誰のために働いているのか?

──現在、小杉湯ではIKEUCHI ORGANICのタオルが使われており、2社で積極的にコラボレーションもされていますよね。菅原さんと牟田口さんは、それぞれご面識はあったのでしょうか?
菅原:2019年の頭ごろに、牟田口さんと初めてお会いしました。アーバンリサーチが主催するローカルコミュニティの魅力を発信していくプロジェクト、「JAPAN MADE PROJECT TOKYO」の打ち合わせでお会いしたのが最初でしたよね。

牟田口:そうでしたね。小杉湯もIKEUCHI ORGANICも、ともにこのプロジェクトに誘っていただきましたからね。僕自身は、妻とよく銭湯巡りをしていることもあって、それ以前から小杉湯のことはよく知っていました。

菅原:牟田口さんと初めてお会いしたその時期は、まだ小杉湯に入社してはいなかったのですが、小杉湯の事業計画づくりを少しずつ手伝い始めていました。この先、もっと小杉湯にコミットしていきたいと、小杉湯の代表である平松に相談し始めていたころでしたね。
小杉湯 CSO 菅原理之さん<br />
2019年末まで外資系広告会社に勤め、同年10月より小杉湯へ入社した。
小杉湯 CSO 菅原理之さん
2019年末まで外資系広告会社に勤め、同年10月より小杉湯へ入社した。
──お二人とも、前職は外資系企業に在籍しており、そこから菅原さんは小杉湯に、牟田口さんはIKEUCHI ORGANICに転職をされたわけですが、転職前と転職後では生活はどのように変化しましたか?
菅原:僕は外資系広告会社にいたときよりも忙しいですね…(笑)。小杉湯は2020年に創業87年を迎えるのですが、法人化して3期目になります。まだ会社としてはさまざまなものが整理できていないし、僕自身も2019年に入社したばかり。イベントをやりつつ、事業計画も立てて、さらに並行して人事や労務、経理もする…みたいなてんやわんやな状況なので(笑)。

牟田口:それまで人事や労務、経理などって前職で担当されていたんですか?

菅原:いえ、前職では営業一筋でした。だから専門家にノウハウを聞いたり、自分でいろいろ調べたり試行錯誤しながら取り組んでいますよ。もちろん、この状態は健全ではないとも思っています。小杉湯というブランドを、この先50年後や100年後も続けていくなら、そのときに僕は年老いて間違いなくその場にはいないですから。そのために、人に依存せずに小杉湯が正常に回る仕組みをつくる。それがいまの僕の仕事です。

牟田口:僕も転職する前といまとでは、ずいぶん生活は変わりました。それまで明確に仕事のオンとオフがあったのですが、IKEUCHI ORGANICで働くようになってから、その境目がなくなりました

いまIKEUCHI ORGANICでは、「イケウチな人たち。」というWebメディアを運営しているのですが、ここでは職種や業界を問わず、IKEUCHI ORGANICを好きでいてくれる人たちを取り上げ、発信しています。レストランや書店、ホテル、美容院など、さまざまな業界・業種の人を取材してきました。それらのお店をプライベートでもよく使うようになり、その際にIKEUCHI ORGANICのタオルがどのように使われているのかも見るようにしています。

僕は前職の外資系IT企業でマーケターとして働いていたころ、「自分が誰のために働いているのか?」ということをよく考えていて。というのも、会社はすごい勢いで伸びていたのですが、良くも悪くも会社のいち歯車であると感じていたんです。「この先、自分が社会に対して、どのように貢献していきたいのか」。そう考えるようになったときにたまたま出会ったのがIKEUCHI ORGANICだったんです。
IKEUCHI ORGANIC 営業部 部長 牟田口武志さん<br />
外資系企業でマーケターとして従事したのち、2015年にIKEUCHI ORGANICへ入社した。
IKEUCHI ORGANIC 営業部 部長 牟田口武志さん
外資系企業でマーケターとして従事したのち、2015年にIKEUCHI ORGANICへ入社した。
菅原:牟田口さんの言うこと、とても共感できます。僕も前職にいたときには、「誰のためにこの仕事をしているのだろうか」という気持ちが膨らんでいったんですよね。だからマクロよりミクロ、自分の近くにいる人たちと同じ価値観を共有して、それを高めあっていきたいという欲求を抱えていました。それを解消することが転職を決めた一つの要因でした。

