データに付加価値をつける組織をつくる

──牧野さんが統括しているZOZO分析本部の役割について教えてください。
分析本部はデータ分析の専門部隊として、ZOZOグループ全体のデータを集約している部門になります。具体的には3つの業務があります。

1つ目は「意思決定の支援」です。会社の今後を決めるような大きな案件は当然、事前・事後に検証が必要となります。その際に役員や各ビジネス部門から相談があり、それぞれのデータを示していきます。「ここを改善すれば良くなる」や「あまりいい策じゃない」などデータ分析を元にアドバイスをして、意思決定を支援していきます。

2つ目は、データが集まる分析プラットフォーム上のデータを整理し、「BIツールで見える化」する取り組みです。こちらも、役員やビジネス部門が日々の経営状況・業務の状況を把握できるように、ダッシュボードを構築しています。

3つ目は特に力を入れているのですが、「売り上げ拡大や業務効率改善のための提案」です。私はZOZOに勤める以前はコンサルティング会社で11年間働いていました。前職の「単純に依頼に応えるだけでなく、限られた時間のなかでどれだけ付加価値をつけられるか」という価値観が、私のなかにも根付いています。そのため、ZOZOでデータ分析部門を立ち上げたときも「ただ依頼されたデータを集計するだけの集団」にはしたくないと思っていました。そうではなく、「データ分析を売り上げに直接結びつけていける部門」を目指して、現在の分析本部を設計しました。いまは、なにか大きな新しいことを考えるときは依頼というより相談され、一緒に企画を練っていくという立ち位置が確立されています。
──コンサルティング会社出身の牧野さんの思想が根付いたデータ分析部門なのですね。過去に行ってきた、具体的な提案にはどのようなモノがあったのでしょうか?
比較的わかりやすそうな例でいえば、ZOZOTOWNで毎日出しているブランドクーポンの利用可能枚数の変更提案があります。現在は、異なるブランドであれば、1日に複数枚使用できますが、私が入社した際にはまだ、クーポンは1日1枚しか使えない状態でした。クーポンは1日に複数枚使えた方が売上は伸びると誰もが思うのですが、開発工数も大きく、ほかの案件との優先順位が判断しづらい状態が続いていました。

そこで複数枚使えるようにすることで売り上げがどのくらい伸びるのか」を定量化して提案しました。こういった「まだやったことがない施策の効果の事前検証」は実績を単純に集計しただけでは答えが出せないので、複数のデータを組み合わせて「少なくともこの規模はいける」というストーリーをつくります。このケースでも無事システム開発に至り、売り上げを伸ばすことができました。

ほかにも、商品の並び順ロジックの開発やファッションコーディネートアプリ「WEAR」からZOZOTOWNへの導線の改善提案、機械学習を使って事前にブランドクーポンの売り上げを予測してスケジューリングを支援するツールをつくるなど、数十億円の売り上げ拡大につながる事例を手がけてきました

──「データ」と「売り上げ」を結びつけるためのメソッドは、牧野さんのなかでなにかお持ちなのでしょうか?
メソッドというほどのものではないかもしれませんが、まずは「ビジネスをしっかり理解すること」、次に「課題をクリアにして言語化すること」が重要だと思います。ドラッカーの「Doing right thing is more important than doing the thing right(物事を正しく行うことよりも、正しいことをすることが重要である)」のように、分析の世界でもどうやるかよりなにをやるかの方が大事なことが多いのです。
難しい手法で長い時間をかけて分析しても、実際に使われない提案には意味がありません。また、単純にビジネス部門の担当者から言われたとおりのデータを出しただけだと、うまくいかないことがほとんどです。そのため、担当者との会話のなかで状況を理解して課題を抽出し、仮説を立ててから分析を始めるようにしています。データを見ていくなかで当初の仮説が覆ることも日常茶判事ですが、その都度グラフと睨めっこして、大いに悩みながら進めます。メソッドと言えるほどのものではありませんが、本質を捉えたうえで、作業に埋もれず、データやグラフから逃げず、「愚直に考え抜く」ということが大事なのだと思います。

データ分析者が身につけるべきは右脳的なセンス

── 昨今、「データ」の肩書きがつく職種、データアナリストやデータサイエンティストなどが増えてきていると思いますが、牧野さん自身はどちらに近い意識ですか?
私自身のことでいえば、アナリストかサイエンティストかといったことは意識していません。ディレクションを行っているので、あえていうのであれば「アナリティクスディレクター」かな。重めの案件の場合は、私もビジネス部門の相談に同席するところから、案件のゴール設計や分析のプラン作成、データを見ながらメンバーと一緒に議論、プレゼン資料の作成、報告まで、データを抽出するところ以外は頭と手を動かしています。

私の考えでは、データアナリストとデータサイエンティストには大きな垣根はないのではないかと思っています。どちらもデータを使って課題を解決していく仕事であるので、本質は変わらないのではないかと。ただ、手段としてデータサイエンス的なアプローチも使えると仕事の幅が広がるので、チームメンバーには是非技術も磨いてほしいですね。
──「データアナリストとデータサイエンティストの垣根はない」というお考えなのですね。では事業会社のデータ分析の担当者はどのような能力を持つべきだと思いますか?
私が思うのは、「右脳での思考力」がとても大切であるということです。機械学習や統計の知識と技術を活用し、効率的にデータを抽出・集計する能力が「左脳での思考力」に当たります。では「右脳での思考力」が一体なにかというと、先ほども申し上げましたが、「課題がなにかをクリアにする力」。ほかにも、「データのなかから改善案を発見する力」や「悩んだときにブレイクスルーを思いつく発想力」、そしてそれらを「ビジネス部門にうまく伝える力」など、データ分析の出入り口を考える力のことを指します。

