──まずは、イェンソン博士が来日するまでのご経歴を教えてほしいです。
私は、アイスランド出身です。12歳のときに独りでデンマークへ移り住んだのが初めての海外経験です。それを皮切りに、アメリカやヨーロッパ諸国に留学したり、世界中を旅したりしていました。

私は小さい頃から冒険好きなところがありました。大学院の進学を考えたとき、ドイツやアメリカへの留学も考えましたが、そこまで冒険的に思えませんでした。そこで、日本へたどり着きます。アイスランドでは、デンマークやアメリカへ留学する人は多くいますが、日本へ行く人は少ないです。アイスランドから遠く離れている国で何かをすることにとても心惹かれました。「冒険してみたい」「挑戦してみたい」という気持ちから日本に来ました

──留学生として来日したのですね。
2003年から2009年までの間、東京工業大学大学院の古井貞熙研究室で学びました。そして、博士号を取得したタイミングで、また新しいことに挑戦したいと思い始めました。就職することも考えましたが、私の冒険心を刺激するには不十分でした。そこで、自分でビジネスを始めようと思い立ちます。

──人工知能(AI)を活用した語学学習プログラム「cooori(コーリ)」はいつごろ思いついたのですか?
大学院でAIを研究しながら、ほかに面白いアイデアがないかいつも考えていましたが、本格的に起業に取り組み始めたのは、博士課程を終了した2009年です。半年くらい代々木公園に通い詰めて、毎日5時間ぐらい一人でブレストをしながら、ビジネスのアイデアを考えていました。いろいろなビジネスのアイデアがひらめきました。その中の一つが「cooori」です。

点と点がつながり、唯一無二のミッションに

──たくさんひらめいたアイデアの中から、なぜ言語学習というビジネスを選んだのですか?
今では、母国語であるアイスランド語を始め、デンマーク語、ドイツ語、英語、日本語の5カ国語を話すことができますが、語学を学ぶ難しさを日本で経験しました。2006年くらいまで外国語を学ぶのは語学学校に通うことが主流で、私も日本語学校に通っていました。そこで感じたのは、中国や韓国など日本語と語源が同じ国の人たちの日本語の習得の早さと、何もバックグラウンドのないゼロから学ぶ人たちの習得の遅さ、つまり学習スピードの違いです。どうやったら効果的に語学を学べるのかいつも考えていました。そこで、自分のすべきことに気づいたのです。

「点と点はつながる」というスティーブ・ジョブスの有名なスタンフォード大学での卒業スピーチがありますが、まさにそれです。AIや言語分析を学んだ経験とスタートアップ企業で働いた経験、言語を学ぶ難しさの体験……これまでの私の経験がつながり、「cooori」のアイデアをもたらしてくれたのだと。「これは私の使命だ! 私がやらなかったら誰がやるんだ」という情熱を抱きました。
──使命感に駆られたのですね。ちなみにこれは2009年の話ですよね。その当時はまだAIがSFの世界だと思われていた時期ですよね。
2002年の時点で、私はAIの時代が到来することをイメージできていました。アイスランドのスタートアップ企業でプログラマーをしていたのですが、その当時、AIは話題にもならない、ほとんど存在していないようなで状態でした。しかし大学院に進学し、古井研究室に入って、音声認識やAIについて学び、今後AIは世界を変えていくだろうという実感を持ちました。

──すごい予見力ですね。実際に、ビジネスの構想から起業するまでどのくらいかかりましたか?
起業するまでにかなりの時間がかかりました。初めは日本での起業を目指しましたが、それには資金的な壁がありました。当時はリーマンショックの影響が強く、日本で資金援助を受けることが難しい状況でした。そこで、アイスランドへ飛び、ビジネスコンテストに参加しました。そのビジコンでトップ10に入ることがきっかけで、ベンチャーキャピタルから1億円の出資を受けることできました。アイスランドでビジネスを立ち上げ、日本にもオフィスを構え、日本語を皮切りに他13カ国の外国語を学ぶソフトを開発することから始めましたが、2014年から日本人向けの英語学習ソフトに完全にシフトしました。

──なぜ、日本人向けに絞ったのですか?
スタートアップを始めるとき、一つのマーケットに集中して進めることが非常に重要だと考えました。私は、日本のマーケットを知っていましたし、日本人が抱えている英語学習の問題も理解していました。そして、日本人の役に立つことがしたという思いもあったので、日本人にフォーカスした英語学習のソフトを開発しようと思ったのです。

