──石角さんは、どのような経緯でAIの可能性に気付いたのでしょうか?
Google本社に勤めていた2010年ごろ、クラシフィケーション(分類器)を制作するプロジェクトチームに配属されたことがきっかけです。それまでAI領域では欠かせない「機械学習」という言葉も知りませんでした。しかし、業務と並行して独学で勉強し、社内の優秀なエンジニアに頼み込んで勉強会を開いてもらうなかで、AIに魅了されていきました。

アメリカでは、当時からプロダクトの設計・開発に機械学習の技術を用いることが当たり前になっていました。さらにアメリカのビジネススクールではAI・DXを専門的に学習するクラスが近年増えており、アメリカは世界を大きくリードしているといえます。対して、日本では「AIに仕事が奪われるのではないか」といった誤解が生まれ、アメリカと比較すると「2周遅れ」の状態なんです。

私はGoogleを退職後にAIベンチャーを2社設立し、日本企業にもAIプロダクトを売り込む機会があり、何人もの経営者からお話を伺いました。そのなかで、日本企業の構造的な課題を目の当たりにすると同時に、アメリカをも追い抜ける可能性があることに気付き、2016年にパロアルトインサイトを設立することにしました。現在では、約100社の日本企業を支援しています。

──「構造的な課題」と「可能性」とは、どのようなものなのでしょうか?
日本はアメリカと比べてエンジニアが圧倒的に不足しており、そのほとんどはITベンダーに勤めています。そのため、ITサービスを使うユーザー企業には知見が蓄積されず、DXへ柔軟に対応することができないのです。

しかし、この課題は可能性でもあります。日本企業は社長直下に少数精鋭のメンバーを配置して、AI・DX推進を進めていくことが多いです。この進め方は、DXを成功させるために適切です。アメリカの場合はユーザー企業にもエンジニアが在籍している反面、特定の事業部のなかだけでデータパイプラインがつくられ、ツール導入が進んでしまいがちなんです。日本企業は、長直下で全社横断型なので、データやツールの一元管理等がうまくいきます

ただし「少数精鋭」ということは、そのチームだけでは推進力不足も懸念されます。実際に予算を出してツールを利用するのは彼らではないため、ほかの事業部との連携は不可欠です。AIビジネスデザインを成功させる上でも、社員全員がデータの価値を理解し、会社全体で協力することが重要です。

歴史的な魅力が、面白い未来を創造する

──広告業界でもAIを活用したクリエイティブは増えつつありますが、まだまだ普及していない面もあると感じています。そんななか、AIと人間が協業して取り組んだプロジェクト「TEZUKA2020」で制作された、手塚治虫先生の新作漫画『ぱいどん』(モーニング13号に掲載)が公開され、話題を集めましたよね。石角さんは某メディアの企画で、手塚先生の長男である手塚眞さん、プロジェクトの発起人である折原良平さんと対談されていましたが、今回の取り組みについてどのように感じましたか?
『ぱいどん』は、まさに「AI×クリエイティブ」の成功事例だと思います。

この作品では、「GAN(敵対的生成ネットワーク)」という技術を活用してAIに「手塚先生らしさ」を学習させ、『ぱいどん』のキャラクターを生成していました。そこに人間がキャラクターの画像データを読み込ませ、学習フローに沿って導いていくことで、本物の手塚先生が描いたかのような作品が生まれたんです。これは手塚先生の過去作をすべてデジタルデータとして保管していたという環境設定と、デザイナーやエンジニアの努力の賜物だと思います。

このプロジェクトの最大の功績は、AIを活用することで「知識の伝承基盤」がつくられたことです。2016年にMicrosoftらが実施したプロジェクト「The Next Rembrandt」でも、バロック絵画の代表的な画家であるレンブラントの作品を、AIの機械学習によって再現し、本物と見間違うほどの作品をつくりあげていました。こうした先人たちの思想をAIによって再現させる取り組みには、文化的に大きな意味を持ちます。

歴史的な作品の多くは、美術館に展示されて、鑑賞されるだけになりがちです。それ自体にも意味はあるのですが、AIを活用することによって再現可能性という新たな意味が生まれます。クリエイティブに新たな選択肢が生まれたことで、今後AIによってどのような社会が実現するのか、とても楽しみになりましたね。

──企業の課題解決のためにも、ワクワクする社会を創造していくためにも、AIを活用することで新たな道が開かれるのですね。
エンジニアだけでなく、マーケティングやクリエイティブ領域で活躍する人々にとっても、AI技術を活用することは必須スキルになると考えています。

例えば、マーケターと呼ばれる人のなかには、Webサイトへのアクセス数を眺め、現れた数値に併せて広告を配信して満足している人もいるかもしれません。でも、こうした領域はいずれAIによって自動化されてしまう。するとその人の仕事はなくなってしまうことになる。アクセス数などのデータは結果を見て終わりではなく、そこに隠れた潜在的な課題を読み解くことで、大きな威力を発揮します。大量のデータを分析し、全員が理解できる形に標準化できる人こそが、会社の推進力となる「スーパーマーケター」に飛躍できるのです。

──AIの導入によって、人々の働き方にも変化が求められてくることがわかりました。こうした動きが促進された先には、どのような未来が待っているのでしょうか?
AIと人間の協業が当たり前の社会になってほしいと思いますね。AIにはまだまだ正しく理解されていない部分が多く、なかには「AIに仕事が奪われる」と考えている人もいます。しかし、AIは決して、人間と敵対する存在ではありません。実際には、「AIに仕事を任せた分だけ、人間が新しいことに取り組める」というのが正解。AIは、社会に導入した分だけ仕事の効率性や収益性が上がり、人間が持つ付加価値を発揮しやすくなるものなんですよ。この素晴らしい技術を正しく理解し、活用していくことが大切です。

