看護師からエンジニアを目指した理由。新しい看護ケア文化をつくる NODE MEDICAL 代表取締役/メディカルデザインエンジニア 吉岡純希さん
前回、デジタルファブリケーションを用いた医療現場で用いられる自己防護具についてお話をいただいた吉岡純希(よしおかじゅんき)さん。今回は吉岡さんのキャリアに注目します。看護師として医療の現場で働いた後に、吉岡さんはNODE MEDICALを起業しました。そして現在、その代表と看護師の肩書に加えて、「メディカルデザインエンジニア」という肩書も名乗っています。このメディカルデザインエンジニアが持つ役割とは一体なにか? テクノロジーを通した「新しい看護ケア文化の定着」を目指すという、吉岡さんが思い描く看護の未来についてお話をお聞きしました。
──吉岡さんは看護師以外に「メディカルデザインエンジニア」という肩書もありますが、どのような役割なのでしょうか?
そのままの意味になるのですが、医療領域でのデザインエンジニアの役割を持っています。現在は主に、3Dプリンターを使ったデジタルファブリケーションやデジタルアートなどのテクノロジーを看護ケアに活用することができないかという実践や検討を行っています。私が立ち上げたNODE MEDICALという会社では、日本の病院へそれらのテクノロジーの導入を目指しています。
私自身、学生のころから医療の世界で働きたいと考え、大学卒業後は救急救命センターで看護師として働いていました。そのときに、業務で用いていた電子カルテを始めとした医療現場でのテクノロジー。これにすごく興味を惹かれたんです。患者の情報を保存することや診療で用いるような情報を取り扱うこと以外にも、もっと利用できることがあるのではないかと思い始め、テクノロジー領域に関心を抱くようになりました。
そこで、一度看護師を辞めて、大学の医療情報部に研究生として入学。電子カルテなど医療機関でのテクノロジーのあり方を学びました。その後再び、看護師として働き始めたのですが、テクノロジーの知識を持つようになってから医療の現場に戻ると、あらためて強く感じるようになったことがありました。
私はディズニーランドがすごく好きなんです。でも、病院に入院している子どもたちのなかには、ディズニーランドに行ったこともない子も多くいます。それどころか、病院の外に出ることができない子どもたちも少なくない。高度な医療ケアが必要な子ども以外にも感染しやすい子どもも人混みに行くことができません。病院のなかにいても、ディズニーランドで味わえるような体験をなんとかして届けることはできないかと思うようになったんです。
そのときに注目したのがデジタルアートでした。ジェットコースターや観覧車などのアトラクションを病院のなかにつくることは物理的にも不可能ですが、映像や音で体験をつくるデジタルアートならば可能性はありそうでした。
ただ、デジタルアートを外注するとなると、費用の面が問題になりました。病院という場所でマネタイズすることは難しいし、前例が少ない取り組みで予算も取りにくい。ではどうするか…。
答えは簡単で、だったらもう自分でデジタルアートをつくるしかないなと。プログラミングを覚えて、自分でデジタルアートをつくることを決意しました。そうしてたどり着いたのがメディカルデザインエンジニアという役割でした。
──医療領域でのデジタルアートとして、これまで吉岡さんが手がけた事例を教えてください。
四国の病院では、プラネタリウムのデジタルアートを作成しました。この病院にいたある子は、生まれたときから人工呼吸器につながれていて外に出たことがなかったんです。だからその子に夜空の星を届けることができないかということで医療スタッフと計画し、七夕の時期にプラネタリウムを作成しました。
このデジタルアートを作成する前に、考えの始点になったのは、「子どもたちの日々のケアを支援すること」です。その子の場合は、寝たきりだったため筋肉が萎縮しないよう日常的に手を伸ばして、動かす運動をしていました。だからその運動を少しでも楽しいものにできればと、プラネタリウムに表示される星に手を伸ばすと映像が動く仕組みも入れました。実際に楽しんで遊んでくれて、すごく印象に残っていますね。
ほかにもトランポリンと連動しているものや花火やクリスマスなど季節ごとのイベントに合わせたものなど、病院や患者に合わせたデジタルアートをつくっています。
いまのところは私個人で関係を持っている病院などを中心に活動をしています。現在、試行錯誤の段階から、継続的な活動と発展ができるようにマネタイズができる様な仕組みを構築するフェーズに移行しています。
