TOKYO。夜8時過ぎ。2030年代後半。
 白々とした照明の下で人型ロボットたちが10数体、働いていた。一列にデスクに向い、一様にキーボードを打っている。人はいない。ガランとした無機質な空間にTOKYOのノイズが、泣き声のように震えて忍び込んでくる。
 現実なのにすべてが幻の世界のように思える。現実が持っているはずの、温度のある感触がこの空間にはない。すべてが静かで遠い。
 四条総一郎は、この幻のようなオフィスで置き忘れられた一個の存在として、永田道雄を待っていた。オフィスの隅の椅子に座り、意識を弛緩させたまま動かずにじっとしていた。
 彼を解雇したロボットのロバート寺川の端正な顔を時折、思い浮かべもした。だが、その脳裏の像もすぐに意識下に潜り込んでいった。
 永田はこのオフィスの社長だが、裏の稼業に手を染めていて、ダウンタウンのどこか秘密の場所に本当の根城を持っていた。「今晩、特別にアンタをそこへ連れて行く。VIP待遇だと思いな」。その永田のメールを根拠に四条はここでじっと待っているのだった。

 永田には悪い噂がいくつかあった。その一つが、彼の営む倉庫業で「禁制」の物品を扱っているというものだ。四条は特別捜査税務官だった時、その噂を入手したが、脱税行為か否かの判断は難しく、残念ながら放置せざるを得なかった。その代わりに、人型ロボットを従業員数に加算する水増しに目を付け、捜査を始め、追求した。そして、その挙句に待っていたのは、不可思議なロバート寺川による解雇だった。
 禁制の物品とは軍需品だった。詳しく言うと、その精密部品だった。2020年代の欧州での戦争以降、機密度が高い軍需技術が野放図に国境を越えて、供与され、行き来した。どこまで関与しているかわからないが、とにかく永田はその危ない領域に手を染めていると噂されていた。

・・・ま、そんなことはもうどうでもいい。過去のことだ。もはや私には捜査する権限はない。
 四条はぼんやりとそう感じている。正義をかざす権限も、払うべき義務も消滅している。
・・・問題なのは、この宙ぶらりんの状況のなかで、自分はどこへ行けばいいのか。そのことだ、今、重要なのは。

 解雇された今、胸を浸しているのは、仕事をすることで社会と繋がっていた昨日までの自分がもはや社会とは繋がっていないという孤独感だったかもしれない。
 四条は目をつぶって、勤勉に働き続けるロボットの脇で、一体のマネキンのようにじっとしている。この先、どこへ行けばいいのか。何度も心のうちにこだまするその問い。しかし、よく考えれば、この宙ぶらりんは自分だけが味わっていることではない。そうも感じるのだった。
 世界はテクノロジーの野放図な進化で激変し続け、従来の価値は歪み、壊れ、無数の共同体に蠢くアメーバさながらに分裂している。2030年代後半、人は注意深く自分の居場所を見つけないと生きていけなくなっていた。自分はどこへ行けばいいのか、とともに、世界はどこに行くのかという不安が、人々の胸にシグナルのように点滅しているのだった。どこへ、どこへ、どこへ・・・・。

