キャリアの軸は、「なにかを形にする仕事」

──デザイナーやマーケターなど、さまざまな職種を経験されています。これまでの松栄さんのキャリアについて教えてください。
デザイナー、ライター、Webマーケターや広報・PRなど、職種はいろいろと経験しました。ただ、軸はいつも「なにかを形にする仕事」にありました

キャリアのスタートは、人材系の会社でのデザイナー。社内異動でWebマーケティングも経験しました。それから、2011年に入社したリブセンスで、プロダクトマネージャーとして既存事業のグロースと新規事業立ち上げを経験したことが、今のキャリアへの転機でした。デザイナーやマーケターとして個別の広告やバナーをつくるより、たくさんの要素を組み上げて、事業やプロダクトという形にしていく仕事の方が、私には楽しいと気付いたのです。

──軸はありつつ、より自分が得意で楽しめる領域がプロダクトづくりだったのですね。一方で、その後、経営も経験されたとのことですが…?
2019年に転職サービスの運営企業・XTalentの立ち上げに執行役員として参画しました。代表と私のふたりで始めた会社だったので、事業計画立案や社員のマネジメント・育成から、キャリアアドバイザーとしての求職者との面談や求人紹介、社内ツールの構築まで、セールス以外はなんでもやりましたね。組織づくりやマネジメントの勉強を本格的に始めたのはこのときです。

──その後、2021年にheyにプロダクトマネージャーとして入社されています。
転職にあたって考えていたのは、私自身のレバレッジを効かせること。私が仕事を通じてつくり出せる「社会的価値」を最大化するためには、自分というリソースをどこに投下するべきかを考えました。自身のキャリアから、起業するか、プロダクトマネージャーとして転職するかという2つの選択肢がありました。

ただ、起業する場合、価値を提供できるようになるまで5~10年かかるケースは少なくない。それなら、既存の企業でなにかをつくり、改善することで生まれる価値の方が大きいと考え、プロダクトマネージャーとしての転職を決めました。
──プロダクトを持つ企業というと、ほかの選択肢も多かったのではないかと思います。そのなかで、なぜheyを選んだのですか?

「お商売を営む人たちのインフラになる」という事業への共感が最大の理由です。私の価値観として、「できる限り、みんな幸せに生きられるといいな」という気持ちが強くあるんです。そのためには、誰もがやりたいことを仕事にできて、欲しいものにアクセスできる状態が望ましいと思っています。heyは、その一端を担うサービスをつくっている会社なんです。

いまの購買行動ってどんどんデジタル化されて、消費者にとってはすごく便利になっていますよね。だけどそれは、大企業による大規模な投資によって実現できているもの。中小規模の事業者が、単独で同じような購買体験を構築するのはすごく難しくて、このままでは消費者に選ばれなくなってしまう。でも、大きなコストをかけられないからといって、こだわりがあってユニークな事業者が商売を続けられないのは、社会にとって大きなマイナスですよね。だからheyは、ネットショップ開設サービスやPOSレジ、キャッシュレス決済、オンライン予約システムを提供する「STORES プラットフォーム」を通じて、事業のデジタル化を支援しているのです。

「自身のレバレッジを効かせる」の実践

──それでは、heyでの仕事についてお聞かせください。
シニアプロダクトマネージャーとして入社した当時は、ネットショップ開設サービス「STORES」のグロースが主なミッションでした。その後、体制変更があり、「STORES」とPOSレジサービス「STORES レジ」の2つのプロダクトが1つの事業部に。現在はそこで「STORES」と「STORES レジ」の中長期的な戦略設計を担っています。世の中の購買行動の流れを汲んで仮説を立て、開発担当など他部門の責任者たちとともに方針を決定するのが最近の業務です。
さらに、私を含め6名からなるプロダクトマネージャーチームのマネジメント・育成や、採用活動も担っていました。プロダクトマネージャーの道を選びましたが、経営層の経験を持つマネージャーとして入社している身です。だからこそ、これまでの経験を活かし、組織づくりやマネジメントにおける新しい価値をもたらすことも考え、意欲的にアクションしました。

──ご自身のレバレッジを効かせる、という視点ですね。
そうです。そこで、まず行ったのは、社内コミュニケーションの交通整理でした。入社当時のheyは、グループ傘下の3社を統合し、サービス運営を一本化して半年ほどのタイミングでした。同時に、採用による増員もあり、急激に社員が増えたためか、コミュニケーションエラーや情報の開示不足が発生していたのです。

──どのように問題を解決していったのでしょうか。
最初に、いまの社内の本質的な課題を多角的な視点で捉えるため、たくさんの人に情報収集をしました。職種や役割を問わずいろいろな社員に1on1面談の機会をもらったり、他チームのミーティングに参加したり。そこで気付いた課題が、情報格差です。

