集英社の新規事業開発部の仕事に密着。出版社ならではの強みとは? 集英社 新規事業開発部 森通治さん
『週刊少年ジャンプ』や『週刊プレイボーイ』、『non-no』など多くの雑誌や書籍を出版している集英社。その集英社には、新規事業開発部が存在しており、出版社の新しい姿を模索しています。その新規事業開発部に所属する森通治(もりみちはる)さんは集英社に中途で入社したキャリアをお持ちです。その前職は、なんとApple Japan。どうしてAppleから集英社への転職に至ったのでしょうか? そのキャリアと集英社の新規事業開発部での仕事についてインタビューを行いました。
集英社の新規事業部の仕事とは?
──出版社である集英社で、新規事業開発部に森さんは所属しているとお聞きしました。具体的にはどのようなお仕事をしているのでしょうか?新規事業開発部のミッションは、シンプルに「新しい事業をつくること」です。これまでの集英社の仕事の大多数を占めていたのは、当然ながら本をつくって売る、出版を中心にしたビジネスでした。新規事業開発部の担当する領域は、基本的にそれ以外のすべての領域になります。とはいえそれではあまりに膨大なので…(笑)。現在具体的に取り組んでいるのは、出版業界に隣接する業界への新たなアプローチです。主にアニメやゲーム、グッズ、映像の領域などが候補に挙がりますが、現在私はゲームのプロデューサーなどを務めています。
──これまでも集英社がライセンスを持つゲームは多くあったと思いますが、それらとはなにが違うのでしょうか?
おっしゃるとおり、これまでも当社作品のキャラクターが登場するゲームは多く出されていますが、それらは基本的にはすべてライセンスアウトを通して作成されています。つまり、作品を手がけた作家とライセンスを受けたアニメ製作委員会や企業との間に入り、そのライセンサーとしての手数料をいただく形でのビジネスです。そのため、直接ゲームを制作販売しているわけではありませんでした。一方で、我々は現在完全新規IP(知的財産)でのゲーム制作にもチャレンジしています。もちろん集英社にゲーム開発の体制があるわけではないので、ゲーム会社と協業の上で進めたいと考えています。ゲーム会社が持つゲーム開発の技術に、集英社がこれまで培ってきたアセットを注ぎ込む。そのような形の協業を模索しています。
ここで言う集英社のアセットとは、作家と編集者の存在です。例えば、「プロジェクトのメインキャラクターデザインを集英社の作家が務め、ストーリーの制作・監修などに集英社の編集者もこのプロジェクトに参加する」といったイメージです。彼らがこれまでマンガを面白くするために培ってきた「キャラクターや物語をブラッシュアップする能力」。これは出版社である当社が持つ大きな強みです。この強みを活かしてプロジェクトを進行しています。
このプロジェクトを進行していて思うのは、マンガとゲームのつくり方の違いです。例えば、シナリオ一つにしても、出版社とゲーム会社ではつくり方がまったく違います。マンガはページのめくりや目の誘導を意識したコマ割り、話単位のストーリー展開を意識した構成でつくっていきますが、ゲームの場合はチュートリアルで離脱をしないようなつくり、ユーザー体験の気持ちよさを優先したテンポの良さが重視される。同じストーリーづくりのように見えて、アプローチが全然違います。ほかにもキャラクターデザインや舞台設定などもそのつくり方は必ずしも同一ではありません。我々マンガ業界の文脈とゲーム業界の文脈の違いは、ゲーム業界にいる人たちも新しい発見があるようで、この部分をうまく足し算できれば、ほかにはない新しいゲームができるのではないかと考えています。
──編集者の持つ「作品をブラッシュアップする能力」が新規IPのゲームでどのように活かされるのかとても楽しみです!
