エンジニアが長くコードを書き続けるために必要な審美眼 メルカリ 白石久彦さん、杉浦颯太さん
テックカンパニーを目指すメルカリ。急拡大中のエンジニア組織をどのようにまとめているか、エンジニアリングマネージャーの白石久彦(しらいしひさひこ)さんと、テックリードの杉浦颯太(すぎうらそうた)さんにお話を伺ってきました。
──まずはお二人のご経歴をお聞きしていきたいと思います。
白石:僕は今45歳で、何社か経験していますが、一貫してインターネットにまつわる仕事をやってきました。社会人なりたての90年代はインターネット業界が黎明期だったこともあり、今でいうフルスタックエンジニアとしてフロントエンドからバックエンド領域まで全部を担っていました。そのスキルを活かし転職を重ねるうちに、マネジメントやコンサルティングに近い業務もするようになり、メルカリの前の会社ではエンジニアのマネージャー兼役員として6年ぐらい働いていました。その後、今後のキャリアを考えたときに、会社を起業するのか、もうすこし大きい会社でCTOを目指すのかなどいろいろ考えました。結局何社かにお声がけいただき、メルカリに入りました。現在はメルカリでエンジニアのキャリア・マネジメントなど組織体系の整備をしています。
──入社前にメルカリの役員から業務についてどういった内容のオファーがあったのでしょうか?
白石:メルカリをグローバルテックカンパニーにしていきたいという話がベースにあり、当時はそのためにも1000人のエンジニアを採用したいという話がありました。採用活動の全体の戦略や、オンボーディングといわれる採用した人を戦力化させていく人材定着プロセスなどがミッションとして提示されました。それと、グローバル採用も僕の重要なミッションのひとつです。これからどのようにして強化していくかが、まさに今取り組んでいるところです。また、2018年10月に外国籍のエンジニアが約40名入社したので、現場の受け入れ体制などをちょうど整えています。
──それは壮大なミッションで、かつ重責ですね。では次に、杉浦さんもお聞きしていいですか。
杉浦:僕は新卒で消費財のコミュニティサイトを運営する企業にWebエンジニアとして入社し、メルカリは2社目です。大学でコンピュータサイエンスや情報工学などを勉強していたわけではなく、ちょっとプログラミングをかじっていた程度でした。当時の僕はスキルが高くなかったので、エンジニアとして強くならないといけないという意識で、1年半くらい勉強のつもりで勤めていました。
──そこからメルカリに移られたわけですが、なぜでしょう?
杉浦:前職ではバックエンドエンジニアとして働いていたのですが、希望してめちゃくちゃ優秀なエンジニアのもとでいろいろと学びました。そこで、あるサービスのフルリニューアルを担当し、一通り経験できたので次のステップに進もうと決めました。
──入社してからはどういった業務に取り組んできたのでしょうか?
杉浦:最初の三カ月間はUS版メルカリにコミットしていました。USオフィスに出張して、自分の英語のできなさに打ちひしがれました(笑)。
白石:入社していきなりアメリカ行ったの?
杉浦:いきなり行きましたね。けど文化の違いを直に感じられたという面では、行けて良かったです。 ──具体的にどのような文化の違いがあるのでしょうか?
杉浦:例えば、返品。アメリカに住む人はカジュアルに返品をします。極端な例になりますが、キャンプに行きたいという話になったとき、「Amazonでテントを借りるか」みたいな感覚なんです。「Amazonにレンタルサービスなんてありましたっけ?」と思うじゃないですか。彼らからしたら「買って、使って、返せばいいじゃん」という論理なんです。
──それはサービスの設計が難しいですね……。
杉浦:それが悪いとかではなく、根付いているんです。こういう感覚の人たちにもサービスを提供していかなければ、グローバルサービスにならないんだと改めて実感しました。
──なかなか得られない経験ですね。その後は何を担当されたのでしょうか?
杉浦:異動があって、今はJP版メルカリへ移り、ライブコマース機能のメルカリチャンネルのリリースから運用までを、バックエンドエンジニアのテックリードとして担当していました。
──テックリードとリードエンジニアには違いがあるのでしょうか?