──いわゆる「センス」と呼ばれているモノが「右脳での思考力」というわけですね。そして、実際に手を動かして作業を進めていく力が「左脳での思考力」にあたると。
そういうことですね。ZOZOの分析本部ではデータ分析者がセンスを持つことを重要視していますし、これからデータ分析者には求められていくのではないかと思っています。特に若いメンバーは新しい技術に興味や憧れを持つ傾向がありますが、それを伸ばしつつセンスも伸ばしていくと、より強いアナリスト・サイエンティストになれると思っています。

料理に例えると、新しい調理器具や新しい調理方法をしっかり学びながらも、食材を理解し、TPOや食べる人のことをよく考え、最後の盛り付けや料理の説明もうまくやれば、一番美味しい一皿がつくれるといったところでしょうか。
──実際にデータを分析し、オペレーションしていくスキルである「左脳での思考力」は実地で経験を積み重ねていくことで得ることができると思うのですが、「右脳での思考力」にあたるセンスはどのように磨けばよいのでしょう?
なにかいい方法があれば、むしろ教えてほしいぐらいですね(笑)。私がやっているのは、部下に対して案件を振る際に、案件の背景を丁寧に伝えること。それから、「右脳での思考力」を高めていくうえで必要な要素を「ビジネスセンス」「コミュニケーションセンス」「業界/業務知識」などとブレイクダウンし、さらに「ビジネスセンス」を「数字のセンス」「関係者を動かす力」などさらに細かい要素へと分解したツリーをつくって、チームメンバーに展開して、力を磨くための指針にしてもらっています。ほかには、率先して経営層の元へ連れていくようにしています。理由は、最終的に意思決定をする人の考え方に触れてほしいからです。どういったデータや説明に対して、どういう反応するか、肌で感じさせたい。

一般的に企業規模が大きいほど、経営層との距離は遠いと思います。仕事も階層的になっていて、直属の上司から降りてきたことを、その上司へ返すだけということも多いでしょう。前職のコンサル時代であれば、意思決定権を持つ人のところまで部下を連れていくのには時間がかかりました。その点ZOZOはフラットな組織であるため、分析本部では入社数週間の20代のメンバーでも社長を含めた経営層とのミーティングに出てもらっています。

あとは自分が興味を持てる分野、やっていて楽しい、自分の才能が活きる仕事をすることも、センスを磨く上ではかなり重要だと思います。興味があって自分の才能を活かせる仕事であれば、効率良くセンスも身についていくのではないかと思います。それを上司や同僚に伝えることができれば、興味のある分野の案件に携わることができて、正のサイクルが回る。分析本部ではメンバーの希望を聞いて、なるべくやりたい案件を担当できるようにしています。

──ここまで「売り上げをデータに結びつける分析組織の設立」や「データ分析者が身につけるべきセンス」など、牧野さんの考えやZOZOでの取り組みについてお話いただきました。最後に、「データ」を使った仕事の未来はどのように変化していくのか。牧野さんのお考えを教えていただけますか?
データ分析を機械がどんどんアシストしてくれるようになると予想しています。すでにZOZO分析本部でも自動で機械学習をしてくれるDataRobotというツールを使い、効率化を図っています。まだまだつくったモデルをチューニングするための知識やスキルは必要な世界ですが、今後は機械学習やデータ集計の自動化がさらに進み、手を動かす、つまりSQLやPythonを書く時間が減っていくのではないかと思います。

手を動かす時間が減ると同時に、頭を使う時間が増え、なかなか自動ではできないような突出したスキルを持った人か、技術をクリエイティブに活用して答えを出すセンスを持った人がいままで以上に活躍するという傾向が強まるのではないかと思います。
──データ分析の世界にもテクノロジーによる自動化の波がやってくると。
そのため、人だからこそできる、データの扱い方をしていかなければなりません。さきほどの料理の例で言うと、食材を理解して仕込んだり、食べる人に合わせて盛り付けや説明をしたりという部分。つまりデータの意味を理解し使いやすい形に整理し、ダッシュボードで表現するという仕事にも光が当たっていくはずだと思います。

機械にできない仕事をしていくには、考える力が必要です。考えるといっても、ただ考えるだけではなく、めちゃくちゃ考えることが求められます。私の経験から言うと、インパクトが出る答えというのは「多くの人が考えるであろうライン」の向こうにあることが多い気がします。だから、インパクトを出すためには「その先の、必要なところまで考えること」求められますが、これがなかなか難しくもあります。

よく人は「自分がどれだけ頑張ったか」を基準に置いてものごとを判断してしまいがちです。そうではなく、頑張って考えたあとで、いったん頑張ったことは忘れて、「本当にこれでうまく行くかな」と自問自答する。また、ほかの人とディスカッションして冷静に見てみるなど、「これから頑張ること」を考える癖を付けると良いかもしれません。ZOZOをこれからさらに盛り上げていくためにも、私もこれから先を考え続けたいと思います。

──データ分析者としてのセンスは、テクノロジーがさらに台頭していく未来への羅針盤の1つになる。コンサルファームからZOZOへ転職し、分析本部を新設した牧野さんだからこそ、伝えられるメッセージだと思います。ZOZO分析本部、そしてZOZOがこれからどのように進化していくのか、今後も楽しみです。お話いただきありがとうございました!
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