3%の壁と習慣化

──では始めに、星野さんが手がけているフィットネス事業の「バディトレ」について教えてください。
バディトレでは、「一人では変われない。ともにならば変われる」というコンセプトのもと、チーム式のフィットネス事業に取り組んでいます。

1年間で運動を習慣にできる人間がどのくらいいるか、ご存じですか? さまざまな説があるのですが、一般的に3%ほどしかいないと言われています。運動を習慣化する例として、ダイエットやラジオ体操などがありますが、そのどれにも言えるのが欲望に向き合わなければいけないということ。ほとんどの人が経験あると思いますが、自分の意志だけで欲望を制御することって、本当に難しい。食べたいものも好きに食べられないし、趣味の時間を割いて運動もしなければいけない。そうして欲望を制御できずに生まれた習慣は、「生活習慣病」と呼ばれる疾患を発症させる原因にもなります。ですが、そうとわかっていても自分一人の意志は弱く、楽な方向へ流れていってしまう。このように、人間は一人では習慣をコントロールできない生き物である、ということが言えると思います。そして、人が習慣をつくるために必要なのはなにかと考えたとき、私がたどり着いた結論が、「コミュニティ」でした。
──フィットネスとコミュニティですか。どちらかいうと、フィットネスではパーソナルトレーニングなどのように、マンツーマン形式のものが多い印象がありました。
確かに、ここ数年のフィットネス業界はマンツーマン形式が主流となっています。私が思うに、マンツーマン形式が主流になったことで、フィットネス業界はバージョン2.0へ、アップデートされました。フィットネス1.0はスポーツジムの台頭。ビルのなかや駅前など、多くの場所にスポーツジムができました。そこからさらに大きく発展したのがマンツーマン形式のパーソナルトレーニングです。指導者の適切な指導のもとで、結果にコミットしていき、短期間で目標となる体型を手に入れる。これはフィットネス業界でも大きなトレンドとなり、フィットネスのビジネス構造に大きな影響を与えました。私がいま目指しているのは、さらにその先にある、フィットネス3.0の世界です。その鍵となるのがコミュニティであると考えています。

フィットネス3.0の世界で実現させていきたいのが、短期間で理想の体型を手にするボディメイクではなく、長期間で健康的な体を維持するライフメイクという思想です。マンツーマン形式のフィットネスには数カ月という短い期間で、結果を出せることがメリットになっています。糖質制限をした食事やトレーナーからの叱咤激励などのプログラムは、体型を変化させる目的や理由をかなえるための最適な手段であるのは間違いありません。しかし一方で、その限られた数カ月の「次の日」からは、トレーナーの力を借りずに自分一人で体型を維持していくことになります。これを1年先や5年先まで続けていくことはすごく難しい。なぜなら目的と理由がなくなってしまい、モチベーションが下がってしまうからです。

私が思い描く、フィットネス3.0ではそれとはまったく別の世界観を描いていて、「どうすれば運動習慣を維持できるか」ということから事業モデルを設計していきました。そのためバディトレでは、長期間でライフメイクを目指すわけです。ライフメイクとは、健康のための習慣を人生という長い期間に根付かせていくこと。それをかなえるために、フィットネスとコミュニティを結びつけた、「ソーシャルフィットネス」という形式に行き着きました。

先述のとおり、人は一人でものごとを継続するための能力は高くありません。それならば、「チームでなら続けることができるのではないか?」。これが私の立てた仮説です。隣に人がいるから全力を出せるし、ほかの人がいるから飽きずに続けられる。「自分一人だけでなく、誰かと一緒」なら、継続の3%の壁を越えられるのではないかと考えています。そのため、バディトレでは6人から10人でのチーム形式と長期間でのトレーニングプランを提供しています。ときにリアルで、ときにオンラインでチームメイトと、一緒に頑張ることで、習慣をつくっていく。それがフィットネス3.0を目指す、バディトレ流のフィットネスなのです。