白石:リードエンジニアと同じ認識でOKです。エンジニア組織のリーダーとして、プロジェクトの推進や、メンバーのエンジニアリング技術の向上を図ります。
杉浦:チームの中で一番技術的に秀でており、プロジェクトにトラブルがあったときの最終防衛ラインになるのがテックリードです。
白石:メルカリのテックリードは各プロダクトの品質に責任を持ちます。そのテックリードがちゃんと機能しているかの責任を持つのがCTOの役割です。一方、エンジニアリングマネージャー(EM)は各エンジニアチームのマネジメントを行います。そしてその上でVP of Engineering(VPoE)が全体統括をしています。
杉浦:マネジメントのキャリア、技術のキャリアといった感じでアサインされます。このため育成に対する責任感は強いですよね。役割の違いは明白で、僕が責任持つのはプロダクトの品質なので、その部分にのみ注力をしています。一方で、組織の問題、例えば拡大していく中で生まれる歪みなどがあるならば、EMに1on1で相談して、解決してもらいます。
白石:EMの仕事は課題解決が多いです。組織の課題や、プロジェクトの課題などなど。あとは、テックリードが活躍できる会社にしたいという想いがメルカリには強くあります。このためVPoEやEMは、エンジニアやテックリードがハイパフォーマーになるために、さまざまなサポートをしています。テックリードが技術にのみ注力できるような環境をつくることが理想です。
白石:マネジメント系しか出世できないような印象が世の中には少なからずあると思うのですが、メルカリではエンジニアとしてひたすらコードを書き続けてもスペシャリストとしてキャリアを積めるような仕組みがあります。
──一時期、エンジニアにマネジメントはいらないのではという説もありましたが……。
杉浦:Googleがマネージャーの役職をなくして組織をフラットにしたものの、マネジメントは必要だったという結論を発表して組織体制を戻したことがありました。その時期からエンジニアの組織論やマネジメント論が、業界内で議論されるようになりました。メルカリも2018年4月から、EMやVPoEなどのポジションを立てるようになりました。今の業界のトレンドとしては、マネジメントも技術もできるスーパーマン的なCTOではなく、マネジメントはVPoE、技術はCTOと分けるようになってきました。
──ありがとうございます。エンジニアとマネジメントの潮流が理解できました。CTOやテックリードは技術力を求められることはわかるのですが、VPoEやEMには何が必要なのでしょうか?
白石:マネジメントサイドは、技術への理解のほかにコミュニケーション力が求められます。エンジニア組織のチームビルディングやエンジニアの採用・育成、エンジニアチームの課題抽出・解決のために、エンジニアと1on1ミーティングすることが多いからです。またCTOなど上層部との連携も必要なため社内調整力などを要します。
杉浦:テックリードも同様で、エンジニアチームをリードするためコミュニケーション力が必要ですね。平時、メンバーとの技術的なディスカッションで、ファシリテーションをするためです。
──さきほど、メルカリではマネジメント・現場、双方のキャリアパスを形成していくという話がありましたが、お二人の今後の展望についてお聞きしたいです。
杉浦:僕は60歳までコードを書き続けるつもりです。
白石:ずっと書き続けるの?
杉浦:その予定です (笑)。
──体力的に問題ないのでしょうか?
杉浦:スピードは速まるので、集中力が衰えてもアウトプットの量は増えると思います。引き出しも増えますし、効率的にコードを書くことは可能かなと。ただ1点、インプットの質の低下を危惧しています。ドラスティックに変わる環境の中で、下から来る若い世代と同レベルの柔軟性を持って、インプットできるかが心配です。
白石:人の時間には上限があります。限られた時間の中でなにをするべきか。僕が意識しているのは、長く残りそうな技術をなるべく選択していくことです。
──それはどうやって当てるのでしょうか?
白石:絶対に変わらなさそうな分野から身につけていくのがよいのではないですかね。Linuxとか大元の技術を押さえるのは効率が良いことですよね。
杉浦:技術の流行り廃りの審美眼は本当に大事です。どの技術を学ぶにしても、上辺ではなく、なぜこの技術が生まれたのかルーツを把握することが重要だと思っています。どういう思想なのかを深掘りできていると、別の新しい技術が出ても理解の助けになります。
──差分だけを覚えればいいから時短になるということでしょうか。そういう視点でキャッチアップをしていらっしゃるのですね。では最後に、エンジニアの未来についてお聞きしたいと思います。
杉浦:実は……あまりに目まぐるしく変化をするので、未来を見通すのを諦めてしまったんです。1年単位ではなく、速いときは1週間単位で、馬車から車に進化してしまったなんてことが起こっているので。このため、馬車の速度を3倍にするなんて目標は滑稽なので、ひたすら目の前の課題に最短経路でチャレンジしつつ、いかに早く車に変わる出どころを押さえられるかを意識しています。さきほどの白石の「大元の技術」にも通じますが、本質がどこにあるのかを探り当てる嗅覚が必要になるのではと思っています。
白石:私はマネジメントサイドの人間なので、エンジニアたちが希望を持って働ける社会をつくる面からお話をします。人間の仕事がAIに置き換わっていくという話をよく聞きますが、人間にしかできないポイントと、AIに置き換えられるポイントがあって、技術の結節点が絶対にあります。そこを意識しながら仕事をすることは、エンジニアの今後の生存戦略につながると思います。
──エンジニアの組織論の潮流から今後のエンジニアの未来まで、幅広いお話ありがとうございました!
