ワークマネジメントという概念

──まず初めにお聞きしたいのですが、Asanaとはどのような会社ですか?
Asanaは、Facebookの創業者の1人であるダスティン・モスコヴィッツが立ち上げた会社です。Asana は、業務効率や生産性を高め、チームコミュニケーションを円滑化し、仕事の質とスピードを高めることを目標としたツール「Asana」を2012年から提供しています。現在では世界195カ国まで広がり、有料サービスをご利用の組織数は7万以上、国内でも1200社を超え、無料サービスをご利用の組織数は数百万にも及びます。Asanaというツールを通して、小さなプロジェクトから戦略的イニシアチブまで、チームのあらゆる仕事の整理および管理をサポートしています。

ダスティンは、Facebook創業者であるマーク・ザッカーバーグの大学時代のルームメートであり共同創業者です。彼はFacebookの技術責任者として多数のプログラマーのチームをまとめておりました。彼は創設当時に長時間働きづめになったり、その後自分で立ち上げた会社がうまくいかない時期があったりと、多くの苦労話をさまざまなメディアを通して話しています。例えば、優秀なメンバーを集めても仕事やプロジェクトが大きくなるに従って、仕事の範囲や責任、進捗の確認、プロジェクト間の調整、各種ツールでのやり取りなど、「仕事のための仕事」が占める割合が膨大になるといった話です。

そして、企業やチーム、個人のコラボレーションや生産性を大きく妨げる要因を解決するために日々奮闘していたのです。Asanaでは、まさに当時Facebookで直面した課題を解決しようとチャレンジしています。それはシリコンバレーのテックカンパニーや、エンジニアリングやソフトウェア開発といった職種に限られることはありません。世界中のどのような業種業態の仕事でも、同じ課題が存在するのです。

現代では、電子メールやチャットツールといったさまざまなコミュニケーションツールがビジネスの場で活用されることで、そのメッセージの数は指数関数的に伸び続けています。にも関わらず、従業員の生産性の伸びがまったく追いついていません

Asanaは、世界主要6カ国の1万人近くのナレッジワーカー、日本では2000人以上の従業員の行動と意欲を分析しました。その結果、従業員の60%は従来費やすべき本来の仕事の倍の時間を日々さまざまなチャネルで発生するメッセージや依頼事項、確認事項、突然の仕事、進捗会議や調整事項に対応をする「仕事のための仕事」の時間に浪費してしまっていると明らかになりました。

そのような生産性の低下をもたらし、日々ストレスを抱える個人やチーム、企業の課題を解決するために必要だったのが「ワークマネジメント(仕事管理)」というアプローチであり、ダスティンはAsanaというツールをつくり、それを事業化したのです。
──確かに、GmailやLINE、Slackなどコミュニケーションツールが発達し、気軽に人とつながれるようになる一方で、その気軽さに振り回され忙しくなる人は多そうですね。
おっしゃる通りです。ご存知の通り私たちの働き方は進化しています。現代ではさまざまな人が、職種をまたいで日々従事していますよね。営業やマーケティング、企画、総務人事、エンジニア、SE、開発、カスタマーサポートなどなど。一人で完結する仕事は少なく、コラボレーションする機会がますます増えています

そして、これらのコミュニケーションやコラボレーションは、2023年までに266億ドルの予算が投資されるとAsanaでは予測しており、今後もより機会は増えていくと考えられています。これらのコミュニケーションやコラボレーションを行う方法も、同様にこれまで以上に出現していきますが、ほとんどのチームは、メールやエクセルといったチーム内での共有を前提に設計されていないツールをいまだに使用しています。その結果、自分が専門とする仕事に集中するだけでなく、より仕事の調整や管理に時間を費やすことになるのです。

そのような時代になる前のいまこそ、チームが業務プロセスを合理化し、仕事の調整方法を改善する絶好の機会だとAsanaは信じています。それは最終的に、自分にとって最重要な仕事に集中するための貴重な時間を取り戻すことができることにつながります。これこそがワークマネジメントの概念であり、Asanaはいま、そのワークマネジメント領域のカテゴリーリーダーとして急成長をしているのです。