いろいろな企業との協業をして、我々自体も学んでいる最中なのですが、ぜひ楽しみにしていただければと思います。
またゲーム以外にも、この夏に集英社では新しいプロジェクトを始めました。それは「マンガテック2020」という、集英社が主催するスタートアップアクセラレータープログラムです。マンガやその隣接する業界である、アニメやゲーム、グッズなどに限らず、業種不問のすべての業界で、集英社と一緒に新しいビジネスを始めたいパートナーを現在募集しています。
このプログラムを始める理由は、至極単純で、我々だけでは新しいビジネスを始めるに限界があるからです。日々新しいコンテンツやビジネスが生まれ続けているからこそ、さまざまなアイデアや技術を持つ新しい才能を持つ方たちと一緒に仕事がしたい。さきほどお話ししたゲーム開発がコンテンツビジネスの幅の広さを模索するための動きとするなら、こちらは新しいビジネスをつくるための動きです。集英社が持つ、マンガビジネスやキャラクタービジネスのノウハウを惜しみなく提供するので、ぜひ一緒に新しいビジネスをつくっていきたいと思っています。
──新しいコンテンツとビジネスをつくるために、森さんが意識していることはどのような部分なのでしょう? 出版社である集英社の一番のストロングポイントはどこなのでしょうか。
それはやはり、クリエイターの存在ですね。いまマンガを発表する場として、雑誌以外にも多くのプラットフォームが存在しています。出版社を通さずとも、SNSなどを通して作家自身が直接ユーザーに作品を届けることが可能なわけです。そんな時代で、出版社が存在する価値ってなにかというと、それは複合力であると私は考えています。
例えば、マンガ家を目指して頑張ったけど、非常に残念ながらマンガでは才能が発揮できなかった方がいたとします。これまでならマンガ家になるのを諦め、この業界から去って別の仕事を始める人もいたと思います。でもそんなときに、私たちがマンガ以外の仕事を紹介できれば、新しい可能性が生まれると考えています。「もし集英社でゲームつくっていて、その仕事を紹介できたら、マンガでは活かせなかったシナリオをつくる才能が表れて、ゲーム業界で活躍できるかもしれない」「デザインをしたキャラクターがバズって、そこから人気のデザイナーになれるかもしれない」。このような違う観点の活動を通してあらためて才能が開花し、またマンガの世界につながっていく可能性も生まれるのではと考えています。そういった、マンガ以外の領域の仕事の幅を広げられる、複合力を出版社が持てるようになれば、出版社の新しい価値を見い出せるのではないかと思うのです。作家たちがこの先マンガのみでなく、クリエイターとして広く活躍できることをプロデュースできるようになれば、それに連動して集英社も強くなれる。クリエイターを尊重し、クリエイターのことを第一に考える。これは新規事業を考える上で、我々が前提としていることでもあります。
逆に言えば、これができないようであれば、我々の存在価値はなくなっていきます。「出版社や編集者なんて、必要ないよね」。そう言われないように、作家の持つ才能を広げていく。それが我々のバリューですし、作品を預けてもらう出版社ができる最大限の信頼の勝ち取り方だと思っています。
──作家の方たちの才能を引き出すこと。それが新規事業を検討する軸であり、集英社として今後もブレずに追求していくコアバリューであるわけですね。
いまだと、新型コロナウイルスの影響から、DXと呼ばれるデジタル技術を推進していく動きがよく新規事業では見られると思います。この部分でも、ただ目新しいデジタル技術を使うだけでは、我々にとっては実装する意味がない。「デジタル化や新しい技術を通して、作家や作品にとってどのようなプラスがあるのか?」そこに明確な答えがなければ、集英社が行うDX推進としては失敗なのです。我々出版社だけの仕事が増えていくだけでなく、デジタルに置き換える意味があり、かつそれがクリエイターに還元できる仕組みになることを目指していくことが、新規事業開発部のミッションですね。
デベロッパーではなく、プロデューサーとして
──ここからは森さんのキャリアについてお聞きしたいと思います。森さんは集英社には中途で入社されており、前職ではApple Japanの営業企画を担当されていたのですよね。なぜ、Appleから集英社へ転職をしようと思ったでしょうか?正直、「たまたま偶然」という感じなのですよね。Appleには新卒で入社して、2008年から2015年まで所属していました。この期間はAppleの成長率は凄まじくて、私がいた期間だけでも売り上げが15倍以上成長していたと思います。iPhoneが登場し、付随してiTunesなどのデジタルコンテンツが本格的に成長を遂げたフェーズでした。加えて、東日本大震災やスティーブ・ジョブズの死など、とにかくさまざまな出来事がAppleに所属している間は起こりましたね。大きい渦の中を必死に泳いでいるような、そんな印象でした。
私がAppleに入社した理由は、その当時からデジタルとコンテンツに興味があったからです。「iTunesのようなコンテンツをデジタル配信する仕事がやりたい」。そう思い入社したのですが、実際の配属は「iPhoneなどのスマートデバイスをどうやってエンタープライズ領域に広めていくか」という営業企画の担当でした。Appleで数年、そういった仕事をするなかで、やはりコンテンツ側の仕事に携わりたい思いが強くなり、2014年ごろから転職を考えるようになりました。
初めはゲームが好きだったこともあって、ゲーム業界に転職しようかなと漠然と考えていました。しかしあるとき、当時通っていた社会人大学院の同級生に「集英社が経験者採用をしている」と話を聞いたのです。自分自身、ずっと『週刊少年ジャンプ』や『週刊ヤングジャンプ』を読んでいたし、聞けば集英社は経験者採用を滅多にやらないとのことだったので、とりあえず受けてみようと。そうしたらなんと、内定をいただけてしまって。であれば、いいご縁だし、その業界に飛び込んでみよう。そういう経緯で集英社へ転職をしました。
──本当にたまたま偶然なのですね…。そこから4年間、デジタル事業を扱う部署に所属されたのですよね。
そうです。私が入社した時期には、電子アプリの「少年ジャンプ+」がリリースされて間もない時期でした。集英社では、電子書籍市場への参入も2012年ぐらいから取り組んでいて、私が入社した2015年はそれがググッと上がる手前のタイミング。まだまだマンガ業界のデジタルコンテンツに関しては黎明期でした。我ながらすごくいいタイミングで入社できたと思っています。
入社当時、集英社としてデジタル事業について明確な指針があったわけではありません。「世の中のデジタル化に適切に対応していく」というような段階。例えば、電子書籍も販売戦略はあったけど、それをブラッシュアップしていくフェーズでした。そのため、私はマンガの電子書籍をメインに、デジタルに紐付いた個別作品のプロモーションやアプリの立ち上げなどの仕事に参加していきました。
──デジタル事業に携わるなかで、印象深い出来事などはありましたか?
