自分だけの旗を掲げる

──博報堂では、どのような業務を担当されていたのでしょうか?
入社当初は、クリエイティブ領域を担うカスタマーマーケティング職としてスタートしました。なかでも私はイベントなど、コミュニケーションを生む場所をつくる仕事がしたいと考え、プロモーションプランナーとして働ける部署を希望したんです。配属された当初は、飲食系クライアントの店頭ツール制作やステッカーの企画などの販促物を中心に担当し、その後、CMやWeb、イベント、統合コミュニケーションなどさまざまな業務を経験させてもらいました。

しかし、入社4年目を迎えたころ、今後のキャリアに危機感を抱くようになっていました。この先もクリエイティブ領域で生き残っていくためには、他人には真似できない、自分だけの強みを持たなくてはいけないと考えるようになったんです。そこで音楽や漫画など、自分が大好きなコンテンツに注力することを決意しました。それからは普段の業務と並行していくつもの自主企画を考え、クライアントに提案するなど、試行錯誤を繰り返していました。

──「好き」を武器にしようと考えたのですね。そのなかで印象に残っている案件はなんでしょうか?
ひとつは、漫画作品『キングダム』が山手線をジャックした「山手線キングダム展」です。これは作品連載10周年を記念して企画したもので、未公開イラストなどを展示した特別な車両が山手線を回り、多くの人に作品の魅力を届けました。もうひとつが、シンガーソングライターの秦基博さんと、あだち充先生の漫画『タッチ』『MIX』がコラボしたスペシャルMV制作も印象的でした。
©️原泰久/集英社
©️原泰久/集英社
この2つの案件に共通していたのが、多くの人の心を揺さぶることができたということ。展示を見て感激してくれたファンから大きな反響がありましたし、原作者である先生方の作品づくりにおけるモチベーションにつながる成果が出せたので、とても嬉しかったですね。そのときに、私の強みとなる「旗」が立ったという手応えがありました。

プランナー×漫画編集で見えた可能性

──外川さんは、2018年から「ゲッサン」にて漫画編集者としての活動も開始されていますよね。これはどのような経緯で実現したものなのでしょうか?
当時から、広告の枠を超えて新たな事業領域に挑むことが、業界全体の課題となっていました。そんなとき、一緒に仕事をしていた小学館の方から、「漫画編集の仕事をしてみないか」と声を掛けていただいたんです。自分が漫画づくりに携われるなんて夢のようで、すぐに上司に相談しました。かなりイレギュラーな話だったと思うのですが、会社も私のチャレンジを応援してくれて、最終的には「出向」という形で、小学館の漫画編集者として1年間働かせてもらえることになったんです。

──会社に背中を押され実現した仕事だと思いますが、その1年後に、博報堂から独立されていますよね。どのような思いがあったのでしょうか?
広告会社の仕事って、クライアントの商品があることが前提で、それを世の中に発信するというのが基本構造です。しかし、私は「商品そのものをつくる」ということに大きなやりがいを感じるようになっていたんです。

「ゲッサン」で漫画編集の仕事を経験するなかで、私はひとつの可能性を感じていました。それは「プランナー視点を兼ね備えたものづくりができれば、すごいものを生み出せるんじゃないか」ということ。この思いをどうしても諦めきれず、出向期間が終わってからも、漫画編集の仕事を続けたくなったんです。それで一度身軽になってみようと考え、独立することを決意しました。

──現在コンテンツスタジオCHOCOLATEにもプランナーとして携わっていると思いますが、出会いについて教えてください。
博報堂にいた頃からCHOCOLATEとの接点はありましたが、当時の私は「ゲッサン」でのコンテンツづくりに集中したいという思いがありました。なので、独立して半年くらいは、漫画編集を続けながらフリーのプランナーとしても活動を続けていたのですが、次第に独立のデメリットを感じはじめました。

博報堂では、仕事を通じてたくさんの業界を見ることができていました。しかし、独立して「漫画」に領域を絞ったことで、コンテンツづくりに集中できる反面、自分の視野が狭まってしまうのではという不安もあったんです。

そんななかで、さまざまなジャンルを手掛ける人材が集結しているCHOCOLATEがとても魅力的に見えました。ここでなら「ゲッサン」での仕事と両立しながら、新たな領域にも取り組めると考え、参画させてもらうことになったんです。

新しい王道をつくりたい

──最近だとTwitter漫画『100日後に死ぬワニ』がちょっとした社会現象になりましたよね。これはどのような経緯で担当されたのですか?
はじめは私も読者のひとりだったのですが、あるとき作者のきくちゆうき先生とお会いして、「30日目」前後から編集を担当させていただくことになりました。それからはきくち先生と二人三脚で、作品と向き合ってきました。

特に重視していたのは、ストーリー構成です。100日って意外と長いし、その様子を1日ごとにTwitterで毎日公開し続けるためには、読者を飽きさせない細かな工夫が必要でした。また、『100日後に死ぬワニ』のテーマは特定のファンに限らず、幅広い世代を感動させる可能性を秘めていると確信していました。そのためにはどのような構成で、主人公のワニはどのようなキャラクターであるかなどを常に考え、きくち先生と話し合いながらつくりあげていったんです。
──まさに二人三脚でつくり上げた作品なんですね。
試行錯誤の甲斐あって作品は大きな反響を呼び、最終回である100日目のツイートは、1.4億ビュー(完結当時)というとんでもない閲覧数を記録しました。捉え方は人によって異なりますが、いろいろな騒動はあったものの、Twitter漫画として『100日後に死ぬワニ』はひとつの形をつくれたという感覚がありましたね。

──最後に、外川さんの今後の目標を教えてください。
漫画っぽい言葉になるんですが、私は「新しい王道」をつくりたいと思っています。

いまの社会にはコンテンツが溢れかえっていて、ひとつのコンテンツが見られる賞味期限も短くなっています。そのなかで作品が愛され続けるためには、『100日後に死ぬワニ』のように、今までにない新たなスタンダードをつくることが求められます。そして、それは編集者として純粋なキャリアを歩んでいない私だからこそ、実現できることではないかと感じているんです。漫画でも広告でも、特定の領域にとらわれることなく、新たな「王道」をつくりながら、コンテンツのあり方を追求していきたいですね。

──独自のキャリアだからこそ、従来の枠組みを超えた視点を用いることで、コンテンツの新たな可能性が見えてくるのですね。外川さんがつくりだす「王道」が、どのように人々の心を揺さぶるのか、今後も注目したいと思います。本日はありがとうございました!
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