持っている情報量の差が大きすぎると、同じ土俵に立って会話ができないことってありますよね。それで、組織としての意識の統一ができない状態だったんです。そのため、社内の誰もがアクセスできるドキュメントツールで課題と自身の考えを公開し、情報をオープンに共有する土壌を整えていきました。また、情報を共有する際は、「なぜこのような決定をしたのか」といった物事の背景情報や、未確定部分も共有するように働きかけていました。

──自身がハブとなって、より良い情報共有の土台づくりを進めたのですね。
コミュニケーションを齟齬なく取るには、情報・意見の集約や場の設定が大事だと思っています。それはチーム間でも、チーム内でも同じです。

コミュニケーションの交通整理は、プロダクトマネージャーのより良い働きにも大きく寄与するものでした。プロダクトマネージャーは役割上、プロダクトサイドからもビジネスサイドからも、意見を直接受け取る機会が多くあります。その交通整理ができていないと、組織が大きくなるにつれて認知の限界を迎えて取りこぼしも増えてしまいます。その結果、「プロダクトチームは意見を言っても動いてくれない」と思われてしまうことも…。そこを、集約して伝えるよう依頼する、散発的に伝えるのではなく意見を伝える場を設定するなど、コミュニケーションがスムーズになるよう工夫をしてきました。

「みんなが幸せに生きられる社会」を目指して

──松栄さまは、日本CPO協会(CPO:Chief Product Officer、最高プロダクト責任者)の理事も務められています。どういった経緯で参画したのでしょう。
いま、AmazonやInstagramなど、世界のプロダクトがたくさん日本にもあるじゃないですか。プロダクトに国境がなくなってきているのに、それをつくる人間が言語の壁に阻まれて、能力差が開いているのは日本の損失でしかない。そこで、日本CPO協会は、CPOやプロダクトマネージャーをメインとして、日本のプロダクトマネジメント全体の能力底上げを目指しています。海外、特に先進的なアメリカの事例や研究、自分で調べるだけでは辿り着けない深い情報や急成長を遂げたプロダクトの開発過程を、日本のプロダクトづくりに携わる人たちに届けようと取り組んでいるのです。

私はCPOではないし、英語も話せません。自分ひとりでは海外事例へのアクセスはむしろ難しいほうです。代表理事からお話を聞いたときに、協会の価値を身にしみて感じました。だからこそ、協会を応援したい、そして、誰しもが素敵な協会だと思えるようになってほしいと思いました。そこで私ができることを考えました。

同協会への参画前、前職で私が向き合っていた問題が、ダイバーシティ&インクルージョン。これも日本が海外に遅れを取っている分野の1つです。プロダクトマネジメントという分野でグローバル水準を日本に伝えようとしている団体が、グローバル水準であるダイバーシティ&インクルージョンを欠いている…というのは、もったいないと思ったんです。そうそうたる理事メンバーのなかでは背伸びをしないといけませんが、女性であり、二児の母である私がいることで、誰かの背中を押せるなら頑張りたいと思いました。
──ご自身が参画されることで生み出せる価値のために挑戦されたのですね。それでは最後に、松栄さまの今後の展望についてお聞かせください。
やはり「みんなが幸せに生きられる社会」のためにできることをやっていきたいと思っています。多様な生き方、生きる道があっていいと思うんです。誰でも、自分のやりたいことを仕事にできる社会であってほしい。子どもが生まれて、一層強くそう思うようになりました。

そのために、まずはheyの事業をもっと発展させて、「STORES」を事業者たちのインフラとして確立したいですね。いまはまだ、構想のうち5%も実現できていないんです。「STORES」を利用しているだけでOMOの流れに乗れる、商売をする人たちにとってのエスカレーターになれるように成長させたいです。

もうひとつは、人材育成ですね。これも私のレバレッジを効かせるという視点で、プロダクトマネージャー5人を私と同じパフォーマンスが出せるまで育てられたら、5倍の力になる。いかに自分を超える人を育てられるか、またいかに後進のプロダクトマネージャーが育っていく環境をつくれるか、まずは身近な現職で挑戦していきたいと思います。

──「STORES」をインフラとして確立し、だれもが諦めることなく商売をできる未来。日本CPO協会の活動によって、日本のプロダクトマネジメント力を向上する未来。松栄さんがプロダクトマネージャーとして目指す未来と、組織やマネジメントに対するアクションには、「少しでも社会を良くしたい」という思いが込められているのですね。一つの芯を持ってキャリアを選択し、自分が社会に何を返せるかを問いながら邁進する姿勢に力強さを感じました。本日はお話いただき、ありがとうございました!
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