Web業界から傘業界への越境

──坂口さんは現在所属しているシューズセレクション以前は、ヤフーやカヤック、RettyなどWeb業界で働いていたとお聞きしました。なぜWeb業界から傘のメーカーである、シューズセレクションに転職されたのでしょうか?
大きな理由は、自分の手で大きなイノベーションを起こすことができる事業に携わりたいと思ったからです。僕は、大学卒業後から8年半ほどWeb業界で働いていました。その間に感じたのが、ネットビジネスが円熟しつつあるということです。これから起こる変化も、ある程度予測できるようになってきたといいますか、この10年の間で起こったような大きなイノベーションをネットビジネスで自分が起こすことができる可能性がとてつもなく低くなってきていると思うようになりました。

そう考え、なにか新しいことをしたいと思ったときに自分はいままでリアルビジネスには、まったくアクセスできていないことに気づいたのです。8年以上も社会人をしてきたのに、流通や在庫ビジネスの仕組みがまったくわからないなと。
──確かに、ネットビジネスでは必ずしも在庫を持つ必要はありませんからね。そのような人はほかにも意外と多くいそうです。
いくらインターネットが発展しても、僕たちが生きているのはリアルな世界であることは変わりません。それなのにネットビジネスしか知らない状態は、キャリアとして不十分な気がしました。そんなときに、現在シューズセレクションに勤めている、ヤフー時代の上司から連絡があり、「シューズセレクションに来ないか?」と誘っていただいたんです。

これまで知らなかったリアルビジネスの世界に飛び込むことは、自分の領域が倍になる感覚があり、とても意味のあることだと思いました。だから、誘っていただいた4日後に入社を決めましたね。

──わずか4日とはすごいスピード感ですね! リアルな世界で商売をする業界は数多ありますが、「傘」業界へ進もうと思ったのはなぜだったのでしょうか?
プロダクトとしても、ビジネスモデルとしても、「傘」には大きなイノベーションの余地があると思ったからです。傘って素材や材質こそ違えど、その形や用途は数百年単位で変わっていないんです。ビジネスモデルに関しても最近になってようやく、傘のシェアリングエコノミーサービスが出始めたレベルです。加えて、「傘といえば〇〇」のようなブランド名や会社名の第一想起が日本ではまだ形成されていないとも感じました。これらの要因から、傘業界にはとても大きな可能性が秘められているのではないか。そう思うようになりました。

また、シューズセレクションは傘の国内シェアNo.1のブランドです。業界トップを走る会社であれば、業界全体にイノベーションを起こすこともきっとできる。そう思い、自分にとって未知である、傘業界を選びました。
──2018年10月にシューズセレクションへ転職されてから1年以上が経過しました。ネットビジネスからリアルビジネスへと立場が変わって、ギャップはありましたか?
やはり実際に商品が店頭にずらっと並んだときのインパクトは大きかったです。WebやSNS上ではそこにアクセスしようと思った人にしか見てもらえませんが、リアルだと「ふと出会う」楽しさや面白さがありますよね。

また、1つのモノをつくるためにすごく時間がかかることも痛感しました。もちろん、自分の頭ではわかっていたつもりでしたが……。例えば、傘についている下げ札の一部を変えるにしても、いま店頭に並んでいる在庫がすべてなくなるまでは完全に切り替わらないとか。Webの場合はサーバーを切り替えればOKだったのに、リアルではそうはいかない。なにかを変えることがこんなにも大変なのかと、あらためて考えさせられました。

──やはり在庫の有無は、ネットビジネスとの特徴的な違いの一つですね。
またリアルの方は、Web業界に比べ、ITの知識とスキルを持つ人が少ない。これはリアルビジネスが抱える課題の1つだと思います。在庫管理システムなどにはITサービスが活用されていますが、知識が追いついてない。なぜリアルビジネスとネットビジネスのプレイヤーの間にITリテラシーの差が生まれてしまうのかというと、単純にビジネス構造や人員・予算などのリソースの問題などがある一方で、リアルビジネスでは「ITを導入せずともモノが勝手に売れている」という要因もあるかと思います。だからITを必要とせず、進んで導入しない企業も多かった。
だからこそ、ネットビジネス出身者がリアルビジネスのメーカーなどに進んでいくことは意味があることだと思いますね。足りていない部分を補えるので、相乗効果でさらに価値を発揮できる部分がまだまだありますから。これは傘業界に限らず、ほかの業界でも同様です。

例えば、今治タオルのブランドであるIKEUCHI ORGANICでは「イケウチな人たち。」というオウンドメディアを運営しています。自分たちのタオルの熱狂的なファンを取り上げ、取材した記事やコンテンツを掲載しています。このオウンドメディアを立ち上げたのがアマゾンジャパンからIKEUCHI ORGANICへ転職された牟田口武志さんという方なんです。このように、円熟期を迎えたネットビジネス出身の人が業界を飛び出し、リアルビジネスで大きな変化を起こす事例が現れ始めているのです。

COOに求められることとは?

