転職で、マーケターとして1つ上のステージを目指した

──前職のマイクロソフトの日本法人でECマーケティングにおいてせっかくポジションを築いたのに、転職を考えたのはなぜですか?
マイクロソフトはアメリカの会社です。時差がありますから、日本が終業時間になったらアメリカ本社が始業する時間で、こちらが週末になってもあちらはまだ金曜日。本社のワーキングタイムにあわせてメールの返信があり、「次の返信をすぐにもらうには今だ!」と思っているうちに昼夜逆転してしまうことがあって。そもそも仕事量が多く、忙しくしていた中だったので、30代後半に差し掛かったころからワークライフバランスを見直すようになりました。

子どもが小学校に上がると、急に親がやることが増えるって言いますよね。実際、私もそうでした。学校から大量にプリントが配られるし、いろんな提出物を求められるし、子どもが忘れ物をしないように持ち物も親が全部管理しないといけない。何より負担が大きいのは、学童保育では、保育園のように長い時間預かってもらえないこと。いわゆる「小1の壁」に、私もぶつかってしまったんです。

──だから、転職先には外資系ではなく日系企業である日清食品を選んだのですね。
それもありますが、もう1つ理由があって。マイクロソフトに入ってから、ほとんどの期間はマーケティングの仕事をしていました。とはいえ、製品を企画開発するのはアメリカ本社です。日本のマーケターはそれを日本で「どう見せるか」「どう伝えるか」「どう売るか」という国内での販売領域が仕事です。今後の社会人人生を考えたとき、商品をつくるところからマーケティングの仕事をしたいという気持ちがありました。だから「本社」で働きたかったんです。

──なぜ日清食品だったのですか?
マイクロソフトでは、ハードウェアのマーケティング担当でした。マウスやキーボードって、そんなに頻繁に買い替えるものじゃない。それにパソコンを使っている人に顧客が限定されてしまう。だから、もう少し消費者に身近な商品を手掛けてみたかったんです。

われながら素早かったですよ。「小1の壁」にぶつかった、その4月下旬に働き方を見直そうと決意して、ゴールデンウイークに転職エージェントに登録して、5月下旬には内定をもらいましたから(笑)。

──とんとん拍子ですね。
正直なところ、エージェントから求人情報を紹介されたときは、「日清食品は確かに面白い会社だけど、私には無理だろうな」と思いました。外資系出身で、業界経験もありませんでしたから。でも、そのとき、アメリカ向けのECを立ち上げるプロジェクトマネージャーを探していたみたいで。タイミングが良かったです。

──まさに経験を活かせるポジションで入社されたのですね。
はい。アメリカのECチャネルの開拓が私のミッションでした。「まず何よりもアメリカのAmazonに出品して、即席めんを売ることから始めてほしい」と。マイクロソフト時代にAmazonへの出品は経験済みです。現地に行かなくても大丈夫だろうと、日本にいながらいろいろ調べて進めていくことにしました。

ただ、アメリカのAmazonで、どんなユーザー層がどんなものを買っているのかを調べていくと、既存のラインナップでは戦えないと気付きました。

インターネットは当時まだ黎明期で、そこでモノを買うのは富裕層がメインでした。送料もかかりますしね。一方、アメリカで即席めんと言えば、お金がない学生たちが買っていくイメージが定着していて。

──ジャンクフードのようなイメージがある即席めんを、そのままAmazonに出しても、富裕層が多いネットユーザーには刺さらないと考えたわけですね。
そうなんです。だから、アメリカEC市場をどうやって攻略するか、私なりのプランを社長に話しました。

その時考えたのが、「本物の日本のラーメンを家庭で味わえる」という打ち出し方でした。日本食ブームと相まって、同じラーメンでも、お店で出すラーメンはすごく人気がありました。流行に敏感なニューヨーカーたちは、高級居酒屋みたいなところで、日本円にして2500円もするラーメンを楽しんでいたんです。その本物のラーメンが家庭で味わえたら面白がってもらえるかもって。それで、日本がラーメンの王様として生み出したブランド「日清ラ王」のアメリカ版を開発して、ネットで販売することを提案しました。社長も「詳しい人がやると違うね」と後押ししてくれて。日清食品グループの行動規範(日清10則)に「外部の英知を巻き込み、事業を加速させよ」というのがあるのですが、入社早々、私の経験がまさにその体現につながったことがうれしかった。もう、すごくワクワクしていました。

