──まずは、緒方さんの考えるボイスメディアの魅力や可能性について、詳しく教えてください。
「話す」って最低労力で最高パフォーマンスを得られる一番効果的なものなんですよね。文字を書いたりメールで送ったりすることは極端な話本人でなくてもできますが、言葉はその人自身でないと発信できない。声はデジタルロスがすごく少ないんです。それほど、声とは人の内面から出ているものなのに、音声コンテンツが世の中の主流になっていないというのはめちゃくちゃ面白いなと思いました。インフラもつくれるチャンスだし、価値としても素材としても大きな可能性があると感じました。そこで、どういう部分に価値があるのか、どのような要素があれば事業が成り立つのかということを因数分解し、言語化して考えたんです。そうしたときに、音声の世界というのは、簡単に聞けるとか楽に発信できるという機能性の部分と、人の心に触れたり感情を表したりする人間性の部分、2つの要素があるのだろうと分析しました。この2つを掛け合わせて、すごく便利でありながら、意識せず当たり前に生活に染み込むもの、それでいてヒューマニスティックであり、エンタテインメントにもなり得る存在としてつくったのが「Voicy」です。

ギブ&テイクではなく、ギブ&ギブ

──そんなVoicyには、どんな思いを持った人たちが集まっているのでしょうか?
Voicyは世の中にハッピーを振りまく会社だと思っているので、社員やユーザーにハッピーになってもらうことはもちろん、他の企業さんにも当社のサービスを使って稼いでほしいなと思っています。海外で働いていたときに、さまざまな会社を見て感じたのですが、GoogleはGoogleMapでお金をとらないし、Appleも自分たちではアプリをつくらないんです。そうやってほかの人たちに稼ぐ場所を用意しているのに、日本って自分たちで全部買い占めてしまう傾向にありますよね。そうすると、周りから好かれないし、リスペクトもされにくい。自分だけが稼ごうとせず、周りが稼げるようにすることが、最終的には自分に戻ってくると思うんです。「音声×テクノロジーでワクワクする社会を作る」というビジョンについても、社員が同じ方向を目指せるようにみんなでつくりました。ともすれば、稼ぐことやマーケットの拡大を目指す人も出てくると思うのですが、こうしたビジョンを示すことで、ワクワクさせる、素敵なサービスをつくろうと言いやすいですし、そういうことを目指すメンバーが集まってきます。