集英社では「少年ジャンプ+」以外にも複数のマンガアプリをリリースしています。そのなかで「Myジャンプ」というアプリを私がメインとなり、立ち上げました。しかし、結局1年半ほどの期間でクローズしてしまう結果となってしまって…。成功体験ではなく失敗体験なのですが、さまざまなことを学ぶことができて、思い出に残っていますね。
「Myジャンプ」というアプリは、マンガとの新しい出会い方を提供したいという思いから、設計したアプリでした。電子書籍って、スマホの端末のなかでしか直接購買につながる接点をつくれないのですよね。紙の書籍の場合、書店や街中の広告とのランダムな出会いからも購買につながりますけど、スマホはユーザーが能動的に無駄なく動くので、狙い買いが多い。だから、「電子書籍にももっとセレンディピティ(予期しない偶然)な出会いを増やせないかな」と思ったところから、「Myジャンプ」のアプリを企画し始めました。
そんな思いで立ち上げた「Myジャンプ」がなぜ失敗したのか。理由は考えればきりがないのですが、一番の理由はビジネスモデルがうまく設計できていなかったと思っています。企画した当時はサブスクリプションでの支払いがすごく流行っていたこともあり、そこにこだわりすぎてしまった。いま思うともう少しフリーミアムな部分を増やしても良かったのかなと思いますし、機能自体ももっとシンプルに、スッキリとした内容にすればよかったなと、考えてしまいますね。
──この「Myジャンプ」での失敗から得た教訓などはありましたか?
サービスの内容に関しての教訓ではないのですが、私自身の働き方に関しての向き不向きがわかった気がします。出版社には編集者と呼ばれる人たちがいます。彼らは物事をブラッシュアップすることに長けていますが、私自身はそのような深く、じっくりと面白さにこだわってつくっていくタイプの仕事は向いていないのだと理解できました。一方で、私はプロジェクト全体を進行させたり、スケジュールを調整し座組を組んだりなど、いわゆる「プロデューサー業」が得意なのだと気がつきました。いわゆるディレクター型の職能が求められる編集者とは違う方向のタイプの職能なのですが、だからこそお互いに補完し合える関係であると思っています。編集者がコンテンツを深堀りし、私がプロデューサーとして外や中でつながりをつくっていく。このような役割分担をしたプロジェクトであるほうが、うまく進むことに気がついたのです。
だから、私自身の職種がなにかというと、「ビジネスデベロッパー」というよりは「ビジネスプロデューサー」であると思います。プロデューサーといっても、モノを生み出す意味の「プロデュース」ではなく、「前に」という意味の接頭辞の「pro-」と「導く」という意味がある「duce」からなる、「前に導く」という意味の「プロデュース」が適切ですね。アイデアを実際に形に変えていく過程にある、予算や人的リソースなどの現実的な問題をクリアにしていく「アイデアの実現屋」として、この先も集英社で新しいコンテンツを生み出す過程に携わっていきたいと思います。
──Appleから集英社への転職。そして集英社では新規事業を担当しているという、とてもめずらしいキャリアを持つ森さんにお話を伺いました。集英社がこの先どのような新しい事業やコンテンツを発信していくのか、とても楽しみです。お話いただき、ありがとうございました!
※2020年10月30日 リード文内に誤表記がありましたので、一部文章を修正いたしました。