PtoCの台頭と、この先の芸能プロダクションのあり方

──貴社が掲げている芸能人の新しい形「芸能人2.0」ついて詳しく教えてください。
「芸能人2.0」とは、インフルエンス力と芸能スキルの両方を持ち合わせたタレントの新しい形だと考えています。前提として、インフルエンサーと芸能人では、スキルに大きな違いがあります。まず、インフルエンサーは言わずもがな、とても高いインフルエンス力を持っています。自身が大きな影響力を持った一つのメディアであり、個人の自由な発想と表現によって、多くのファンに影響を与えています。彼ら自身は興味のあることを発信しているに過ぎません。一方で芸能人は、所属する芸能プロダクションが用意したボイストレーニングや話し方、受け答えの作法など、各種レッスンを受けて、伝える力や演じる力など芸能スキルを身につけているのです。

このように、インフルエンサーは独自で高い影響力を兼ね備える一方で、芸能スキルを学んでいないことが多い。対して芸能人は、芸能プロダクションからスキルセットを学ぶ場を用意され、プロとしての能力を兼ね備えている。それぞれ異なる能力を持っているのです。

若年層を中心にテレビ離れが進む現代においては、消費者といかに多くの接点を持てるか。それがビジネスでは重要となります。それを考えたとき、芸能人に今後求められるのは、インフルエンス力と芸能スキルの両方なのです。3年後、5年後などこれからの世界には、そうした人しか生き残れなくなっているかもしれない。僕はそう考えています。そのため、将来的に多方面で活躍できる「ハイブリッドタレント」を生み出すことを当社では目標に掲げています。
──昨今では芸能人がYouTubeに進出することも増えていますが、それは「芸能人2.0」とは違うのでしょうか?
芸能人のYouTube進出は、インフルエンス力をつけるために新しい領域に拡大してきたに過ぎないと僕は考えています。それではせいぜい「芸能人1.5」。先述のとおり、僕の考える「芸能人2.0」は、プロとしての芸能スキルを持ちながら、高いインフルエンス能力を持つこと。加えて、自身の考えでコンテンツを発信し、自走する力を身につけていることも重要であると考えています。現状では、多くの芸能人の方は、企画をつくる人と演じる人が役割分担をして、YouTubeチャンネルを始めるケースが多いです。そうではなく、タレント自身が企画を考え、撮影も行う。企画力を持つことも「芸能人2.0」では目指しているのです。

また、もう一つ「芸能人2.0」に欠かせない要素は、明確な目標を持っていることです。よく「YouTuberになりたい」と言う人がいますが、そういう人は当社の考える「芸能人2.0」には合致しません。「YouTuberになる」ことはゴールではなく、あくまで手段であり、その先にもっと大きな絵を描けているか。大きな夢を持つことが欠かせない要素であると考えています。

昨今、「PtoC(Person to Customer)」という言葉が出てきているように、影響力を持った個人が顧客に直接訴求できるプラットフォームが次々と台頭しています。そうすると、芸能プロダクションを含め、タレントと顧客の間を仲介している、あらゆる代理店が不要になってきます。そのため当社では、従来の表舞台に立つタレントとその舞台を用意する芸能プロダクション、という関係の構築はしていません。タレント本人がメディアそのものになれるように、「PtoCモデル」を構想しているのです。

例えば、景井ひなというタレントが当社には所属していますが、我々が目指しているのは「株式会社景井ひな」という一つの子会社をつくるようなマネジメントであり、彼女が描く世界観を彼女自身が実現していくこと。それが未来を見据えているビジョンなのです。

