──初めにサイボウズ式について教えてください。
まずサイボウズ社について簡単に説明した後で、サイボウズ式についてお話させていただきます。当社は「チームワークあふれる社会を創る」という企業理念のもと、チームの情報共有やコミュニケーションを円滑にするソフトウェア(グループウェア)を提供しております。創業は1997年で右肩上がりに成長を遂げていました。しかし2006年から2011年の間は年間の売り上げがほぼ横ばいとなり、踊り場を迎えていました。理由は、情報システム部門の担当者などグループウェアに関心を持っている市場への訴求はほぼ実現できたという認識があったからです。このため、新しい市場を開拓する必要がありました。それで、広く一般の方々にサイボウズという会社のことを知ってもらおう、サイボウズのことを好きになってもらおうという狙いでオウンドメディア「サイボウズ式」を2012年に立ち上げました。

サイボウズ式は、「新しい価値を生み出すチームのための、コラボレーションとITの情報サイト」というコンセプトで(編集部注、2018年のサイトリニューアルに合わせてコンセプトを「新しい価値を生み出すチームのメディア」に変更)、ITツールを使ったコミュニケーションをしている企業に取材し、チームづくりやコラボレーションの方法を伝える記事を掲載していました。いろいろと手探りで記事を作成してきたのですが、あるとき“働き方”をテーマにした記事を公開したら、ネットで大きな反響がありました。そこで僕らは、読者の求めている興味・関心は「ここだ!」と気づいて、大きく舵を切っていきました。
──立ち上げ当初の目的やコンテンツの方針から藤村さんは携わっていたのでしょうか。
サイボウズ式のコンセプトや方向性に関しては初代編集長がつくり、コンテンツに関しては編集経験のあった私を含むサイボウズ式の初期編集部員3人が担当していました。

──編集経験があったとのことですが、改めて藤村さんのキャリアについて教えてください。
もともとWebメディア「ITmedia」で4年ほど編集記者をしていました。そこで働くうちに、「自分が本気で良いと思っているサービスや会社を伝えること」を軸に自分のキャリアの可能性を広げていきたいと思い、それができる仕事は何かを考えるようになったんです。そこで注目したのがマーケティングです。事例取材やプレスリリース執筆、Webサイトのコンテンツ制作などマーケティング・コミュニケーションの施策にはライティング能力も問われます。いろんな手段を使って伝えていくマーケティングは、編集業務と親和性があると感じたのです。それでサイボウズに転職し、「サイボウズLive」の製品マーケティングを3年間担当しました。
──編集者からマーケターにジョブチェンジしたのですね。飛び込んでみてどうでしたか。
正直うまくいきませんでした。でもとりあえず思いつく限りことはすべてやってみました。カスタマーサポートも、Webディレクションも、イベント登壇も一通り「なんでもやります!」というスタンスでチャレンジしました。事業会社のマーケターは本当にやることがいっぱいで、食わず嫌いせずに貪欲に取り組みましたね。その経験は、全部自分の糧になっていると思います。

製品マーケティングをしながら、編集経験があったので、オウンドメディア「サイボウズ式」の立ち上げに携わることになりました。その時改めて、自分の向いているのは「コンテンツを起点としたコミュニケーション」だと気づきました。

──食わず嫌いせずにいろいろなところに挑戦されてきたのですね。
いまの立場になって振り返ると、いろいろなことを試すことができてよかったなと感じます。というのも、チームメンバーから判断を求められるマネージャーという役割は、いろいろな手段がある中で、総合的に何をすべきかを決めなければなりません。意思決定を求められるわけです。そのときに特定の専門領域のみの知識だと最善な判断ができません

インハウスエディターの価値

──「マネージャーはジェネラリストであるべき」という考え方ですね。もちろん軸となる専門領域は持つべきだとは思いますが。藤村さんにとっての軸は「コンテンツ制作」だったわけですが、インハウスエディターに関してどうお考えですか。
インハウスエディターは「企業内」にいるということが重要だと思います。オウンドメディアを立ち上げ、運営をしていく中で、どうしても外部の編集プロダクションに頼ってしまいがちです。それでもコンテンツはできますが、わざわざ自社に編集者を配置して、コンテンツを発信していく意義を考えた方がいいですね。

