電通を辞めて、岡山県の地方公務員に。クリエイティブは地方に風穴を開けられるのか 岡山県真庭市 産業観光部 産業政策課 平澤洋輔さん
2020年4月、平澤洋輔(ひらさわようすけ)さんは、岡山県真庭市の市役所で働く地方公務員へと転職をしました。それ以前は電通のプロデューサーやスタートアップ企業のメディア担当などを勤めていたという平澤さん。なぜ、いま地方公務員へと転職を決めたのか? 広告業界を経て、地方自治体へキャリアを進めた平澤さんに、クリエイティブと地方の未来についてお聞きしました。
電通を辞めて、岡山へ
──平澤さんは電通を辞めて、岡山県へ移住。現在は岡山県真庭市の市役所に勤めているとお聞きしました。なぜ岡山へ移住することを決めたのでしょうか?岡山県に移住したきっかけは、電通時代に担当していたJAグループでの仕事が大きく関係しています。もともと電通ではプロデューサーとして働いていて、戦略構築からアウトプットまで幅広く担当していました。私のメインクライアントであるJAグループは、「国産野菜の消費拡大キャンペーン」といった行政の仕事に近いところがあって、そのなかの一つに、「日本全国の農林水産業の優良事例を広告する」という仕事がありました。
その広告制作では、砂の中ではなく海の中であさりを育てる福岡県の漁協の取り組みや、農業の6次産業化とグリーンツーリズムを女性中心に立ち上げた広島県の農家団体の取り組みなど、数多くの魅力的な地方の仕事を知りました。そして、それらの事例を知るにつれて、私自身もそのなかに参加してみたいと思うようになったんです。
それに、たくさんの人が住む東京ならば、自分と同じポジションにいる人も数多くいます。でも、地方ならば必ずしもそうではない。もし、自分のスキルを必要としている地方があるのなら、その場所の事業をもっと広げることができるのではないか。より大きな「動き」がつくれるのではないか。そう考えるようになりました。
そんな気持ちでいたときに巡り会ったのが岡山県の西粟倉村という場所でした。この村は人口が1500人ほどで、村の面積の95%近くが森林。林業が基盤産業で木材の6次産業化に取り組んでいたのですが、取り組みを面で推進するためにうなぎの養殖事業をはじめていたのです。それを知ったとき、直感的に「ここだ!」と思いました。そして、電通を辞めて、このうなぎの養殖事業を手がけている、西粟倉村にあるローカルベンチャーのエーゼロに転職しました。
──市役所に勤める以前に、岡山県内の企業に転職されていたわけですね。
そうなんです。エーゼロはうなぎの養殖事業のほかに、都市部から移住して起業する人をサポートするローカルベンチャースクール、都市部とのつながりをつくるメディアの運営などの事業も手がけており、私はメディア担当として入社をしました。
エーゼロには私以外にも岡山県外から転職してくる人が多くいました。その後メディア運営から事業開発チームに移り3人1チームで業務に取り組んでいたのですが、チームのメンバーは元弁護士と元経営コンサルタント。広告業界出身の自分も含めて、すごく異色のメンバーでチームを組んでいました。初めは話が噛み合うか心配でしたけど、それぞれが持つ独自の知見からは、思いも寄らない意見も多く聞くことができて、とても刺激で多くのことを学べましたね。
また、東京の広告業界にいたせいか、なにかモノを生み出すときは、「必ず0から1をつくらないといけない」という思い込みにとらわれていました。けれども岡山に来てから、すでに存在するモノにも新しさにたどり着けるヒントがあることに気づかされました。例えば、「普通は量が10だったものを、100にしてあげるとどうなるか?」みたいな。バロメーターの一部を変えてみることで、どんなものにも新しさを見出せる可能性があることは、東京を離れたから気づくことができたと思いますね。生活のスピード感というか、テンポのようなものが圧倒的に遅くなり、マスとかバズを考えなくなりましたから。
地方の進化。鍵はクリエイティブ力
──環境が変わり、マインドのなかにも変化が表れてきたのですね。そんなスタートアップ企業からも再び転職し、現在は市役所に勤められているようですが、地方公務員になろうと思ったのにはどのような経緯があったのでしょうか?エーゼロを退職し、事業開発チームの3人でスタートアップを立ち上げたのですが、そこで岡山県の真庭市と仕事を進めたことがきっかけです。真庭市の担当者から「公務員採用試験が9月にあるよ」と教えてもらったのが2019年6月。教えてくれた方は冗談のつもりだったと思うんですけど、それを聞いて実際に9月に試験を受けて、10月の面接を経て、この春より地方公務員になりました。 ──試験の存在をたまたま知って、その3カ月後に実際に試験を受けたのですか!? すごいスピード感ですね…。
実は以前から地方自治体には興味を持っていたんです。スタートアップ時代にもいくつかの行政との仕事があったのですが、そのときに「スピード感の違い」を強く感じていました。もちろん、街全体に大きな影響を与えるため仕方がない部分もあります。しかし、自治体が目指す未来を実現させるために必要なことであったとしても、「全方向に配慮しなければならない」という状況が生まれてしまうのも事実なんですよね。変化の時代に柔軟に対応できない、というもどかしさを感じていました。
そして、東京の広告業界から移住してスタートアップに転職したキャリアを持つ自分が、地方自治体でどのような立ち回りができるのか。地方自治体の抱える問題に当事者として関わったときに、突破口となる新しい「動き」ができるのではないかと自分を試してみたいとも思ったのです。
エーゼロに転職を決めたときも、スタートアップとして独立した時も同じなのですが、昔から私は自分一人では見つけられなかった道を新しく見つけてしまうと、その道がどうしても気になってしまう性分です。「この道の先には、なにが続いているのだろう?」と気になってしまう。出口やゴールが見えない道を進み続けたいという気持ちが強くあって、地方で働くなかで、また新しい道を見つけてしまった。それが今回は地方自治体だったんです。 ──そして実際に2020年4月から真庭市役所へ転職されたわけですが、実際に働かれてみて、いかがですか?