──景井ひなさんといえば、2020年7月にTikTok のフォロワー数が300万人を突破し、Tik Tokフォロワー数が女性で日本一となったとお聞きしました。わずか1年弱でそれを成し遂げた理由はなんだとお考えですか? 
彼女は継続力がずば抜けているのですよ。彼女は「みんなが帰って一息つく時に、クスッと笑えて楽しめるコンテンツ」を掲げて毎日19時に必ず動画を投稿しているのですが、もう1年以上、急病時以外1日も怠ったことがありません。うちの事務所に所属する以前の個人での活動のときからずっと続けている。しかも彼女自身で企画から出演までを手がけているのです。その徹底ぶりがフォロワー数という結果に結びついたのでしょう。執念こそが彼女の才能であり、多くの人に支持されている理由であると、僕は思いますね。
景井ひなさん<br />
2019年3月の本格始動からわずか10日でTikTokにて10万フォロワー、2019年12月には100万フォロワー、そして2020年7月には320万人を突破し、女性Tiktokerで日本一のフォロワー数を持つ。
景井ひなさん
2019年3月の本格始動からわずか10日でTikTokにて10万フォロワー、2019年12月には100万フォロワー、そして2020年7月には320万人を突破し、女性Tiktokerで日本一のフォロワー数を持つ。
また、彼女はプロデュース力も秀でています。動画以外にも景井本人がプロデューサーを務めるプロジェクトを現在進行しています。そのため、彼女こそがまさに、インフルエンサーであることをゴールに置かず、その先のより大きな絵を目指していく「芸能人2.0」のモデルケースと言えますね。当社としても、彼女の持つさまざまな魅力を多くの場所で発信できるように、これからも二人三脚で歩んでいくつもりです。

芸能人2.0の原点

──ここからは鈴木さんご自身のキャリアについても伺いたいと思います。2020年7月現在29歳の鈴木さんですが、14歳で起業されたとお聞きしました。
14歳で起業と言うと大それた感じがしますが、実は僕自身そんなつもりはなかったのです。当時は経済的に余裕がない家庭環境でした。両親が苦労して僕を育ててくれているのを見て、どうにかして自分でお金を稼げないかと思ったのです。そこで14歳のとき、中国から仕入れた商品をインターネットで販売するECサイトの運営を始めたのです。そして、より多くの人にサイトを訪れてもらえるように、インターネットの検索順位を上げる施策も始めて。高校に入ったころからは SEO 対策のサポートサービスも個人で請け負うようになりました。

さらにその後、アフィリエイトが流行り始めた時期には、Yahoo!知恵袋でベストアンサーを多く持つ人に、アフィリエイト商材のPRを依頼する代理店事業も始めました。10年以上も前ですが、いま考えると当時からインフルエンサーマーケティングに近いことをやっていましたね。

──当時はまだインフルエンサーという言葉も生まれていない時代ですが、なぜそのような事業をやろうと思ったのですか?
僕は中学生のころから、「どうすれば人に知ってもらい、購買に至るのか」という行動心理学を勉強していました。そしてその一環として、カスタマージャーニーマップを描いていたこともあるのです。「人が商品を買うまでの間に必要なもの」がなにかを考えたとき、自分が信頼している人に勧められるのが一番有効だという結論に至りました。口コミサイトもそうですよね。それを応用して、「口コミをする人」という点にフォーカスしたのです。

その後大学に進学し、統計と SNS マーケティングを学んでいました。在学中に、とあるビジネスコンテストにも出場し、賞を受賞することができました。それをきっかけに東京のベンチャー企業からお声掛けいただき、動画共有コミュニティサイト「MixChannel」の立ち上げに参加する機会を得ました。ここでの経験が僕の人生ではとても影響が大きく、現在の活動にも活きている部分が多くあります。
「MixChannel」では約2年間お世話になり、数百から多い日は数千の動画を毎日見てきました。それだけ多くの数の動画を見ていると、「どういう人がどのような動画を投稿すると、どのように伸びていくのか」を予測できる力が身についてきたのです。この経験を裏付けに、いまでもSNSなどから人材のスカウトを行っています。例を挙げると、先述で紹介した景井ひながその代表です。彼女は動画を投稿し始めた初期から、再生回数を伸びていくパターンを築けていました。それをSNSで見かけてスカウトし、当プロダクションへ所属するに至りました。

また、僕がインフルエンサーに着目するようになったきっかけがもう一つあります。転機となったのは、僕が大学院生だったころ。当時は僕自身もSNSをやっていて、数万人のフォロワーがいました。そして大学院生最後の夏休み、思い出をつくろうと「自転車で東京から九州を旅する」という企画を行いました。僕が持つ荷物は、水と着替えと空気入れとタイヤのチューブのみ。財布も持たないで、旅先にいるフォロワーの皆さんに支援していただくことで、九州を目指したのです。いま思うととんでもない奇行ですよね(笑)。

でも実際に、行く先々で、100人以上の人が来てくれて、彼らの支援だけで九州まで行くことができたのです。このときに、SNSの持つインフルエンス力を、身をもって体感しましたね。この経験からインフルエンサーマーケティングの価値を再認識し、「芸能人2.0」のビジョンをつくり上げ始めました。

未来を予測する力を身につけるには?