継続のための5つのポイント

──星野さんはフィットネスにおいて、「継続すること」を重要視しているとのことでしたが、継続のためには、具体的にどのような要素が必要になってくるとお考えですか?
フィットネスとはサイエンスです。根性論や精神論などからは離れて、ロジカルな構造をつくり上げなければいくら取り組んでも、効果はありません。そのため、学習心理学や教育心理学、コーチングなどの領域とかけ合わせた、継続のための5つのルールをバディトレでは定めました。

1つ目は「目標を設定する」ことです。フィットネスを通して、自分がどのような状態になりたいのか。そのために設定すべき適切な目標とは、定量的かつ自分のコンフォートゾーン(※ストレスや負荷がない範囲のこと)をちょっと越えるぐらいにすることです。「ちょっと越えるぐらい」というのが重要で、もし、立てた目標が「全国大会で優勝する」のような遠すぎるものであると、実際に全国大会で優勝、もしくはそれに近い成績を出した経験がなければ、どのくらいの追い込みが適切なのかイメージができず、目標としての機能を失ってしまいます。

コンフォートゾーンをちょっと越えるとは、例えば「いま65kgの体重がある人間が63kgに体重を落としたい」といった目標です。一般的に中性脂肪を1kg落とすためには7200キロカロリーを減らす必要があります。だから2kg 落とすのならば、その2倍の14400キロカロリーを減らさなければならない。では、その数値分のカロリーを減らすために、1日の食べ物をどのくらい減らして、どのくらいの運動をすればいいのか。フィットネスではこのような定量的な目標を立てることができます。目標をかなえるモチベーションを維持するためには、少し頑張ればできそうと思えるようなポジティブな気持ちでいられることが重要なのです。

──確かに、目標を可視化することができれば、いまの自分との距離がどのくらいあるのかわかります。行けそうな距離であるほど実現できそうですね。
2つ目のルールはいま挙げた例にもあるのですが、「現実化」です。要するに実際にどのように取り組むのか。例えば、「いつも食べていたおやつのケーキを半分にする」とかですね。そしてそれは、昨日よりも前進していると認識できるとより良いです。今日は10回筋トレができたから、明日は15回にしようとか。「自分がなにをすべきか問うことができる」、それが大切です。

3つ目のルールは、「挫折の対策をする」ことです。失敗したときにどのようにリカバリーをしてあげるか。ここで大事なのが、「性格や忍耐についてはまったく叱責しないこと」です。人間って自責の念で、諦めてしまうことが多いのです。日課にしているトレーニングをサボったり、我慢できずに食べてしまったり。それをできなかった、またはやってしまった自分に失望し、自暴自棄になってそのままフェードアウトしてしまう…なんてことが理由で継続できないことが結構多いのです。でも、ダイエットとは、要はカロリーの四則計算ですから、うまくいかないことを悲観するのではなく、次にどのような対応をするかで十分に取り返しが可能なのです。だから挫折したのなら、次はどうやってうまく継続させるか。この視点が必要なのです。ただしこれは指導していて、なかなか一人で定めるのは難しく、コーチ、指導者の存在が後押しするように思います。

そして、4つ目と5つ目のルールは、1から3のルールをしっかりと「定着」させ、「報告」すること。バディトレではこの5つのルールを、継続率を向上させるために定めています。ただ、もちろんこのルール通りにいかないことも多くあります。それを一緒に修正してやることが私たちトレーナーの仕事でもあります。

コロナとフィットネスの未来

──ここまでバディトレで星野さんが実現したい世界や実際の取り組みなどをお話いただきました。一方で、現在、新型コロナウイルス感染症による影響が多くの業界で表れていると思います。人と接することが難しい以上、フィットネス業界でも多くの弊害を生んでいると思いますが、バディトレではどのような影響が出ているのでしょうか?
おっしゃるとおり、直接人と接することができないため、私たちも5月末まで営業を自粛しています。ただし、なにもしていないわけではなく、オンライン上にて「おはようバディトレ/おやすみバディトレ」という取り組みを行っています。これは、平日の毎朝7:30~7:45と22:00~22:15の各15分間で、Zoomをつなげて同じメニューに取り組むというものです。