──そういった考え方はVoicyユーザーとの関係性にも当てはまっているのでしょうか?
僕は基本的に、自分の好きな相手に喜んでほしいという気持ちでサービスを提供しています。ただ、なぜかビジネス上では力関係が働いて、自分に都合よく利益を上げたいという考えになることが多いですよね。僕はビジネスも組織もすべて恋愛だと思っているので、相手が好きだと思ってくれたら、極論利益度外視で構いません。けどギブすることで、結果的にそれ以上が返ってくるんです。たとえば先日、Voicyファンフェスタというイベントを実施しました。2000円のチケットを発売し、前日までに約600枚が売れていたのですが、そのチケットを無料招待券にして2000円返金しますと宣言しました。つまりお金を払ってでも来たいと思っている人たちに、あえてギブをしたんです。そうすると、返金しなくていいからぜひもらってほしいという熱いメールがたくさん来ました。こういう熱量が大事だと思うんです。今の世の中、どちらかというと、クレーマーの対応に手間をかけていて、自社のサービスを好きになってくれている人には手間をかけない、というような会社がすごく多いのではないでしょうか? だからピラミッドのボトムを大事にするのではなく、トップを重宝できるかが非常に重要なんです。逆に言うと、文句を言いたい人たちにとって居心地の悪いサービスをつくるということなんです。そういう人たちを無視できるような仕組みをつくらないといけない。そこがビジネスデザイナーの見せ所ではないかと思っています。
──そういったコミュニティの設計も緒方さんがされているのですか?
基本的に僕がやっていることが多いですね。Voicyのコミュニティのひとつに「ファンラボ」というものがあります。ここでは、Voicyのプロモーションについて考えたり、どうやったらパーソナリティやリスナーが喜ぶサービスになるかUXを考えたりするメンバーが集まっています。彼らは月に1万円を払って加入していて、Voicyの改善を手伝ってくれているんです。それに対して、周りからは搾取だと言われることもありますが、もしかしたら、同じように会費を払って参加するサークルより楽しいかもしれないんですよ。そのバランスってすごく興味深くて、なぜか人は働くとなった瞬間に、対価としてお金をもらうべきだという考えになる。その境界線を取っ払って、自分の経験にもなるし居場所にもなるコミュニティは非常に意義のあることではないでしょうか。会社というのは一番良いコミュニティで、仲間もできて成長もでき、自分一人では挑戦できないことにみんなで挑戦できる。さらに、自分たちの成長が市場の成長にもなって社会を変えることができる。それでいてお給料ももらえるって、めちゃくちゃすごいコミュニティだと思うんですよ。だからこそ、会社のメンバーでなくても、会費を払ってでも、ひとつの心地よい居場所を得られるセミコミュニティのようなものがあってもいいなと思っているんです。そういうものが今後の社会にあってもいいんじゃないかと。そういう思いで「ファンラボ」を運営しています。ただ、応援はしたいけどアクティブには動けないという人もいるので、そういう人たちのために「Voicy応援団」というものがあります。これは、「声援」と「千円」をかけて毎月1,000円を払うというもので、お祭りの提灯をイメージして、払ってくれた人の名前をサイト内の提灯に載せています。Voicyというひとつのお祭りがあって、屋台をつくっているファンラボのメンバーと、提灯を光らせてくれるVoicy応援団がいる。そうやってみんなでお祭りを盛り上げているというコミュニティができているんです。彼らがギブしてくれる分、僕らはそれを使って命がけで面白いサービスをつくる、彼らと一緒にいる世界観をつくるということをやっていて、それがお互いにギブをし合うということだと思っています。
ファンラボ1~3期生とVoicy応援団の関係性
ファンラボ1~3期生とVoicy応援団の関係性
──ギブしたものが最終的には戻ってくるというロングスパンの思考は、スタートアップ企業からすると、資金面での不安もあるかと思います。そのあたりはどのように払拭されていますか?
お金の増やし方にはいろいろな形がありますが、一番利回りが良いと思うのは、銀行でもなく証券でもなくベンチャー投資でもなく、人の体に預けることです。つまり、コミュニティが資産になると思っています。これまでは、労力の対価として貨幣をもらっていました。しかし両者は交換する際に減耗してしまいます。このため交換せずに、労力を人に預ければそのまま返ってくるため、一番減耗が少なくなります。さらに、ギブをしてくれたことに対してなにかお返しをすると、向こうから「ありがとう」と言ってくれるんです。どちらも「ごめんね」と利息が取られるのではなく、「ありがとう」と付加価値を生むんです。それもコミュニティの強みですよね。また、そうすることで、目先の費用対効果を重視した損得勘定の人たちを淘汰することもできて、お互いにギブをして何倍にも返したいという人たちだけが残る。貨幣ではないマーケットで、お互いに高い利回りを生み出すんです。

方程式はない。過去・現在の事例から学べ

──コミュニティの設計において、どんな要素が必要かということは、感覚的に感じ取っていらっしゃるのですか?
基本的に感覚ではなく、いろいろな事業のなかから相似形を見つけて、当てはめています。こういうふうにしたら人はこういうパターンで動くということが、事実や歴史のなかにあるんです。先ほどのお祭りの例で言うと、提灯を出したくなる心理はなんだろうということを因数分解します。自分も関わっているという感覚を得たいのか、お金を払ったことを可視化したいのか、などいろいろな要素が挙げられます。そこで、ユーザーは自分が貢献したものを、目に見える形で表してほしいんだなと分析したら、提灯として出すべきだという判断になるわけです。