実は、僕は初めて牟田口さんとお会いした際に、転職のことを相談させていただいたんです。なにを考えて規模や分野も違う会社へ転職を決めたのかということや、今後のキャリアプラン、金銭面など、かなりリアルな話まで一通りお聞きしました。そのときに、とても参考になるお話をたくさん聞かせてくれて。だから僕にとって牟田口さんはいまのキャリアのロールモデルなんですよ。

──どのようなお話をしたのでしょうか?
牟田口:菅原さんには、僕自身の切実なありのままの経験をお伝えしました。変な期待をさせても悪いですから。僕自身は転職してすごくハッピーだと思っているので、それをそのまま、お伝えしました。あとは、家庭のことですね。菅原さんも僕も家庭を持っていますし、なによりそれが一番大切ですから。

菅原:牟田口さんがいまの生活をすごく楽しんでいることは本当によく伝わってきましたね(笑)。あそこで牟田口さんに相談していなかったら、僕は転職していなかったと思いますし。

牟田口:そう言ってもらえると、とても嬉しいです。いま思えばあれは、半分相談に乗りつつも、もう半分は「僕はこういうふうに仕事をしています!」とひたすらアピールして、菅原さんにもぜひ転職をしてほしいという気持ちで、口説いていた(笑)。外資系で鍛えられた経験は、業界や会社の規模は変わっても大きなインパクトをもたらすことができると感じていたので。

菅原:それに牟田口さんのキャリア以外にも、IKEUCHI ORGANICという会社が取る姿勢も、とても参考にさせていただいています。IKEUCHI ORGANICは、プロダクトにめちゃくちゃこだわりを持っているんですよ。それを創業当初からいままで、貫き通していて、その土台の上で「イケウチな人たち。」よる発信などにも取り組んでいる。モノづくりの土台がしっかりとできているからこそ、説得力がすごくあるんです。いまって、D2Cという仕組みが広まって、とても多くのブランドが存在していますが、ここまでプロダクトにこだわっているブランドって、そうそうないと思いますよ。
──プロダクトである「タオル」のクオリティが高いからこそ、その次の行動に説得力が出てくるわけですね。牟田口さんは小杉湯に対して、どのような印象をお持ちですか?
牟田口:小杉湯ってもはや銭湯の概念を越えていて、「暮らしのプラットフォーム」になっているのではないかと思っています。小杉湯に来る人たちって、本当にいろいろな人がいるんですよ。高円寺に住む人たちはもちろん、高円寺から遠く離れたところからわざわざ来る人もいるし、小杉湯が好きすぎて、高円寺に引っ越して来る人もいると聞いています。そんな人たちが一人や二人ではなくて、何人もいるんです。それってすごくないですか? もはや銭湯という場以上に、「暮らしを豊かにする場」として機能しているんです。

──「ただお風呂に行くだけ」にとどまらず、もっと広い役割を持っていると。
牟田口:銭湯って全世代がターゲットであるので、ニーズの照準を絞らない場所なんですよね。だから、敷居が高くないというか、非日常ではなく日常のなかに溶け込む場所になっている。小杉湯はあくまで、日常のなかで特別感をすごく出しているからこそ、人が集まる場所になっているのではないかと思います。僕の周りの人でも小杉湯で銭湯が好きになったと公言している人が多いですし、本当にすごい場所ですよ。

菅原:IKEUCHI ORGANICをめちゃくちゃ参考にしたかいがありました(笑)。プロダクトが大事、というのは銭湯でも同様だと思っています。結局、お風呂屋なので、「お風呂が気持ちいい」というのは大前提に用意しないといけない。そこを忘れてしまったら、いくらイベントを開催しようが意味がないですからね。

ブランドのストーリーをつくるのは…?

──「外資企業から転職した」という共通点で前段はお話を伺いましたが、ほかにも「レガシーな企業で働いている」という共通点もあるかと思います。菅原さん、牟田口さんは「ブランドを守るために必要なこと」がなにだとお考えですか?
菅原:そもそもですが、牟田口さんは「ブランドを守っている」という感覚はありますか?

