嗜好をAIで分析

──下村さんはWebデザイナーとして、フリーランスや会社経営の経験もお持ちですが、なぜコーヒー事業をスタートさせることになったのですか?
Webデザイナーとしての仕事は高校生の頃から始めていて、大学在学中に法人化しました。そこではECサイトのブランディングやシステム開発などを手掛けていたのですが、同時にスマホアプリのスタートアップ企業に誘われ、CTOとして参画していました。

そんなある日、ネットで偶然見つけたエスプレッソマシンに一目惚れし、勢いで購入してしまいました。私一人で楽しむにはもったいないマシンだったので、みんなにもコーヒーを提供できるようにしたいと考え、コワーキングスタンド「MAKERS COFFEE」開業することにしたんです。当初はコーヒーの知識がほとんどなかったので、YouTubeを見て学び、コーヒー業界のいろんな人に教わりながら、腕を磨いていきました。

コーヒーについて深く知ることは楽しかったのですが、同時に日本のコーヒー業界に対して課題意識を持ち始めるようになっていきました。
──どのような課題意識でしょうか? 
コーヒーのなかでも、品質管理が徹底され、美味しいコーヒーのことを「スペシャルティコーヒー」と呼びます。しかし、日本ではコーヒー消費量全体のうち、スペシャルティコーヒーが飲まれている割合はわずか8%なんです。対して、アメリカでは実に60%もの人がスペシャルティコーヒーを楽しんでいます。「日本人は本当に美味しいコーヒーを知らない」という事実に驚きました

この原因をリサーチしてみると、寡占状態の日本のコーヒー市場では大手メーカーがスペシャルティコーヒーを広めるインセンティブが働いていないことがわかりました。その状況を憂いて、美味しいコーヒーを日常的に楽しめる場所を提供したいという想いが膨らんでいきました。

また、コーヒーは嗜好性の強い飲み物なので、科学的に分析することが難しいんです。例えば、一杯2000円のスペシャルティコーヒーがあったとして、飲んだ人全員が「美味しい」と答えるとは限りません。むしろ、コンビニの100円コーヒーを好む人がいる可能性だってあります。これらの課題を、私が培ってきたテクノロジー領域のスキルを掛け合わせることで解決し、コーヒーの魅力に気づいてもらいたいと考え、POST COFFEEを設立しました。

──コーヒーの魅力を伝える仕組みとしては、どのような機能があるのでしょうか?
特徴的なのが、スペシャルティコーヒーを気軽に楽しんでもらえるように実装した「コーヒー診断」です。スペシャルティコーヒーは、豆の生産地や焙煎法、抽出法によって何万種類にも細分化されます。そこから好みのコーヒーを探し出すのはとても難しいですよね。だからといって、バリスタが事細かに説明しようとすれば、かえって拒否反応を示されてしまいます。

そこで導入されたのがこのシステムです。Web上で10個の質問に答えることで、AIが傾向を分析し、その人の好みにマッチした3種類のコーヒーをレコメンドします。選ばれたコーヒー豆は最短で翌日に自宅へ届けられるので、美味しいコーヒーをすぐに楽しんでいただくことができるんです。
コーヒー診断。ライフスタイルや嗜好に関する10個の簡単な質問に答えることで、約15万通りの組み合わせからその人に合った好みのコーヒーを3種類、また淹れ方や頻度、量、オプションなどをカスタマイズして提案する。
コーヒー診断。ライフスタイルや嗜好に関する10個の簡単な質問に答えることで、約15万通りの組み合わせからその人に合った好みのコーヒーを3種類、また淹れ方や頻度、量、オプションなどをカスタマイズして提案する。
──AIがコーヒーを選んでいるのですね! 最適なレコメンドのために、どのような情報を分析しているのでしょうか?
例えば、診断のなかで「野球が好き」「旅行に行くならアメリカ」「会社員」「30代男性」といった情報が登録されていきます。それらの情報と過去の蓄積データを照らし合わせ、類似しているユーザーの好みの傾向をもとに、レコメンドするコーヒーが選ばれます。さらに、ユーザーがどんなコーヒーを美味しいと感じたか、というフィードバックも蓄積していくことで、「たまには深煎を飲みたい」とか「たまには違った味を楽しみたい」といった偶然性も考慮した、最適なレコメンドをすることができるようになります。

──単純なコーヒーの味の好みではなく、コーヒー以外の嗜好性からレコメンドするのですね。
美味しいコーヒーを楽しんでもらうためには、コーヒーの味ではなく、ユーザーの嗜好性を科学することが重要です。AIが蓄積しているデータも、すべて嗜好性に関するものになっています。また、POST COFFEEの社員は全員がバリスタ経験者なので、現場で培ってきた知見も、サービスを充実させるエッセンスとして取り入れています。例えばカウンターで相手の服装などから好みを推測して、提供するコーヒーを変えたりすることもあるんです。

コーヒーを淹れる時間で自分を見つめ直す

──下村さんは「POST COFFEE」の立ち上げ前にコワーキングスタンド「MAKERS COFFEE」を運営していたとのことですが、どういった経緯だったのでしょうか? 
フリーランスとして働いていたころは、私もスペシャルティコーヒーではなく、缶コーヒーを飲んでいました。当時は味にこだわりもなく、ただカフェインを注入するための飲みものという感覚だったと思います。

しかし、自分でコーヒーを淹れるようになってから、コーヒーはライフスタイルを構成するひとつの要素になり得ることに気づきました。それからはコーヒーがどんどん好きになって、みんなにもこの良さを広めていきたいと思い、「MAKERS COFFEE」を開業しました。コワーキングスペースであれば仕事をしながら美味しいコーヒーを飲めるので、ライフスタイルに浸透させるのに適しているのではと考えたんです。

ですが、これだとカフェでコーヒーを飲むこととあまり変わらないことに気づきました。本当に実現させたいのは、ユーザーの生活に深く入り込むコーヒー体験。そのためにはカフェやコワーキングスペースではなく、自宅で美味しいコーヒーを楽しめる仕組みが必要だったんです。
──それでコワーキングスペースからWebサービスに切り替えたのですね。
たとえ仕事でドタバタしてしまう忙しい日々だとしても、コーヒーを淹れる時間を習慣化することで、「俯瞰の時間」を持つことができます。仕事や自分の状況を客観的に見つめなおし、思考を整理する時間になるんです。こうした時間も含めて「コーヒー体験」だと考えています。POST COFFEEがフォーカスしているのは、「特別」ではなく「日常」なんです。仕事に追われる日々のなかでも、上質なコーヒーで上質な時間を提供したいですね。

──最後に、POST COFFEEの今後の展望を教えてください。
私たちの根底にあるのは、「美味しいコーヒーを、ちゃんと広げていきたい」という思いです。POST COFFEEはスタートアップの会社であるからこそ、他のコーヒー店では絶対にできないことに挑戦し続けたいと考えています。現在の「コーヒー豆を自宅に届ける」というサービスも、テクノロジー領域の知見を持ち、「自宅で飲むコーヒー」にフォーカスしている私たちだからこそ生まれたビジネスモデルになっています。

最近では、オリジナルのコーヒーギアの開発も進めています。こうした取り組みを通してコーヒーのディープなカルチャーを浸透させ、みんなのQOLを上げていきたいです。

──コーヒーは趣味として楽しむだけでなく、仕事や日々の暮らしを向上させる、重要な役割を秘めていることがわかりました。「俯瞰の時間」が浸透することによって、コーヒーが人々の生活に変革を起こすことになるかもしれません。POST COFFEEの今後の取り組みにも注目していきたいと思います。本日はありがとうございました!
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