──井土さんがランチクリエイターとしての活動を始められたきっかけを教えてください。
きっかけは2018年に、いまの会社に転職したことでした。職場は原宿なのですが、ランチ代が結構高くついてしまっていて…。ランチ代を節約するためにお弁当をつくることにしたんです。

それまでは、恥ずかしながらお米を炊いたこともありませんでした。外食やスーパーのお惣菜ばかりを食べていた生活でしたが、それをやめて、なんとかお弁当をつくろうと。とはいっても、最初にお弁当として持っていたのは、炊いたお米とふりかけだけで、お弁当と呼んでいいのかわからないものでしたけどね(笑)。
井土さんがお弁当づくりを始めた当初のお弁当(井土さん提供)
井土さんがお弁当づくりを始めた当初のお弁当(井土さん提供)
──それがいまでは、自分以外の社員の方たちにもお弁当をつくっているんですよね。
人生どうなるかわからないですよね(笑)。当然なんですけど、お米とふりかけだけのランチはいつまでも続けられなくて、おかずとしてコンビニでコロッケを買うようになりました。でもそれでは最初の目的であった節約にはならないなと。そこから少しずつ、冷凍食品をお弁当にいれたり、野菜や肉を買って炒めたり、料理を徐々に始めるようになったんです。

お米とふりかけだけだったお弁当も、段々とおかずが増えて本格的なお弁当になっていくにつれて、会社の社員の人も僕のお弁当に注目してくれるようになりました。そのなかには僕のお弁当を「うらやましい」と言ってくれる人もいたんです。その人から話を聞くと、その人もランチ代を抑えるために外食を抑えて毎回コンビニで済ませていて、ランチがつまらないというか、妥協して選んでいる感覚だっそうです。

そのときに、ランチに悩みを抱えていたのは僕だけではないと知ったんです。それで、僕の方から「明日からお弁当をつくってくるので、買ってくれませんか?」と提案したんです。そうしたら、ぜひお願いしたいということになり、エンジニアの副業として社員の  お弁当づくりを始めるようになりました。
同僚へ提供するようになった井土さんのお弁当(井土さん提供)
同僚へ提供するようになった井土さんのお弁当(井土さん提供)
──昼食代の節約で始めたお弁当づくりが、いまでは他人に提供するまでに至ったわけですね。
自分一人分のお弁当をつくっていても、野菜を余らせることが多く、もったいないからなんとかしたいなと考えていました。そのため、僕にとってもちょうどいいタイミングでした。とはいえ、人にお弁当をつくるなんて、それまで考えもしなかったので、とても緊張しましたね。自分用なら最悪失敗しても我慢できますけど、他人に出して、もしも食中毒なんてなったら大惨事ですから。

それと同時に、おいしいお弁当を出してあげれば、その人のモチベーションやコンディションを少しは上げられるかもしれないとも思いました。遅い時間まで仕事をしていたり、食生活も乱れていたりして、自身の健康への関心度が低くなっていると感じていたので。そういうことも自分なりに考えて、自分以外の他人へ、初めてお弁当をつくりました。いまでは自分も含めて社員4人分のお弁当をつくっています。  

──金銭面や健康面など、お弁当をつくることにはさまざまなメリットがあると思いますが、お弁当づくりを通じて井土さんが一番感じているメリットはどのような面ですか?
お弁当がコミュニケーションツールの一つになっていることですね。社内でお弁当を一緒に食べる時間をつくれたことがすごくよかったと思っています。それまで仕事の話しかしなかった同僚たちとも、お弁当越しであればいろいろな話になる。そして、お弁当を食べている僕らがいろいろな話をしていると、ほかの社員たちも気になって輪に参加するようになって…。お昼の時間が学生のころの給食の時間のようになって、社内でのコミュニケーションがすごく円滑になったと感じています。

あとは、エンジニアの仕事も料理も「つくる」ということが共通しているなと感じています。お弁当を毎朝つくるときも、1品ではなく複数のメニューをつくるので、いかに手際よく、効率よく時間も食材も無駄にせずに仕上げるのか。そういう、「やりくり上手になる」意識はお弁当づくりをする以前はあまり意識していないことでした。その意識を持つようになって、エンジニアの仕事でも視野が広くなった感覚はありますね。