白石:僕は今45歳で、何社か経験していますが、一貫してインターネットにまつわる仕事をやってきました。社会人なりたての90年代はインターネット業界が黎明期だったこともあり、今でいうフルスタックエンジニアとしてフロントエンドからバックエンド領域まで全部を担っていました。そのスキルを活かし転職を重ねるうちに、マネジメントやコンサルティングに近い業務もするようになり、メルカリの前の会社ではエンジニアのマネージャー兼役員として6年ぐらい働いていました。その後、今後のキャリアを考えたときに、会社を起業するのか、もうすこし大きい会社でCTOを目指すのかなどいろいろ考えました。結局何社かにお声がけいただき、メルカリに入りました。現在はメルカリでエンジニアのキャリア・マネジメントなど組織体系の整備をしています。
──入社前にメルカリの役員から業務についてどういった内容のオファーがあったのでしょうか?
白石:メルカリをグローバルテックカンパニーにしていきたいという話がベースにあり、当時はそのためにも1000人のエンジニアを採用したいという話がありました。採用活動の全体の戦略や、オンボーディングといわれる採用した人を戦力化させていく人材定着プロセスなどがミッションとして提示されました。それと、グローバル採用も僕の重要なミッションのひとつです。これからどのようにして強化していくかが、まさに今取り組んでいるところです。また、2018年10月に外国籍のエンジニアが約40名入社したので、現場の受け入れ体制などをちょうど整えています。
──それは壮大なミッションで、かつ重責ですね。では次に、杉浦さんもお聞きしていいですか。
杉浦:僕は新卒で消費財のコミュニティサイトを運営する企業にWebエンジニアとして入社し、メルカリは2社目です。大学でコンピュータサイエンスや情報工学などを勉強していたわけではなく、ちょっとプログラミングをかじっていた程度でした。当時の僕はスキルが高くなかったので、エンジニアとして強くならないといけないという意識で、1年半くらい勉強のつもりで勤めていました。
──そこからメルカリに移られたわけですが、なぜでしょう?
杉浦:前職ではバックエンドエンジニアとして働いていたのですが、希望してめちゃくちゃ優秀なエンジニアのもとでいろいろと学びました。そこで、あるサービスのフルリニューアルを担当し、一通り経験できたので次のステップに進もうと決めました。
──入社してからはどういった業務に取り組んできたのでしょうか?
杉浦:最初の三カ月間はUS版メルカリにコミットしていました。USオフィスに出張して、自分の英語のできなさに打ちひしがれました(笑)。
白石:入社していきなりアメリカ行ったの?
杉浦:いきなり行きましたね。けど文化の違いを直に感じられたという面では、行けて良かったです。 ──具体的にどのような文化の違いがあるのでしょうか?
杉浦:例えば、返品。アメリカに住む人はカジュアルに返品をします。極端な例になりますが、キャンプに行きたいという話になったとき、「Amazonでテントを借りるか」みたいな感覚なんです。「Amazonにレンタルサービスなんてありましたっけ?」と思うじゃないですか。彼らからしたら「買って、使って、返せばいいじゃん」という論理なんです。
──それはサービスの設計が難しいですね……。
杉浦:それが悪いとかではなく、根付いているんです。こういう感覚の人たちにもサービスを提供していかなければ、グローバルサービスにならないんだと改めて実感しました。
──なかなか得られない経験ですね。その後は何を担当されたのでしょうか?
杉浦:異動があって、今はJP版メルカリへ移り、ライブコマース機能のメルカリチャンネルのリリースから運用までを、バックエンドエンジニアのテックリードとして担当していました。
──テックリードとリードエンジニアには違いがあるのでしょうか?
