下浜:「温泉旅館を使ってフェスをやる」というのは企画として非常に面白いと感じていました。最初のきっかけは何だったのでしょうか?

萬谷:きっかけは2011年の東日本大震災でした。当時、節電・自粛ムードがあり、旅館へのお客さまも減ってしまい困っていたところ、たまたま地元の旅館組合の青年部支部長に就任しました。それで旅館単体ではなく、地域全体で取り組みをすべきではないかと考えたのです。

下浜:なるほど…! それまでは加賀温泉郷という地域が一体となっていなかったのですか?

萬谷:そうですね、エリア全体でのPRをできていませんでした。ちょうど震災の前後だったかと思うのですが、九州新幹線の全線開業のCMが公開されました。すぐに放映自粛になってしまい幻のCMと言われているやつです。あのCMが好きで九州に視察に行ったところ、タクシーがラッピングされ、のぼりがいたるところに立っており、加賀温泉郷とは対照的にエリア全体で観光ムードが盛り上がっていました。我々も首都圏に向けてもっと一体となってアピールする必要があると感じ、それでLADY KAGA(レディー・カガ)というWeb動画をつくったんです。それが地域プロモーションの先駆けとして、色々なところで取り上げられてヒットしました。ただ……そこで問題が起こりました。
下浜:え…!? どのような問題があったのでしょうか? その頃、電通に勤めていましたが、広告会社の企画者の立場から見ても、パンチのあるコピーで、うまい施策だなぁと感じていましたが…。

萬谷:動画を見て、実際に加賀温泉郷にレディー・カガがいると勘違いして、足を運ぶお客さまが多かったんです。でも実際にお越しいただいても、駅にレディー・カガがいるわけではありません。そこで、そういった方々にも満足いただけるリアルイベント「レディー・カガフェス」をやろうと思ったんです。

下浜:実際に「レディー・カガ」に会えるフェスですか?(笑) そこから現在の「加賀温泉郷フェス」の企画になっていくということでしょうか?
萬谷:箭内道彦さんが実行委員長を務めていらっしゃる福島のフェス「風とロック芋煮会」に影響を受けました。故郷・福島県のピンチに、箭内さんやロックバンド・サンボマスターのボーカル山口さん等がバンド“猪苗代湖ズ”を再結成してイベントを開催したんです。たまたま福島に知り合いがいて参加したのですが、間違えてお目当ての日の1日前に行ってしまいました。けれども、思っていたのと別の場所で開かれていて、猪苗代湖の畔にあるすごく古い観光施設で、サンボマスターやBRAHMAN等がパフォーマンスをしていました。その様子にすごく惹かれました。地方にはよくある寂れた施設に、そうそうたるアーティストがいるというアンバランスさにグッときちゃって(笑)。そこでフェスと観光の親和性を感じて、レディー・カガフェスをやろうと思ったんです。その後、商標の問題もあり、加賀温泉郷フェスに名を変えて、スタートしました。

下浜:僕も普段とは違った場所を使うことで魅力をつくる、サイトスペシフィックな考え方が好きです。実際に加賀でフェスを開催しようとしたときに、苦労した点はありましたか?

萬谷:当時、レディー・カガがヒットしていたので、フェスも簡単にできると思っていました(笑)。しかし、思いのほか、周りの理解が得られなくて苦労しました。そもそもフェスって何ですか? どういった効果が得られるんですか? とかとか。そこをなんとか説得して、開催までこぎ着けました。

温泉旅館で催されることの価値

下浜:確かに、なぜ音楽フェスを?というのは思うかもしれないです。騒音の問題もあるし、行ったことのない人にはその企画の魅力は伝わらなそうですし……。

萬谷:なんとか初回を迎えたのですが、実は台風のせいで途中で中止になってしまったんです(笑)。それでもアーティストの方々が、フジロックも第1回は台風で中止だったけど今やメジャーなフェスになったので、加賀温泉郷フェスも続くぞと応援してくれて。また興行だけでなく町おこしを目的としているので、これで辞めたらダメだと地域の皆さんも応援してくれて、なんとか8回目まで迎えることができました。
下浜:なんと…! 第1回目から中止とは…波乱万丈な始まり方ですね! それでも8年も続けて開催できているのはすごいことだと思います。僕はてっきり最初から温泉旅館でやっているものだと思っていました。

萬谷:当初は、片山津温泉近くの湖畔の公園で開催したのですが、5年目からは温泉旅館「瑠璃光」の中で開催するようになりました。湖畔だと温泉感が出なかったのですが、旅館で行うようになってからは来場者の満足度もより高まったように感じます。
大宴会ステージ
大宴会ステージ
クラブステージ
クラブステージ
下浜:僕は温泉旅館でフェスをやるという場所の意外性がとても面白いなと思って参加しましたが、はじめは普通に湖畔だったんですね。

萬谷:「加賀温泉郷フェス」という名前が表すように、個別の旅館ではなく地域全体でやることに価値があると思っていたので、いくつかの温泉街が周辺に広がっている湖の近くで開催することに意義があると思っていました。

ただ、地元の人はあまり「加賀温泉郷」というワードに馴染みがありませんでした。なぜかというと、加賀温泉郷は山代温泉、山中温泉、片山津温泉、粟津温泉で構成されているのですが、それぞれの温泉街が大事という考え方が地元の人は根強かったんです。でも、僕は東京の大学に進学し、そのまま東京で就職して働いていたので、外から客観的に見ても車で10分ほどの4つの温泉街をひとつのエリアとして売り出したほうがいいと考えていました。だから4つの温泉をまとめた「加賀温泉郷」というワードに凄く価値を感じていて、加賀温泉郷を首都圏に広めたい気持ちで、フェスを続けています

