キャッシュレスカフェを運営するカンカクのカフェエンジニアが持つキャリア観 カンカク カフェエンジニア 衣川憲治さん
日本でも浸透しつつあるキャッシュレス決済。東京・北参道に2019年8月にオープンした『KITASANDO COFFEE』は、完全キャッシュレスのコーヒースタンド。アプリで事前に注文・決済することで、待ち時間なくスムーズに商品を受け取ることができます。
KITASANDO COFFEEを運営しているカンカクで「カフェエンジニア」として働いている衣川憲治(きぬかわけんじ)さん。今回は衣川さんがカンカクのカフェエンジニアとしてどのように働いているのか、またメーカーからインターネット企業に転職し、さらに飲食業界へ行き着いた現在までのキャリアについてお聞きしました。「エンジニアリングはエンジニアだけがすることでは決してない」。そう話す、衣川さんのキャリア観に迫ります。
KITASANDO COFFEEを運営しているカンカクで「カフェエンジニア」として働いている衣川憲治(きぬかわけんじ)さん。今回は衣川さんがカンカクのカフェエンジニアとしてどのように働いているのか、またメーカーからインターネット企業に転職し、さらに飲食業界へ行き着いた現在までのキャリアについてお聞きしました。「エンジニアリングはエンジニアだけがすることでは決してない」。そう話す、衣川さんのキャリア観に迫ります。
「やりたいこと」から「求められている場所」へ
──カンカクにて「カフェエンジニア」として働いている衣川さんは、具体的にどのようなお仕事を担当しているのでしょうか?カフェエンジニアという肩書を名乗ってはいますが、その役割は、事業と組織全体の課題解決をしていく「なんでも屋さん」に近いですね。アプリのバックエンド開発やAWS(Amazon Web Services)を用いてのインフラ構築、データ分析もやっていますし、実際の店舗に赴いてネットワーク構築や店頭注文表示用ディスプレイ設置など物理的な店舗インフラ構築も行っています。
カンカクでは、「テクノロジーとクリエイティブの力で、新しい都市の風景を創り出す。」というビジョンを掲げ、IT×飲食で、それを目指しています。そのため、ITと飲食それぞれのプロフェッショナルが集まっていますが、お互いに持っているカルチャーが異なるため、意見がまとまりにくい場面もあるんです。その間に立ち、橋渡しをするような役割も担っています。
また、カンカクに入社すると、通常店頭に立たないエンジニアなどの職種のメンバーもコーヒーの淹れ方を店舗研修で習います。もちろん私も習いましたし、仕事の合間にカフェラテを淹れる練習もしています。もともとコーヒー好きなメンバーが多く、休憩時間にエンジニア同士でラテアートを練習したり、肩書きとして「エンジニア兼バリスタ」と名乗るメンバーもいたりと、コーヒーとの距離がとても近い環境なのです。 私自身もそうなのですが、ソフトウェアエンジニアは、コーヒーを愛飲している方々が多い傾向にありますよね。それはソフトウェアエンジニアという仕事では連続して思考を続ける場面が頭を使う仕事であるから。私は、ソフトウェアエンジニアの仕事は将棋の棋士と似ているところがあると思っています。棋士が数十手先の世界を読みながら次の手を考えるように、ソフトウェアエンジニアもさまざまな可能性を考えながら設計、実装をしていく。それは、非常に集中力を必要とする作業です。そういった集中モードに入るために、また集中力を持続させるためにコーヒーを飲む人が多いと感じています。 ──衣川さんはカンカクに勤める以前は、メルカリやヤフー、ミクシィなどのインターネット企業でソフトウェアエンジニアとして働いていたとお聞きしました。なぜ、カンカクへ転職を決めたのでしょうか?
直接のきっかけとなったのは、代表の松本が起業するという話をたまたま聞いたことでした。松本は私がヤフーに勤めていたころの直属の上司でした。実はその後、私が起業したときにも投資家とアドバイザーとして経営をサポートいただいて、以前からとてもお世話になっていたのです。その松本が新たに事業を立ち上げるという話を聞いて、私もなにか手伝いたいなと思い、少しずつ関わっていくうちに2人目の社員として入社していました。そして、このことは、自分自身のキャリアへの考え方をあらためる機会にもなりました。
──キャリアについてどういった考えの変化があったのでしょうか?
