──神谷さんは元々広告会社にて、広告プランナーを勤めていたとお聞きしました。また、カンヌ国際広告祭やアドフェストなどのさまざまな広告賞でも受賞歴お持ちだとか。
ありがたいことに、いくつか賞も受賞させていただきましたね。前職のスパイスボックスでは、主にデジタル領域で新しいテクノロジーを活用した広告表現を探求していました。広告業界のど真ん中を生きるというよりも、辺境でマイノリティとして生きてきました。言ってしまえば、広告業界の中での新規事業の立ち上げのようなもので、現職のWHITEのイノベーションデザイン事業(新規事業開発支援事業)に通ずるところがありましたね。

──現在WHITEではイノベーションデザイン事業を主に手がけているとのことですが、以前は広告事業が9割近く占めていたとお聞きしました。
はい、そうです。2016年が一つの転換点でした。それ以前は広告の仕事が9割で、どちらかというと規模的にも、機能的にもクリエイティブブティックに近い会社でしたね。
──なぜそのような状況で広告事業からイノベーションデザイン事業へ転換していったのでしょうか?
WHITEが掲げる企業ミッションは「新しい、を価値にする」です。このミッションを実現させるには、価値を伝えることが目的の広告ではなく、価値をつくるイノベーションデザイン事業の方が適切であると考えたためです。広告は、情報を人に届けて認知を獲得するという、価値を伝える役割を持っています。でも現代ではそれ以上に顧客が求めていることがある。それは顧客の生活の体験価値をさらに向上させていくことです。例えば、靴をつくっていたNikeが広告キャンペーンではなく『Nike+』というデジタルサービスを立ち上げ、顧客の体験価値の向上を図っていったような動きですね。価値を提供してくれるサービスを顧客は求めているんです。

GoogleやAmazonなどGAFAは「顧客の体験価値の向上」を最重要視して、サービスデザインやグロースハックの概念のもとプロダクトの開発を進めています。広告パーソンもクリエイティブの実制作スキルやコンセプトメイキングスキルを広告というフィールドに限らずもっと広い領域で活かすべきだと思っていますし、活かせるとも感じています。
──広告よりも、より広い領域で活躍の場があると考えたわけですね。これらはやはり、神谷さんご自身の経験で実感してきたのでしょうか?
そうですね。そもそも僕がWHITEを創業した動機として「新しいことにチャレンジしようとする人の孤独をなくしたい」という思いがありました。前述の通り、私は広告業界内ではメインストリームにはおらず、主軸事業の辺境にいました。そのなかで、「新しいことを生み出して、世の中を変えていきたい」という強い思いを持って仕事をしていました。でも一方で、新しいことに向き合えば向き合うほど、自分とほかの同僚たちとの距離は広がっていく。段々と一人になる時間が増えて、孤独に近づいていると感じていたんです。

──新しい領域に取り組むことに対してモチベーションがある一方で、共感できる仲間が徐々に少なくなっていく孤独な状態になりつつもあったと。新規事業に携わる人たちが抱える一つのジレンマですね。
そうなんです。新しいことに挑戦することは、「世の中を変えていく」「より良くしていく」ためにはとても大切なことです。けれども、非常に大きいリスクもある。故に共感を得られず、新しいことへの挑戦には孤独が付き物だと思っています。

この孤独というものはとても扱いが難しいものです。それをバネにすることで、誰よりも前に進む人もいますが、逆に孤独に潰されてチャレンジそのものが消えてしまうこともある。日本には「出る杭は打たれる」ということわざもあるように、孤独に潰されてしまうケースの方が圧倒的に多いと思っています。だからこそ、孤独をなくしたい。この考えがWHITEを創業する原点になっているんです。
──「孤独をなくす」それがWHITEの原点であると。さきほど、「以前はクリエイティブブティックとしての側面が強かった」と伺いました。広告事業から転換していったのは、その原点にある思いも影響しているのでしょうか?
そうですね。冒頭でも少し述べたのですが、2016年の後半に、スパイスボックスグループの再編があり、6名しかいなかった社員が40名に増えることになったんです。しかもほぼ全員が広告業界出身の人間という構成で。普通、そのような状況にあると広告事業に、より力を入れていくと考えると思います。でも、先述したような広告業界の現在、そして未来を考えたときに、「それで良いのか?」と疑問を抱いていたんです。でも「6倍以上に人数が増える体制になることが決まって、さらに変化をするリスクを取るべきなのか?」など新体制への不安も同時に持ち合わせていて。さまざまな考えが逡巡していたなか、いま一度WHITEの原点である「孤独をなくす」という思いに立ち返ったんです。そこに照らし合わせて考えた結果、このタイミングで事業を転換しようと意を決し、イノベーションデザイン事業へ力を注いでいくことに決めました。それに際して、これまでプランナー・デザイナーをしていたものは、サービスデザイナーに。マーケターはビジネスデザイナーへと肩書を変えていきました