──そういった考え方は、どのようにして養われたのでしょうか?
公認会計士時代に、いろいろな会社のビジネスモデルやどこにリスクが潜んでいるかを多く知ることができたことがベースにあります。その後、ベンチャーの支援をするようになってからは、課題に対してどうしたらいいのか、なかでもダイナミックにチェンジするためにはどうしたらいいかをアドバイスしてきました。ゴールがズレているのか、今が過渡期だからズレが生じているのか、そんなことを考えるわけです。めちゃくちゃな例えかもしれませんが、サッカーだったら、なんでキーパーひとりだけ手で触れるんだ、触れる人が二人でもいいんじゃないかとか、45分ハーフは長すぎるから、5分ずつ18回やったらどうなるだろうとか。そういうタラレバがすごく好きで、行き着く先で人がハッピーになれるかを考えるのが趣味だったんですよ。

──緒方さん自身の経験を通して培われたものなんですね。
また、歴史から学ぶことも多いです。たとえばエネルギーの話をすると、水力・風力から始まり、石炭が登場して一気に工場が増えていきます。このときのメインストリームは石炭です。さらにそこから石油が出てきて、このほうが燃えるとなって世の中全部が石油に切り替わっていきます。1970年代の日本は、戦争に負けたことで、石炭に縛られず石油の工場を稼働できたからこそ、経済が急成長したんです。このように、必ずなにかキーになるものが変わるときに、大きなゲームチェンジが行われているんです。そうやって、何がきっかけで世の中が変わっているのかを人の行動や歴史から学ぶことが多いです。歴史や世の中にある事実のなかにどんどん手を突っ込んで、いろんな切り口で斬っていくと、たまにその中に鍵が入っているんです。その鍵を使って別の宝箱をひたすら回していくと、どこかで開くんですよ。だから、常に鍵探しをして、その切り口の鍵を使って新しいものをどんどん開いていくというようなことをやっています。

──世の中のゲームチェンジに気づける嗅覚を鍛えていくためには、どんなことが必要でしょうか?
「こうやればできる」ということはないです。みんな方程式を求めてしまいがちですが、それって「女の子にモテるためには痩せたらいい」ということと同じなんです。それも確かにあるけど、自分向けにカスタマイズしないと意味がないんです。でも、簡単にゴールにたどり着きたいから、つい答えを求めてしまう。だから、いつも「基本的に僕が言ってることは全部嘘やで」って言っています(笑)。そこには要素はあるかもしれないけど、それをひとつやったくらいでできる人はそうそういないと思います。

──事実や歴史の中から要素を見つけて、それを俯瞰的に考えながら行き着く先がどうなっていくのかを想像していかないといけないということですね。
そうですね。推定した未来を具現化できること、さらに、形にしたものを社会のなかで必要とされるポジションにできれば、自分自身で文化をつくることもできます。こういうものが必要だと気づいた瞬間に、参入障壁をつくったり、自分だけの価格設定をつけてしまえれば、もう勝ちパターンですよね。そういう動きができるかどうかも大きなポイントだと思います。そこでは、謙虚にやることがすごく重要です。こうあるべきだと主張を振りかざすと、世の中のバランスが崩れて、周りのいろいろな部分に影響を及ぼしてしまうんです。だから、世の中すでに成り立っているけど、こういうものを提案して、ちょっとだけ山つくらせてもらっていいですかって入っていくんです。その反応から形をつくっていくことができれば、世の中に浸透しながら未来に山をつくれるのかなと思います。

ボイスメディアの未来

──それでは、ここまでお話しいただいた緒方さんのロジックに当てはめると、どんな未来が見えてきますか?
明確な答えはないと思いますが、人々が二極化していくのかなと思っています。稼げればいいという思考の人たちと、そんなことは関係なく本当に意味があるものはなんだろう、人生をハッピーに生きるにはどうしたらいいだろうと考える人とに、二分されていくのだろうと。僕は前者のようなマーケティングを人の幸せに使えない人たちが後者の考えになってくれたらいいなと思っています。もうマーケティングは人間が本能的に処理できるレベルを圧倒的に超えていて、提供者に倫理観や武士道があるかどうかによってくると思うんです。実際に、ミュージシャンよりも握手会を行うアイドルの方がトップになるという時代がもうやってきている。握手会をしたら稼げる仕組みをほぼ完璧にできているんです。でも、そういうサービスって中毒性が強くて、ユーザーを虚弱化させるんです。だからこそ、Voicyはそうではなく、コンテンツが飽きられても、それよりも良いものをひたすらつくっていくことを続けたいです。