また、マネタイズ以外にも課題があります。それはデジタルアートを実装するための環境です。デジタルアートを提供するためにセッティングを含めた各種調整が必要です。しかし、新型コロナウイルスの影響も強く、気軽に病院に伺うことが難しくなってきているため、現地での調整や運用が難しくなってきています。
これを解決するために、Web上で動作するデジタルアートの開発も現在進めています。Web上で動作が完結できるデジタルアートであれば、Web環境さえあればデジタルアートを導入できます。より簡単に、速いスピードでデジタルアートを導入することもできます。
マネタイズや環境の整備など、まだまだ課題も多い取り組みですが、確実に一歩ずつ進んでいきたいと思っています。
新型コロナウイルスの感染が広まる以前から、医療領域でデジタルファブリケーションを活用する方法に取り組んでいました。もともと医療現場での自己防護具を工作するというよりも、「ケア用品」と呼ばれるものをつくっていく取り組みとして、大学に所属しながら研究しているんです。
ケア用品とは、看護や介護の現場で提供されるケアの質の向上のために使われる道具のことを指します。例えば、洗面所にいけない人たちのために簡易式の洗面台として使われる「ガーグルベイスン」と呼ばれるもの。これはユニバーサルデザインで、一律につくられたものだと患者の体型や病状によってはフィットせず、吐き出したものがこぼれてしまう場合もあるんです。そういう場合に、その患者に合うようにデザインしてあげたガーグルベイスンも3Dプリンターでならつくることができます。このガーグルベイスンは、慶應義塾大学の「FabNurseプロジェクト」で実施した一例になります。
デジタルアートやデジタルファブリケーションなどの活動を通して、私はより強くそのことを感じています。
「病状が悪化し、できることが少しずつ減ってくる患者たちに対して、もう少しなにか支援できたら…」という話を知り合いの看護師から聞きます。そこにデジタルアートという選択肢があれば、いままで存在しなかった、新たな看護ケアが生まれる可能性がある。これはデジタルファブリケーションも同様で、テクノロジーを導入することで、いままでの医療や看護には存在しなかった、新しい選択肢を生み出すことができるんです。
いま私は看護師として病院には勤めていませんが、メディカルデザインエンジニアとしてテクノロジーの領域から看護できることがきっとあると考えています。そのことをもっと多くの人に広めて、テクノロジーを用いた新しい発想での看護ケアを医療の新しい文化として提案していく。それがいま、私が目指している未来です。
──ここまで聞く限り、クリエイティブのスキルを持つ人たちが医療や看護の領域で活躍する余地も多大にありそうだと感じました。
まさしくその通りだと思います。そもそも医療現場こそ、情報をデザインしなければいけない領域だと思うんですよ。
インフォームド・コンセントと呼ばれる、手術の説明や同意を求めるときに用いられる書類やそのほかの検査を説明する書類などありますが、いま使われているものの多くは、文章量が多く必ずしもわかりやすいものとは言えません。でも、その書類が治療にとって重要ある以上、患者やその関係者にはしっかりと意味や意図を伝える必要があります。だからこそ、理解しやすいデザインを取り入れるべきなんです。
いまはまだ具体的にイメージできるものが少ないだけで、医療とクリエイティブはとても相性のいい組み合わせなんですよ。そういう意味では新型コロナウイルスによる影響はかなり大きいですが、これからより良い医療やケアを提供するための大きな変化を取り入れられる機会にもなり得るのではないかとも思いますね。
私自身としては、看護師とエンジニアで培った経験を活かして、医療とクリエイティブの橋渡し役として、コラボレーションができる役割をこの先も探求していきたいです。
──人が生きていく上では切っても切り離せないものである医療。誰もがそこに目を向ける事態が起こる現在こそ、大きな変化を遂げるチャンスでもあるのかもしれません。医療領域からテクノロジーやクリエイティブを取り入れる吉岡さんの活躍がこの先も楽しみです。お話しいただきありがとうございました。
※2020年5月21日 一部表現について修正し、3Dプリンターで作成した看護教材 「吸引練習用頭部モデル」の画像を差し替えいたしました。
そのままの意味になるのですが、医療領域でのデザインエンジニアの役割を持っています。現在は主に、3Dプリンターを使ったデジタルファブリケーションやデジタルアートなどのテクノロジーを看護ケアに活用することができないかという実践や検討を行っています。私が立ち上げたNODE MEDICALという会社では、日本の病院へそれらのテクノロジーの導入を目指しています。
