「抹茶が好き」だからこそ守りたい。現代の千利休を目指して 千休 代表取締役 久保田夏美さん
前回、自身の茶道経験をきっかけに起業をした、TeaRoom代表取締役/CEOの岩本涼さんを取材しましたが、岩本さん以外にもお茶で起業をした若者がいました。千休 代表取締役の久保田夏美(くぼたなつみ)さんはエンジニアから転身し、抹茶の会社を立ち上げました。なぜ抹茶で会社を起業したのか? その理由と久保田さんを魅了した、抹茶の魅力に迫ります。
抹茶はビジネス書の対極にある
──久保田さんは抹茶が好きすぎて、抹茶を専門に取り扱う会社「千休」を創業したとお聞きしました。そうなんです。抹茶が中学生のころからすごく大好きで。その歴史や生産の仕方などを調べていくうちにどんどん沼にハマってしまったんです(笑)。そして、「自分でも抹茶をつくって、いろいろな人に届けていきたい!」そう思って、千休を起業しました。
もともと私はコーヒーや紅茶などの飲み物が苦手でした。だから友だちとカフェに行くこともあまり楽しくありませんでした。けれども、中学生のころ初めて抹茶を飲んで、すごく美味しかったんです。それが抹茶にハマったきっかけでした。
──久保田さんは抹茶のどのような部分が魅力的だと思っていますか?
抹茶って葉っぱそのものを飲むことができるんです。緑茶などと違って、お湯で煎じなくても、葉っぱを磨っただけのものを飲めます。そのため抹茶は食物繊維やビタミンも豊富で、栄養面でもほかのお茶と違う部分があります。ほかにも抹茶の背景にある文化や考えには、ビジネス書には記されてはいない、現代人にとって有益なものが詰まっていると思っています。 ──それはどういうことなのでしょうか?
ビジネス書には「すぐ行動しよう」、「いっぱいトライしよう」など、行動を促進させる内容が多いですよね。どうすれば成功できるか、それが書いてあるのがビジネス書だと思います。それも大事なのですが、それに疲れてしまう人もいるのではないでしょうか。せかせかと行動しているばかりでは肉体も精神も必ず摩耗しますから。
抹茶の背景にある「侘び寂び」の概念はビジネス書には書いてありません。むしろその逆にある考え方が中心に据えられています。それは「余白を持つ」という考え方です。頑張りすぎなくてもいい、休んでもいいことを肯定してくれる世界観がそこには広がっているんです。この考え方は現代人にとってとても有益であると思っています。変化が激しく起こる時代で、周囲のスピード感についていけなくなる。それなら別に休んでも良いんだと知っているだけで、心のバランスがとても良くなりますよ。
──前のめりになりがちなビジネス書の考え方以外も知ることで、バランスが整うということですか…。それに適しているのが抹茶の「余白を持つ」という考え方なのですね。
メリハリが大事なんだと思います。頑張ったのなら、どこかで休まないとその反動は必ず来ます。抹茶のなかにはテアニンという鎮静作用をもたらす成分が入っています。これによって抹茶を飲むと心拍数が落ちてリラックスするんです。そのため、抹茶は休憩のお供として適切な飲料なのです。
働き方改革が進むなかで、これから社会はどんどんホワイトになっていくと思います。そのため、働かない時間が増えていきます。その時間を、抹茶を飲むことに充ててもらえるようなきっかけをつくっていきたいと思います。
抹茶を伝え、残すために
──久保田さんは千休以前にはどのようなお仕事をしていたのでしょうか?新卒ではITベンチャー企業にエンジニアとして入社して、データ解析系の仕事を主にしていました。大学でも情報工学を専攻していて、UIの研究室に所属していました。父親がIT分野で働いていた影響もあって、そのような道を進みました。 ──ゴリゴリの理系だったのですね……。驚きました。
学生のころから、「なまっちゃ」という名前で抹茶インフルエンサーの活動もしていて、エンジニア職で働いていたときも副業として続けていました。そして徐々に「なまっちゃ」としての仕事が増えてきたため、会社を辞めて「なまっちゃ」一本で進むことを決めました。そしてフリーランスになって、2019年3月に抹茶カフェを開催することになりました。
そのときに初めて抹茶をビジネスとして、お金をいただいて提供することを経験しました。ですが、お茶屋や工場はとても長い歴史と伝統を持つものが多く、新規参入者のハードルがとても高くて……。ましてやフリーランスなんて相手にもしてもらえませんでした。そのときに、自分の仕事として抹茶としっかり向き合う覚悟を決め、この千休を起業しました。
──会社法人の起業は抹茶と本気で向き合うという久保田さんの覚悟の表れでもあるわけですね。
そのかいもあって抹茶カフェは無事に成功させることができました。とても嬉しいことに飲み残しが一杯もなかったんです。千休で出す抹茶は本当にこだわりを持ってつくったので、それが受け入れられてとても励みになりましたね。 私は朝、昼、晩と1日に3回は抹茶を飲むくらい大好きなのですが、一方で抹茶が苦手な方ももちろんいます。その一因には、本物の抹茶を飲める機会が少ないことがあるのではないかと私は思っています。
──本物の抹茶ですか……。我々の普段飲んでいる抹茶とは違うのですか?