下浜:個々にPRしていくより、ひとつにまとめてPRしていくほうがシンプルだし、力強いですよね。そうなると、よろづや観光さんの運営している旅館「瑠璃光」でフェスを開催することは、当初の考え方と相反してしまう感じでしょうか?
旅館「瑠璃光」の前景
旅館「瑠璃光」の前景
萬谷:自分の旅館でフェスを開くとなった時、もちろん葛藤はありました。でも、ライブを見て、すぐに温泉に入り、いつでも寝られるというのが、加賀温泉郷フェスのイメージに最もマッチしていて、他のフェスよりアドバンテージになると思いました。経営者としては、旅館内のモノを壊されるのではないか、旅館の片隅で問題行為が行われるのではないか、といったリスクもよぎりましたが、勇気を振り絞って旅館内で開催する判断をしました。

入り乱れたカオスな空間

下浜:見慣れた旅館がフェス会場になっている様は、異次元感があってとっても好きです。ロビーがラウンジになっていたり、宴会会場がダンスフロアになっていたり(笑)。加賀温泉郷フェスらしさについて、もう少し伺ってもいいですか?

萬谷:温泉地というのは、古くから文豪が執筆をしたり、大衆が宴会で飲めや歌えやをしたりと、色々な文化が入り交じる交差点のような意味合いがありました。その雑多な部分を色濃く反映したのが加賀温泉郷フェスの魅力です。大御所からインディーズまで、さまざまなアーティストが入り混じっていて、そういった異種格闘技感を理解してもらえるアーティストに出演してもらっていますね。
下浜:魯山人の滞在していた家とかも近くにありますよね。お客さんもアーティストもみんな同じ宿に泊まって、同じ風呂に入る…って、なかなかない現場な気がします。凄く温泉旅行感がありますよね。

萬谷:フェスに参加したお客さまが、エレベーターでアーティストと乗り合わせる場面があり驚いた、という話をお聞きするなど、よく「神現場だ!」と言われます。アーティストとの距離は近いですよね。あと加賀温泉郷フェスの魅力は、屋内で冷房が効いている点です。だからこそ小さい子ども連れの音楽好きにも足を運んでもらいたいですね。地方でマーケットも小さいので、コアな音楽リスナーだけをターゲットにしていると苦しいわけです。だからこそ層を広げていくことにも取り組んでいます。

フェスだけでなく、美術・映画カルチャーともコラボ

下浜:客層を広げるという話もありましたが、今後の展望としてはどうなるのでしょう?

萬谷:僕は「加賀温泉郷」というワードを世の中に広めることがミッションだと思っています。そういう意味で、加賀温泉郷フェスに海外からのお客さまを増やしたいですね。数年前から英語のHPを制作したり、外国人割引のチケットを用意したりしていますが、まだ多くの外国人の方々にお越しいただけている状況ではありません。

その他に、アーティスト・イン・レジデンスといって、ニューヨークからアーティストを招聘し旅館に滞在しながら作品を制作してもらう取り組みも行っています。このようにフェスだけでなく、さまざまな面で地域振興を進めていきたいですね。

下浜:音楽だけでなく美術方面にも広げていくんですね! 現代アートは大好きなので、楽しみです!
萬谷:実はさらに映画関連でも地域振興をしていまして……。映画好きが講じてインディーズ映画の上映会を誘致しています。先日も、山代温泉のプロモーションで、MV風の観光PRムービーを制作したのですが、映像と音楽と観光を組み合わせて、コンテンツをどんどん生み出していきたいなと。

下浜:映画まで…!(笑) ビジネスフィールドの方が、このように最先端のカルチャーとタッグを組むのは素晴らしいですね。

萬谷:経済行為としては不合理な面もあるのですが、フェスを実施して学んだのは、小さいながらも地道に続けることで、それに価値を感じて共感してくれる方がいるということです。どうしても大型旅館を経営している身としては、ざっくりと面でとらえがちになるのですが、本来はお客さま一人ひとり違っています。だからこそ、そういう小さい表現方法を大事にして、ファンをつくっていきたいです。みんなの心にワクワク感を残すことが本来の温泉のあり方だと思うので、他の大型フェスでは生まれないようなストーリーを地道に続けていくことが大事なのではないでしょうか。

下浜:一時的に話題になって終わるような打ち上げ花火ではなく、細く長く線香花火のように、マイクロだけれど魅力的な表現を続けていくのは重要なことですよね。本日はお話ありがとうございました。
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【ナビゲーター】
下浜臨太郎
グラフィックデザイナー。1983年東京都生まれ。電通を経て、2017年よりフリーランス。金沢美術工芸大学デザイン科の講師も務め、主に東京と北陸の二拠点で活動する。ポスター、新聞広告、Webサイト、アプリケーション、展示空間なとメディアを限定せず、幅広くデザインに携わりながらも、路上で見つけた看板をフォント化する「のらもじ発見プロジェクト」、町工場を音楽レーベル化する「INDUSTRIAL JP」などの活動や、デザインミュージアムでの展覧会や地方芸術祭への出品も積極的に行う。著書に『おとなのための創造力ドリル』『のらもじ』(共著)など。受賞歴に、TDC賞RGB賞、第18回文化庁メディア芸術祭優秀賞、東京ADCグランプリ、グッドデザイン金賞など。
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