いままでは「自分がやりたいこと」に重点を置いて仕事や会社を選んできました。
子どものころからモノづくりの仕事に憧れていたため、最初のキャリアは、高校卒業後に地元長野県のカメラメーカーで製造スタッフとして勤めたことでした。工場ラインのスタッフをしていたのですが、本当はエンジニアとして製品を設計・開発する仕事に取り組んでみたかった。そのことを当時の上司に相談したところ、実際にカメラを設計する仕事は大卒の社員しか担当することができないと言われてしまって。それなら、大学に進学しようと、会社を辞め上京し、22歳で大学へ入学しました。そして、無事に大学を卒業したあと、玩具メーカーであるバンダイへ就職しました。そこでは玩具ロボットの設計をするエンジニアになることができ、プロダクトの設計を担当するという、自分のやりたかったことを一つかなえることができました。
バンダイで働いていたあるとき、IPA(情報処理推進機構)が主催する、「未踏IT人材発掘・育成事業」というものに応募し採択されました。これは国が若手のソフトウェアエンジニアを発掘・育成するために行っていたプロジェクトで、若手エンジニアにとって大きなチャンスの場でした。当時、私が研究していたのが、いまでいうIoTの基礎研究のようなものでした。それまでメーカーにいたこともあり、ハードウェアや組み込みソフトウェアの開発をする機会が多かったのですが、このときにWebのプログラミングに取り組み、インターネットの面白さを実感していきました。
また当時は、iPhoneが日本でも発売されたばかりの時期でした。そのため、「この先、スマートフォン向けのインターネットサービスが伸びていくのではないか?」という兆しを予見することができ、Web業界へ進んでいくことを決意したのです。そこで私はバンダイからミクシィへ転職。その後もヤフーやメルカリなど、さまざまな企業でエンジニアとしての業務を中心に、プロジェクトマネージャーやサービスマネージャーなど興味を持ったものにも積極的に携わっていきました。
このようにカンカクにたどり着くまでは、「自分がやりたいこと」に重点を置いて仕事や会社を選んできました。しかし、松本とカンカクの事業の話をしているときに、「自分が求められる場所」があると気がついたのです。飲食とテクノロジーをつないでいく役割が求められているのなら、その期待に応えたい。だから私はカンカクへ入社することを決めたのです。
──実際にカンカクで働かれてみていかがですか?
先ほども少し触れましたが、カンカクでは飲食業界の出身者やIT業界の出身者、学生の店舗スタッフなど、経験や知識、使っているツールなどさまざまな常識・価値観が異なるメンバーが一緒に働いています。そのなかで、お互いへの理解を深めて落とし所を見つけるのが難しくもありとても面白いと感じています。初めは言葉が伝わらなかったり感覚が違ったり、うまく噛み合わないこともありました。けれども、「飲食だから」「ITだから」というどちらかの常識を押し付けるのではなく、なにか新しい答えや価値観を生み出すことで、みんなでカンカクという一つの形態を築き上げていけたらと思っています。
エンジニアリングという考え方
──現在、新型コロナウイルスの影響で飲食業界ではデリバリーやテイクアウトの需要が大きく伸びていると思います。衣川さんはこの情勢に対してどのような意見をお持ちですか?美味しいものを食べるには、いままでは「食べに行く」という選択肢がスタンダードだったと思います。でもそれが崩れ、デリバリーとテイクアウトが伸びて、場所や時間の制約が緩まりいつでもどこでも美味しいものを食べやすくなったことは、お客さま側からすると喜ばしいことで、新たな豊かさという価値になっているのではないかなと思います。日常が戻ってきたとしても、今後も世の中はそうなっていくべきだと思いますし、私たちもテクノロジーを駆使して、来店くださるお客さま以外にも美味しいコーヒーを楽しめる体験をお届けしていきたいと思います。 今回、コロナによりあらゆる環境が大きく変化したと思いますが、この先もまたコロナ以外の要因により、世の中の環境は常に変化し続けていきます。その都度生じていく変化に対し、どれだけ柔軟に対応し、追従していけるのかは、テクノロジー、そしてエンジニアリングの見せ場になると思いますね。
エンジニアリングという言葉は本来、「工学」という意味があり、科学を実用化してくことを指します。しかし、エンジニアリングは、工学やテクノロジー以外の領域にも通ずると、私は考えています。なぜならエンジニアリングの持つ本質は、「不確実性の高い状態をいかに低い状態へ導き、思い描く未来を実現するための科学」だから。そのため、いまは存在しないものをつくり上げて、未来をより良く変えていく行為のすべてはエンジニアリングと言えると、私は思います。
コロナ禍のいま、外出自粛やリモートワーク推進に伴いDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉をよく聞くようになりました。直接人と会うことが難しくなったことで、多くの企業ではDXに関連する部署が立ち上がり、一斉にDXを推進し始めました。ここで気をつけたほうが良いと思うのは、「いま本当に必要なことと認識しているのか?」ということです。「ほかの会社もやっているからうちもやる」のではなく、自分たちの立場で「かなえたい未来を実現するために本当に必要なこと」を実行しているのかが大切だと思っています。
この考えは私自身、カンカクの事業をつくっていくなかでも大切にしている考えです。飲食×ITという掛け合わせの事業だからとはいえ、必ずしも飲食とITのどちらかの掟に従う必要はないと思っています。なぜなら、飲食とITのそれぞれの要素を持っていても、それらを掛け合わせて生まれたものは、それぞれの固定観念を壊す新しい可能性が存在するかもしれないからです。そのため、どちらかの業界に寄せていなくても、カンカクにとっての一番適切な形があれば、それを追求していけばいい。そうすることで、私たちの事業はより大きく成長できると思っています。どんな時代になろうとも、この先も常に前を見据えて、カンカクとして実現できる一番良い未来を目指して、飲食×ITの領域を築き上げていきたいです。
──周りではなく、前を見る。衣川さんが「エンジニアリング」していくカンカクが、果たしてどのような飲食×ITの未来を実現していくのか。とても楽しみですね。お話いただき、ありがとうございました!