衛星が行う、土地の評価

──2019年5月、JAXA公認ベンチャー企業「天地人」を立ち上げたとのことですが、どのような事業を行っているのでしょうか?
天地人では、地球の周りを飛んでいる衛星から得られるデータを用いて、地球上の土地の評価を行うエンジンの開発と、つくりたい作物に応じて最適な土地を提案するサービスを行っています。
──「土地の評価」とは具体的にどういうものなのでしょうか?
例えば、新しく農地を探す場合、どこの土地であれば品質の良い作物ができるかを事前に知ることはとても難しいです。近くで栽培実績があったり、過去に栽培実績があったりすればそれらの情報が参考になるわけですが、全く前例がない場合は判断に困ってしまいます。この問題を解決できるのが、私たちが手掛ける土地評価エンジンです。

具体的には、衛星から得られる温度や降水量などの気候風土の情報と地形情報を集め、独自に評価方法でその土地の潜在能力を明らかにしていく。私たちはこれを「ポテンシャル名産地の発掘」と呼んでいます。しかも衛星データを活用することで、気温計などの観測機器を地上に設置していない土地でも、栽培適地かどうかを評価できます。

──確かにおっしゃるとおり、勘頼りではリスクも大きく、苦労する部分だと思います。
実際に、ニュージーランドでキウイをつくっているゼスプリ社(ゼスプリ フレッシュプロデュース ジャパン社)に話を聞いたところ、日本進出に際して土地探しにはとても苦労しているそうです。もちろん新規の農場をつくるからには根拠をもって土地を選定していくことが大切なのですが、不足する情報も多く、かつ調査に伴う負担も大きいと聞いています。
──観測した衛星データは、これまではどのような事業で活用していたのでしょうか?
例えば、衛星写真に代表されるビジュアルデータが良く使われています。身近な例では、Google Earthなどが挙げられますね。ほかにも、人の目で管理するには大変な大規模農場の場合、衛星画像の色を分析することで、実りの時期を把握するような使い方もあります。

一方で、ビジュアルデータだけでなく、衛星からは温度や降水量などに代表される気象データを知ることもできます。私たちが着目したのは、その気象データでした。気象データは前述のような気候や風土などのさまざまな要素を数値に記録したもので、しかも過去のアーカイブも十分にある。土地の大小も関係ない。土地評価の観点では非常に有効だと考えました。

──気象データの活用方法として生み出されたのが土地評価エンジンというわけですね!
おっしゃるとおりです。過去の気象データを分析し、潜在的な土地特性や活用方法を検討できるようになる。土地評価エンジンの価値は大きいと思っています。加えて、周辺の開拓状況を把握できるビジュアルデータと組み合わせていくことで農業だけではなく、不動産事業などさまざまな分野への活用も検討できると思っています。土地評価エンジンを使ったより快適な未来のために天地人では現在、クライアントから聞いたニーズやノウハウを集積し、さらなるシステム開発を行っています。
宇宙から観た地表面温度のデータの例 (c:nasa)
宇宙から観た地表面温度のデータの例 (c:nasa)

JAXA×スタートアップ。科学とビジネスの違い

──天地人にも関わりながら、JAXA研究員としての側面も持つ、二足のわらじを履く百束さんですが、JAXAでは現在どのような仕事をしているのでしょう?
主任研究開発員という肩書で、エンジニアと研究者の間のような仕事をしています。主に人工衛星の開発を長く経験してきて、最近では「いぶき2号」の開発に携わっていました。NASAと共同開発のGPM主衛星開発のプロジェクトで、アメリカに1年半ほど駐在していたこともあります。現在は、いくつか衛星開発プロジェクトに参加した経験から、JAXAの社内プロジェクトの技術コンサルをすることが多いですね。一方で、最近は、宇宙ベンチャーや研究を行う大学など、新しいプレーヤーも増えていることから、JAXA外のプレーヤーをサポートすることも強く意識しています。