──なぜそのような取り組みを始めたのでしょうか?
こんな時期だからこそ、ルーティンを大事にしないといけないからです。人と会うことが難しくなり、家にいる時間を増えるため、生活が乱れているという方も多いと思います。そうならないためにも、それを直すためにも、体を動かす習慣をつくることは、いま私たちがするべきことだと考えました。
Zoom上で実施している、「おはようバディトレ/おやすみバディトレ」の様子
Zoom上で実施している、「おはようバディトレ/おやすみバディトレ」の様子
また、この情勢になり強く実感しているのが、人とのつながりの重要性です。そもそも、人間は一人では健康を維持できない生物であり、友人や会社の同僚など、周りにいる人間の数が寿命に寄与してくると医学的にも指摘されています。現に、人と直接会うことが難しくなった結果、多くの人がオンライン飲み会などで人と接する機会を設けているかと思います。これはつまり、「生きる上ではつながりが必要である」ということを、大方の人がコロナによって認識するようになったとも言えるんです。だからこそ、オンライン上での飲み会以外のつながる機会への需要はいますごく高い。

そしてつながり以外にも、そもそもフィジカルの重要性自体が大きく見直される機会にもなっていると思います。思想や精神などよりも、まずは肉体と五感が先行して存在していることを強く意識させられた。よく言われる「体が資本」という言葉の説得力が、この情勢になり明らかに増したのです。だからこれからフィットネス、もっと広く言えばヘルスケア業界はこの先、より求められていくものになるのではないかと思います。フィットネスという言葉のとおり、個人の生活に合わせて、フィジカルをベストな状態につくることをアップデートしていくことをこれから多くの人が求めていくのではないでしょうか。

──具体的に、この先フィットネスやヘルスケア業界で重要になっていくのはどのようなポイントだと思いますか?
一番のポイントは、人との信頼を資産としてどうやって貯めていくかだと、私は考えています。この先もウィズコロナと呼ばれる時代がしばらく続いていきます。そして、おそらく人と直接会うことへの制限も継続していくと思われます。霊長類研究の第一人者、京都大学総長の山極壽一先生も「人間は直接相対さない相手に対して、信頼を寄せることは難しい」という指摘をしており、学術的の観点からも、この先信頼関係を構築することが難しい時代がくると予想できます。この影響は、フィットネスやヘルスケア業界では、パーソナルトレーナーとお客さんが取るコミュニケーションに影響が表れるでしょう。

また、フィットネスのパーソナルトレーナー以外にも、いわゆる先生業という職種全般でも同様なことが言えます。「どのような先生から、教えを乞いたいのか?」を考えていくことが、この職業での信頼関係をつくる上で、重要なポイントだと思います。

──人と直接会うことに制限がある世界で、人との信頼をどのようにつくっていくか。それはフィットネスやヘルスケア以外のビジネス全般で鍵になりそうですね。
おっしゃるとおりだと思います。この先はオンライン上で、人と契りを結ぶことができるのかが、ビジネスで飯を食べていくために重要な要素になると思います。それができなければ、自分がいままでの人生で出会い、つくり上げてきた人脈からでしかビジネスができない。そんな世界も現実的に十分ありえることです。だからこそ、いままでの人脈をすべて忘れて、0から人間関係をつくり上げていく。それくらいの覚悟を持つべきだと、私は思いますね。

かくいう私自身も、具体的にどのように信頼を構築していくのかは現在模索している最中です。SNSなどを用いて頻繁に連絡を取るべきなのか、まったく新しい構造をつくり、その上でビジネスをしていくべきなのか。まだまだ仮説の検証も十分ではありません。どうなるにせよ、世界はきっと変わっていきます。その世界のなかで求められる価値がなにかを見極め、フィットネスを3.0へ、またはそれ以上へアップデートさせていきたいと思います。

──星野さんが目指すフィットネス3.0の世界。そして新型コロナウイルスにより変化する世界についての思いを星野さんにお話いただきました。フィットネスでつくり上げられた筋肉と、アカデミックなエビデンスのもとつくり上げられたロジックを武器に、星野さんがこの先どのようなビジネスをつくり上げていくのかとても楽しみです。お話いただき、ありがとうございました!

※2020年5月29日、一部の画像を差し替えました。
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