 突然、人影を感じた。四条は素早くオフィスのエントランスに目を向け、瞬時に背筋を伸ばし、全身を緊張させた。
 人影はヨハンナだった。オフィスの雑用係だと永田は四条に説明した、その女性だった。白いプレーンな長袖のシャツに黒いパンツ姿の彼女は、四条を見てにこやかに笑った。東欧系の顔立ちをしていた。中年と言っていい年だが、ブロンドの髪が長く豊かで、奥まった大きな目が魅力的だった。しかし、目尻や目の下にはいくつもの深いシワや隈が認められた。長身の四条は、ゆっくりと立ち上がり、ヨハンナに近づいて行く。ほんのりと香水の匂いがしている。まだ筋肉と感覚の緊張を四条は解いていなかった。
「道、教える」
 彼女はそう言った。二人は向き合った。ヒールを履いたヨハンナの顔は、わずかに四条の顔より下にあった。
「道? 永田社長はどこにいるのか、まずは、それを教えて欲しい。ずっと待っていた」
 四条の返答に、彼女はブロンドの髪を揺らして、右の耳元をいじる。オートトランスレーションのイヤホンがキラッと光った。
「今から教える場所にいる」
 パンツの右ポケットがやや膨らんでいるのは、オートトランスレーションのマシーン(本体)だろう。そこで異言語のコミュニケーションがタイムラグなく処理される。入力された四条の日本語は、一瞬で彼女の母国語に翻訳され、それを受けて彼女は日本語で返す。もし、四条が彼女の母国語を理解できるマシーンとイヤホンを持っていたら、彼女は日本語を話す必要もなくなる。
「今から言う。文字にしない。よく聞いて、四条」
「わかった。言ってくれ」
 オフィスを出て、街中のあるバーに行き、その店の「仲間」にIDをもらう。その際、身元を確かめるためのいくつかの質問をされるだろう。IDは胸につけるピンになっている。そして、次に、あるビルに行き、そこの「仲間」に案内を乞えば、ビルの地下に連れて行かれる。そこに入り口はあり、IDを読み取らせれば、入口は開き、また「仲間」がいるから、永田の居場所を尋ねるといい。
 そんな経路の案内をヨハンナはゆっくりと永田の目を見つめながら日本語で話した。そして、最後に「また会いましょう、四条」と言って、微笑んだ。



―――四条は入り口の前に立っていた。右の上部に赤く光っているのは、IDの読み取り装置だろう。数歩近づけば、胸のピンを認証するはずだ。唐突に、四条の脳に一つの言葉がフラッシュする。
「次の1秒が、人生の最後の1秒になるかもしれない。最大に、細心に、行動しろ」
 彼がパリの軍事会社にいた時、敵のテリトリーに突入する訓練中に教官が言った言葉だ。
 四条は今、どうしたら「最大に、細心に」なれるか考えていた。本来なら45口径の銃を持ち、その銃身を立てて構え、壁に身をぴったり添わせ、内部の音や匂いに全神経を集中させ、突入の瞬間にトリガーを引く。しかし、今の彼には銃はなかった。なんの装備もなく、ただ生身の人間として、入り口に立っているだけだった。
 次の1秒。人生の最後の1秒。
 胸の鼓動がやや高まった。今しかない、道を戻るならば・・・。戻れば、とりあえず日常は平穏に続くはず。何を求めて、危険な前に行こうとしているのか、オレは・・・。だが、四条は心に去来した制止を振り切り、意を決して、数歩前に踏み出した。
 キューーンと、入り口は、か細い悲鳴をあげて開いた。階段があった。四条はゆっくりと階段を降りていった。靴音が孤独に響き、体に透明にまとわりつく。階段は長く続いていて、確かめると、ところどころに超マイクロ監視カメラが取り付けられていた。どこまで秘密の場所なんだ、と、四条は訝しがることを通り越して、思わず苦笑した。この厳重なセキュリティとだらしない永田の風貌がどうしても結びつかなかったから。
 10階分ほどは地下へ降りただろうか。またドアがあった。それは最後のドアだと四条の野生と経験が直感させた。彼は大きく息をした、次の1秒のために。
 もう戻ることはあり得なかった。進もう、未知の場所へ。自分がどう変わるかわからないが、変わることにもはや賭けるしかないのだ。
 そして、次の1秒は来た。
 ドアがパッと開くと、いきなり明るい光が無遠慮に押し寄せ、四条の目の前が真っ白く飛んだ。感覚が追いついていけないほどの光の量だった。そして・・・・そして、広がっていたのは、花畑だった。黄色、赤、白、ピンク、紫、それらの色彩がいっぺんに目になだれ込んできた。一面の花畑を人工の太陽光に似た照明がキラキラと輝かせていた。色彩の強烈なモザイクが暗がりに慣れた視神経をすべて生まれ変わらせたようだ。
 ああ、ただただ美しい・・・・。その感情は驚きのあとに、やっとやってきた。