──確かに、外部にコンテンツ制作を任せると「ちょっとなにか違うな」というボタンの掛け違いが起きますよね。
編集者は社内にいることで会社の情報に日々触れます。そしてミッションやビジョンに対する理解を深めていきます。「あの業務はミッションに合っている」「この仕事はビジョンに反している」と議論をすることで、会社のビジョンに対する解像度が高くなります。解像度が高いか低いか。それはコンテンツ企画の細部に影響を与えます。例えば、記事のタイトルの付け方一つでも、自社のビジョンに対する解像度によって良し悪しが分かれます。
──インハウスエディターはミッションドリブン・ビジョンドリブンである必要がありますね。
あとはお客さまや読者が、真に求めているものはなにか。そこに寄り添うことができるのはインハウスエディターの真価ではないかなと。いわゆる旧来のマーケター自社の製品やサービスの中で「伝えたいこと」を伝えていくことが多かったと思います。しかし編集者は、読者の求めていることに寄り添っています。プロダクトアウトではなくマーケットインの発想に近いかもしれません。そういった目線なので、サイボウズ式の記事もサイボウズ製品の宣伝記事ではなく、企業やNPO、PTAなどさまざまな団体がどのようにチームビルディングをしているのかといった趣旨の記事になるのです。

よくインハウスエディターは、文章を書く人と思われがちですが、企画をする人、編集をする人としてとらえるべきで、それらのスキルを総動員して、コンテンツに限らずさまざまな手段を実行していけばよいのです。

──“職種”ではなく“職能”を活かすわけですね。
おっしゃるとおりです。だから僕らはサイボウズ式というメディアが起点になっていますが、「アリキリ」というアニメーション動画や、「チームワーク経営シンポジウム」という名の株主総会も企画しています。最近だと、“場の編集”と捉えた「サイボウズ第2編集部」という名のコミュニティも運営しています。

コミュニティ運営の学び

──「サイボウズ第2編集部」についてもお聞きしたかったです。立ち上げまでの経緯など詳しくお話いただけますか。
いくつかの動機が重なって立ち上げました。一つはサイボウズ式で記事を発信してきましたが、「実際に体験したことは、記事を読むことに比べて記憶や印象に残りやすい」という仮説があったからです。それで体験を提供できる場をつくりたいと感じました。もう一つは、2017年始めぐらいから、サイボウズ式の読者像を具体的にイメージできないという危機感を持っていたからです。月間で20万UUぐらいあるのに、どういった地域に住んでいて、どういった会社でどういう仕事をしているかといったことが見えなかった。それで読者についてもっと知りたいなと思い、2017年下期は読者ミートアップを多く催しました。さらにもう一つ、さとなおさん(編集部注、ツナグ代表 佐藤尚之さん)の著書『ファンベース』(ちくま新書)が2018年2月に発刊され、大きく影響を受けました。ファンというベースがない状態だと、広告という打ち上げ花火をひたすら打ち続けないといけないという内容です。オウンドメディアはAttention(認知)として機能するけれども、Relation(関係性) +Fan Base(ファン起点)を築けるコミュニティが必要だと感じました。それでサイボウズ式の読者をベースとしたコミュニティを立ち上げようと思ったんです。

──ファンをつくることでベースアップしていく必要があったのですね。実際に読者とお会いしてみて、いかがでしたか?
自分のイメージしていたものとギャップがありました。当たり前ですが、彼らはサイボウズ社員ではなく、またサイボウズの製品ではなくサイボウズ式というメディアに惹かれて集まっているんです。だから製品のPRをしたいわけではなく、サイボウズ式をもっと面白くしていきたいと考えているんです。