──そして、2020年6月からはホリプロデジタルエンターテインメントの代表取締役社長に就任し、いまに至るというわけですね。ここまでお話を聞く限り、鈴木さんの人生はSNSの黎明期から、未来を先読みして動いてきたような印象があります。
言われてみると確かに、ここまでの僕の人生は「未来を先読みして動く」ことが多かったですね。いまも2025年のエンタメの世界を見据えて動いています。僕が予想する2025年のエンタメの世界は、AbemaTVやNetflixなどのインターネット配信が世の中のエンタメの主要なプラットフォームになっていると思います。そしてその中身である、コンテンツに重要になるのが、「誰がつくった」や「誰が出演している」ではなく、「登場人物がどのようなストーリーを持っているのか」であると考えています。最近でも、「Nizi Project」がとても話題を呼んでいるかと思います。デビュー後からの活動ではなく、その前段階であるオーディションから発信していく。そこで見えた彼女たちのリアルな姿に、共感し応援していく人たちがSNSを通して多く生まれたと思います。ポイントになったのが、「なぜそうなったのか、経緯が見える」ことです。

いまの世の中では情報が溢れ、消費者は多くの情報をもとに、自分にとってメリットのあるものを取捨選択できるようになりました。消費者は、限られたライフタイムを有効に使うために、常にコンテンツに優先順位をつけて、必要ないものは切り捨てていく。そこで生き残っていくのは、よりクリーンなコンテンツです。野菜が、生産者の顔が見えるものや無農薬のものを求められるように、エンタメのコンテンツにも健全で安心して楽しめるものが求められる社会になっていくのです。

結局、人が求めるものの根源の部分にあるものは、野菜もコンテンツも変わらないと、僕は思っています。クリーンなものと、良いか悪いか判断できないグレーなものがあれば、誰だってクリーンなものを選びますよね? 野菜だからクリーンなものを、コンテンツだからグレーなものを選ぶ。そんなことは決してないのです。いま目の前にあるモノが野菜やコンテンツなどに姿かたちを変えているだけで、世の中の法則や人の欲求は不変であるのだと思います。

だからこそ、僕自身も孫子が生み出した兵法に基づいた経営手法をとっています。この兵法には、戦争における戦略・戦術が書かれていますが、そのロジックはすべての物事に当てはまります。戦争をビジネスへ、武将を企業に置き換えれば、そこから現在でも有効な戦略・戦術を見出すことが可能なのです。一見、関係がない物事たちでも、そこから法則性を見出すことで、未来を予測するためのヒントを得ることができますよ
──物事の法則性を見出すためのコツはありますか?
まずは自分で実行して、たくさん失敗することだと思います。一つの成功は、一万の失敗の上にある。僕もたくさん失敗してきました。その経験のなかから、成功への確度が高いものを見極める能力を身につけていくことが大事です。僕は失敗をしても、それを失敗だと思わず、成功のための「チューニング」だと捉えるようにしています。「こうしたらこういう結果になった」だから、「次は別のやり方を試してみよう」と、チューニングするための材料ができたと思えばいいのです。それに、多くの経験をしてきたというだけで市場価値も高まりますし、そういった人材が今後ますます求められるのではないでしょうか。

──最後に、鈴木さんご自身の夢を教えてください。
僕はこの会社を無理やり大きくすることは一切考えていません。それだとNPO 法人ではないかと笑われますが、誰かの夢をかなえられる人になりたいのです。きれいごとではなく、それが僕の天職だと思っています。僕はずっと青春時代であり続けたい。青春真っただ中のタレントが夢をかなえていく姿を見ていると、自分も同じ経験をしているような気持ちになれて、それがすごく心地よいのです。誰かが輝いている姿を見ているのが僕の幸せなので、そんな人生を追い続けるのが僕の夢ですね。

──ホリプロデジタルエンターテインメントが「芸能人2.0」のビジョンや、鈴木さんの思うエンターテインメントの未来についてお話いただきました。「姿かたちが変わるだけで、根幹の法則は変わらない」。そう語る鈴木さんのこの先のご活躍にも引き続き注目していきたいと思います。お話いただき、ありがとうございました!
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