日本経済新聞社のデータサイエンティストにインタビュー。その仕事の内容とは? 日本経済新聞社 データサイエンティスト 石原祥太郎さん
数ある新聞社のなかで、いち早く電子版をリリースした日本経済新聞社。そこでデータサイエンティストとして活躍する石原祥太郎(いしはらしょうたろう)さんは、東京大学工学部でデータ分析を学ぶ傍ら、同大学の学生新聞の記者として活躍していた過去を持ちます。今回は石原さんがデータサイエンティストの就職先に日本経済新聞社を選んだ理由と、報道機関のデータサイエンティストの責務についてお話を伺いました。
日本経済新聞社のデータサイエンティストになった理由
──なぜ石原さんはデータサイエンティストとして働く場に、日本経済新聞社を選ばれたのでしょうか。自分が育ってきた環境で得た経験と大学での学びを一番発揮できる環境だと思ったからです。私は、物心ついたころからマスコミや報道に対し興味関心がありました。その理由は、実家で中日新聞と読売新聞の2種類を購読していたからです。家でそれらを読んでいたある日、新聞社ごとで事実の取り上げ方が違うことに気がついたのです。そこからマスコミや報道に面白みを感じるようになりました。
そのあと、私は東京大学に進学し、工学部でプログラミングやデータ分析を専攻していました。そして前述のように、マスコミに対して興味関心がずっとあり、それは大学生になっても変わらず持ち続けていました。そこで、東京大学の学生新聞をつくる組織「公益財団法人東京大学新聞社」に入り、学生時代は記者や編集として活動していました。
──「公益財団法人」ということは、一般的な「新聞部」とは異なるのでしょうか?
おっしゃるとおり、「公益財団法人東京大学新聞社」は、公益財団法人とあるように、大学から完全に独立した組織です。その前身となる「帝国大学新聞」の発行から換算すると、2020年12月で創立から100年が経ちます。それほど長い歴史を持った組織です。一般の新聞社のように記者会見の場では取材権が与えられたりと、かなり本格的な記者活動を行っています。
そこでの活動は非常に有意義で、就職活動をするときは、東京大学新聞の経験を活かし記者職に就くべきか。それとも工学部で学んだことを活かし、テクノロジーに関わる仕事に就くべきか。とても迷いました。そんな矢先、日本経済新聞社で記者とデータサイエンティストを募集していることを知りました。詳しく調べてみると、日本経済新聞社はいち早く電子版を導入した新聞社で、テクノロジーやデータを取り入れた新しい報道機関のあり方を模索している土壌がありました。
そんな場所で、もし自分が記者職で勤めたとしても「自分より良い記事を書ける人」はたくさんいる。でも、「自分より編集のこともプログラミングのこともわかっている人」はそんなにいないだろうと思ったのです。そのため、記者ではなく、データサイエンティストで就職試験を受け、データサイエンティストとして日本経済新聞社へ入社しました。
日本経済新聞社のデータサイエンティストの仕事
──次は、日本経済新聞社内のお話を伺っていきたいと思います。石原さんが所属するデータ活用の部門はどのような組織規模でしょうか?各担当案件でデータを扱うグループがあり、ソフトウェアエンジニアを含め25人くらいの組織で動いています。そのなかに、私のようなデータサイエンティストが在籍するチームが存在しています。
組織内の雰囲気は、電子版に代表されるデジタル事業は新聞社の中では新規事業に当たるので、柔軟な考えを持つ人が多いように感じています。例えば、私のチームマネージャーは、デジタルネイティブ世代の意見を尊重してくれる方で、最年少ながらも非常に仕事がしやすい環境で働かせてもらっています。私自身も、日本企業特有のお固めのイメージを入社当時は抱いていたので、良い意味でのギャップがありました。
──石原さんはどのような業務を担当されているのでしょう?
私が所属しているグループは法人向けの部門で、「情報サービスユニット」になります。日経電子版のチームとは別に、主に法人向けのWebサービスをつくっています。有名なものでいうと、ビジネスに関係する様々な新聞の情報を閲覧できるデータベースサービス「日経テレコン」がありますね。その中で私は新規事業として、営業・企画開発の人たち向けの情報キュレーションサービス「NIKKEI The KNOWLEDGE」の企画・開発に携わっており、記事や検索キーワードの推薦機能の実装などを担当しました。
NIKKEI The KNOWLEDGE
──いま手掛けられている仕事の中で、石原さんが意識をしていることはありますか?
