記事をタップしたときに最適な音とは? サウンドデザイナー/楽器デザイナー 中西宣人さん
インターフェースがディスプレイから音声にシフトしていくなら、サウンドデザインというスキルが今後必要になるに違いない。そんな仮説に基づき、サウンドデザイナー兼楽器デザイナーである中西宣人(なかにしよしひと)さんにお話を伺いに行きました。中西さんは日本大学藝術学部(日藝)音楽学科情報音楽コース卒業後、東京大学大学院の博士課程へ進学。大学在籍時から、音楽セッションに着目したインタラクティブアートの制作や電子楽器の開発をしています。開発した電子楽器は、Asia Digital Art Award 2014優秀賞などを受賞。さらに、クリエイティブの祭典『SXSW』にて自らが開発した電子楽器を発表。そのほか、「触覚」の未来を科学するセンサーカンパニーのタッチエンス社と共同で柔らかい電子楽器「The Cell Music Gear」をクラウドファンディングにて製品化するなど新たなデバイスを精力的に開発しています。
現在はフリーランスとして活動するとともに、母校である日藝や東京工芸大学で講師を務めるなど、アカデミックに「サウンドデザイン」の本質について研究しています。そんな中西さんに、サウンドデザインとは? サウンドデザイナーに必要なものは? などさまざまな質問をお聞きしてきました。
現在はフリーランスとして活動するとともに、母校である日藝や東京工芸大学で講師を務めるなど、アカデミックに「サウンドデザイン」の本質について研究しています。そんな中西さんに、サウンドデザインとは? サウンドデザイナーに必要なものは? などさまざまな質問をお聞きしてきました。
──単刀直入に、いま各社からスマートスピーカーが発売され、音声インターフェースが浸透しつつありますが、サウンドデザインの専門家としていかがでしょうか?
“スマートスピーカーにおけるサウンドデザイン”という領域自体が新興分野なので、サウンドデザインに関して議論されることはまだまだ少ない状況と思います。私自身、Amazon Echoを自宅で利用しているのですが、スマートスピーカーでは音声アシスタントとの会話が中心になります。例えば照明を消す指示を出したら照明を消し、「はい、わかりました」と返答してくれます。けれども、音声アシスタントとの会話は冗長的な部分も多く、絶対的な時間がかかるのでストレスを感じる面もあります。音声ではなくサイン音(情報を提供するための人工音)で十分理解できる場面も見受けられます。
そのような中で、最近使用していて「なるほど」と印象に残った体験があって、Amazon Echoに照明の点灯の指示を何回かしていたら、「現在、タスクの終了時に“はい”とお知らせしていますが、“ポン”という音に変えることもできます。いかがいたしますか?」と聞かれました。
──音声からサイン音への切り替えもできるようになっているんですね。
そうなんです。しかし、単純な電子音では意味を伝えるのが非常に難しい場面もあります。例えば、スマートフォンのカメラのシャッター音は現実のカメラのシャッター音を真似てつくられていて、シャッターを切ったことがわかりやすいです。しかし、今までにない何かしらの新しい情報を伝える場合、どのように音をデザインしたら良いのでしょうか。「これ何の音だっけ?」とならないために、音を足したり引いたりして、音の文脈やその他の音との整合性を調整するサウンドデザイナーが必要なのです。
我々サウンドデザイナーは、「音のあるべき姿を探っていく」仕事をしています。例えば、生活音・環境音を録音・分析して環境音に埋もれにくいサイン音をつくったり、無駄な音を省いて調律したりしています。
