いいPRは「売り上げ」と「組織」をつくる 広報歴30年で見えた企業コミュニケーションの可能性 ドミノ・ピザ ジャパン 執行役員 Head of Communications 松原歩さん
「1枚買うと2枚無料!」「お持ち帰り半額™」「マイドミノ(7月22日より『ピザBENTO』にリニューアル)」など、誰もが一度は耳にしたことのあるキャンペーンで、日々メディアをにぎわせるドミノ・ピザ。公式TikTokは、企業アカウントでは驚異のフォロワー40万人超えと、若者へのSNSプロモーションにも成功しています。その裏で広報戦略を仕掛けてきたのは、Head of Communicationsの松原歩さん。ドミノ・ピザ ジャパンで行っているという「売り上げをつくるPR」とは何なのか。今回は、学生時代にドミノ・ピザでのアルバイトを経験したマスメディアンのコンサルタント、加藤巧恭がお話を伺いました。前後編でご紹介します。
私の仕事はストーリーを見つけ出すこと
──ドミノ・ピザと言えば、テレビやSNSで大きな話題を呼んだ、2022年6月の「1枚買うと2枚無料」キャンペーン。当時、PRを担当されていたそうですね。デリバリーでLサイズのピザを1枚買うと、Mサイズ(※現在のSサイズ)のピザが2枚もらえるというキャンペーンでしたが、私たちの想像以上に大バズり。さらに、Lサイズで一番安いプレーンピザを買ってMサイズのピザを2枚もらうという、裏技のような行為が爆発的に広がりました。その結果、ピザ生地や箱の不足、店舗クルーの不足など、全店舗で大混乱が起きてしまったんです。すぐにプレーンピザは対象から外し、箱や材料が不足してしまった店舗は商品のオーダー受付を停止させていただくことに。広報でも、キャンペーン開始翌日から、店舗情報を収集しては営業状況をアップするなど、毎日のようにプレスリリースやWebサイトへの速報を出すという忙しい日々が続きました。
キャンペーンとしては大失敗。ただ、役員たちは「失敗で終わらせたくない。1カ月以内にリベンジしよう」と言ったんです。なぜならドミノ・ピザ ジャパンのモットーは「Hungry To Be Better」、よくすることにハングリー、だから。2022年7月から実施した2度目は、そのモットーを掲げ、会社を挙げて頑張ることをお客さまに宣言し、リベンジキャンペーンとして実施。1度目と違って、十分な用意のあるピザ生地や箱、店内のクルーの働く様子などを、私も日々情報発信していきました。リベンジキャンペーンの成功は、メディアにも多く取り上げられていきました。 ただ、それでもネットニュースのコメントには「クルーが暑い中頑張っていてかわいそうだ」などのネガティブな声が見られました。それを受けて、お客さま満足度が一番高かった熊本迎町店には、インセンティブとして1日の夏休み休暇が与えられることに。そして、店長とクルーに代わって、COOやCMOをはじめ役員や本社スタッフが、1日店舗運営を行うことになったんです。
この社内施策「役員が1日店舗運営」の決定を聞き、私はPRとして伝える価値があるストーリーだと直感しました。なぜなら役員が現場を視察に行くことはあっても、スタッフを休ませて代わりに働くなんて、ドミノ・ピザ ジャパンじゃないとできない決断だと思ったからです。「社内施策をPRするのか」など、最初は役員から疑問の声も上がりました。ですが、これこそがコーポレートPRであり、引いてはコンシューマーPRにつながると訴えて、リリースを出すことに決まりました。
──実際に、社内施策をPRした影響はいかがでしたか?