まずは、自分にしかできないことをなくすことを意識しています。自分が万が一倒れてしまったとき、仕事がすべて止まってしまう。なんてことは絶対にあってはならない。そのため、自分がした作業については、ほかの人でも再現ができるよう、情報を逐一残すようにしています。自分だけに情報を留めるのではなく、会社全体でデータ活用を進められる環境をつくることこそが重要だと思いますね。
ジャーナリズムとテクノロジーの然るべき合流地点
──データを扱う職種には、データサイエンティストのほかにも、「データアナリスト」という職種もあるかと思います。石原さんはデータサイエンティストと名乗っていますが、この2つの職種の違いはなんだと思いますか?データサイエンティストは、「記事の閲覧率やクリック数など具体的な指標があったときに、データサイエンスの技術を駆使して伸ばす」という点に責任範囲がある人だと思っています。一方でデータアナリストは、もう少し分析寄り。具体的にいうと、「そもそも、どの指標を伸ばすべきか?」みたいなところを探りながら見つける人、ですかね。つまり「伸ばすべきものを探す人」としてデータアナリストがいて、「見つけたあと具体的に伸ばしていく人」がデータサイエンティストだと、私は考えています。そのため、どちらかが大事とか強いということではなく、分担して役目を持つことが大事だと私は思っています。
──それでは、データサイエンティストの仕事における成功と失敗とは、具体的にどのようなことを指すとお考えですか?
データサイエンティストの仕事を、なにをもって成功とするかは難しい話だと思っています。例えば、「ニュース記事のクリック率が上がること=成功」と定義づけたとします。それに従い、データサイエンティストが「日経電子版の一面トップの記事をすべて人気アイドルの記事にしましょう!」というアルゴリズムを考えて実行する。その結果、クリック率が上がりました…となっても、はたしてそれは成功と言えるでしょうか? 少なくとも当社としては、このアルゴリズムに則ってクリック率が向上したとしても、データサイエンティストの仕事が成功したとは考えないと思います。そのため、データサイエンティストは「事業を正しい成功の仕方に導いていく」ことを提案していかなければいけません。
メディア業界のテクノロジーの文脈に、「フィルターバブル」という言葉があります。TwitterやInstagramといったSNSは、自分と趣味嗜好が一緒な人や、自分が興味関心を持つ人同士で多くつながっています。そのためバイアスがかかり、電子上で得る情報には、自分が見たいものや興味がある情報しか入ってこなくなる傾向があるのです。この状態をフィルターバブルといいます。
──特定のフィルターがかかっているせいで、偏ったバブル(情報)に覆われてしまい、公平な情報が見えづらくなる、というわけですね…。
また、この現象には「レコメンド機能のアルゴリズム」も深く関わっています。これは、ユーザーの閲覧履歴を参照し、そのユーザーが欲しいと思うものを予測し、提案を行う機能です。ショッピング系のサービスに多く実装されていますが、いまでは情報を発信するメディアでも「おすすめのニュース」のような形で、便利機能として実装していることも少なくありません。一見するだけでは便利なだけの機能ですが、ユーザー側にとってはリスクになる一面もあります。なぜなら、レコメンドされる情報がそのユーザーにとって、本当に適切なのかがわからないからです。
例えば「食べものをおすすめしたけれども、健康面を考えると実は栄養が偏ってしまう」など、ユーザーが欲しいものだけを提案するのはユーザーのためにならないかもしれません。そのユーザーのことを多面的に評価したときに、レコメンドした情報以外に、ユーザーにとって本当に価値のあるものが存在することは十分にありえるのです。ユーザーが電子上で情報を取得することにはこのようなリスクが存在しています。
このユーザー側のリスクは言い換えると、情報発信する側は自分たちの都合のいいようにユーザーに与える情報をコントロールできるということです。ユーザーが能動的にではなく、受動的に情報を得る傾向が高まっているからこそ、いかに「公平な情報」を届けられるかはテクノロジーを扱うメディアの腕が問われる部分かと思います。
──報道機関である貴社ではこの問題にどのように向き合っているのでしょうか?
私は編集部門とは違う部署で働いていますが言うまでもなく、ワンサイドの意見ばかりを伝えるのは報道機関として適切ではありません。社是には「中立に物事を伝えていく」旨を掲げており、情報を中立に取り扱う風土ができあがっていると感じます。
その一方で、私のようなデータサイエンティストを雇うなど、最新のテクノロジーやデータの取り扱いも行っています。これらはより迅速に情報を拡散することや、より詳しい情報をユーザーに伝えるために一役買う存在です。しかし、不注意に取り扱うことで先述のような報道の公平性を損なうリスクも存在しています。それは絶対に避けねばなりません。そのためにも、「報道とテクノロジーの然るべき合流地点」をきちんと探っていくことが新聞社に勤めるデータサイエンティストの最大の使命だと思っています。
現代はSNSで個々の政治家や芸能人が自由に自己発信できる環境が整っています。この状況のなかで報道機関は、なにを伝えるべきなのか。付加価値や取捨選択の考え方に貢献できるような、新しい時代の報道機関のあり方。それを探求していくことが、いまの私の使命です。これからも日本経済新聞社は、「テクノロジーカンパニー」として新しい表現方法やデータ活用も積極的に導入していき、適切な手段で情報を読者に伝えていきます。それが、報道機関としての一つ責務だと思っているので、確実に遂行していきたいですね。
──報道機関で働くデータサイエンティストがどのようなお仕事をしているのか、石原さんにお話をお聞きしました。報道とテクノロジーを掛け合わせる日本経済新聞社ならではの考え方、データとテクノロジーの取り扱いにかける思いをお伺いできました。お話いただき、ありがとうございました!