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『いいPRは「売り上げ」と「組織」をつくる 広報歴30年で見えた企業コミュニケーションの可能性』

目的達成のためにやっていたことすべてがPRだった

──NPOでキャリアをスタートされてから今まで、ずっと広報職をされています。当初から広報職を希望して、就職されたのでしょうか。
いえ、実は広報の仕事をしようと思ったことは一度もなくて。NPO在籍時代に取り組んだNPO法(特定非営利活動促進法)の成立、つまりゴールの達成のために行っていた手段が、結果すべて「広報」だったんです

学生時代、将来は英語を使って仕事がしたいと思い、テンプル大学の日本校に入学しました。その後、英語を使って異文化交流を支える仕事に興味が湧き、1995年にNPOの日本太平洋資料ネットワーク(以下JPRN)日本支部に就職しました。

JPRNは、アメリカに工場を進出させた日本企業の、現地でのCSR活動の啓発や、地域住民とのコミュニケーションを支援する団体です。当時、アメリカではCSR活動が一般的でしたが日本企業ではまだ少なく、地域住民からのバッシングがよく起こっていました。JPRNはそのような現場へ介入して、異文化コミュニケーションの橋渡しをしていたんです。私はJPRNの広報や現地での企業活動支援を行い、英語での交渉スキルを鍛えることができました。その後、NPOのシーズ(現在は解散)に転職し、事務局長と2人で、NPO法の成立を目指していくことになります。

──たった2人で法律の成立を目指す……? 非常に難しいゴールだと思いますが、松原さんはPRのためにどのような手段を取っていったのですか。
世の中にあるすべての手法を使い尽くしましたね。言ってみれば、そこまでしないとつくれないのが、法律だったんです

現在は日本全国に5万団体ほどあるNPOですが、1990年代当時はまだ法人制度がなく。自由に草の根活動を行いたい市民団体を支えるための制度制定を、日本でも諸外国と同じように目指そうという動きが起こっていました。その制度制定のために活動していたNPOがシーズです。複数団体で結成されてはいましたが、私含め国会議員の知り合いは誰もおらず。PRの経験もまともにないなか、自分でうまい例をまねる、実行する、改善するを繰り返しながら、地道にPR活動を行っていきました。

ニュースレター、イベント、プレスリリース、メディア対応、出版、Web、SNS、Google広告、ファンドレイズ……など。最終的には国会で過半数の賛成を得られなければ、法律は可決されません。議員の考えを変えるためなら、5大紙の社説だって押さえて、世論を「NPO法は必要だ」という方向に変えていきました。そうしてありとあらゆる手段を使い尽くし、1998年3月19日、ついにNPO法が可決成立。これが私の、PRで結果を出せた原体験です。
その後は、寄付税制の制定の活動を行うとともに、どんな人でも望めばNPOの制度を使えるように要件の緩和などに努め、法成立から17年。私の掲げたゴールは達成できたので、シーズを離れる決意をしました。

──その後は広報職を専門にキャリアを重ねられています。初めての事業会社となった、PRエージェンシーでのお仕事はいかがでしたか。
2015年に、ウェーバー・シャンドウィック(現IPGデクストラ・ジャパン)に入社しました。ただ転職はとても苦労して……。自分が長年行ってきたPRやコミュニケーションの経験を活かしたいと思ったのですが、NPOで20年という経歴から、日本の一般企業ではどんなに経験を説明しても理解してもらえませんでした。そんななか、外資系PRエージェンシーである同社は、NPO出身者が社員にいたことから、理解を得られて採用が決まりました。 

NPOとPRエージェンシー、働いてみたら私にとってはまったく違いはありませんでし。初めて受託側として、大手企業のBtoBコミュニケーション支援を行いましたが、ニーズを聞き取って、ゴールを達成するための手段として、コミュニケーションをつくる点では同じ。一度に5社など、クライアントごとにまったく異なる業界を経験できるのは、エージェンシーならではですね。

ただ、だんだんと、プロジェクトの最後の最後の結果までコミットしたい、受託されるプロジェクトの一部分ではなく全体を見たいと思うようになり。エージェンシーではなく事業会社が自分には合うかもしれないと、2019年にオンライン旅行サイト「Trip.com」を運営するグローバル企業、シートリップ・インターナショナル・トラベル・ジャパンへと転職しました。