──共創・協働が求められるこの先の時代で、専門領域の仕事に集中するためには、ワークマネジメントは必要不可欠というわけですね。そして内野さんは現在Asana Japanでのマーケティング部門の統括をされているとのことですが、Asanaに入社される以前はどちらの企業に所属していたのでしょうか?
前職はソフトウェア会社の日本オラクルで、クラウド部門のマーケティングならびに事業戦略の責任者を務めていました。もともとクラウドERPを提供するネットスイートの日本法人立ち上げ当初から在籍しており、2016年にネットスイートがオラクルに買収されて、日本オラクルへ移籍し、マーケティング全体とともに新規市場開拓など新たなチャレンジを行っていました。2005年に日本にネットスイートが初上陸したときに手伝って以来数えると14年、ネットスイートに2008年に正式にジョインしてから合わせると計11年8カ月ほど在籍していたことになります。

──10年以上勤めてきたオラクルのクラウドアプリのマーケティング責任者を辞め、なぜAsanaへの転職を決めたのでしょうか?
オラクルのなかでネットスイートは、買収前に比べ5倍以上の組織に成長し、クラウドのリーダー的存在でした。社内外にステークホルダーも多くおり、リソースは申し分ない環境が整っていたと思います。一方で世の中の進歩は刻々と変わっており、市場環境も顧客の購買行動も変わってきて状況も違う。ネットスイートの立ち上げ当初の私が一番得意としてきた0からスタートするときの感覚はかなり薄れており、日々大きな驚きもなく完全に環境に甘んじていました。また、この10年で多くの困難がありました。親の介護や、家族との離別などマインドフルネスな状態で仕事ができないこともあり、新たなチャレンジができないくらい難しい状況が長く続いていたこともありました。

私がいままで従事してきて得意だった仕事は、事業を0から1に立ち上げたり、1から2へ広げる土台をつくったりといった新規事業ステージ。そのような環境は決して楽ではなく常に困難でしたが、私自身の状況も落ち着き、もう一度新しいチャレンジをしたいと内心思い始めていたのです。そしてさまざまな選択肢のなかで私が注目したのがAsanaでした。Asanaに惹かれた理由はワークマネジメントの未来に可能性を感じたから。そしてとても優秀でモチベーションの高い人々とその働き方がとても魅力的でした。
──ワークマネジメントを掲げるAsanaでの働き方についてお聞きしたいのですが、これまで勤めていた企業とは違いはありましたか?
これまでの自分の働き方は完全にオールドスクールであったと思い知らされましたね(笑)。Asana入社直後は、自分がこれまで築き上げてきたキャリアに自信がありましたし、若い優秀な人たちには負けない自信がありましたが、いざ入社すると経営のあり方も働き方もツールも進め方もすべて進化していて、これまで勤めていた企業とはまるで違う次元のものを感じました。Asanaに入ってまず、私自身がこれまでどれだけ、「仕事のための仕事」に多くの時間をかけ、無駄な日々を過ごしていたかを思い知らされました。

Asanaではメールはほとんど使わず、ほぼすべての時間、Asanaを使って仕事を遂行しています。進行中のタスクやプロジェクトは、Asana上で世界各国のメンバーと会話をしています。緊急性の高いものはSlackを通じて、ドキュメントの共有はG Suiteを通じてと、臨機応変に切り替えて対応しています。衝撃を受けました。Asanaは、GoogleやSlackとセットで用いられることが多く、アメリカでは「GAS」と呼ばれています。プロダクト開発はもちろん、バックオフィスからマーケティング、そして部署横断のプロジェクト管理で活用できます。リソースの限られたスタートアップはもちろん大企業まで、生産性向上時代に必須のツールと言われています。

そして最も驚いたことは会社経営と組織、個人の働き方、そのものが進化していることでした。とにかくものすごく集中して、仕事そのものが濃厚なんです。意思決定も極めて速い。組織と人とのヒエラルキーがいままで勤めていた会社組織とはまるで異なっていたのです。

──それは具体的にどのように違うのでしょうか?
組織を運営する上では、トップダウンで指示や任務を課すことが多いと思います。指示系統などもトップダウンであるため、たとえボトムアップで意思決定を握り合っても、トップの鶴の一声で一転してしまう。そこで生まれるのがいわゆる「やらされ仕事」です。この場合、会社の中枢に近い上司だけが本来の業務の意味を理解し、中枢から遠い部下は意味を理解していないことがあります。そうなると、その上司から仕事を振られただけの部下は、日常の業務をこなすことに気を取られ、忙殺されているケースが多くなります。会社全体が掲げるビジョンやミッションはおろか、自身がなんのために仕事をしているのか簡単に見失ってしまうのです。