当日は、ピザづくりからデリバリー、ワブルボード(通行人にボードを振って、サービスや商品をアピールするパフォーマンス)による呼び込みまでこなす役員たちに一日密着。事前のリリースからテレビやメディアでも注目を集めて。働く大人を見に来たという熊本の中学生から、経営の話を聞きたいという地元企業の社長など、朝11時の開店から午前0時の閉店まで、多くの人が押し寄せました。なかには、役員と一緒に記念撮影をしたいと言うお客さまもいて、有名人でも来たかのような大騒ぎでした(笑)。
自分の想像を超えて多くの人にメッセージが届いた、うれしい瞬間でしたね。この施策は大きな話題を呼び、日本広告業協会(JAAA)による「第10回 広告業界の若手が選ぶ、コミュニケーション大賞」でファイナリストにも選出していただきました。
PRの仕事はストーリーづくり。人ってストーリーで物事を理解するんです。たとえば「同僚の〇〇さんは喉の調子が悪いそうだ。昨日飲みすぎたのかな、それとも大声で歌ったからなのかも」など、何かしら理由をつけて納得する。これは私たちが日々自然に行っていることですが、PRも同じことなんです。
「1度目は失敗、でも一丸となって行ったリベンジは成功。結果は前年売り上げを超えるほどになり、私たちは頑張りました」というストーリーにして、リリースを発信する。また、実はリベンジキャンペーンでも販売に一部課題が残り、クルーの増員や、対象範囲をお持ち帰りピザまで拡大するなどして、3度目のリベンジも実施しています。その際には「ドミノ・ピザ魂にかけて、このままでは終われません! さらにパワーアップしてもう一度チャレンジします」とのリリースを発信しました。
そうやってPR価値のあるストーリーをつくって発信することで、お客さまにキャンペーンを楽しんでもらい、商品や企業のイメージアップにつなぐ。そして、売り上げに貢献する。これが私の行ってきた「売り上げをつくるPR」です。
売り上げをつくることも、人と組織をつなぐこともできるのが「PR」
──この春から社内広報にも取り組まれているとお聞きしました。広報マネージャーとして入社した2021年には、広報部署はマーケティング部内にあり、マーケティングと密に連携してPRを行ってきました。しかし今年初めに、社外広報と社内広報がひとつのチームとして再編成され、コミュニケーション&コーポレートアフェアーズ部として独立。その部長(Head of Communications)を務めることとなりました。社外広報と同じように、社内広報も重視しようという流れになったのです。
ドミノ・ピザは、ピザの注文受付から調理、デリバリー、店員のトレーニング、マネジメント、マーケティングなど、すべてに「人」が関わる。その「人」を動かすのが、「ストーリー」や「情報」です。社外PRで実践してきたストーリーや情報によって「人」を動かす、モチベーションを上げるということを、社内でも行っていこうと今考えています。
先日、新商品を出す前に社内で試食会を行いました。その際に、普段メディア向けに発信している商品の企画意図やメッセージを、社内にも同じように伝えてみたんです。新商品の味とストーリーを理解してもらうことで、社員の販売への熱量が変わってきているのを感じました。
今後、社員へ商品メッセージを浸透させていけば、メディア上で広報が出すコミュニケーションと、各店舗に立つクルーのコミュニケーションが、一致するようになると思います。そうやって、タッチポイントごとに同じコミュニケーションが取れると、お客さま側も「SNSで見た商品を店舗でもおすすめされた。じゃあ購入してみようかな」と、さらなる売り上げにつなげることができる。人と組織をつなぎ、さらに売り上げにもつなげられるPR、私はそれを目指したいです。 ──「コーポレートPRやプロダクトPRは、企業と社会の対話だと思う」と話す、松原さん。それは、PRという形で発信されるストーリーが、異なる立場や考えを持つ「人」と「企業」を結び合わせているということ。広報スペシャリストである松原さんのキャリアのスタートも、じつは異文化コミュニケーションにありました。後編では、松原さんの現在をつくったNPOでの経験、長年携わってきたPRの魅力とは何なのかをお聞きします。
この記事は前後編です:後編はこちら
「広報がやりたいと思ったことは一度もない、私の仕事はみんなにハッピーをつくること」