密集エリアでないと展開ができないとわかりました。結局このサービスは途中で頓挫してしまったのですが、その原因の一つが、マイクロモビリティが不足しているという問題でした。自転車や原付などのマイクロモビリティが充実しているアジアなどの国々では、介護士をはじめマッサージ師などの派遣サービスも成立しています。
──介護版Uberでの経験で、岡井さん自身が日本のマイクロモビリティの現状を垣間見たことがきっかけだったわけですね。
そこからモビリティについて調べていくなかで、誰かがしっかりと形をつくらなければいけない分野であると思ったのと同時に、きっと自分がやらなくとも誰かがきっと手を付ける分野でもあると思いました。でもそれがいつ実装されるのか、5年後なのか10年後なのかもっと先なのか。そう考えたときに、人任せにして日本のトランスポーテーションの変革が先遅れになると、日本の将来の成長余地を大きく損なう可能性があると感じました。産業を支えるインフラをつくるにはその責任が伴うと考えます。そのため、自分が必死になって取り組んで、誰よりも速く、安全な状態で実装まで導こうと。 ──日本の将来を憂いたのですね。世界との差をこれ以上開かせまいと。
それもありますが、それ以上に本当にコミットすべき課題はその先にあると思うのです。マイクロモビリティをインフラとして当たり前に整備した後に、それを土台にしたサービスで日本をより良くしたい。それこそ、モビリティインフラが整えば介護版Uberだって実現できるかもしれませんから。その段階になって、ようやく社会へ還元できる事業をつくったと胸を張って言える。だから、当社としてもモビリティインフラを構築した先の未来をつくっていくことがミッションだと思っていますし、モビリティカンパニーだけに留まることは考えていないのです。
──モビリティインフラができて、ようやくスタートラインに立てるということですか。確かに、日本全体が協力し、社会実装していかなければならない問題ですよね。
これは僕らの世代が抱える使命だとも思っています。10年前に日本のスタートアップ界隈の先頭を走ってくださった先輩方がしっかりと結果と道筋を残してくれたから、僕らの世代はその先の展望を見ることができている。それこそ10年前では、僕たちのような一介のスタートアップ企業がこんなに大きな事業を展開することはできなかったかもしれませんから。 ──確かに、築き上げられた礎や新たなテクノロジーがあるからこそ、取り組むことができる事業なのかもしれませんね。
モビリティに限らず、これからの時代はさまざまな分野で大きな変化を迎えると思います。そのような時代だから、大きな夢を持つべきだなと。大きな夢を持って、大きな責任を負い、大きな仕事に取り組む。その結果、成功したか失敗したか、という結果はあまり重要ではなくて、夢に向かって行動することに意味があるのです。そのために起こした行動は、結果に左右されて、失われるものではありません。むしろ、リスクを取って起こした行動は誰もができることではないからこそ、そこに価値が生まれるのです。
──誰も歩かない茨の道だから、そこを歩く人あるいは、歩いた経験を持つ人は価値があるのですね。
そういうことですね。こういう考え方もこれからの時代を生き抜く上でのヒントの一つになるかなと思います。とはいえ、「大きな夢を持て」と言うのは簡単で、実際は見つけられない人も多いかもしれません。そういう方は、まず自分がやりたいと思うことを一つでもいいからやってみると良いと思います。社会にこんなものがあったらいいなとか、逆にこんなものがなぜないのか、とか。人生において働くことに割く時間が圧倒的に多いからこそ、自分のやりたいことを考えることはとても意味があります。しかし、自分の見つけた大きな夢は、その夢が大きければ大きいほど一人で向き合う必要はありません。実際に日本において100年後のインフラになるようなものは現在100個もないと思っていますし、そのような想いを持つ同士と一丸となり、全員の夢として向き合うべきです。そうすると、非常に大きな夢に対して全員で大きな責任を負い、時間を共にした同士そのものも、かけがえのないものになります。案外、挑戦の結果より、その挑戦を共にした人々との関係の方が、重要なことの方が多い気もします(笑)。 僕自身も当社の社員のみんなも、「100年先の未来へ続くようなインフラをつくる」という大きな夢に向かって、これからも進んでいきたいと思います。あくまでその第一歩として、いま僕の目の前にある電動キックボードを使ったマイクロモビリティが日本に実装されるように、自分の全人生を賭けて取り組んでいきたいと思います。皆さんも、大きな夢を持ち、大きな責任を負い、多くの同士と結果を追い求めつつも、道中楽しんでください。
──自分が熱中できる夢を見つけることは、自分の行動の理由にもなりますし、先への道標にもなります。これはきっと、この先の時代でも変わらない真理の一つであると思います。岡井さんの掲げる大きな夢に向けて起こす行動がこの先、どのような形で反映され、日本のモビリティの未来をどのように変えていくのか、とても楽しみです。お話いただきありがとうございました!