──キャリアのスタートは広告会社だったそうですね。
僕の父はテキスタイルや洋服のデザイナーで、姉は大手広告会社のコピーライターでした。僕自身も広告の仕事に憧れを抱いていましたが、姉の影響と思われるのが嫌で、就職活動では業種問わず有名な企業を手当たり次第受けまくりました。でも最終で全部落ちて切羽詰まったとき、やっぱり広告への憧れを諦めきれず、当時自由な社風を感じたベネッセグループの広告会社、進研アドに入社しました。企画営業として高校生に大学の魅力を伝えるために、印刷物からラジオ、イベント、願書の発送代行まで、さまざまな仕事をさせてもらいました。

そのあと3年間勤めた小さな総合広告会社で、たまたまアメリカのLinuxディストリビューターの日本法人立ち上げを担当したことで、Linux担当を探していたオグルヴィのIBMチームから誘われました。育ててくれた先輩に転職を相談するのは心苦しかったのですが、「30歳前に声がかかって良かった」と背中を押してくれて、2001年にオグルヴィへ。その後、現ユニリーバの「ダヴ」や日本企業のブランドを担当。クレバーでクレイジーな人たちと脳みそフル回転の刺激的な7年間を送りました。

──どうして飲食店企業に転身を?
代理ではなく当事者としてブランドに向き合いたかったのと、食べることが好きだったからです。

パンの製造小売企業では、初めは販促の仕事をしていましたが、入ってすぐにリーマン・ショックで不景気に。これまでと違うやり方を模索していた当時の社長から「原さんが店長をやったらどうなるか見てみたい」と言われたことを意気に感じて店長になりました。赴任先は小さな店だろうと思っていたら、なんと日本で売上3位の大型店。落ち続けていた売上と利益を回復させるために知識も経験もない中、あらゆることに必死に取り組みました。

それなりの成果も出てきたのですが、僕のやり方があまりにも過去の店長と違ったことや、早く結果を出さねばと独りで突き進んだ結果、副店長と対立してしまいました。負けるものかと休まず働いていたら、クリスマス前の繁忙期に心身共にダウンして、みんなに多大なる迷惑をかけてしまったんです。

数カ月休職し、復帰前の面談で本部に戻れと言われると思いこんでいた自分に、社長は「もう一度店長をやりませんか」と。驚きすぎて言葉を失いましたが、「これからのキャリアのためにも、ここで“できなかった”と思ってほしくない」と言われ、涙が出ました。

悩んだ末に店長に再チャレンジすることを決意し、大ベテランの店長のもとで店舗運営のイロハを教わり、徐々に店長の感覚を掴んでいきました。

春日井製菓販売株式会社 おかしな実験室 室長 原智彦さん<br />
複数の広告会社勤務を経て、2008年からパン、ドーナツ、ラーメン、コーヒーと、すぐそこにエンドユーザーがいる飲食店舗運営企業にて、コミュニケーション活動を通したファンづくりに従事。2018年9月に春日井製菓販売に広報として入社後、マーケティング部長を経て2022年2月より現職。好きな言葉は「夢見て行い、考えて祈る」。
春日井製菓販売株式会社 おかしな実験室 室長 原智彦さん
複数の広告会社勤務を経て、2008年からパン、ドーナツ、ラーメン、コーヒーと、すぐそこにエンドユーザーがいる飲食店舗運営企業にて、コミュニケーション活動を通したファンづくりに従事。2018年9月に春日井製菓販売に広報として入社後、マーケティング部長を経て2022年2月より現職。好きな言葉は「夢見て行い、考えて祈る」。
──店長に再挑戦してどんな学びがありましたか。
店が開くのも、パンが焼けるのも当たり前ではない、と骨身に沁みて思い知りました。

大雪で電車が止まった朝、旦那さんが車で送り届けてくれたパートさんが時間通りにシャッターを開けてくれていたんです。その後も続々とスタッフが来てくれて、パンが焼け、お店に並んでいく。以前なら特に何も感じなかったその光景に、働く一人ひとりの中にある使命感や責任感、店に対する愛着に心底ありがたいなぁと感じ入りました。

その後、新業態の店長としてゼロから自分のアイデアで店をつくる幸運にも恵まれました。挫折は自分だけでなく周りにも苦しいものでしたが、この時の経験が、いまも大いに役に立っています。

──春日井製菓販売でも面白い取り組みをしていますね。
いまの会社には2018年に広報担当として入社しました。きっかけは春日井製菓に転職したオグルヴィ時代のクライアント。「東京に新組織をつくるから広報で良い人を紹介して」と相談され、やり取りしているうちに興味を持ちました。当時の社長に「自分と違う考えの人と働きたい」と言われ、「自分の考えに従え」タイプの経営者とは違う懐の深さに感銘を受けて入社を決めました。

アメ・豆・グミ・ラムネと昭和期のヒット商品を多く抱えながらも、近年は売上が停滞しており、検索件数を調べてみると、企業名も商品名も同業他社に比べとても少ない。つまり興味関心を持たれていないんだなと。そこで入社3カ月後から「スナックかすがい」という豆とビールの食べ飲み放題のトークイベントをすべて手づくりで始めたところ、それまで多かった「特にイメージがない」という人がゼロになり、「おいしい」「面白い」「人に薦めたい」のスコアが増えるとともに、「何か一緒に面白いことをやりましょう」というお声がけが増えたんです。居酒屋チェーンさんに店内メニューとしてグリーン豆を採用してもらったり、やる気スイッチグループの小学生と一緒にラムネの新パッケージをつくったり、現役ママたちと絵本をつくったり、夢を叶えるキャンペーンをしたり、いろいろやりました。

そして今年2月、マーケティング部から独立して「おかしな実験室」という新部署を立ち上げまして。これまでの制作や広報によるファンづくりに加え、新たな事業づくりにも取り組みます。

──部署名が面白いですね。
市役所の「すぐやる課」みたいにわかりやすくしたかったんです。面白くて笑顔を生む(おかしな)、新しい挑戦(実験)をする部署だと宣言しているので、面白くない、既視感のある仕事はしない。大変ですけど、とても明確ですよね。わかりやすい言葉で伝えた方が、誤解がなくて早い。言葉が変わると意識も行動も変わるので、みんなが面白がって取り組んで、気付いたら良い方向へ変わっていた、というのが理想です。

いろいろな環境でたくさん仕事をしてきて強く思うのは「面白い仕事はつくれる」「つくるのは自分だ」ということ。日々面白いことを考えているクリエイティブな先輩たちに育ててもらったので、僕も「その手があったか!」と言われるような実験を、これからもどんどん仕掛けていきます。
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【聞き手】
荒川直哉
株式会社マスメディアン
取締役 国家資格キャリアコンサルタント
荒川直哉
マーケティング・クリエイティブ職専門のキャリアコンサルタント。累計4000名を超える方の転職を支援する一方で、大手事業会社や広告会社、広告制作会社、IT 企業、コンサル企業への採用コンサルティングを行う。転職希望者と採用企業の両方の動向を把握しているエキスパートとして、キャリアコンサルティング部門の責任者を務める。「転職者の親身になる」がモットー。
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キャリアアップナビ
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