「How are you, SOU!」
 痩せた体型の、肌がブラウンの男が不意に現れ、不意に声を発した。ノーブルで整った、アラブ系の顔立ちだった。SOUは総一郎の「総」。男が四条を知っていることを意味していた。
 男は右手をあげて、四条を制するような手つきをし、左手でメガネを装着した。翻訳用のARスマートグラスだ。メガネにスクリーンが装着されていて、そこに相手の話す言語が翻訳されて映し出される。次に、にこやかに笑いながら、男は四条にも同じタイプのARスマートグラスを差し出し、装着するように促した。四条は装着した。これで、もう言語の壁はすっかり取り払われることになったのだった。
 男はそれでも英語を話した。ところどころ詳しい説明がいるところは、母国語で話しているようだった。四条の眼前のスクリーンには、翻訳された日本語がリアルタイムで映っていく。
 あまりにも鮮烈な色彩の生命群に遭遇して、ここがビルの地下であることを四条はもう忘れ始めていた。
「私たちの研究所はすべて地下にあります。もう地上は安全な場所ではありませんから」
 男は花畑の間を軽やかに縫いながら、そう話した。種々雑多な花の香りが混じり合い、胸の奥深くまで香ってくる。花畑のあるスペースは広大で、大きめの体育館ほどの広さがあり、そこに折り重なるように花々が植えられ、すべての種が不思議なことに同時に咲き誇っていた。
「地下にモンスーンは来ない。ミサイルも飛んでこない。温度・空気・湿度、すべてがコントロールできる。生きるためにとても安全な場所です、おそらく地球上で唯一の。植物にとっても、動物にとっても」
 男は話しながら、ゆっくりとどこかへ案内するように四条のやや前を歩いた。
「私は研究者です。紛争で、母国からアメリカに逃げ、TOKYOにたどり着きました。TOKYOは地球上のあらゆる民族や人種を受け入れる、混在的な街です。多様性の掛け算で、新しい科学的発見や研究を推し進めることができます」
 翻訳調だなと四条は思ったが、意味は良くわかったので何も問題はなかった。
 男は広大な花畑の奥を指差した。
「次の『ラボ3』には小麦専用の農場があります。ここを見てわかるように開花のスピードを速くする実験を私たちは繰り返しています。開花スピードが早くなり、1年に何度も開花するようになれば、種子もたくさん実るようになります。さ、行ってみましょう」
 白い服を着た科学者の数人の塊も見た。それぞれの肌の色や髪の色が違っていて、談笑しながら、何かのテーマについて突っ込んだ議論を交わしているようだった。四条は内心に驚きが満ちてくるのを感じる。ここはTOKYOなのか! 自分は夢を見ているのではないか!

 自分がまだ小さな時、少なくとも高校生くらいまではTOKYOは「東京」だった。およそ20年前。ガラパゴスと言われ、経済はシュリンクし、産業は停滞し、未来はどんよりとした雲に覆われていた。しかし、だ。難民政策を転換し、ワーキングビザ(就労ビザ)の取得を容易にし、手のひらを返すように外国人の高度人材を大量に受け入れ始めた結果、世界の知性が次から次へと日本、とりわけ東京に住み始めた。その国境を超えた人流には、AIの進化による自動翻訳テクノロジーが多大に貢献していた。日本語の厚い壁は見事に打ち壊されたのだ。そして、東京はいつの間にか、カオスのエネルギーを創造する「TOKYO」になった。