しかし、協業する社会を実現するためには、AIを活用できる人材がまだまだ不足しています。これからAI領域でキャリアを築きたいという人を増やしていくためにも、技術と社会が融合した大きなマーケットをつくり、スキルを磨きやすい環境をつくっていかなくてはいけません。

こうした基盤が整えば、AIが正しく認知され、広告・Webをはじめ、あらゆる場面で活用されるようになるでしょう。クリエイターがAIを支援ツールとして利用することが当たり前になれば、そこから次なる『ぱいどん』が生まれ、より面白い世界につながっていきます

フェアゲームを制するには

──これまでほかの業務に追われていた人に時間が生まれ、真のスキルを発揮しやすくなる。AI技術が日本全体に普及することで、これまでにない変化が起きそうですね。
それこそ、都心部と地方の企業格差は、今後はより平坦化してくると思います。

いまはどんな場所にいたとしても、誰もが平等に情報を得ることができる社会です。この動きが盛んになることで、日本の「東京中心主義」は変化てくると思います。最近の事例でいうと、岡山県で製造業を営む経営者の方から、事業に対するデータ活用について相談を受けているんです。そのクライアントはお話をいただく以前からデータの価値を理解し、10年前から自分たちでシステム開発を行い、業務データを蓄積されていました。しかし、それらのデータは事業に活用できておらず、ただ保管されている状態だったのです。

こうした企業の課題を解決できるのがAI技術であり、いち早くータの価値に気付いた人が活躍できる社会になるのではないでしょうか。

──場所を言い訳にすることはできない社会になっていくのですね。
今回のコロナ危機よって、この変化はより大きくなってくると思いますよ。人と直接会うことが難しくなったことで、営業活動もすべてオンラインで行われるようになりました。そうなると、住んでいる場所が東京でも、大阪でも、沖縄でも、アメリカでも、できることは変わりません。ある意味では全員がフェアな条件で戦えるようになっています。するとオンラインコミュニケーションを強化する企業も自ずと増え、そういう意味でも、データを制する企業が勝つ社会になるのは間違いありません。

0から1へ、1から100へ

──AIによって新たな可能性が見えてくる一方で、コロナ危機によって不安を抱える人も多いと思います。希望と不安が入り交じるなかで、これからの未来を担うみなさんへメッセージをお願いします。
コロナ危機によって、これまで当たり前に思っていたことが、見直される社会になってくると思います。前提として存在していた社会規範は崩れ、仕事のあり方も大きく変化していく。それは、これまでの働き方が通用しなくなる、ということでもあります。

これまで、会社のなかでうまくコミュニケーションを取っていたことで、周囲から高く評価されていた人もいるでしょう。しかし、働き方のオンライン化が進むことで、生産性を重視した評価基準に変化していきます。優秀だと思われていた人が実はそうではなかったとバレるかもしれませんね。私たちを取り巻く環境は、今後も目まぐるしく変化していくので、周囲に依存した働き方はできなくなる。だからこそ「なにを実現したいのか」という自身の価値観を大切にする必要があると思います。

──自分の信念を軸に、社会と向き合う必要があるのですね。
また、このような状況だからこそ、行動を起こす意識が大切になってきます。

近年はAIを活用したビジネスの考案・設計を行う「AIビジネスデザイナー」を目指す方がすごく増え、ありがたいことに当社にエントリーいただくこともあります。しかし、実際にお会いしてみると、AIについてなにかしら経験した「1」を得ている人と、そうでない「0」の人では大きな差が生まれます。

例えば、NASAでは自宅にいながら火星探索のお手伝いができるボランティアを募り、日本人のエンジニアが参加していました。こうした機会はインターネットを通していくらでも見つけることができます。こうしたチャンスをつかんで「1」を得た人と、本で得た知識や熱意だけにとどまっている「0」の人では、スピードや適応力など、仕事におけるスタートラインが全然違います

一見すると両者の差は「1」のように思えるかもしれませんが、「0」の場合は土台になる要素がなく、なにを掛け合わせても「0」。両者の本当の差は、単純な「1」ではなく、無限大なんです。ウィズコロナ時代ではこの差がより明確になっていくので、いずれは「0」と「1」の人が活躍できるフィールド自体が区分けされ、境界を超えることはより困難になるでしょう。だからこそ、未来を担う若い世代には、いまのうちに「1」になって欲しいと考えています。そのためには、経験を積む以外ありません。

そして、経験を上手く伝える能力も重要です。転職という場面でいえば、面接官や採用担当者って、話を汲み取り、客観的に評価できる人ばかりではありませんよね。それでも、限られた時間の中で人を評価しなければならない状況なので、伝える側がいかに自分を表現できるかが求められます。

まず「0」の人は「1」になる。「1」になったら、それを「10」や「100」に活かすことができることを発信する。世界中に自己発信する手段はいくらでもあるので、自分に合った方法を試してみてください。大切なのはインプットするだけでなく、アウトプットまで落とし込む力です。いまはピンチではなくチャンスです。誰もがフェアな条件になっているからこそ、巡り会えたチャンスを掴みとり、「1」からスタートして欲しいと思います。

──このような状況だからこそ未来を見据え、積極的にアクションを起こしていくことが重要なのですね。AI時代の到来によって人間の真価が発揮され、どのような変化が起きていくのか、より一層楽しみになりました。本日はありがとうございました!
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