私自身、学生のころから医療の世界で働きたいと考え、大学卒業後は救急救命センターで看護師として働いていました。そのときに、業務で用いていた電子カルテを始めとした医療現場でのテクノロジー。これにすごく興味を惹かれたんです。患者の情報を保存することや診療で用いるような情報を取り扱うこと以外にも、もっと利用できることがあるのではないかと思い始め、テクノロジー領域に関心を抱くようになりました。
そこで、一度看護師を辞めて、大学の医療情報部に研究生として入学。電子カルテなど医療機関でのテクノロジーのあり方を学びました。その後再び、看護師として働き始めたのですが、テクノロジーの知識を持つようになってから医療の現場に戻ると、あらためて強く感じるようになったことがありました。
私はディズニーランドがすごく好きなんです。でも、病院に入院している子どもたちのなかには、ディズニーランドに行ったこともない子も多くいます。それどころか、病院の外に出ることができない子どもたちも少なくない。高度な医療ケアが必要な子ども以外にも感染しやすい子どもも人混みに行くことができません。病院のなかにいても、ディズニーランドで味わえるような体験をなんとかして届けることはできないかと思うようになったんです。
そのときに注目したのがデジタルアートでした。ジェットコースターや観覧車などのアトラクションを病院のなかにつくることは物理的にも不可能ですが、映像や音で体験をつくるデジタルアートならば可能性はありそうでした。
ただ、デジタルアートを外注するとなると、費用の面が問題になりました。病院という場所でマネタイズすることは難しいし、前例が少ない取り組みで予算も取りにくい。ではどうするか…。
答えは簡単で、だったらもう自分でデジタルアートをつくるしかないなと。プログラミングを覚えて、自分でデジタルアートをつくることを決意しました。そうしてたどり着いたのがメディカルデザインエンジニアという役割でした。
──医療領域でのデジタルアートとして、これまで吉岡さんが手がけた事例を教えてください。
四国の病院では、プラネタリウムのデジタルアートを作成しました。この病院にいたある子は、生まれたときから人工呼吸器につながれていて外に出たことがなかったんです。だからその子に夜空の星を届けることができないかということで医療スタッフと計画し、七夕の時期にプラネタリウムを作成しました。
このデジタルアートを作成する前に、考えの始点になったのは、「子どもたちの日々のケアを支援すること」です。その子の場合は、寝たきりだったため筋肉が萎縮しないよう日常的に手を伸ばして、動かす運動をしていました。だからその運動を少しでも楽しいものにできればと、プラネタリウムに表示される星に手を伸ばすと映像が動く仕組みも入れました。実際に楽しんで遊んでくれて、すごく印象に残っていますね。
ほかにもトランポリンと連動しているものや花火やクリスマスなど季節ごとのイベントに合わせたものなど、病院や患者に合わせたデジタルアートをつくっています。
──先ほどもお話に挙がりましたがマネタイズについてはどのように行っているのでしょうか?
いまのところは私個人で関係を持っている病院などを中心に活動をしています。現在、試行錯誤の段階から、継続的な活動と発展ができるようにマネタイズができる様な仕組みを構築するフェーズに移行しています。
また、マネタイズ以外にも課題があります。それはデジタルアートを実装するための環境です。デジタルアートを提供するためにセッティングを含めた各種調整が必要です。しかし、新型コロナウイルスの影響も強く、気軽に病院に伺うことが難しくなってきているため、現地での調整や運用が難しくなってきています。
これを解決するために、Web上で動作するデジタルアートの開発も現在進めています。Web上で動作が完結できるデジタルアートであれば、Web環境さえあればデジタルアートを導入できます。より簡単に、速いスピードでデジタルアートを導入することもできます。
マネタイズや環境の整備など、まだまだ課題も多い取り組みですが、確実に一歩ずつ進んでいきたいと思っています。
看護ケアの幅が広がる3Dプリンター
──前編でもお話いただきましたが、医療領域でのデジタルファブリケーションにも吉岡さんは取り組んでいらっしゃると思います。フェイスシールドなどの医療現場での自己防護具の工作以外はどのような取り組みをしているのでしょうか?新型コロナウイルスの感染が広まる以前から、医療領域でデジタルファブリケーションを活用する方法に取り組んでいました。もともと医療現場での自己防護具を工作するというよりも、「ケア用品」と呼ばれるものをつくっていく取り組みとして、大学に所属しながら研究しているんです。