──横の動きがすごいですね。JAXA内でもさまざまな動きをする中で、天地人を起業したきっかけはなんだったのですか?
まだJAXAに入社して早々に、科学とビジネスの根本的な違いを意識したことがありました。天地人では衛星データをビジネスに活用していますが、JAXAでは気候変動や地球温暖化などの人類全体の課題解決に向けて利用しています。つまり科学的な視点です。そのため、どうしても大規模かつ長期的な意識になるので、人の顔が見えるようなサービスや課題解決への意識は弱くなりがちなのです。

これに気づくことができた、印象に残っているエピソードがあるんです。当時JAXAの衛星開発者として取材を受けたのですが、「衛星をつくって、人類のために貢献していきたいです」といった趣旨の発言をしたんです。それを聞いた記者の方が「人類という言葉を使っている人に初めて会った」とおっしゃったんですよ。
──確かに、人間を指す言葉でもなかなか使わない言葉ですね。それこそ、学者や研究者ならではというか。
そうなんですよね。そのときにも記者の方に「JAXAならではですね」と言われて、それがなんだかすごく恥ずかしくて。そこから自分のなかで「人類」というワードを封印しました(笑)。

このような経験もあって、自分のなかに一つ疑念が生まれてきたんです。「人類」と言いつつ、実は自分は世の中のことが見えていないんじゃないかと。それが科学ではなく、社会課題やビジネスを意識し始めるきっかけになりました。科学的な視点でデータを見ながら、目の前の人々が抱えている問題を紐解きつつ理解していくビジネス的な視点、この科学とビジネス、2つの視点で物事を見ることの大切さに気付かされました。

平成も終わって令和時代に突入、さらに天地人を運営していく過程で、2つの視点が少しだけ開けたこときっかけに、いまは封印を解きました。「人類」というワードを解禁し、恥じることなく使っています。
──科学というマクロな視線とビジネスというミクロな視線の2つの視野というわけですね。
そういうことになりますね。天地人の土地評価エンジンはその2つの視野があったからこそ辿り着いた、新しい衛星データ利用ビジネスのアイデアだと思います。

──二足のわらじを履いていたからこそ、行き着いたわけですね…! 先ほども少し触れていましたが、天地人を含めテクノロジーの発展により民間企業などからも宇宙ビジネスを試みる企業が増えていると思います。百束さん自身は、現在の宇宙ビジネスの動向をどのように捉えていますか?
確かに、民間企業や大学などもロケットを打ち上げたり、衛星をつくったりできる技術を持ち始めてますから、より宇宙が身近な場所になってきていると思っています。宇宙ビジネスへ進出する企業が増えていく流れは間違いないと思います。そのうえで、今後、宇宙を舞台にビジネスをしていく上で一つ鍵となるのが、宇宙から得たものを地上でどのようなサービスやビジネスとして活用していくのか。つまり、宇宙と地上をいかにしてスムーズにつなげていくのかが、重要なポイントになると思います。
──衛星データと農業をつなげたように、宇宙を地上へどのようにして還元していくか。ビジネス視点だけではなく、科学的な視点も必要になりそうです。
そうですね。科学的な視点もぜひ天地人に期待してください(笑)。少しずつ宇宙ビジネスを手掛ける企業は増えていますが、そもそも宇宙分野に携わる専門的な人材が少ないこともあり、まだまだ発展途上と言えるかもしれません。そのため、私自身も「出島」のような役割を果たすことで他分野のプレーヤーを宇宙分野に取り込んでいければとも考えています。これから天地人を発展させていくなかで、新たな事業やサービスを積極的に世の中に打ち出していきたいと思います。そしていつか、誰もが宇宙に手が届く時代、そんな時代が到来する未来を迎えられるよう、これからも精力的に活動していきたいと思います。

宇宙に限った話でないですが、自分の得意とする領域を複数持つのは、これからの時代を生き抜く上では有力な手段の一つだと思います。それらを掛け合わせることで、ほかに誰も持たない独自な能力としてきっと自分の支えになるはずです。私自身も衛星開発に関わっていた経験をビジネスと掛け合わせることで、天地人という新しい挑戦をするに至りました。

──科学とビジネス、両方の視点を持つからこそ導いていける宇宙ビジネスの未来があるということがよくわかりました。土地評価エンジンを活用した、天地人のサービスがこの先どのような未来をつくっていくのか楽しみです。本日はありがとうございました!
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