つまずいたのはコミュニケーションスタイルの違い

──マーケターとして、販売以外の領域に仕事を広げるという目標に早速踏み出したのですね。アメリカ版「日清ラ王」の開発は順調に進んだのでしょうか。
それが、苦難の連続で…。日本の商品をそのままアメリカに持っていかれるかな、なんて考えは甘すぎました。添加物や色素、原材料に関する規制が日本とアメリカでは違うことで、いろんなハードルが立ちはだかりました。どれも、ITから来た私にはわからないことばかり。発売日を決めて開発の人たちに伝えたら、「なぜ開発できるめどがたっていないのにスケジュールを先に決めるんだ!」と怒られる始末。全然ゴールが見えない。社長の前で、あんなに物知り顔で夢を語っておきながら、それをカタチにできない自分にがくぜんとしました。

正直、気負いも焦りもあったんですよね。日清食品は初めての日系企業で、周りはプロパーがほとんど。管理職には女性も中途入社者も多くありませんでした。外資系育ちですから、1年で成果を出さないとクビになるんじゃないかとも思い込んでいました。

でも、これではダメだと思いました。私1人では何もできない現実を受け入れ、素直に教えを請うことを決めました。開発、生産、SCM(サプライチェーンマネジメント)、財務経理など、色んな部署に行って、教わりながら、果てしなく続くハードルを1つずつ越えていったんです。

その過程を経験してみて、本当によくわかりましたね。新卒で日清食品に入った人たちの、これまでの苦労や背負ってきたリスク、そして誇り。そんな大切なことに目を向けず、わかったようなことを言っていた自分を大いに反省しました。

アメリカ版「日清ラ王」は、1年という目標を少しオーバーしたものの、13カ月で発売にこぎつけました。発売日が決まった時には、もう、泣けましたね。発売できたことももちろんですが、開発・生産部門の人たち、営業部の人たち、大先輩や同僚たちと絆ができたことに気持ちが高まって。ずっとど素人だったのが、ようやく日清食品の仲間になれた気がして本当にうれしかったんです。

──それは外資系企業にはない感覚かもしれませんね。
学生のころは「会社の歯車になんか絶対なりたくない!」って思っていました。でも、これまでにいろんな会社を経験してきたからこそわかります。どんなに大きなムーブメントも、元をたどっていくと1つの小さな歯車なんですよね。その歯車のかみ合わさり方が、会社によって違う。つまり、人と人とのコミュニケーションスタイルが全然違うんです。どれが良くてどれが悪いということではありません。会社の文化であり、個性なんだと思います

私はそれがわからず、マイクロソフトのコミュニケーションスタイルを日清食品に持ち込んでしまった。それで失敗しました。その組織がどういうコミュニケーションスタイルをとっているのかちゃんと見て、うまく進める方法を見極めなくてはいけなかったんです。

これから先、私はどんな環境に行ってもやっていける人間になりたいなと思っています。外資系でも日系企業でも、例えば公務員でも。転職を考えているわけではないですよ(笑)。そうじゃなくて、そういうスキルが、組織のハブ役となるマーケターには必要だと思うからです。

そのためには、善悪の判断基準、自分の芯を持っていなければいけないと思っていて。私自身は、会社員である前に、人間として、清々しい人でありたいという思いがあります。大きな組織ほど、評価に実績だけではない部分が入り込んでしまいがちです。それこそ忖度ができるかどうか、とか。でも、私自身が出世するための損得勘定を身につけた人間になったら、と想像したとき、それって全然幸せじゃないなと思ったんです。子どもたちの前では性格のいい母親でありたいし、会社の外での自分の人間性に悪影響を及ぼすような考え方はしたくない。その点では「優秀な会社員である前に、優れた人間でありたい」と思っています。

──転職先の風土に合わず、辞めてしまうケースが少なくありません。でも、佐藤さんは自分に矢印を向けて、自らの行動を省みることができた。だからいま、マイクロソフトとはおそらく真逆の環境のなかでも、イキイキとお仕事ができているのですね。ちなみに、日清食品に入って、働き方を変えることはできましたか?
時差に悩まされず、オンオフをちゃんと切り替えられるようになりました。家族と一緒に夕食をとることもできるようになり、うれしかったですね。ただ、子育てとの両立がしっかりできているかというと、自己採点では全然ダメ(笑)。やっぱり忙しくて、実家の母の手を借りないとやっていけません。でも、仕事も子育てもすごく楽しいんです。夫も「楽しそうでうらやましい」って言ってくれます。できていないことも多いけれど、前に進み続けてはいるかなと思っています。

──本日はありがとうございました。
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【聞き手】
荒川直哉
株式会社マスメディアン
取締役 国家資格キャリアコンサルタント
荒川直哉
マーケティング・クリエイティブ職専門のキャリアコンサルタント。累計4000名を超える方の転職を支援する一方で、大手事業会社や広告会社、広告制作会社、IT 企業、コンサル企業への採用コンサルティングを行う。転職希望者と採用企業の両方の動向を把握しているエキスパートとして、キャリアコンサルティング部門の責任者を務める。「転職者の親身になる」がモットー。
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キャリアアップナビ
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