──ここでは、広報部門の立ち上げやBtoC のコミュニケーションを初めて経験されたそうですね。一人目のポジションというのは何をしたらいいのか、周りに協力者はいるのかなど、不安に思う方も多いですが、松原さんはいかがでしたか。
日本支社のPR部門の立ち上げから参画して、BtoCやBtoGコミュニケーションを行っていました。ただ、私は不安を感じないたちで……(笑)。企業がPR部門を立ち上げようとするからには、社長など社内の誰かがPRを強く必要としているはず。まずは、そのニーズや企業の課題を汲み取って、広報スキルを活かしてどんな結果が出せるかを話し合っていきました

また、この会社でBtoBからBtoCへとシフトチェンジしましたね。BtoCは、相手の求める情報の変わるスピードが早いため、それに合わせてPRもスピード感を持って、情報をコントロールする力が必要でした。

2年弱経験を積みましたが、コロナ禍で予算減額が決まってしまい。引き続きBtoCコミュニケーションを担当できる事業会社を希望して、マスディアンの転職支援サービスを利用し、現職に転職しました。

──ドミノ・ピザ ジャパンへ転職した決め手は何でしたか。
意思決定やコミュニケーションがすごくスムーズで、フィーリングが合うと感じられたからです。面接の場で、CMOに対して、ドミノ・ピザ ジャパンのPRやコミュニケーションに足りないポイントや私なら何ができるか、をプレゼンしたんです。CMOも非常に私の説明を気に入って、ざっくばらんに話すことができ、この人となら一緒に仕事がしやすそうと感じて。そのまますぐに入社を決めました。

──実際に入社してみてよかったことはありますか。
「1枚買うと2枚無料」リベンジキャンペーンの際に行った「役員が1日店舗運営」をPRしたい、という役員への提案は、まさに事業会社でなければ、難しかった部分でしたね。それまでに社内で結果を出して信頼も得ていたからこそ、実現したのだと思います。

また、企業と自分に一致する考え方があったんです。それは、ドミノ・ピザの行動指針のひとつにある「ハイボリューム・メンタリティ」。全社員、全アルバイトがいかなる状況でも、積極的に何事にも挑み、またすべてをポジティブに捉え行動していくことを意味します。

私はたくさん仕事があっても、すべてにベストを尽くしてきました。適当にやったり、時間がないからと諦めたりすることは絶対にしません。なぜなら全力で取り組まないと、あとから振り返ることができないからです。ベストを尽くせなかったから失敗だった、で終わってしまうんです。今後もドミノ・ピザ ジャパンで、全力でPRに取り組んでいきたいですね。

常に相手視点、みんなのハッピーをつくればPRはうまくいく

──約30年間携わってこられたコミュニケーションやPRの仕事。ずばり一番やりがいを感じる部分はどこですか?
PRによって、多くの人の考えや行動を実際に変えることができたときです。なかでも最もやりがいを感じたのは、やっぱりシーズでのNPO法成立を実現させたあの日ですね。NPO法が成立したことで、多くの人がNPOとして自由に活動できるようになりましたから。 

──最後に広報パーソンへのアドバイスをお願いします。
広報をやりたい人へに向けて何か、と言われると、難しいんですよね。私は、広報はその先のゴールを達成するための手段だと思うので。

そのうえで、PRに大切なのは「常に相手視点で相手と仕事をする」という意識だと思います。PRは自分の言いたいことをいってもしょうがない。社長だけを喜ばせるためにPRするわけでもない。まず、社長、社員、関連会社、顧客などあらゆる方向を向く。SNSなどのアーンドメディアもますます重要になるでしょう。広告でもなくペイドでもなく、企業と関わりのない第3者の発信する情報で、コントロールできないからこそ、そこから生まれる影響力は時に非常に大きなものとなります。

PRは、みんなにハッピーをつくらないと結果が出ません。ハッピー、つまりニーズを読み、収集した情報をコーディネートして、PRへと活かす。それができてこそ、PRの仕事は人や組織をつなぐことができるんです
──異文化コミュニケーションに興味を持ったことから、広報パーソンとしてのキャリアを歩み始めた松原さん。傍目には、商材や業態が大きく変わったように思えますが、「私にとっては、仕事の本質は変わらない」と話す姿が印象的でした。それはPRの根幹は、異なる立場の人や企業を結ぶ、異文化コミュニケーションだとお考えだからなのでしょう。そしてそれこそが、松原さんが興味を持ち続ける、PRの魅力でもあるのだろうと感じました。本日はありがとうございました。
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加藤 巧恭
株式会社マスメディアン
国家資格キャリアコンサルタント
加藤 巧恭(かとう こうすけ)
広告・マーケティング・クリエイティブ職種専門の採用コンサルタントとして、100社を超える企業の支援実績を持つ。採用担当の立場を理解した提案をモットーに、自社の新卒採用担当の経験も活かし、本当に採用企業のためになる提案をする。
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