──ここまで聞く限り、お弁当づくりを始めたことはいいことづく目のように聞こえますが、例えば新社会人や若手社員など、井土さんと同じ20代の人たちにお弁当づくりを始めることはお勧めできますか?
万人へお勧めできることかと言うと、それは少し違いますね…。お弁当づくりって、やっぱり大変なんですよ(笑)。朝早く起きなくてはいけないし、自分以外にもつくるとなると、味や見栄えなんかも気にしなくてはいけません。

僕がお弁当づくりを続けられたのは、それが僕にとって「手段」だったからです。生活費を抑えるための手段でしたし、お金をかけずともおいしいご飯をつくり、食べるための最適な手段でもあった。またいまでは、健康に気を使うための手段、社内でのコミュニケーションのための手段にもなっています。あらゆる面で、僕にとってお弁当づくりは目的ではなく、手段なんですよ。弁当づくりがゴールではなくて、その先のゴールにたどり着くために必要なことなんです。ですから、ほかの人に「絶対にやったほうがいい!」とお勧めできるものではないんですよね。僕の話は、「一つの見本として試してみる」くらいが適当だと思います。一度試してはまらなかったのなら、続ける必要なんてないですよ。

だから、「自分の目的を実現するための有効な手段はなにか?」。これを始点にものごとを考えてみると、いままで気づかなかったことを発見できる…かもしれないですね。きっと誰にでも、そういう手段ってあるはずですから。普段使っているものの使い方を少し変えてみたり、モノの組み合わせ方を変えてみたり。いつもと少しだけ軸をずらしてみるというのは、万人へお勧めできますね。

──先ほど、「お弁当づくりを継続することは大変」とおっしゃっていましたが、井土さんのなかで、継続するためのモチベーションになっていたのはなんだったのでしょう?
それはもう圧倒的に、誰かのためになっているということですね。「ありがとう」って感謝の言葉を実際に口にされると、すごく嬉しんです。思いを形にして渡してくれるのって本当に力になると実感できましたから。そう考えると、モチベーションというのは、自分のなかにつくるのではなく、自分の外につくってあげるといいと思います。僕一人のためならもうやめていたかもしれませんけど、誰かのためだと思うと、役割を自覚できます。人のためにいいことをするのって、すごく強い原動力になりますよ。

あとはやはり、無理をしないことですね。「すごい料理を毎日つくろう!」としても、その分エネルギーもたくさん使うので、継続することが難しくなる。だから自分が続けられるレベルを維持することが大切です。僕だって、料理をつくるのがしんどいときは楽をします。できる範囲で、ゆるく、ふわっと続けていく。僕はそうやって、今日までお弁当づくりを続けてきました。

──それでは最後に、ランチクリエイターとしての今後の展望をお聞かせいただけますか?
ランチクリエイターという肩書に対して、どこがゴールかとか、目指す先はあまり大まかに決めていないんです。一つ言えるのは、「料理を極めたい」というわけではないことです。一流の料理人を目指すかといえばそういうつもりはまったくなくて、自分のなかの一番の軸にあるのはエンジニアなんです。あくまでエンジニアが本業で、副業としてランチクリエイターのお弁当づくりがある。言ってしまえば、ランチクリエイターもエンジニアのための一つの手段なんです。

ただ、お弁当を通してできたコミュニケーションの場や健康面などは、もっと多くの人に考えるきっかけを与えられるようなお手伝いができればいいなと考えています。それはお弁当をつくること以外にも貢献できることがきっとあると思うんです。

新型コロナウイルス(COVID-19)による影響もあり、いまは私も在宅勤務しており、社員へお弁当をつくる機会がなくなりました。でも、会社の人や友人などとはオンライン上で一緒にランチを食べるようにしています。人と直接会える機会が減ったいま、ランチを通して、コミュニケーションを取る場所や時間を確保する。お弁当をつくる以外にも、そういう時間をつくってあげることもランチクリエイターとしての活動の一つだと思っています。

いまの状況だからこそできること、生み出せるものもきっとあるはず。普段とは違う状況だからこそできる新しい視点で、得られるものを見つけていきたいです。そうやって、お弁当をつくる以外にも、もっと広くランチに貢献できる、ランチクリエイターに今後はなっていきたいです。
──最初はお米も炊いたことがなかった井土さんがお弁当づくりを始めたことで得られた経験や知見についてお話いただきました。自分にとって最も有効な、目的のための手段を探すこと。そこから広がった井土さんのランチクリエイターとしての未来が今後どのように変化していくのか、とても楽しみです。お話いただき、ありがとうございました!

※4月初旬に、「密閉」「密集」「密接」を避けて取材・撮影しております。
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