牟田口:いえ、ないですね。「守る」というよりも、「続ける」という感じです。守るという言葉だと、「なにも変えずにずっと同じことをする」という印象があって。だから続けるという言葉のほうが僕にはしっくりきますね。

菅原:小杉湯でも昨年、「小杉湯のブランドを考える」というお題でワークショップを行いました。そのなかで、代表の平松が牟田口さんと同様に、「ブランドを続ける」という言葉を使っていたんですよね。

僕が以前いた外資系の広告会社では、「続ける」ことって、ゴールへ向かうための手段でした。だから、「決められた終わりに向かう」ために続けていました。でも、小杉湯って別に終わりが決まっていないんですよね。50年、100年、その先も続いていくかもしれない。

そのような終わりの見えないゴールへ向けて、なにかを続けていくために必要なことって、植物を育てるような感覚であると思っています。カッチリとエンジニアリングをして、先のことを計画していくのではなくて、農業のような土地や作物のコンディション、そのときの気候など、偶然の要素も含められる余白を持つことが大切なのだと思います。だから、僕はブランドと向き合う上では、「守る」という考えではなく、「余白を持ちながら続けていく」という方法で向き合っていますね。
牟田口:地域という要素もとても大きいですよね。小杉湯だと高円寺、IKEUCHI ORGANICだと今治のように、地域があった上で会社があるんです。その地域があるおかげで僕らも存在できているので、自分たちの会社だけが良くても意味がない。僕らが生き残り続けることによって、いかに地域が活性化していくのかという目線の考え方も大切だと思います。

これってやはり「守る」ではなくて、むしろその逆に「攻める」という考え方に近いかも知れません。「攻める」と「続ける」の両立。変える必要があるものは、しっかりと変化させていく。変化を取り入れて、受け入れることは、ブランドを続けていく上で間違いなく必要であると思います。

うちの例でいうと、IKEUCHI ORGANICは2014年まで「池内タオル」という社名だったんです。でも2013年の創業60周年を境に、これからはタオル以外のオーガニックなモノもつくっていこうと、変化することを選びました。これは、新しいチャンスを得られるのと同時に、新しい競合先をつくる選択でもありました。だけど、ブランドを続けていく上では変化を避けてはいけないし、ブランドとは続けることで変化していくものであると思うんです。
──「ブランドを守る」ではなく、「攻める」と「続ける」というスタンスなんですね。
菅原:牟田口さんも僕も創業当初を知らないですからね。だからこそ、変化を起こせる。時代に応じてブランドを変化させて、適応させていくことも、僕らだからこそできることだと思います。

また、ブランドを続けていくためには「先代の人たちがなにをやってきたのか」という彼らの歴史や知恵などを物語として語り継いでいくこと、そしてそれを語り伝えるストーリーテラーが必要であるとも考えています。僕の肩書のCSO(Chief Story teller Officer)は、そういう意味でつけたものです。小杉湯のストーリーテラー、語り手として、「いまの状態に至るまでの経緯を説明する」。それが僕の役割です。

──菅原さんの役割がストーリーの語り手であるということは、ストーリーのつくり手は別に存在するのですか?
菅原:そうですね。例えば、小杉湯の場合だと、バイトの子たち。彼らは演劇や楽器の演奏など、小杉湯で自主的にイベントを開催してくれることがあるんですよ。それらの出来事も小杉湯が生み出したストーリーの一つですし、それを伝えていくのが僕の役割です。

牟田口:ストーリーって僕らがつくっていくものではないんですよね。決して、お客さんにプロダクトを買ってもらうためとか、そういう戦略的な目的のためにつくるものではないんです。ストーリーとは、プロダクトから自然と生まれるものなんです。僕らが自信を持っておすすめできるプロダクトをつくれば、そこからお客さんやほかの人たちがストーリーを生み出していくんです。

菅原強いプロダクトって、それそのものがストーリーになるし、そこから勝手に新しいストーリーが生まれますよね。小杉湯もそうですけど、IKEUCHI ORGANICでも自発的に広めてくれるお客さんが多くないですか?