いま所属しているのは、真庭市産業観光部産業政策課という部署です。主に産業振興をミッションとしている部署で、私自身には「産業人材を獲得する」というミッションが課せられています。
4月から働き始めたばかりなので、いまはとにかく業務を覚える段階です。そのため、まだ言えることは少ないのですけど、一つ言えるのはいままで生きたなかで一番多く判子を押しているということですかね(笑)。
加えて、入庁してからすごく実感しているのが、自治体が発信するメッセージの解像度の低さです。民間企業が消費者に伝えているビジョンやメッセージに比べると、どこか抽象的で、ぼやけているなと。職業柄、無意識に比べてしまうのですが、このような部分は、まさに自分が培ってきた広告業界の知見が活かせるのではないかと思っています。
それに、いまの自治体からメッセージが届く層というのは、一定の層に限られているのではないかとも感じています。メディアが多様化する中でコミュニケーションの手法も変わってきている。その層をこれからは広げていかなければいけません。時代に合わせて変化をする、という選択肢をつくっていきたいと考えています。
これからの地方の未来を考えた時に、「いい終わり方」という選択も賢明な判断だと思います。でも、多くの自治体では「このままではいけない、なんとかしたい」と考えている。ただ、そこには無意識の「思い込み」という問題があると思っています。
その問題の根幹にあるのは、「当たり前」だと私は考えています。もちろん、文化や伝統といった大切にしてきた価値観は尊重しますが、地方というクローズドサークルのなかで、時代に向き合ってこなかった「当たり前」がまだまだ残っている。その結果として、若者は時代に合った生き方ができる街へと出ていってしまい、長い歴史を持つ地方が明日も「当たり前」に存続することが危惧されていると思うんです。
つまり、本来変えられるはずの「当たり前」にある慣習を変えないために、地方が明日も存在するという、変えてはいけない「当たり前」自体が危ぶまれている、というロジックが成立しているのです。
──電通やスタートアップ企業に在籍していた故に、いまの自治体が醸す雰囲気をそのように感じてしまうわけですね。確かに、広告業界にいる人たちが持つ、プロデュース力や推進力、クリエイティブ力を活かすことで、自治体のなかで変えられる部分はとても多くあると思います。
まさしくそのとおりだと思います。いまの地方の現状を変えるためには、一点突破で風穴を開けるための突き出た部分が必要だと思っています。それって広告業界やクリエイティブの能力を持つ人たちが得意としていることだと思うんです。fact(事実)やhistory(歴史)はゼロにはできないけど、思考はゼロにすることができる。クリエイティブのいいところはゼロベースで物事を考えられる部分だと思ってます。だからこそ、クリエイティブな業界から自治体や行政の世界へ飛び込んできてくれる人がこの先は増えていってほしいですね。
確かに、地方自治体は腰が重い部分がありますが、「動き」をつくれたときに生じる影響は民間企業と比べて遜色ありません。クリエイティブの力こそ、いまあるネガティブな空気を振り払い、ポジティブなバイブスを生み出すきっかけになると、私は信じています。
また地方に限らないですが、変化を嫌がる人は多くいます。でも「変化」というのは、自分のやり方次第では「進化」に変えられる。多くの生物が進化を遂げて種を存続させてきたように、地方も存続するために進化するべき時がきたのです。次の未来を切り開くためにも、ゴールのないこの道を進み続けたいと思います。 ──「変化」ではなく「進化」に。似たような言葉ですが、ただ変わるだけか、そこから進むのか。大きな違いがありますね。地方自治体というフィールドで、平澤さんがクリエイティブの能力をどのように活かしていくのかとても楽しみです。お話いただき、ありがとうございました!