1960年代にカナダの作曲家であるマリー・シェーファーが提唱した「Soundscape(音の環境=音の風景)」という概念があります。「あるコミュニティ内で鳴っている重要な音がなにかを分析し、それをないがしろにしてしまう音を低減させ、音の環境を調律していく」という考え方です。音を付加するだけでなく、時には音を消すというマイナスのデザインも必要になります。そこに僕も影響を受けています。また、現代におけるサウンドデザインでは、音のデザイン対象が“もっともらしく鳴っているか”が重要だと考えています。 ──“もっともらしい音”について、もう少し詳しく説明いただけますか。
例えば楽器を例に取ると、ピアノは鍵盤を押すとハンマーが動いて弦が叩かれて音が鳴るという構造になっています。これは皆さんよくご存知かと思います。前述のカメラのシャッター音も同様で、ユーザーの行為と音が合致しているわけです。
かたやまったく新しい形をした電子楽器の音をデザインする場合、センサーの入力さえすれば音との関連付けは比較的容易で、どんな音だって出せてしまいます。スマートスピーカーを含め、こういった新しいデバイスで“もっともらしい音”を出すにはどうしたらいいだろうと考えることは難しいですが、ユーザーの行為や行動、文脈を考慮して”もっともらしく鳴る”ということを考えていくわけです。 ──たしかに、どう鳴っているのかわからないブラックボックスのような物体は楽器とは認識できないですね。
また、工学的な知識も重要です。例えば、人間には聴覚的に敏感な帯域があり、その帯域を刺激しすぎないようにフィルターなどで調整してあげると、耳障りではない音に加工することができます。この場合、周波数分析は一つの「物差し」になるわけです。いくら自分が聴きやすいと感じても年齢や日頃の生活によって個人差は出ますし、普遍的なものは存在しないので、こういった「物差し」があると、多くの人々が納得できる音に調整していくことができます。
ただ、今は聞くに耐えられるけどずっと聴き続けると聴き心地が悪くなるといったこともあるので、そういう面で物差しだけでなく聴感評価や感覚も必要になります。
──「理論的な側面」と「聴き心地」の両方をケアしないといけないのですね。
理論的には最適であっても聴き心地が悪かったりしたら、何回も聴くのは辛いわけですから。それに加えて、繰り返しになりますが、行為や文脈との整合性が取れていないと意味を捉えられなくなる可能性があるため、直感的に音の発生の原理がわかる、そして原理に対して”もっともらしい音”が鳴っていることも重要です。そのようにして、理論的な物差しと感覚を用いて何度もトライ&エラーをしながらふさわしい音を探っていきます。
そうですね。音楽学科内の音・音楽と情報技術を対象に学ぶコースで、サウンドデザインや音に関連するプログラミング、作品制作について指導しています。例えば何らかのインタラクションがあって、それに対して映像や音が出力されるインタラクティブなシステムをつくる場合、前述のようなサウンドデザインの考え方は非常に役立ちます。さきほど申し上げたように、作品に対するユーザーの行為を分析し、ふさわしい音が鳴ることを考えることで作品が成立するわけです。
また、このような作品をつくる場合、どのような音が鳴るかという「出力」だけでなく、どういう行為をもとに音を鳴らすかという「入力」まで考える必要があります。「入力」と「出力」、この2点を理論的、感覚的両面で考えることで、本当のサウンドデザインが可能になると思います。
──「入力」まで考えるとはどういうことでしょうか?
入力の方法によっても音のデザインは変化してきます。例えば、スマートフォンのボタンに対するタップ音をデザインすることを考えてみると、毎回タップする度に音が鳴ったら邪魔くさいじゃないですか。つまり「入力」に対して音を鳴らすかどうか、どういったUX(ユーザーエクスペリエンス)なのか、ということも考慮する必要があります。
また、音声インターフェースにおけるサウンドデザインにおいては、音声認識技術などの仕組みについてもある程度の知識があると、入力から出力までの一連の流れを理解することができ、サウンドのデザインに役立ちます。
──UXという面では、音の統一が必要になるのでしょうか?