──肩書や事業の急な転換が生じていくことには、トラブルや内部からの反発などは生じなかったのでしょうか?
もちろん、その点も鑑みて、イノベーションデザイン事業を主軸にするには、イノベーションを実現していくためのプロセスを体系化する必要があると考えました。広告業界の人間がほとんどを占めていたため、誰でも0からイノベーションデザインに取り組めるような体系を構築して、再現性を高めていく。まずWHITEで取り組んだのはその部分からでした。
新規事業立ち上げで重要なのが、事業の軸をしっかりと決めてから、アイデア出しやブレストなどをブラッシュアップしていくことだと思っています。なぜなら新規事業の立ち上げを社内などで求められたとき、例えば「10年で100億円を生み出せる事業をつくれ」などのような漠然としたオーダーが多いからです。しかし、そのような漠然としたオーダーを軸とし、ブレストを進めていくと、本来顧客に提供していくべき価値や目的の深堀りがされず、曖昧なままで新規事業が進んでいくことになります。そうすると結果として、「フィンテック市場が盛り上がりそうなので、ナントカペイをやれば儲かるのでは?」といった発想で、「稼げそうな市場へ投資をする事業」になってしまうんです。だからこそ、私たちはその一歩前の段階である「軸を決める部分」が重要であると考えました。

──軸が曖昧だと、どこかで聞いたことのあるような、二番煎じの事業が生み出されてしまいかねないというわけですね。
そのため、私たちがイノベーションデザインの体系化を進めていく際に重要視したのが「目的の設定」と「現状の可視化」です。そもそも新規事業を起こす目的と理由を明確にする。そしてその目的をかなえるためには、「自分たちが現状でどこにいるか」「どのように動いているか」「どのくらいの時間があれば遂行できるか」、これらをはっきりさせる必要があると考えました。新規事業で重要なのはアイデア出しやブレストよりも、この「軸を決めること」です。そうすることで、同じチーム内でも明確なビジョンを共有することができますし、目の前の取り組むべきことがはっきりして結果的に一人あたりの人的負担を分散することができます。これらのことは、新規事業を立ち上げる人の「孤独の回避」にもつながっていくんです。WHITEでは、この考えを体系化して、広告事業からイノベーションデザイン事業へのシフトを進めていきました。
──広告事業も並行して進めていくという考えはなかったのでしょうか?
イノベーションデザイン事業へのシフトを決めた最初の頃は広告事業が売り上げの大部分を占めていました。しかし、それ以上の案件は増やしていくつもりはありませんでした。

その理由は、現代は「広告でブームをつくることが難しくなっている」と感じていたからです。先述しましたが、広告は商品やサービス、企業を広める役割を持っています。けれども、現代ではそれらの広めるべきモノ自体がそもそも古くなってきていると思っています。例えば、まだ自動車が各家庭に普及していなかった頃に、広告によって「車が当たり前の生活」へと変化させたことは、とても大きな変革であったと思います。しかし、現代では車の購入を促す広告はどのくらいの大きさの変革を起こすでしょうか?

車の例のように、シェアリングエコノミーの概念や環境問題への懸念、多くのテクノロジーの発展など、昔とは異なる部分が増えたため、広告が起こす変革は昔よりもかなり小さくなっていると思うんです。このような背景から私は、現代に求められているのは、広告ではなく、世の中に存在するモノや仕組みのアップデートだと考えたんです。
──人々は広告ではなく、モノや仕組みのイノベーションを求めているのではないかと。では、いま広告業界にいる人たちがこの先を生き残っていくためには、どのような生き方を模索するべきなのでしょうか?
広告業界にいる人たちはクリエイティブ能力や仮説立案・検証の能力など、とても素晴らしい能力を持っていると思っています。彼らが持つ、それらの能力は、ほかの領域でも大いに活用できる。そのため、もっと広告以外の事業にピボットさせるべきなのではないかと思っています。

私たちがその能力を新規事業開発へと注力させていくことで、現在のポジションを築いたように、ほかの領域でどのような形で活かしてくことができるのかを考えていく。それがこれからの時代では必要なのではないでしょうか。

──広告業で培ったマーケティング・クリエイティブ力をほかに活かす道を探す必要があるわけですね。
そうです。クリエイティブに昇華するユニークな視点。そこに、世の中へしっかりと根付かせられる持続性をプラスさせることができれば、世の中に大きな変革を起こすことは十分にできるのではないかと思っています。私たちWHITEの役割は、新しい価値をつくり、世の中に変革を起こそうとする人たちが、孤独に潰されてしまわないように支援していくことです。
WHITEも現在では、広告事業とイノベーションデザイン事業の売上は逆転し、7割近くをイノベーションデザイン事業で占めています。この先「新しい価値に対して、孤立させずに寛容である社会」、それを実現させることで、私たちが広告事業から転換をした意味があったと胸を張って言うことができると思っています。その日を目指して、これらかも精進していきたいと思います。

──どのような未来が来ようと、新しい道を進むことはきっとプラスになる。それを実感できるお話でした。広告が迎える未来は果たしてどのような形になるのか。今後もadvanced  by massmedianではリポートしていきたいと思います。お話いただき、ありがとうございました!
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