先日、中国上海に行って驚いたことが3つある。まず、レストランもタクシーもガチャガチャもキャッシュレスで利用できること。それも、クレジットカードやパスモといったカードではなく、スマホで支払いだ。読者の皆さんもニュースなどで見聞きしているかもしれないが、圧倒的にスマホ決済が進んでいる。スマホ決済の最大手は、アリペイといって、ソフトバンクが大株主のアリババというネット通販企業が運営している。アリペイの利用者は4.5億人もいる。日本の人口1.2億人の4倍だ。

次に、バーチャルリアリティ(VR)。イベント会場に「HTC VIVE」という中国製のVRヘッドセットが大量に置いてあり、小学生くらいの子どもがたくさんやって来て、ゲームをしていた。日本ではVRは目が悪くなるので、子どもに体験させるのは良くないと言われている。こちらでは、そんなことお構いなし。サッカーや自転車や、レースなどのゲームを楽しんでいる。中国には14歳以下の子どもは2.3億人もいる。日本は1600万人。日本の14倍もいることになる。

3つ目は、音声認識。中国にあるiFLYTEKという会社は、人工知能や音声認識・合成をビジネスにしている。誰かに二言三言話してもらえば、あとはその声を使って自動で話し始めるなんてことができる。人工知能が、相手の言葉や文脈を解析して、返事を考えるのだと言う。驚くべきは、中国のデータを基にしているのに、日本語版も簡単につくれてしまうところだ。何兆個のデータかどうか想像つかないが、中国13億人のデータを分析していると、他言語にも通用してしまうらしい。ちなみに、中国のケータイ電話会社最大手は、チャイナモバイルで加入者は8.6億件。ドコモは7488万件。日本全体で1.6億件。チャイナモバイルだけで、日本の5倍だ。

量がすべてを凌駕する

つまり、中国はとても進んでいる。量が質を生みつつある。インターネットは色々なモノやサービスを民主化している。一握りの企業が牛耳っていた時代から、誰もが消費し生産する時代になっている。そんな時代に適した国が中国である。なんせ13億人もいるのだから。新しいサービスを考えるときのデータ量が全然違う。それに、メディアパワーの源泉が数だとしたら、中国のメディア力やコンテンツ力は群を抜くだろう。

生まれたときからスマホがあり、VRがある世代。そんな彼らが、一斉にVRコンテンツをつくり出したら、どうなるか。米国を抜いて、新しいコンテンツ大国になるかもしれない。中国の次はインドやアフリカが続くだろう。彼らはテレビやパソコンをすっ飛ばして、いきなり近未来な社会に入っていく。HTC VIVEの幹部の人は「VRの次はメガネやコンタクトレンズを付けながら生活し、必要な情報やコンテンツは空中を浮いていることになるだろう」と言っていた。

スマホのビジネスだけでも追いつくのが難しいのに、その先なんて……と思うかもしれない。iPhoneが出現してから10年で、中国企業はほぼ同じ製品をつくっている。インターネットのテクノロジーもVRも同じ。先進的なサービスをつくっても、それくらいで追いつかれてしまう世の中である。14歳の子どもが16年経てば30歳になる。その頃、2030年代のメディアは、スクリーンもなく空中に浮遊しているものかもしれない。その時に、必要なモノは何か? 今から考えておく方がいいだろう。
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志村一隆
メディア研究者。早稲田大学卒業後、WOWOW入社。ケータイWOWOW代表取締役を務めたのちに、情報通信総合研究所の主任研究員に。その後ヤフーに入社し、現在はよしもとクリエイティブ・エージェンシーの取締役に就任。著書『明日のテレビ』(朝日新書、2010)『ネットテレビの衝撃』(東洋経済新報社、2010)『明日のメディア』(ディスカヴァー 携書、2011)、『群像の時代』(ポット出版2015)、『デジタル・IT業界がよくわかる本』(宣伝会議)などで、メディアイノベーションを紹介したメディア・コンテンツ分野の第一人者。2000年米国エモリー大学でMBA、2005年高知工科大学で博士号取得。水墨画家アーティストとして欧米で活躍。
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