ある程度の規格統一は重要だと思います。例えば決済アプリの決済音は各社違っていますが、ブランディングや差別化の上ではこういった過不足のないサウンドデザインは重要です。しかし、我々の生活の中には警報などないがしろにされてはいけない、聞き漏れてはいけない音も多く存在します。それらが聞き漏らされることのないように、音環境に配慮したデザインがなされていくべきだと思います。
難しい質問ですね(笑)。サウンドデザインは対症療法的な場面も多いので、サウンドデザインという個別の分野の中で未来を考えていくことは難しいかもしれません。ただ、周波数分析やその他さまざまな物差しを利用し、単純な足し算だけで考えるのではなく引き算も考えられる人がさまざまな分野で増えるといいと思っています。
IoT家電やスマートホームデバイスには、ディスプレイがついていないことが多く、聴覚というチャンネルが非常に多く用いられます。結果、いろんなところで音が鳴ってしまう可能性があります。そのような状況に疑問を持つことが必要だと思います。例えば、照明が点いたり消えたりする度に過剰な音の演出があったら嫌ですよね。 ──音の大洪水にならないように治水をする必要があるということですね。
それがサウンドデザインであり、サウンドデザイナーに求められていることだと思います。今はこういった職能がまだまだ認知されておりませんが、音声インターフェースが重要視されていく中で、ますます求められるスキルだと予想しています。対象とするデバイスや環境が多様化しているため、エンジニアリングやデザインの素養も必要になる分野ではありますが、音に関してはサウンドデザイナーだけが考える問題ではなく、エンジニアやUXデザイナーが音に対して意識を持つことも重要だと思います。
──サウンドデザイナーとエンジニア・UXデザイナーはますます協業していく必要があるということですね。お話ありがとうございました。
“スマートスピーカーにおけるサウンドデザイン”という領域自体が新興分野なので、サウンドデザインに関して議論されることはまだまだ少ない状況と思います。私自身、Amazon Echoを自宅で利用しているのですが、スマートスピーカーでは音声アシスタントとの会話が中心になります。例えば照明を消す指示を出したら照明を消し、「はい、わかりました」と返答してくれます。けれども、音声アシスタントとの会話は冗長的な部分も多く、絶対的な時間がかかるのでストレスを感じる面もあります。音声ではなくサイン音(情報を提供するための人工音)で十分理解できる場面も見受けられます。
そのような中で、最近使用していて「なるほど」と印象に残った体験があって、Amazon Echoに照明の点灯の指示を何回かしていたら、「現在、タスクの終了時に“はい”とお知らせしていますが、“ポン”という音に変えることもできます。いかがいたしますか?」と聞かれました。
──音声からサイン音への切り替えもできるようになっているんですね。
そうなんです。しかし、単純な電子音では意味を伝えるのが非常に難しい場面もあります。例えば、スマートフォンのカメラのシャッター音は現実のカメラのシャッター音を真似てつくられていて、シャッターを切ったことがわかりやすいです。しかし、今までにない何かしらの新しい情報を伝える場合、どのように音をデザインしたら良いのでしょうか。「これ何の音だっけ?」とならないために、音を足したり引いたりして、音の文脈やその他の音との整合性を調整するサウンドデザイナーが必要なのです。
サウンドデザイナーとは?
──実際にサウンドデザイナーはどういうことをするのでしょうか?我々サウンドデザイナーは、「音のあるべき姿を探っていく」仕事をしています。例えば、生活音・環境音を録音・分析して環境音に埋もれにくいサイン音をつくったり、無駄な音を省いて調律したりしています。
1960年代にカナダの作曲家であるマリー・シェーファーが提唱した「Soundscape(音の環境=音の風景)」という概念があります。「あるコミュニティ内で鳴っている重要な音がなにかを分析し、それをないがしろにしてしまう音を低減させ、音の環境を調律していく」という考え方です。音を付加するだけでなく、時には音を消すというマイナスのデザインも必要になります。そこに僕も影響を受けています。また、現代におけるサウンドデザインでは、音のデザイン対象が“もっともらしく鳴っているか”が重要だと考えています。 ──“もっともらしい音”について、もう少し詳しく説明いただけますか。
例えば楽器を例に取ると、ピアノは鍵盤を押すとハンマーが動いて弦が叩かれて音が鳴るという構造になっています。これは皆さんよくご存知かと思います。前述のカメラのシャッター音も同様で、ユーザーの行為と音が合致しているわけです。
かたやまったく新しい形をした電子楽器の音をデザインする場合、センサーの入力さえすれば音との関連付けは比較的容易で、どんな音だって出せてしまいます。スマートスピーカーを含め、こういった新しいデバイスで“もっともらしい音”を出すにはどうしたらいいだろうと考えることは難しいですが、ユーザーの行為や行動、文脈を考慮して”もっともらしく鳴る”ということを考えていくわけです。 ──たしかに、どう鳴っているのかわからないブラックボックスのような物体は楽器とは認識できないですね。