牟田口:ええ、大変ありがたいことにそうなんですよね。小杉湯も口コミがとても多いですけど、それってきっと小杉湯での体験が素晴しかったからだと思います。うちの場合でも、取引先の方が新しい取引先をご紹介していただくことが何度もあって、うれしい限りです。

菅原:小杉湯でもイベントカレンダーのスマホの壁紙を自発的につくってくれる方などがいらっしゃるんですよね。このような関係を築くことができているのは、プロダクトにベストを尽くしているからだと思います。あとはやはり、人ですよね。「この人と一緒に仕事をしたい、なにかしてあげたい」そう思ってくれるかどうかだと思いますね。
牟田口:すごくベタですけど、結局そこは大きいですよね。「なにをするか」より「誰とするか」の方が大切で。「誰と仕事をするのか?」は「誰を幸せにするのか?」にも言い換えられると思っていて、自分たちが実現したい未来と限りなくゴールイメージが近い人と、仕事をしたいですよね。

菅原:自分たちから働きかけて仕事をつくれること、そしてお客さんの喜びがダイレクトにわかること、この2つは大きな会社にいては味わうことができなかったことだとは、僕も思っています。誰のために自分が働いているのかがわかりやすいというのは、心持ちが変わりますよ。

牟田口:自分の生活のどこに軸を据えるのかが大事なのだと思います。さまざまな価値観があると思いますけど、そのなかでなにを選ぶのか。軸を変われば、キャリアの見方も変わる。そうすれば、キャリアアップの意味も変わるんでしょうね。

しがらみを壊した先に、イノベーションは待っている

──それでは最後に、お二人がそれぞれIKEUCHI ORGANICと小杉湯で、今後やっていきたいと思うことを教えてください。
牟田口:IKEUCHI ORGANICを人と人をつなぐ会社にしていきたいですね。「イケウチな人たち。」は2020年2月で1周年を迎えました。この1年間で生まれた変化って、本当にたくさんあって、特に注目しているのは、メディアで取り上げてきた人同士がつながっている、ということです。

それこそ小杉湯の代表である平松さんも、以前「イケウチな人たち。」でお話を聞かせていただいたのですが、「イケウチな人たち。」で過去に取り上げた「らふる」という美容室で、小杉湯の平松さんや番頭兼イラストレーターの塩谷歩波さんは髪を切るようになり、新たな仕事も生まれたとお聞きしています。平松さんから、ご紹介いただいた方と親しくなって、メディアにも出てもらうこともありました。

それって僕らからすれば、すごく嬉しいことなんですよ。僕らを信じてくれている人たちがお互いにつながって、新しい関係が構築されていく。だからこれから先はより、IKEUCHI ORGANICがハブとなって、新しいつながりを生み出していくことに貢献したいです。

菅原:2020年3月16日に、小杉湯に隣接した「小杉湯となり」という施設がオープンしました。この施設では食事をしたり、本を読んだり、イベントを開催したりすることができます。小杉湯での過ごし方に、より選択肢を増やすことを目指し、お風呂以外にも、お客さんの生活を豊かにできる彩りを提供していければと思っています。

だから、僕らもIKEUCHI ORGANICと同様に、人と人、人と街をつなぐハブのような場所にしていきたいですね。
──お互いに目指すポジションが似ていますね。
牟田口:銭湯業界とタオル業界ってどちらも世間では、銭湯も、タオル会社の数も昔に比べると減っているので、衰退産業であると考える人がいるかもしれません。そのようななかで、小杉湯とIKEUCHI ORGANICは、ただお風呂屋として場所を提供する、ただタオル屋としてプロダクトを提供する、という会社ではないんです。会社そのものを軸に、お客さんの人生がより豊かになることを目指しているんです。衰退産業だからこそ、価値観やモノの見方を見直せば、イノベーションを起こすことも十分可能であると、僕は考えています。

菅原:きっと、牟田口さんや僕みたいに外の業界から入ってきた人の方が業界の慣習やしがらみを破壊しやすいと思うんです。そういう動きを求められていると思いますし、しがらみを壊した先に、イノベーションの可能性があるのではないかと思いますね。

──対談を通して数多くの共通点を持っていたことがわかった、菅原さんと牟田口さん。お二人がこの先、どのような未来をつくりだしていくのか、とても楽しみです。お話いただき、ありがとうございました!
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