──坂口さんは現在、シューズセレクションにてCOOに就いているとお聞きしました。主にどのような業務を担っていらっしゃるのでしょうか?
初めは生産管理を行っていました。傘の生産量や入荷のタイミングを調整し、在庫の最適化、また新商品の開発なども進めていました。現在は、基幹システムの改修を見ることや新しい販売方法を模索する販売企画などにも携わっています。

──とても幅広い領域ですね。これまでのキャリアからどのようにつながっているのでしょうか?
僕自身、これまで勤めてきたヤフーやカヤック、RettyではWebアプリ運営や広告制作など、さまざまな領域のディレクションに携わる機会が多くありました。そのなかで、「ディレクターのキャリアの行く末はどこなのだろう」と常に考えていたんです。
僕は、COOの役割は「会社をディレクションすること」だと考えています。CEOとCOOの関係性は、プロデューサーとディレクターに近い感覚があって、CEOがプロデューサーとして「会社のWhat」を、COOはディレクターとして「会社のHow」をそれぞれ考える。CEOがとあるビジョンを思い描いて、プロデュースして生み出した0から1を、COOがディレクションをして、10や100へと大きくしていく。だからCOOの対応領域が幅広いのは、CEOが見出した目標やその景色を実現させるために、会社を俯瞰して見つめた結果なんです。僕が思うに、COOとはディレクターの進化系の1つであると思っています。

ディレクターとして勤めていたときには、よく「自分ごと化して事業を判断しろ」や「経営者視点を持て」などと言われていました。同じような話を言われたことがある方も多いと思います。僕も当時、わかっているつもりでしたが、COOとして働くようになって、まったく理解できていなかったとあらためて感じています。

例えば、ディレクターだったころは「お金=コスト」であり、いかに少なくするかを考えて仕事をしていました。しかしCOOは「お金=投資」として考えなければいけません。常に投資とリターンを繰り返して、「この領域にお金をかけることでどのくらいの金銭のリターンがあるのか」はもちろん、「金銭以外のリターンはなにか」も視野に入れなければならない。「お金に複数の意味を持たせる」という思考は、COOになってから身についた考え方の一つです。

──実際に視座が高いポジションについて理解できることもあったわけですね。「COOはディレクターの進化系」とおっしゃっていましたが、坂口さん自身の今後の将来像について教えてください。
オリジナルな経験を増やして、多くを吸収することで、「究極のなんでも屋さん」を目指していきたいですね。COOはプロフェッショナルよりもゼネラリストであるべきだから、この方向は間違っていないはず。

「なんでも屋さん」と言うと嫌がる人もいるかもしれません。SNSの影響などで、いまや誰もが「プロフェッショナルな何者」かにならなければいけないと焦っている。けれども、重要なのは人に見えるような看板を外面に立てることではなくて、さまざまなことを体感して経験を内面に貯めていくことだと思います。そこからしか、自分の向き不向きはわかりませんし、言ってしまえば、自分の適性を把握している人の方が少ないですから。

僕自身も、まだまだ自分がCOOの適性があるのかは本当のところはわかりません。それを知るためにも、この先もさまざまなことを体験していきたいと思います。その経験と僕がこれまで得たWebでの経験を傘へと還元して、傘業界に大きなイノベーションをこの先起こしていきたいと思います。
──Web業界を飛び出し、傘業界へ進んだ坂口さんのキャリアやCOOに対するお考えについてお話いただきました。X-Tech(クロステック)と呼ばれるデジタルとリアルが融合したビジネスが活況を見せる2020年。傘以外のプロダクトにも多くのイノベーションが起こるかもしれません。坂口さんがこれからディレクションをする、シューズセレクションの今後の動向が楽しみです。貴重なお話をありがとうございました!

※2020年1月29日(水)“適正”を“適性”に変更しております。
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