──長瀬さんのお名刺にはCDOの肩書がありますが、デジタルに軸を置いたのはいつごろからでしょうか?
CDOという役職を頂いていますが、実は、デジタルに軸を置いたつもりはありません。デジタルという言葉はよく使われますが、一つの道具でしかないと思っていて。私の主軸は、人が何を求めているのかに反応して、マーケティングやビジネスディベロップメントに活かしていくことです。つまり、“デジタルに詳しい”ではなく、“人に詳しい”のだと認識しています。だから、世の中にどのようなお客さまがいるのかを把握しているという意味で、Chief Customer Officer(CCO)のほうがしっくりきますね。

──Chief Customer Officerですか。たしかにデジタルが当たり前の世界になれば、CDOはCCOに包含されるべきかもしれませんね。
“デジタル”という言葉をあえて使っている時点で、それはデジタル改革を進めている最中だということを伝えていますよね。日本初のCDOとしてシンボリックに紹介いただく分、CDOという単語を一刻も早くなくしていく責任が私にはあると感じています。ただそれには、デジタルが得意なだけではダメで、ソーシャルやインフルエンサー、さらにはデータ管理と運用、在庫管理システム、クラウドやAIなど、幅広く理解している必要があります。
──幅広い職域をカバーできているのは長瀬さんがそれまでに積んできたキャリアがあるからこそだと思うのですが、大学卒業後にKDD(現KDDI)に入社したのはどのような理由からでしょうか?
学生のときから37歳で社長になるという人生プランを描いていました。ただ、そのためのキャリアの積み方や会社の選び方がわからなかったので、その道のプロに聞いたほうが早いと思い、大学の先輩やヘッドハンターにアドバイスをもらっていました。当時は転職が今ほど多い時代ではなかったので、転職をすることを前提に仕事を探すなんて面白い学生だと思われ、いろいろと助言をいただきました(笑)。

──どのようなアドバイスをされたのでしょうか? 
テクノロジーが重要になってくるということをアドバイスされました。元来、生活基盤になるインフラに興味があったので、情報通信企業であるKDDに入社しました。改めて振り返ると、古き良き日本の大手企業でキャリアをスタートさせて良かったなと思います。Facebookでも、Instagramでも、取引先である広告主は日本の大企業で、サンフランシスコのスタートアップ企業出身ではなく、信用されやすい企業に身を置いていた背景が活きたので。

──KDDからどのようにして37歳で経営者へとたどり着いたのでしょうか?
KDDではワイヤレスビジネス推進部にて、エンジニアと一緒に電波障害のチェックをする業務などにあたっていました。そこから転職し、ジェイ・ウォルター・トンプソンで営業と戦略プラニングを行い、日本ユニリーバではリプトンのブランド責任者としてブランド管理やブランド開発をしていました。その後は、ネットワークビジネスを生業とするニュースキン・ジャパンへ移籍し、新規事業として一般消費者向けのブランド事業を立ち上げました。日本ユニリーバやニュースキンでは、ブランド開発、商品開発、さらには店舗開発なども経験することができました。

ニュースキン・ジャパンの求人を紹介されたとき、私は34歳でした。37歳で経営者になるには、この転職でCMO(Chief Marketing Officer)レベルになる必要がありました。逆算を常にしていて、KDDでIT・テクノロジー知識と市場内での信用力、ユニリーバやニュースキンでは、マーケティングやブランディング、ビジネスディベロップメントや顧客・ユーザーのマネジメントの経験を得られました。その後、Facebookに入り、新規ビジネス開拓を任された後に、Instagramの日本事業責任者に晴れてなりました。
─それがちょうど37歳のときですね。その後、日本ロレアルに、日本初のCDOとして就任したわけですが、なぜでしょうか? 
一通りInstagramのビジネスローンチが定着したところで、ヘッドハンターさんから珍しい役職の話を頂きました。それが日本ロレアルのCDOだったわけですが、話を聞いてみるとデジタルビジネスの構築に長けているだけでなく、これまで培ってきた経験をすべて活かせる役職でもありました。ロレアルの様な業界のトップ企業がデジタルビジネスの推進でさらに上を目指そうとするところに惹かれ、チャレンジしたくなったのがきっかけですね。

目の前の反応を見る

──CDOという肩書ではどのような業務をしているのでしょうか?
CDOという肩書ですが、実際のところはデジタルにとらわれず、顧客やファンに対してのサービスや事業を向上させるために、手段を選ばず戦略を描き実行に移すことをひたすらしています。デジタルマーケティングがもてはやされていますが、やっていることは昔と変わりません。データやツールを駆使して分析しても、実際の現場では予想の通りとは限りません。性別や年齢から属性を決めてターゲティングしたとしても、個人レベルでは本当に人それぞれで、さらに特定の個人の行動も昨日と今日と明日では様変わりします。だから、リアルタイムな“今”を把握し、なるべく速くその今に対応することが大切だと思っています。