また、工学的な知識も重要です。例えば、人間には聴覚的に敏感な帯域があり、その帯域を刺激しすぎないようにフィルターなどで調整してあげると、耳障りではない音に加工することができます。この場合、周波数分析は一つの「物差し」になるわけです。いくら自分が聴きやすいと感じても年齢や日頃の生活によって個人差は出ますし、普遍的なものは存在しないので、こういった「物差し」があると、多くの人々が納得できる音に調整していくことができます。
ただ、今は聞くに耐えられるけどずっと聴き続けると聴き心地が悪くなるといったこともあるので、そういう面で物差しだけでなく聴感評価や感覚も必要になります。
──「理論的な側面」と「聴き心地」の両方をケアしないといけないのですね。
理論的には最適であっても聴き心地が悪かったりしたら、何回も聴くのは辛いわけですから。それに加えて、繰り返しになりますが、行為や文脈との整合性が取れていないと意味を捉えられなくなる可能性があるため、直感的に音の発生の原理がわかる、そして原理に対して”もっともらしい音”が鳴っていることも重要です。そのようにして、理論的な物差しと感覚を用いて何度もトライ&エラーをしながらふさわしい音を探っていきます。
UXが求められる
──そういったことを大学で伝えていらっしゃるのでしょうか。そうですね。音楽学科内の音・音楽と情報技術を対象に学ぶコースで、サウンドデザインや音に関連するプログラミング、作品制作について指導しています。例えば何らかのインタラクションがあって、それに対して映像や音が出力されるインタラクティブなシステムをつくる場合、前述のようなサウンドデザインの考え方は非常に役立ちます。さきほど申し上げたように、作品に対するユーザーの行為を分析し、ふさわしい音が鳴ることを考えることで作品が成立するわけです。
また、このような作品をつくる場合、どのような音が鳴るかという「出力」だけでなく、どういう行為をもとに音を鳴らすかという「入力」まで考える必要があります。「入力」と「出力」、この2点を理論的、感覚的両面で考えることで、本当のサウンドデザインが可能になると思います。
──「入力」まで考えるとはどういうことでしょうか?
入力の方法によっても音のデザインは変化してきます。例えば、スマートフォンのボタンに対するタップ音をデザインすることを考えてみると、毎回タップする度に音が鳴ったら邪魔くさいじゃないですか。つまり「入力」に対して音を鳴らすかどうか、どういったUX(ユーザーエクスペリエンス)なのか、ということも考慮する必要があります。
また、音声インターフェースにおけるサウンドデザインにおいては、音声認識技術などの仕組みについてもある程度の知識があると、入力から出力までの一連の流れを理解することができ、サウンドのデザインに役立ちます。
──UXという面では、音の統一が必要になるのでしょうか?
ある程度の規格統一は重要だと思います。例えば決済アプリの決済音は各社違っていますが、ブランディングや差別化の上ではこういった過不足のないサウンドデザインは重要です。しかし、我々の生活の中には警報などないがしろにされてはいけない、聞き漏れてはいけない音も多く存在します。それらが聞き漏らされることのないように、音環境に配慮したデザインがなされていくべきだと思います。
サウンドデザインの未来
──いずれスマートデバイスにおける通知音や音声インターフェースのサウンドデザインもJIS規格(日本工業規格)やISO(国際標準化機構)で統一される未来がくるかもしれませんね。それでは最後に、今後“サウンドデザイン”がどのような方向に進むかをお聞かせください。難しい質問ですね(笑)。サウンドデザインは対症療法的な場面も多いので、サウンドデザインという個別の分野の中で未来を考えていくことは難しいかもしれません。ただ、周波数分析やその他さまざまな物差しを利用し、単純な足し算だけで考えるのではなく引き算も考えられる人がさまざまな分野で増えるといいと思っています。
IoT家電やスマートホームデバイスには、ディスプレイがついていないことが多く、聴覚というチャンネルが非常に多く用いられます。結果、いろんなところで音が鳴ってしまう可能性があります。そのような状況に疑問を持つことが必要だと思います。例えば、照明が点いたり消えたりする度に過剰な音の演出があったら嫌ですよね。 ──音の大洪水にならないように治水をする必要があるということですね。
それがサウンドデザインであり、サウンドデザイナーに求められていることだと思います。今はこういった職能がまだまだ認知されておりませんが、音声インターフェースが重要視されていく中で、ますます求められるスキルだと予想しています。対象とするデバイスや環境が多様化しているため、エンジニアリングやデザインの素養も必要になる分野ではありますが、音に関してはサウンドデザイナーだけが考える問題ではなく、エンジニアやUXデザイナーが音に対して意識を持つことも重要だと思います。
──サウンドデザイナーとエンジニア・UXデザイナーはますます協業していく必要があるということですね。お話ありがとうございました。