──まずオトングラスを起業するに至った経緯についてお話いただけますか?
OTON GLASSという製品を開発しようと思ったのは、父の失読症がきっかけでした。脳梗塞で倒れ、言語野に残った障がいのため読む能力が低下してしまったんです。その父の力になりたいという思いから、首都大学東京在学中にOTON GLASSの構想を立ち上げました。それを卒業制作にして、情報科学芸術大学院大学[IAMAS](以下、IAMAS)に進学したんです。会社として立ち上げたのはIAMASの1年目で、それが株式会社オトングラスの始まりです。

──IAMAS在学中はどのようなことをしていたのでしょう。
1年目に起業したので、OTON GLASSの開発をしながら、並行してインタラクションデザインやサービスデザインを専門とする先生たちと一緒にプロジェクトに取り組んでいました。トヨタの研究所やフランスの通信会社と共同研究をして、そこでデザインメソッドやプロジェクトの進め方を学びました。ここでの学びが下地になって今のオトングラスに活きています。

──IAMAS卒業後のオトングラスについてお聞かせください。
OTON GLASSが当たり前な社会を実現するには、事業的にも、研究開発的にも乗り越えなければならないハードルがたくさんあります。そんな中で、完成したプロトタイプを中心に、視覚障がい者当事者や眼科医の先生、自治体など、さまざまな人がOTON GLASSによって実現したい未来像に共感してくれました。このように多くの人を巻き込むことができたのは、2017年に21世紀美術館で実施した企画展がきっかけでした。美術館に訪れた視覚障がい者の方や眼科の先生が「こういうものを求めていたんだ!」と反応を示してくれたんです。それを機に、OTON GLASSを応援してくださるコミュニティができ、誰がそれを求めているのか、どこに届けていくべきかが明確になりました。それまでは、求めているのは視覚障がいを持つ人なのか、高齢者なのか、翻訳を必要とする移民者なのか、誰が今もっともOTON GLASSを求めているのかが自分の中ではっきりしていませんでした。21世紀美術館での展示によってできたコミュニティのおかげで、どこに向かっていくべきかを教えてもらえたように思います。そしてこれからは、より大きなビジョンをつくり、もっと多くの人を巻き込めるようにしていきたいです。

誰もが視覚障がい者になりうる

──今掲げているビジョン、そして新たに策定中のビジョンについて、もう少し詳しくお話いただけますでしょうか?
直近の第一フェーズが「点字の次のインフラに」というものです。OTON GLASSを目が見えづらい人が文字情報にアクセスする時の絶対的なインフラにしたいです。次の第二フェーズが、OTON GLASSが高齢の視覚障がい者の方でも容易に使うことが可能なインターフェースになった上で、既存のデジタルテクノロジーのエコシステムにアクセス可能な環境を構築し、能力拡張をサポートしていきたいと考えています。視覚障がいの原因の多くが高齢に伴う病気の発症であり、日本では高齢化が進む中で、より視覚障がいになる方が増えていくと予想されています。高齢の視覚障がい者の人でも容易に使えるインターフェース、またそれを通じてさまざまなテクノロジーにアクセス可能な状態を構築することで、その方たちの能力を拡張し、QOL(Quality of life:生活の質)の向上や社会参画の活性化を実現できると考えています。OTON GLASSによって、そういった方々が制度的に支えられる状態から、より積極的に社会を変えることができようになることで、自分自身が理想と思える社会の実現のために活動することが可能になると思うんです。

──確かに超高齢化が進む中で、早急に対応しなければいけない問題です。
デザインは全人類の10%の人を対象としてしまっている中で“その他の90%”を対象としたデザイン事例を紹介した展示会「Design for the Other 90%」が2007年にニューヨークで開催されました。私はその考え方に強い影響を受けていて、私自身は10%の人へ新たなテクノロジーを提供することにはあまり興味がありません。社会的に今まで設計の中心にあった対象ではなく、設計の対象外にされていた残りの90%の人にテクノロジーを届けることに強い興味があります。

──確かにテクノロジーを使い余している感覚はありますね。新たに出てくるテクノロジーはその恩恵を受けられていない人のために開発されるべきなのではないかということですね。
自分とはまったく異なる認知や身体を持った人を対象にプロダクトをつくるのは想像以上に難しく、単に技術開発を行うだけではなく、対象者を十分に理解した上での課題設定が必要になります。そのための組織設計や方法論など、いままでのものづくりとは異なる新たなフレームワークが求められます。また事業としても社会制度が絡んだり、その領域独特の文化やルールなどがあったりと、事業を進める上で立ちはだかる壁がいくつかあります。チャレンジングではありますが、今後高齢化が進む日本において取り組むべき重要な事柄であり、誰にとっても関係のあることだと思っています。この課題感を共有し、より多くの人を仲間として巻き込みながら、一歩ずつ前に進んでいければと思っています。

──ビジョンをどう描くかによって広がり方が様変わりするように感じました。本日はありがとうございました!

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