──過去ではなく、現在の行動にのみ注目するということですね。
例えば好きな人とご飯を食べに行くときに、会った瞬間になにを食べたいか聞いて、パッと店を選んだほうが好感が良いでしょうね。事前になにを食べたいか聞いて店を予約したとしても、その当日に相手の食べたいものが変わっていても不思議ではありません。企業も同じで、顧客の声を聞いてすぐに反応できるほうが、満足度が高いわけです。
──そのほうがとても人間らしいコミュニケーションになりますが、それを企業で実現するのは難しくないですか?
難しいと思います。けれども、究極にはそこを目指していくべきだと思います。今このインタビューの瞬間も、私はインタビュアーのリアクションを見て、声のトーンや言葉の選び方、さらには別の話に切り替えてみたりします。話している間にPDCAを常に回しているわけです。ここで大切なのは、臨機応変さ。それも5分前ではなく“今”への対応力です。目の前の顧客に対して活かせないデータに意味はありません。目の前でご飯を食べた瞬間の表情から、食後に何を飲みたいのかを予測できたほうがカスタマーサービスにつながります。その瞬間の、顧客のテンションや感覚がもっとも重要だと考えています。

──現場主義ですね……。いつぐらいからそのような意識が強くなったのでしょうか?
FacebookやInstagramで、日々分析レポートを見ていたときでしょうか。熱心にユーザーがどう使っているかを裏から見ていて、そこからユーザーのニーズを把握し、なにかバグ等が発生すれば、その場でエンジニアが修正・アップデートをしていることが衝撃的でした。つまりFacebookやInstagramにとってはスマホが現場なのです。そこで学んだことを日本ロレアルや他の企業でもいろいろと試しています。例えば店舗で働く店員の教育システムを臨機応変に変えたり、インバウンド需要の増加に合わせて外国語対応の店員や言語ツールを随時増やしたりといったことです。現場での顧客体験を最大化することから考えていきます。そうすると、自然と現場で拾いたい情報、つまり活きた情報というのが明確になってくるのです。

柔軟に自分の対応領域を広げる

──自分のノウハウの横展開を意識的にしていらっしゃるのでしょうか?
Web・ITサービスで通用した考え方を、店舗を持つコスメ企業や飲食、ホテルなど別の業態にも適応できるのかは個人的に興味があります。またCDOのフロントランナーとして、どの業態でも通用することを後進に示し、CDOのロールモデルになることも自分の役目だと自負しています。

──LDH JAPANは音楽以外にも、飲食やファッションなどさまざまな業態のビジネスを運営しているので、多くの分野に挑戦できる適切な企業ですね。
そうですね。これまで働いてきた企業は、それぞれひとつの業態しかビジネスを持っていませんでした。しかし、LDH JAPANは、個人的にも趣味嗜好に合う複数の業態を持つ企業のためチャンスとチャレンジがたくさんあります。初めての業態ですがなにも不安はありません。それは基本的に、これまでと同じでお客さまを知ってリアクションするだけだからです。必要なのは、臨機応変に対応できるフレキシビリティーさです。
──フレキシビリティーはどのようにすれば身につくでしょうか? 
自分だけで習得するのは難しく、自分と周りにいる人たち、ヘッドハンターや転職エージェントなど人材会社と、採用する会社・上司たちが、三位一体になった環境で幅広い選択肢が生まれ、そこに身を投じることで得られるものだと考えています。私はたまたま運が良かったですし、良い人たちに出会えたからこそ、今こうして幅広い職域を持ったCDOとしてお話しができています。eコマース担当で採用された人が、ゆくゆくは店舗企画、販売促進、マーケティングもできるのであれば魅力的なキャリアになりますが、ずっとeコマース担当のキャリアしか先がないならCDOにはなれません。採用する会社が適切なキャリアを提示する必要があって。一人のWeb担当者に対してもジョブオファーだけでなくキャリアオファーもできると、フレキシビリティーのあるキャリアに近づきま

──たしかに目先の業務だけでなく、先のステップアップを見据える必要がありますね。最後に、若手マーケターに対してアドバイスをお願いします。
マスメディア時代が終焉したときに、マスマーケティングはなくなりマーケター(市場を見る人)はいなくなると予想しています。なぜかというと、市場(マーケット)という大きなくくりが通用しなくなるからです。だから、マーケターであることにこだわらず、今後は個人単位でビジネスを捉えていくべきで。こうした変化に柔軟に対応し、自分なりにマーケター像というかビジネスパーソン像の再定義ができれば、良いキャリアを築けるのではないでしょうか。

──マーケターという言葉自体がアップデートされて、カスタマーサポートと現場が融合される未来、「現場の個客中心」の未来が来るかもしれませんね。お話ありがとうございました。
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