本物の抹茶とは、静岡や京都などの本場で飲める抹茶のことです。それは近くのコンビニや街のスーパーで安価で提供されているものとは味がまったく異なるんです。
抹茶の葉を育てるときには葉に覆いを被せて、日光に当てずに育てます。気候や気温の徹底した管理で茶葉の質は大きく変化します。それは10倍以上の値段の差が生じさせることもあります。抹茶もワインなどの嗜好品と同じくランクが存在するんです。
──抹茶の生産環境や値段などがそのような体系になっているとは知らなかったです。
良い抹茶は野菜と同じで甘く、見た目や香りもまったく違います。私は、抹茶を嫌いだと感じている人のなかには、安価な抹茶商品を食べて、嫌いだと勘違いしている人もいるのではないかと仮説を立てているんです。そのため、抹茶が嫌いな人たちでも美味しいと感じてもらえるような抹茶を提供していくことを目指しています。
千休では質の高い茶葉を用いた抹茶を提供しています。当然、コンビニやスーパーで出回るものに比べると値段は高額になりますが、あえて価格競争は避けています。それは飲んでくれる方たちはもちろん、茶葉をつくる生産者の方たちも喜んでいただけるからです。
──消費者と生産者の両者が喜べるとは、どのような関係なのでしょうか?
コンビニやスーパーで安価な値段で抹茶商品を買えることは消費者にとっては喜ばしいことなのですが、それは生産者からすれば、とても安く茶葉を買われているということになります。店頭で価格競争が起きて安価になるほど、茶葉の生産者たちも安価な茶葉を生産するばかりになり、茶葉の質が落ちていくんです。
ほかにも生産者の周りでは、高齢化などによる後継者不足の問題も進み、決して楽な状況ではありません。それを食い止めたいというのはおこがましいですが、質の高い茶葉でつくる抹茶の美味しさを多くの人たちにも知ってほしい。そのためには、消費者にも適切な価格で提供していくことが必要なんです。
──安価ではない抹茶をつくることは、抹茶をこの先も残し伝えていくために、必要なことなのですね。
抹茶はもともと中国から伝わってきたものですが、戦国時代以降に千利休や村田珠光などの茶人が広めてきた文化です。もはや抹茶は伝統工芸品のひとつであると私は思います。それをなくさないためにも、正しい抹茶の価値を伝える活動を「現代の千利休」として千休で広げていきたいです。
とはいえ、私だけがそれを言い続けても限界があります。第三者が私と同様に抹茶の良さを発信していく環境をつくっていきたいですね。そのためには、美味しいと人に言いたくなるくらい、本当に美味しい抹茶を提供し続けるしかありません。そうやって本物の抹茶を世の中に浸透させていきたいです。 ──一見ありふれたものである抹茶にも、知られざる世界が広がっていることが明らかになりました。伝統工芸品となった抹茶がこの先の未来に堪能できないなんてことにならないように、本物の美味しい抹茶を広く伝える必要がある。今後も久保田さんがどのような活動をしていくのか、注目したいと思います。本日はお話いただきありがとうございました!