──Voicyのこれからがますます楽しみですね。ボイスメディア全体の未来については、どのように考えていますか?
インターフェースのゲームチェンジが間違いなく起こると予想しています。以前はメタメディアというものがあって、その前にいないと情報に触れられなかった。次に、スマホの時代が来て、歩きながら触れることができたけど、この10センチ四方の板にしがみついて生きなければならなかった。けどこの時代も終わりが見えていて、生活している最中に常にメディアに触れられる時代が来ます。そこが、音声が人間の生活をひとつ次に進めるキーファクターだと考えています。なので、情報革命の次の波は、生活を革命するインターフェースチェンジがやってくると思っています。そういうものって、便利になって初めてそのすごさ気づくのですが、変化の最中にはなかなか気づかない。先ほどもお話ししたように、僕はパターン化が好きなので、今回の変化って、過去にiPhoneが登場したときとすごく似ているなと感じているんです。当時、iPhone3Gが発売されたのですが、ボタンがないから使えないと言われていました。今だったら、ボタンがなくてなにがダメなんだと思いますが、自分たちの適応力がないだけなのに、まるで不具合があるかのように不満を言っているんです。当時、アプリも充実していなかったのでほとんど使えるものはなかったのですが、カレンダー機能だけはみんな使っていたんです。このように、インターフェースが変わったときに、ほとんどのものが使えなくても、これだけは便利だというものがあるとゲームチェンジが起こるんです。これって今回のケースにめちゃくちゃ近いんです。スマートスピーカーが出てきて、使い勝手が悪いとか、デザインが良くないとか言われていますが、スマホは約10年の歳月を経て今のように洗練されたわけで、いきなり洗練されたものが出てくるわけがないんです。それでも、「OK Google 8時に起こして」と言ったら、アラームをセットして起こしてくれる。その快適さに、みんな1回使ったらハマる。これだけは便利だというものがある点がすごく似ているんです。
──なにかひとつでも絶対的に使えるものがあると、強力な武器になるんですね。
そうですね、それを使わざるを得ないので。そうすると、周辺にこんなものがあったらさらに便利だというものを一生懸命考えてつくるので、利便性が一気に加速するんです。なんにしても、日本人に合っていないとか、日本では浸透しないと言われることが多いのですが、最近は日本が最後発国になっているんですよ。Facebookは、海外で流行ってから日本に来ました。はじめは匿名性がないものは絶対に無理だと言われていましたが、最終的に一番浸透率が高いのは日本なんです。iPhoneも今では日本が一番使っている。結局、一番浸透度が遅くて一番浸透率が高いのは日本なんです。今回のスマートスピーカーに関しても、ダントツで遅いんですよ。日本語だからとか、日本人だから声を出すのが恥ずかしいとか、前と同じことを言っているな、繰り返してるな、と思いながら静観しています。日本人が保守的だからかもしれないですね。リスクをとってまでより良い生活を求めるよりも、みんなと同じ生活をしている方が無難だという意識がすごく強いのかもしれません。

──そのなかで、人と違う視点を持つためには、どのような意識を持てば良いでしょうか?
そういうことを面白いと思えない人は諦めた方がいいです。他の人がやっているから自分もやりたいと思う、マジョリティ側なのであれば、下手なことはやらない方がいい。僕は関西人で、お笑いをよく見るのですが、すごく似ているなと思います。みんなが考えることから若干ズレるからお笑いって面白いんですよね。完全にズレたことを言っていたらただの変人ですが、みんなの考えとはちょっとズレているけど、もしかしたら面白いかもしれないから1回言ってみようというラインに常に挑戦している人たちがいるわけです。面白い話をしている人に、そういう発想をつけるには何が必要ですかと言っている時点でたぶん笑わせようと思っていないんですよ。だから、世の中楽しませようとか笑わせようとか、そういう部分に幸せを見出している人でないと、未来を創造して新しい価値をつくっていくことはできないのかなと思います。

──マジョリティと目線やポジションがズレても臆さないことは価値あることで、次世代への対応力につながるのですね。いろいろと気づきを得ることができました。お話ありがとうございました!
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