 ラボ3もまた広大なスペースで、四条は一面の小麦畑の豊饒さに圧倒された。「それにしてもいつの間に、こんな巨大な研究所が地底にできていたのか?」。その問いが纏わりついて離れないほど、目で見るあるゆるものが想像を超えていた。多くの農夫、あるいは研究員が畑の中を動き回っていて、ミレーが描いたフランスかどこかの農村のようだった。これで夕日でもあれば完璧だった。
「世界に小麦が一番足らない。小麦がもっとたくさん収穫できる土を作って、質量ともにトップグレードの収穫を目指しているところ、です」
 四条は質問したかった、ある疑念を男にやっと尋ねた。
「この巨大な施設は、国のプロジェクトですか。民間の企業が作ったものですか。そして、なぜ、出入りをこんなにも厳しく制限しているのですか」
「なるほど。そうですね、なるほど。しかし、考えてみてください。一番新しい技術を生み出す研究所に人を簡単に入れることを許可するでしょうか。トップシークレットは保護され、防衛されなくてはなりません」
 男はラボ3のあぜ道を歩きながら答えた。虫が飛び、小鳥の声が聞こえていた。軽やかな水音がし、微かな風も爽やかに吹いていた。そうして、こう続けた。
「国でも、企業でもなく、隠された共同体がここを運営しています。詳しくは、あなたがこれから会う人に聞いてください」



―――廊下の暗い、はるか奥から声が聞こえた。
「よー、兄弟。地下帝国へ、はるばると、ようこそ!」
 永田だった。小太りの寸胴な体型が遠くだが確認できる。
 ラボ3を出て、右手にしばらく歩いていくと彼の部屋があります、とアラブ系の整った顔立ちの研究員は言い、四条に丁重に会釈しながら去っていった。
 近づくと、永田はいつものダブルのスーツではなく、白いシャツにサスペンダー、ルーズな茶色のズボンという出で立ちだった。
「ずいぶんと会うまでに手間がかかるな」
 四条が鋭い目で永田を捉えて言うと、おどけるように肩をすくめ、すまないという仕草をした。
「いやー、悪かった。いろんな勢力が俺らを虎視眈々と狙っていてな」
 やや横柄で、芝居がかっているような態度は、いつもの永田だったが、白目が薄く黄色に濁っていて、少し疲れているようにも感じられた。ヒゲもだらしなく伸びている。
「とんでもなく、でかい研究所だな。正直、驚いた」
「ああ、政府と、ビジネスエリートのようにフォーマルに手を握りながら、時には、手慣れた泥棒のように隠密裏にこの地下を掘り進めていったんだ、コツコツと、コッソリと」
 永田は部屋に四条を招き入れた。部屋は一つで、大きなリビングルームほどの広さだったが、まるで2000年代のゴミ部屋のように電子機器や書類がうずたかく積まれていて、恐ろしく雑然としていた。そのなかに、白いシーツに覆われたベッドが一つあり、物でいっぱいになっている大きな木のテーブルが一つあった。テーブルの椅子にそれぞれが腰を下ろした。
「今日も、ニューカマーのお世話で大変だった。考えられないほどの業績の、科学者が一人、瞑想の世界では知る人ぞ知るの、高僧が一人」
「高僧?」
「ああ、そうだ。まずは、この研究所のテーマを話しておこう。テーマは『善テクノロジー』だ。悪しきテクノロジーを徹底的に排斥する。人類はテクノロジーの進化を善悪では峻別してこなかった。ダイナマイト然り、原子力然り、石油加工製品然り、遺伝子操作然り・・・・。その進化の先に人類の破滅があったとしても、それはお構い無しだった。だから、政治家や実業家が悪しき方向にそのテクノロジーを具体化する余地を許してきた。それはテクノロジーの『目的』が曖昧だったからだ。俺らはこの研究所の目的を、滅びいこうとしている地球と人類を救うため、と揺るぎなく明確に位置付けた・・・」
 そこまで言って、永田は腕を組んで笑った。
「そろそろ、スマートグラスを外したらどうだ、兄弟」
 四条も思わず笑った。尖った戦士の表情が一気に柔らかくなり、純真な少年が恥じらうように現れた。四条はメガネをすぐに外した。
「オーケー、続けよう。逼迫する食糧の問題、温暖化をはじめとした環境の問題、そして心の安らぎを失いつつある人類のマインドの問題。ま、そのほか、いろいろだが、高僧を招き入れたのは、彼の脳を研究し、その瞑想の構造を明らかにするためだ。ウエルビーイング・テクノロジーには欠かせないジャンルだ」
 遠くから研究所の何かしらの作業の音が聞こえていたが、それは気のせいのようでもあり、部屋は森林の奥さながらにしんと静まり返っていた。部屋全体に薄くタバコの匂いがあった。
「アンタは、悪いことに手を染めていると聞いた。本当なのか。言っておくが、もし本当なら、そのような人間とは手を結べない」
 永田はじっと四条を黄色く濁った目で見つめ、しばらく黙ったが、やがておもむろに口を開いた。
「いいか。国と国との間には、様々な問題が起こる。一本の定規では測れない、数十行の文言にはできない、どうしようもなく曖昧だが、しかしどうにかして解決をつけなければいけない問題がある。その処理を俺はメインに引き受けている。ただ、それだけのことだ」
 それが、答えになっているのか、いないのか、四条には判断がつかなかった。真実を言語化してくれるスマートグラスがあれば、たった今、欲しかった。
「で、オレの役目は?」
 永田は手で口を隠しながら、小さくあくびをした。
「すまない、寝不足なんだ。ま、それはおいおい話す。今は研究所のやっていることをまずは知って欲しい」
 永田は白いシーツが光っているベッドにノロノロと移り、腰をかけた。この部屋でベッドだけが唯一、清潔な場所だと思える。誰がメイキングをしているのだろう。