白石:リードエンジニアと同じ認識でOKです。エンジニア組織のリーダーとして、プロジェクトの推進や、メンバーのエンジニアリング技術の向上を図ります。
エンジニアにとって理想の組織
──CTO、エンジニアリングマネージャー、リードエンジニアの違いはなんなのでしょう。杉浦:チームの中で一番技術的に秀でており、プロジェクトにトラブルがあったときの最終防衛ラインになるのがテックリードです。
白石:メルカリのテックリードは各プロダクトの品質に責任を持ちます。そのテックリードがちゃんと機能しているかの責任を持つのがCTOの役割です。一方、エンジニアリングマネージャー(EM)は各エンジニアチームのマネジメントを行います。そしてその上でVP of Engineering(VPoE)が全体統括をしています。
杉浦:マネジメントのキャリア、技術のキャリアといった感じでアサインされます。このため育成に対する責任感は強いですよね。役割の違いは明白で、僕が責任持つのはプロダクトの品質なので、その部分にのみ注力をしています。一方で、組織の問題、例えば拡大していく中で生まれる歪みなどがあるならば、EMに1on1で相談して、解決してもらいます。
白石:EMの仕事は課題解決が多いです。組織の課題や、プロジェクトの課題などなど。あとは、テックリードが活躍できる会社にしたいという想いがメルカリには強くあります。このためVPoEやEMは、エンジニアやテックリードがハイパフォーマーになるために、さまざまなサポートをしています。テックリードが技術にのみ注力できるような環境をつくることが理想です。
エンジニアのキャリアパス
──マネジメント・エンジニア、双方のキャリアパスはどうなるのでしょう?白石:マネジメント系しか出世できないような印象が世の中には少なからずあると思うのですが、メルカリではエンジニアとしてひたすらコードを書き続けてもスペシャリストとしてキャリアを積めるような仕組みがあります。
──一時期、エンジニアにマネジメントはいらないのではという説もありましたが……。
杉浦:Googleがマネージャーの役職をなくして組織をフラットにしたものの、マネジメントは必要だったという結論を発表して組織体制を戻したことがありました。その時期からエンジニアの組織論やマネジメント論が、業界内で議論されるようになりました。メルカリも2018年4月から、EMやVPoEなどのポジションを立てるようになりました。今の業界のトレンドとしては、マネジメントも技術もできるスーパーマン的なCTOではなく、マネジメントはVPoE、技術はCTOと分けるようになってきました。
──ありがとうございます。エンジニアとマネジメントの潮流が理解できました。CTOやテックリードは技術力を求められることはわかるのですが、VPoEやEMには何が必要なのでしょうか?
白石:マネジメントサイドは、技術への理解のほかにコミュニケーション力が求められます。エンジニア組織のチームビルディングやエンジニアの採用・育成、エンジニアチームの課題抽出・解決のために、エンジニアと1on1ミーティングすることが多いからです。またCTOなど上層部との連携も必要なため社内調整力などを要します。
杉浦:テックリードも同様で、エンジニアチームをリードするためコミュニケーション力が必要ですね。平時、メンバーとの技術的なディスカッションで、ファシリテーションをするためです。
──さきほど、メルカリではマネジメント・現場、双方のキャリアパスを形成していくという話がありましたが、お二人の今後の展望についてお聞きしたいです。
杉浦:僕は60歳までコードを書き続けるつもりです。
白石:ずっと書き続けるの?
杉浦:その予定です (笑)。
──体力的に問題ないのでしょうか?
杉浦:スピードは速まるので、集中力が衰えてもアウトプットの量は増えると思います。引き出しも増えますし、効率的にコードを書くことは可能かなと。ただ1点、インプットの質の低下を危惧しています。ドラスティックに変わる環境の中で、下から来る若い世代と同レベルの柔軟性を持って、インプットできるかが心配です。
本質をとらえる審美眼
──エンジニア界隈は本当に勉強熱心ですよね。勉強会やミートアップなどに定期的に参加していて、知識欲が高くて尊敬します。白石さんはどのように未来を見ていますか。白石:人の時間には上限があります。限られた時間の中でなにをするべきか。僕が意識しているのは、長く残りそうな技術をなるべく選択していくことです。
──それはどうやって当てるのでしょうか?
白石:絶対に変わらなさそうな分野から身につけていくのがよいのではないですかね。Linuxとか大元の技術を押さえるのは効率が良いことですよね。
杉浦:技術の流行り廃りの審美眼は本当に大事です。どの技術を学ぶにしても、上辺ではなく、なぜこの技術が生まれたのかルーツを把握することが重要だと思っています。どういう思想なのかを深掘りできていると、別の新しい技術が出ても理解の助けになります。
──差分だけを覚えればいいから時短になるということでしょうか。そういう視点でキャッチアップをしていらっしゃるのですね。では最後に、エンジニアの未来についてお聞きしたいと思います。
杉浦:実は……あまりに目まぐるしく変化をするので、未来を見通すのを諦めてしまったんです。1年単位ではなく、速いときは1週間単位で、馬車から車に進化してしまったなんてことが起こっているので。このため、馬車の速度を3倍にするなんて目標は滑稽なので、ひたすら目の前の課題に最短経路でチャレンジしつつ、いかに早く車に変わる出どころを押さえられるかを意識しています。さきほどの白石の「大元の技術」にも通じますが、本質がどこにあるのかを探り当てる嗅覚が必要になるのではと思っています。
白石:私はマネジメントサイドの人間なので、エンジニアたちが希望を持って働ける社会をつくる面からお話をします。人間の仕事がAIに置き換わっていくという話をよく聞きますが、人間にしかできないポイントと、AIに置き換えられるポイントがあって、技術の結節点が絶対にあります。そこを意識しながら仕事をすることは、エンジニアの今後の生存戦略につながると思います。
──エンジニアの組織論の潮流から今後のエンジニアの未来まで、幅広いお話ありがとうございました!