そして、大きなチャンスが到来します。2013年に参加したbtrax社主催のスタートアップコンペイベント「SF Japan Night」で優勝を果たし、そこで得たネットワークを通して、大手航空会社などの法人のお客さまを初めて獲得することができました。それがきっかけで、コンシューマー向けのサービスから法人向けのサービスへ完全に舵を切ります。さらに2016年からTOEIC対策の学習ソフトにフォーカスしました。それが当社の社名でもありサービス名でもある「cooori」です。

──「cooori」について詳しく教えてください。
「cooori」は、AIが搭載された法人向けのTOEIC学習ソフトです。AIがユーザーの英語力と学習の癖などを把握し、英語学習を最適化していきます。人間は忘れる生き物です。エビングハウスの忘却曲線という、時間の経過とともに人の記憶がどのように変化していくかを導き出した理論があります。忘却曲線に基づいて繰り返し学習していくことで効率的に暗記することができます。その仕組みを「cooori」では取り入れています。「知っている」「知らない」「覚えた」「忘れた」単語をAIが把握し、繰り返し学習していきます。たとえ、知らない単語を覚えたとしても、単語だけでは使えません。単語を覚えたら文脈として学習するなどアレンジをしていきます。そしてその単語は2時間後に再出現したり、忘れたタイミングを見計らって出できたりして記憶に定着するように設計されています。
──「cooori」の新しい展開を考えていますか?
具体的にはまだ未定ですが、将来的にはコンシューマー向けのサービスを始めることも考えていますし、ターゲットや語学の種類を変えて横展開もできると思っています。さらに「cooori」の記憶メソッドを活用すれば、さまざまな分野の学習ソフトに応用ができるかもしれません。可能性は無限大です。

AIによって変わるもの

──AIによって教育現場はどう変わると思われますか?
教育はAIによって劇的に変わります。教育は貧富の差に関係なく、みんなが平等に受けられるべきですが、AIやテクノロジーがさまざまな方法でそれを可能にすると思っています。

──AIによって教育が平準化されたとき、その後になにが起きると思いますか。
塾に通って、知識を「暗記」する必要がなくなります(笑)。AIやテクノロジーを活用した効率的な学習によって、知識を身につける時間が短縮されるので、興味のあることに時間を費やすことができるようになるでしょう。今までは、全員に同じ教育を施していましたが、それは良くない。人にはそれぞれ個性があります。数学に興味がある生徒もいれば、ダンスが好きな生徒もいます。個人の個性をのばす教育をすべきです。それができるようになる。そして、創造力やコニュニケーション力を鍛える教育が重要になってくると思います。

小学校や中学校、高校で教えている勉強はすべてAIが教えてくれるようになり、教師の存在意義も劇的に変わるでしょう。先生は教えることが仕事ではなくなり、メンターのような存在になると思います。

──これからの未来をどのように思い描いていますか?
いまとはまったく違う世界になると思います。もちろんAIの活用範囲が急速に広まるでしょう。自動運転が普通になって交通渋滞がなくなったり、ドローン配達も当たり前になって宅配クライシスがなくなったり、制度が整えば日本においてもそう遠い未来の話ではないはずです。その一方で、AIががんを診断しても、やはり患者さんはお医者さんと話がしたいと思うでしょう。AIによってたくさんの仕事がなくなると言われますが、私は心配していません。逆に新しい仕事がたくさん生まれるから。特にサービス分野ではそうです。人と人とが関わり合う仕事がたくさん求められるようになる。だから私は先ほどからコミュニケーションがとても重要だと言っているのです。私たちは誰かと話したいと思っていますから。
──だから語学学習は必要ということですね。AI搭載の通訳機が登場してきているので、語学学習は今後必要なくなると思っていました……。
旅行者であれば、通訳機で十分かもしれませんが、通訳機を介するコミュニケーションと膝を突き合わせて話すコミュニケーションはまったく別物です。とりわけ、平和を維持するためには、相手と信頼関係を築いて、相手を理解する生のコミュニケーションが必要です。通訳機では十分なコミュニケーションは図れませんから。

──なるほど。生活が効率化されて便利な世界になればなるほど、人間的で情緒的なコミュニケーションを私たちは求めてしまうということですね。そのためには、語学の習得は重要ですね。
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