「そうだ、最近、完成させた銃がある。当研究所の傑作だ。睡眠用銃だ」
 小さく含むようにそう笑うと、永田はズボンの後ろのポケットから、黒い塊をおもむろに取り出した。
 銃身が15センチほどの小ぶりな銃だった。照明にその銃身を高くかざし、目線はそこから外さずに、永田は言った。
「こいつは人を殺さない。ただ、すーっと意識が遠のき、眠りにつかせる。ただ、それだけのことだ。後遺症もない。不眠症の人がいるファミリーにも使える銃と言うわけさ」
 薄く笑った永田はその銃をテーブルにコツンと置き、手を伸ばしながら、すーっと滑らせた。銃は、四条の数センチ先でピタリと止まった。
「さ、それで俺を撃ってくれ。俺は眠い。少し眠りたい。胸の中心を撃ち抜け。さ、今すぐ!」
 四条は当然、逡巡した。そもそも、よくわからない場所に導かれ、思いも寄らない施設を案内され、訳のわからない話を聞かされ、何を信じていいか、わからなかった。安易には信じたくもない。信じられるわけもない、この男も、この銃も、この世界のすべても。信じられなければ、引き金は引けないのだ。

「さ、お前の勇気を俺に打ち込むんだ! 迷うな、引き金を引け! 俺は望んでいる。さ、兄弟!」
 それでも、四条は銃に手を伸ばせなかった。銃をつかんでしまえば、傭兵時代の「次の1秒」の感覚がすぐさま蘇り、鍛えられた本能がトリガーを即座に引いてしまうだろう。

 その時、黒い影がさっと背後から迫った。
 四条が振り向くまでもなかった。女の白い指が瞬時に銃をつかんだ。微かな香水の匂いが鼻腔を掠める。わかった。ヨハンナだ。四条は白い彼女の指を銃から解こうと、反射的につかみかかった。しかし、その鋭い制止の動作も間に合わなかった。
 ヨハンナは目にも止まらない速さで、まっすぐ立ち、片手だけで銃を持ち、トリガーを引いていた。シュン!シュン!と発射音が2連続で空気を切り裂き、銃弾は永田の胸を刺し貫いた。
 永田の体は人形のように跳ね、ゆっくりと白いシーツに後ろ向きに倒れ込んでいった。それを四条の目はスローモーションとして捉えた。
 そして、最後の1秒のはずなのに、その顔は少し笑っているようにも見えた。



(続く)


 
【written by】
クロックムッシュ
コピーライター。博報堂にいたらしい。妄想を言葉にして生きている。人間という生物に感動している。
写真
未来のエモーション
時代は203X。いまから10数年先のちょっとさきの未来。テクノロジーは想像を絶するほどではないけど、想像を少し超えて進化した社会。その時代に生きる人間の感情はどのように揺れるのか。advanced by massmedianでは、未来の感情(エモーション)をテーマにしたショートショート小説をはじめます。
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