──コミュニティを運営してきていかがですか?
2018年6月に立ち上げて1年が経ちました。その中でコミュニティの本質を学ぶことができたのは良かったです。コミュニティは発起人に目が向いてしまいがちですが、参加するメンバーみんなが主役だという認識をしっかり持つことです。そしてコミュニティが活性化するためには、ボウリングのようにファーストピンが倒れて、セカンドピン、サードピンが倒れて広がっていくという構図をイメージすることが重要です。熱量の高いメンバーが他のメンバーに影響を与えて、熱が波及していく流れです。これはAWS(Amazon Web Services)のマーケティング施策として、日本最大規模のクラウドコミュニティ「JAWS‐UG」を立ち上げて、コミュニティマネージャーをされていた小島英揮さんの著書『ビジネスも人生もグロースさせる コミュニティマーケティング』(日本実業出版社)で提唱していたものです。参考にさせていただきました。

──あくまで主役はコミュニティメンバーだということですね。ちなみに第2編集部ではどういった活動をされていたのですか?
第2編集部のメンバー中心に実現したサイボウズ式Meetupなどを実施しました。「自分の物語を生きる」をテーマに、個人のビジョンを参加者のみんなでディスカッションして考えようといった内容です。ほかには僕が書いた新書『働きやすさを考えるメディアが自ら実践する、「未来のチーム」の作り方』(扶桑社)も、サイボウズ第2編集部のみんなでゲラ原稿から読んでもらって意見を取り入れています。それこそ書籍の「はじめに」の章の冒頭に記載したセリフも第2編集部のオフ会でメンバーが話していた言葉から引用しました。ちなみに第2編集部発の書籍プロモーション企画も走っています。3分の2はメンバーの企画で、僕がすべての活動の詳細を把握できておりません(笑)。
 

個の時代からチームの時代に

──それは心強いチームですね。書籍のテーマでもある「チーム」についてお話をお聞きしたいと思います。
昨今、パラレルキャリアなどが注目されていますが、複数の企業に所属している人も増えてきています。また企業だけでなく、複数のコミュニティに入って活動している人もいますよね。そういった状況になることでチームの重要性は増すと予想しています。

──藤村さん自身も、複業でタオルブランド「IKEUCHI ORGANIC」のオウンドメディア運営支援に携わり、趣味ではオンラインサロン「Wasei Salon」などのコミュニティに所属していますものね。
はい、こうした外部のコミュニティに入ることで、魅力的なチームについてヒントを得ています。当社の多くの社員も同様に、複業として社外で仕事をしたり、在宅ワークをしたりしています。今の時代、コミュニケーションツールを活用すれば、「時間」と「場所」に捉われず、自由に働くことができます。しかし自由だからこそ「個人の自立」が求められます。「自立」をひとりで続けるよりも、自立した多様な個人が集まるチームができれば、ひとりでは成し遂げられなかった新しい価値を生み出せるのではないでしょうか。

──以前はフリーランスが注目されていましたが、いまはフリーランスたちが集ったギルド集団が活性化しているように感じます。つまりは個の時代から、チームの時代へと移行しているのではと個人的には分析しています。
この流れは確かにあると思っています。ひとりでは「自分が限界値」になってしまいます。だからこそチームを組んで上限を引き上げる向きにあるのではないでしょうか。

──最後に、これからのマーケターに求められることは何だと思いますか。
これまでのマーケターはデータを紐解いて、予算や打ち手を決めて、ROI(投資対効果)を高めることが一般的だったと思います。しかし今後のマーケターは、数字の裏側、つまりお客さまの行動の裏側にある感情に向き合わなければいけない。マーケットを俯瞰して、ペルソナを策定して、といったことも重要です。それに加えて、もっと解像度を高めて一人ひとりのお客さまを見なければいけないなと。数字や数値ではなく、手触り感のある「具体的な誰かの名前や顔」を挙げられる状態が望ましいです。だからサイボウズ式ではあえて数値目標を設定していません。KPIという目標を立てることはわかりやすい反面、安直に頼ってしまいます。KPIというわかりやすい数字を見ない分、数字では表しにくいまた読み解きにくいお客さま・読者の気持ちや感情をしっかり捉えていきたいですね。

──マーケターの職域がますます拡大していく未来が見えました。またオウンドメディアを運営している身としても大変参考になりました。お話ありがとうございました。
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