ケア用品とは、看護や介護の現場で提供されるケアの質の向上のために使われる道具のことを指します。例えば、洗面所にいけない人たちのために簡易式の洗面台として使われる「ガーグルベイスン」と呼ばれるもの。これはユニバーサルデザインで、一律につくられたものだと患者の体型や病状によってはフィットせず、吐き出したものがこぼれてしまう場合もあるんです。そういう場合に、その患者に合うようにデザインしてあげたガーグルベイスンも3Dプリンターでならつくることができます。このガーグルベイスンは、慶應義塾大学の「FabNurseプロジェクト」で実施した一例になります。
ほかにも、在宅で生活をしているため、痰の吸引を必要とする患者もいます。肺がんを始めとした呼吸器の疾患で自力で吐き出すことが難しいときが該当します。その場合、同居する家族が痰の吸引などを手伝うことがあります。でも痰の吸引って、実際やると結構難しいため、練習が必要になります。その練習というのが、実際にストロー状の管を口や鼻に入れるというもので、練習する側の心理的にハードルが結構高いんですよ。この場合も、3Dプリンターを用いて、頭部の3Dモデルをつくることで、本人での練習前に実践的なイメージをつけることができ、心理的なハードルが少し下がるのではないかと思っております。
上記のようなケアを支援するための用品などを、3Dプリンターを用いて作成しています。これらは、一般的な需要は確かに多くないかもしれません。しかし、それを求めている人はいるし、それがあるだけで生活が変わる人も確実にいる。そのような事例に対し、3Dプリンターを用いて、看護ケアの幅を広げるための活動をしています。
医療・看護にこそテクノロジー・クリエイティブが必要
──少ないながらもそれがあるだけで、生きやすくなる人が必ずいるわけですよね。とても社会的意義がある役割だと思います。デジタルアートやデジタルファブリケーションなどの活動を通して、私はより強くそのことを感じています。
「病状が悪化し、できることが少しずつ減ってくる患者たちに対して、もう少しなにか支援できたら…」という話を知り合いの看護師から聞きます。そこにデジタルアートという選択肢があれば、いままで存在しなかった、新たな看護ケアが生まれる可能性がある。これはデジタルファブリケーションも同様で、テクノロジーを導入することで、いままでの医療や看護には存在しなかった、新しい選択肢を生み出すことができるんです。
いま私は看護師として病院には勤めていませんが、メディカルデザインエンジニアとしてテクノロジーの領域から看護できることがきっとあると考えています。そのことをもっと多くの人に広めて、テクノロジーを用いた新しい発想での看護ケアを医療の新しい文化として提案していく。それがいま、私が目指している未来です。
──ここまで聞く限り、クリエイティブのスキルを持つ人たちが医療や看護の領域で活躍する余地も多大にありそうだと感じました。
まさしくその通りだと思います。そもそも医療現場こそ、情報をデザインしなければいけない領域だと思うんですよ。
インフォームド・コンセントと呼ばれる、手術の説明や同意を求めるときに用いられる書類やそのほかの検査を説明する書類などありますが、いま使われているものの多くは、文章量が多く必ずしもわかりやすいものとは言えません。でも、その書類が治療にとって重要ある以上、患者やその関係者にはしっかりと意味や意図を伝える必要があります。だからこそ、理解しやすいデザインを取り入れるべきなんです。
いまはまだ具体的にイメージできるものが少ないだけで、医療とクリエイティブはとても相性のいい組み合わせなんですよ。そういう意味では新型コロナウイルスによる影響はかなり大きいですが、これからより良い医療やケアを提供するための大きな変化を取り入れられる機会にもなり得るのではないかとも思いますね。
私自身としては、看護師とエンジニアで培った経験を活かして、医療とクリエイティブの橋渡し役として、コラボレーションができる役割をこの先も探求していきたいです。
──人が生きていく上では切っても切り離せないものである医療。誰もがそこに目を向ける事態が起こる現在こそ、大きな変化を遂げるチャンスでもあるのかもしれません。医療領域からテクノロジーやクリエイティブを取り入れる吉岡さんの活躍がこの先も楽しみです。お話しいただきありがとうございました。
※2020年5月21日 一部表現について修正し、3Dプリンターで作成した看護教材 「吸引練習用頭部モデル」の画像を差し替えいたしました。