それがAsanaではまったく違います。ミッションを達成するために「見える化のピラミッド(Pylamid of Clarity)」を用いて、業務の経営レベルの目的およびその業務に期待される具体的な結果の実現に、メンバー全員が照準を合わせられるようにしています。見える化のピラミッドは、私たちが例えば、製品ロードマップやビジネスプランなどを作成するときに、長期的なミッションがどのような形で短期的な目標の上に積み上げられているのかを表します。私たちは定期的に見える化のピラミッドに立ち戻り、皆が同じ認識を持ち、自分たちの戦略とその実行に自信を持ち、個人が全体像に見合った決断をできるようにしています。
見える化のピラミッド(Pylamid of Clarity)
見える化のピラミッド(Pylamid of Clarity)
チームと会社全体が明確な目的や計画、および責任を持てば、全員が最良の仕事をすることができます。そして、見える化のピラミッドは、すべてがどのようにかみ合っているのかを私たちに示してくれます。したがって毎日取り組む業務を決定するにあたり、チームメンバーはそれぞれのKR(Key Result)達成に役立つ優先順位の高いプロジェクトやタスクを選択できます。それが結果として年間目標の達成を助け、最終的にはミッションの達成につながるのです。
 
加えて、「Area of Responsibility (AOR) 」という役割の明確化と評価基準を定める組織体制をAsanaでは取っています。これは企業が目指すビジョンや果たすミッションために、社員それぞれが持つべき役割を明確にします。そして、その役割のもとでそれぞれに責任を持たせる。オーナーシップ制度は外資系では比較的多かったと思いますが、それがさらに進化した形をAsanaでは実現しています。

Asanaでは、「Help humanity thrive by enabling the world’s teams to work together effortlessly.」(世界のチームが容易に協力しあえるようにし、人々の豊かな未来に貢献します)をミッションに定めています。このミッションを達成するためにAsanaの社員は日々従事し、それぞれがブレークダウンされた明確なゴールを達成するために、フラットな組織で仕事を与え、仕事を受ける関係が自然にできあがっているのです。

従来のトップダウンの環境のみでの上司と部下という関係は、上司から部下へと一方的に指示が降ります。その場合多くの責任を上司が被ることになり、指示系統だけでなく個人のワークロードも集中し、多くの時間がかかることになります。Asanaではこのようなことを回避するための仕組みとして、AORが整備されています。トップダウンの環境では実現できない、よりクリエイティブな環境がAsanaでは実現されているのです。
Area of Responsibility (AOR)をNASAで当てはめた場合の例
Area of Responsibility (AOR)をNASAで当てはめた場合の例
またAsanaでは目標の設定・管理の方法として「OKR」を採用しています。OKRとは「Objectives and Key Results(目標と主要な結果)」の略称です。米インテル社で誕生し、グーグルやフェイスブックなど、シリコンバレーの有名企業が取り入れていることで、近年注目を集めています。

OKRの主な特徴は、従来の計画方法に比べて高い頻度で設定・追跡・再評価することです。すべての従業員が同じ方向を向き、明確な優先順位を持ち、一定のペースで計画を進行する。このゴールを達成するそもそもの経営のビジョンとミッションを明確化し、AORとOKRをボトムアップとトップダウンで合意形成し合う。そのためには、仕事の見える化や役割分担の明確化、プロセスのリアルタイムの把握が必要です。Asanaがその一端を担うことで、クリエイティブでイノベーティブな組織のゴール達成を支援しているのです。

──ワークマネジメント領域で急成長を遂げているAsanaらしい環境ですね。
そうなんです。日本では特に、日本的労使慣行が根強く残っていました。一生涯一社に帰属して働き続ける日本的経営ですね。ここ最近になってようやく様変わりしてきましたよね。「終身雇用は難しい」とトヨタ自動車の豊田章男社長が発言するなど、労働の流動性が日本でも十分受け入れられるようになってきたと思います。個人が能力を発揮できるフェアな環境に変化しているのです。Asanaでは組織と個人が協働することによって「マニフェスト(明白)」で「マインドフルネス(いまをこの瞬間に集中できる)」な環境が整備されているのです。
サンフランシスコで開催されたAsanaのイベントに登壇した内野さん。世界中で、イベントを開催し、Asanaの取り組みについて話しているそう。
サンフランシスコで開催されたAsanaのイベントに登壇した内野さん。世界中で、イベントを開催し、Asanaの取り組みについて話しているそう。
職場環境の変化は世界全体で広がりつつあります。例えば、いま「B-corp認証」に注目が集まっています。これは、アメリカの非営利組織「B Lab」が運営する認証制度です。「B」は「Benefit(利益)」を意味しており、従業員や顧客、地域などすべてのステークホルダーに対する包括的な利益を指し、「公益」をもたらす会社に与えられるものです。農業でいうフェアトレード認証、建造物でいうLEED認証と似たものですが、B-corpは業界を問わずすべての企業が認証の権利を持ちます。

Asanaでの働き方への取り組みやB-corp認証のように、これからの時代では利益追究や株主にしか向いていない企業以上に、社会と共生する企業がこれからは主役になっていきます。そして、そのような働き方が新しい時代のスタンダードになると確信しています。企業はその共生を目的にすることで社会に受け入れられるし、従業員はそのミッションを達成するために働くのです。働く意義が問われる時代が到来すると思います。

これからはなにかの犠牲の上に成り立つ企業は、サステナビリティな社会共生型の新たな価値を持つ企業にシェアを奪われ、取って代わることになるでしょう。加えて、技術革新や組織間のコラボレーションによって、経済活動と地球環境の両立が可能になっていきます。そのため、よりよい社会にしようと、チャレンジを続ける環境に身を置いていることが重要になりますよ。

夢中になれる人生を

──内野さんは、マーケターや事業開発として長年キャリアを築き上げていらっしゃいますよね。一番大切にしていることはなんでしょうか?
一番大切なのは、自分自身に正直になり、やりたいことを追求することです。自分の能力を活かし、夢中になり、心が充足できる仕事だったら幸せですよね。そして、組織でその過程や結果をシェアし、感謝し合う環境であればさらに素晴らしいですよね。

私は個人や社会を繁栄させるような強みや長所を研究する「ポジティブ心理学」に関心があります。そのなかにフロー理論というものがあり、人が最も充足感を得る瞬間は「自分の能力を活かし続けること」であると言われています。私は常にそれを意識しています。現在やっている事業開発や投資事業、そしてマーケティングという仕事は得意ですし、大好きなのでついつい夢中になります。

マーケターの仕事は、顧客のニーズを探り、課題を見つけることです。そして、ターゲットに対して、自社の商品やサービスで課題解決できることを伝えていきます。これからはそこに、カスタマージャーニーとLTV(Life Time Value)の発展的なサイクルが求められます。そしてなにより大事だと思うのは、自らが惚れ込み価値を伝道したい、シェアしたいと思える、ミッションを持つ企業やサービスに出会い、夢中になれることだと思っています。

──さきほどおっしゃっていたミッションが公益にひもづくような企業ですね。
そうですね。迷っている人がいたとしたら自分自身に正直になってほしいと思います。これはマーケターに限りません。どんな仕事をされている人もいつになっても夢中になれる仕事、自分が満足感を覚えて、充足し続けられる仕事に就くことを目指してほしいです。

ただし、いろいろな困難が待ち受けていますよね。会社が公益に反しているとか、家族の問題でひとまず稼がないといけないとか、悩むことがあるかもしれません。都合よく嘘をつくことは、時に必要で世を渡る立派な処世術の1つだと思います。けれども、自分自身に嘘をついて、やりたくないことを続けるのは、たった一回の人生なのに、もったいないですよね。人生は常にいまこの瞬間が一番若く、チャレンジする活力も有り余っている。だからこそ、失敗を恐れずにやりたいことを追求するべきでしょう。困難のなかにこそチャンスがあるはずです。

──正直に生きた先には、きっとチャンスが待っているということですね。
正直に生きるためにも、なにか夢中になれるものを見つけるといいです。私がいまAsanaに夢中であるのと同じように、若い人たちも夢中になって楽しんで仕事をしてほしい。これからはそういう考えが主流になっていくし、Asanaを通じてそれを実現していくことが私の使命だと思っています。そして個人が身体的や精神的、社会的な充足感、つまりウェルビーイングを感じ、大切な人とそれをシェアすることさえできれば、社会全体はより良いものになると信じてます。

この先、社会の未来を担うのは、私たちではなく、若者です。きっと私たちが生み出せなかったものを生み出すことができるし、時代を新しく変えていけるはずです。だからこそ、変化を恐れる必要なんてまったくなくて、むしろ楽しむ気概でいるほうがいいと思いますね。
──ワークマネジメントという概念がどのような未来を実現させていけるのか。その可能性について内野さんにお話いただきました。時代の変化とともに生まれたこの概念がさらに新しい変化へと連鎖を起こしていく。そしてその最前線にいるのは、これからを担う若い人たち。彼らは一体どのような未来をつくり出していくのでしょうか。とても楽しみですね。お話いただき、ありがとうございました!
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